53.退避
「この娘がそんなによいか」
「黙れ」
年老いた手が硝子を撫で、そこから液が流れていき浮いていたミュリさんが底にゆっくりと沈む。
「ねぇ、何がしたかったの?」
死んだ者を生かす。
わからないでもないけれど。
この老人には好きな人を生かしたいなどという理由では絶対にないはずだ。
「なに、ただ知りたいだけじゃ」
何をと聞く前に老人ジャミロの顔も砂になって、最後口が動いていたけれど、言葉として聞き取れなかった。
「ミュリ!」
ボロボロなはずのリューさんは、長い階段をかけあがり割れた器の中に倒れているミュリさんを抱き起こした。
感動の再会だけど。
「ユラ様」
リアンヌさんの気遣う声。ラジやナウル君もケガはなさそうだ。
「ユラどうした?」
ラジが焦れたように私の名前を呼ぶ。
私は、さっきからずっと光に呼び掛けていた。でも返答がない。胸の服中のノアが顔を出し小さく鳴いた。
光、なんで?
どうしたらいい?
周りからは岩が崩れる音がしていた。
へんな霧もでている。
「ノーア副団長、退避を」
リューさんがラジに言った。
いつも周りに人がいる時リューさんはラジを名前では呼ばない。
「僕が残るよ」
「王子さまよ。お前がいないと帰りは無理だろーが?」
スフイー君とリューさんが話している声が遠い。
「嬢ちゃん」
「え?」
ミュリさんを抱いたリューさんに呼ばれ顔を上げた。
「なかなか楽しかったぜ」
なにを。
「ラジ、行け」
リューさんは、ラジと呼んだ。そして私の景色は反転した。ラジに担がれたらしい。肩がお腹にくいこみ苦しくて言葉がでない。
「っあ、待って!」
それでも手を伸ばした。
閉まりかけた扉に向かって。
リューさんは、笑っていた。