46.この国はすでに
「ええ。あなたは地の神器よね?」
『そうよ。今は…そうみえないかもしれないけれど』
地の神器は自分を見下ろしながら、なんとも言えない顔をした。
ほっそりとした身体は薄汚れ、髪の毛は櫛をいれていないのか絡まっているようだ。
まてよ。
そもそも神器だしシャンプーなんてしないわよね。そんなくだらない事を考えながら神器を観察すれば綺麗で優雅なはずであろう尾びれは破れてしまっている。
う~ん。
女子としては身だしなみは気になるわよね。
「ねぇ光。少し、せめてヒレだけでも痛そうだしなんとかならない?」
『あるにはありますが』
なんだか煮えきらない。
「教えて」
強めに聞いてみれば。
『暫く体内にいれてやれば回復が早いかと』
「体内? もっと詳しく」
『そのままの意味です。ユラの中にいれば穢れの薄まりが速まるかと』
なんだ、持ってればいいって事。
簡単じゃないかとおもえば。
『いえ、体内に取り込むのです。その間は、地の神器に感情を全て読みとられるのは勿論、穢れが強いのでユラの体調にも影響し吐き気や怠さ、精神が不安定になるなどの症状が出る可能性があります』
…読み取る。
お腹すいたとか、やっぱり胸にボリューム欲しいとか?
『…あまり不便はなさそうですね』
「なんで分かるのよ!」
光の顔はみえないのに可哀想な生き物を見るような視線を送られているように感じつい文句が口に出る。
「おいっ! さっきから何1人でしゃべってんだ?」
ニセメルベ様が嫌悪感まるだしだ。
確かに神器の光の声は頭の中に直接響いているので周りには、私が一人で声をだしている光景のみ。
ようは変な奴。
だが今さらなんだ。
ここに私の知り合いは誰もいないのだ。
痛くも痒くもない。
私って最近開き直りが増えたような。
いや諦めか。
「神器と話していたの。もう終わるから」
膨れっ面な偽メルベ様を含め他の人達に待ってと伝え、光には最後の確認を。
「それって動けなくなるくらいのダメージ?」
『いえ』
「なんだ。それなら地の神器さん、暫くよろしくね」
私は、真っ黒なそれを手早く柄から外し胸元で身体に押し込めるように握りしめ。
「渡すとは言っていないのだけれど」
本物のメルベ様からの待ったの声。
まぁ確かにと思い彼女を見て神器に聞いた。
「あなたの持ち主が、ああ主張しているけど」
一瞬だけ神器は強い光を発し、本物のメルベ様を睨み付け指差し怒りを露にして叫んだ
『あれは私の半身を切り離した!』
「でも、そのお陰で穢れが止まったのではなくて?」
『黙れ!』
「まぁ落ち着いて」
私の頭の中では、怒る神器をなだめながらも、めまぐるしく回転をし始める。
だってさ。
「メルベ様は、片割れの神器のある場所をご存知なんですね?」
「ええ」
やっぱり。場所がわかっているなら話は早い。
私は二、三日は進展までかかると思っていただけに気分が軽くなった。
だけど、そう簡単にはいかないようで。
「昔と変わっていなければ、最下層にある研究室にあるわ」
あっさりメルベ様が教えてくれるも。
「ただ、その場所にたどり着いても難しいわ」
「どうしてでしょうか?」
掠れた声が割り込んできた。
「出来損ないが沢山いるから」
声を発したのは、お茶を淹れてくれた青年だ。
俯いていたからわからなかったけれど、彼の片方の瞳の色は、いやに濁っている。
「僕もそこにいたんだ」
続きを聞きたくない。
楽しい話じゃないとわかる。
そして私の予想は当たっている気がする。
「お姉さん、この国に入って気になる事があるんじゃないですか?」
人形みたいな顔。
どこか硬い動き。
あとは──。
「やたら甘ったるい匂い」
私の答えに、青年は、表情を変えることはなく、なのに弾んだ声で。
「うん。正解。なんでかというと僕や…」
「スフィー。それは私が言うべきね」
メルベ様が青年の言葉を遮り。
「この国に満ちている香りは、死です」
「死…意味が分からない。ユラ様は、わかるんですか?」
「わかる」
メルベ様の言葉に困惑のナウル君。
私はわかる。
残念ながら。
だから、その先を聞く。
「どれくらいですか?」
「半数」
思っていたより多い。
「ユラ様」
まだ分からないナウル君に教えてあげる。
「この国の半分の人が生きてないという事」
「えっ」
「この強いお香は、匂いを隠すため」
片目が白い青年を前に言えない言葉。
──死臭。
この国は、既に壊れている。




