5.冬の神
「少しは納得できたかしら?ここは、貴方のいた世界じゃないのよ」
赤い髪の美女が面倒そうに口を開く。そんな事あの円柱にいた時気がついていた。
でも、認めたくなかった。
彼女の言葉で、私の中でショックよりも怒りが増していく。言葉が溢れ出す。
「私が何をしたっていうの?指輪をはめたから?いいえ!叔父さんのせい?!」
「その指輪のせいもあるけれど、それだけじゃないわよ」
美女と目が合えば、何故か皮肉そうに嗤う。
「今回、馬鹿げた救世主とやらを喚ぶ為に高位神官が5人も死んだ。でも、貴方が来たのは恐らく偶然。だって貴方からは力を感じない」
私を追い詰めるようなセリフが続く。
「貴方は無力。そして、貴方は帰れない」
私が叫び出しそうになった時。
「グルル!」
肩にいる子狐もどきが唸り、口から何か光の塊を女の人に放った。
「ふんっ!子供のわりにやるじゃない」
その塊は手で弾かれテーブルの上の花が生けられていた花瓶に当たった。
バンッ!
花も花瓶も粉々になり花瓶の中に入っていた水が床に流れていく。
「やめなさい」
中央の男性が、まだ何かしようとした女の人を止めた。
「シルビア、お前が悪い。事を急がせ過ぎだ。ユラ殿申し訳ない。とりあえず座って話を聞いてほしい」
中央の男性の声に私は、椅子に戻ろうとしてよろめき、誰かに支えられた。見上げると、いつの間に側にきていたのかラジウスさんだった。
琥珀色の瞳が揺らいでいる。表情には出てないけれど、心配しているのが彼の出す空気で分かった。彼は無言で、ハンカチを私の頬にあてた。
私はまた泣いていたらしい。
「…ありがとうございます」
なんとかお礼だけ言った。
席に戻ると話は再開された。
「まず、私はミュランの宰相ラスナで、これが恥ずかしいかぎりだが我が国では1番の魔法使いシルビア、もう既に会っているが副団長ラジウスだ。今、シルビアが言ったように今回神官達が神殿で禁忌を犯し召喚の術を使った」
感情を挟まない口調。
「本来成功すれば、召喚を行った場所に現れるはずだが、貴方がいた場所は、別の場所、遥か昔に造られた神が降りたと言われる言い伝えがある柱の上だった」
…だから何なの?
「貴方は力を持たず、神官達が望んだ救世主ではない。だが、その冬の神ラナールの化身ヒュラウが現れ貴方から離れない」
じっと、何かを探る視線に辛くなる。
「貴方には、何かがある」
何かって何よ。結局、何の解決もないじゃない。補足だけどと、美女シルビアさんが教えてくれた。
「その身体、あくまでも仮定だけれど貴方のいる世界とこの世界とは時間の流れが違う事により身体に歪みがでないよう変化させたのも」
この後も話は続き、部屋に戻った私は疲れきってベッドにダイブした。子狐もどきも真似をして飛んできた。
「頭の中がパンクしそう」
頭の中で整理する。
この世界は、元は1人の神だったが、いつからか二人に分かれ、冬の神ラナールと春の神エレールがいる。
そして、この二人の神はこの世界を見放したのか、神官の声にも答えなくなり、異常気象、国々の争いが続いている。
「で、次がこの国か」
まずこの空飛ぶ都市は、古くからの遺産でメンテナンス、視察を兼ね何年かに1度飛ばす。普段は地上にあり、ミュランという国。
明日には、今は冬の神がいるという領域から離れ、春の神の領域に入る。
私は子狐もどきに声をかけようとし、考える。
「ねぇ、あなたの名前、ノアは?意味もないんだけど、なんとなく。どう?」
「キュッ!」
子狐もどきは、ひと鳴きして太いフサフサの白いしっぽがブンブン動く。
「いいってことかな? じゃあ、さっそくなんだけど、ノア、昨日の円柱の場所分かる?」
「キュ!」
返事をするように鳴いた後、ベッドから身軽に飛び降り、ついて来いという素振りを見せた。
やはり言葉がわかるんだな。
「よし、行くか」
私と1匹は外へ出た。
「嬢ちゃん~そっちは、何もないぜ?まだ行くのか?」
護衛だというガタイのいい男性、リューナットさんが後ろから、寒くて嫌だとブチブチ言いながらついてくる。
「別に悪いことなんてしませんから、帰っていいですよ」
私はノアを追いかけ早歩きで森の中を進んでいく。
「そうもいかないんだよなー」
ため息まじりの声がすぐ後ろからした。
まあそうよね。
しばらくすると、開けた場所に出た。
大きな円柱の周りは上から見た時と同じで噴水のように、とても綺麗な水が溜まっていた。
上を見上げる。
「…高いなぁ」
辛うじて、てっぺんは見える。
今度は円柱を見た。不揃いなレンガを積み上げたような状態で、出っ張りが結構あり中間地点は縁どりされてる為少しスペースがあるようだ。
私は、寒いけど重くて邪魔になるからワンピースを脱いだ。ちなみにその下は薄い長袖を着ているので別に恥ずかしくもない。
「わっ!何脱いでるんだ?!」
近くにいたリューナットさんが、顔を赤くし慌てているが無視する。靴を脱ぎ素足になり体を少し動かす。水に足をいれる前に柱をもう1度見た。神経を集中させ見える範囲でしかできないが頭の中で組み立てていく。
「キュッ!」
足元で、ノアが鳴いた。
「お前も来る?」
そう聞くとしっぽが勢いよく揺れる。
「行きますか」
肩にノアを乗せ水に入る。分かってはいたけど冷たい。日はでているけれど11月くらいの寒さだ。
「嬢ちゃん!」
リューナットさんが呼ぶので振り向き、まあ無理だろうけどお願いする。
「無理だと思いますけど、落ちたら受け止めて下さいね」
私は、命綱なしで登り始めた。
途中からノアが肩から降り、先導し掴む場所を教えてくれたお陰でへりの出っ張り迄たどり着き休憩する。室内では経験があるが、外は初めてだ。しかも、遊びじゃない。落ちたら即死だ。
「よし、あと少し」
あまり休憩せず登り始めた。
寒さがキツイ。
前だけを見ろ。
先を読め。
後は何も考えない。
どれくらい経過したか分からない。もう手に力が入らなくなってきた。やっと最後頂上に手をかけよじ登る。物凄い格好だろうが、そんなの命に比べたらどうってことない。
「やった!」
思わず大の字に寝っころがった。上がっている呼吸を落ち着かせる。
「流石に疲れたー寒いし」
私はそのまま腰に下げた袋の中からあのオルゴールを出しネジを巻き蓋を開けた。音が鳴り、それが終わる頃。
「キュッ!」
ノアが鋭く鳴いた直後。
『来たか娘』
声に半身を起こすと、そこに1人の男性がいた。
「こんにちは」
私は、恐らく冬の神ラナールであろう人物に挨拶をした。
さあ、ここからが本番だ。
私は乾いた唇をなめた。




