42.美女難あり
「ラ…」
「うわっ?!」
「無事来たようね。これで揃ったのかしら?」
ラジにその美女は何者かを聞こうとしたら、ナウル君の慌てた声が背後から聞こえ、足から無事着地したナウル君が。続いてリアンヌさんが、空中で赤黒く光った輪の中からフワリと上品に降りてきた。
なんで皆は軽々出来るの?
それとも芸人ばりに落ちた私がおかしいのかしら。
「ここじゃあなんだし行きましょうか。ね?」
「…腕を」
「え~でも貴方はアタシノだし」
アタシノって何さ。
そして更に腕に絡みついて押しつけている、その服から溢れんばかりの立派な品は本物ですか?いや、偽物に違いない!私の隣で美女のオムネに視線をとめて「凄い…」と呟くナウル君。
そういえば君も男子だった。
「ユラ様、怪我などされてないですか?」
「えっ? ああ。大丈夫です」
ヤバイ。人の胸のサイズなんて考えている場合じゃなかった。
「早くきなさいよ。置いてくわよ~」
美女が「私は別にこの人がいれば困んないけど~」と言う。なんだか私のモヤモヤ度は上がっていく一方なんだけど。
「とりあえず行きましょうか」
「はい。ですよね」
一番しっかりしているリアンヌさんに言われ、私はやっと歩き出したのだった。
大通りをぬけた後、近道なのか細い路地を歩き何本目だろうか。急に広い場所に出た。そう思ったら目の前に立派な建物が。正直悪趣味としか言い様のないギラギラな店に人がスルリと吸い込まれていく。近づくと出入口に立っていたいかにもガードマンのようなガッチリムキムキマンの男が此方に気がつき話しかけてきた。
「お帰りなさいまし。おや? メルベ様、また毛色の珍しい者達を買ったんですかい?」
「ふふん。私のだから。あげないわよ」
見た目と違いその男の声は高く、話し方も変わっている。その男と布越し、ラジ以外は頭から花嫁さんのベールのようにすっぽりと顔を隠しており、ハッキリとは相手からは分からないはずだ。
…なのに。
「ようこそ。シュナージュの館へ。ごゆるりとお楽しみ下せい。嬢ちゃん、いや、ねーさんか。あっしとした事が失礼いたしあした」
いけねぇと横に長い額を叩きながら、男は瞳を糸のように細め笑った。
普通なら一番地味な装いの私よりキラキラお金持ちなお姫様風のナウル君に挨拶するはず。だが、この男は私に話しかけ、しかも顔もよく見えないはずなのに、「ねーさん」と言い直した。
──どいつもこいつも癖ありすぎだわ。
私は、頭の中のメモに細め声高マッチョ要注意人物と書き込んだ。
「やっぱりこの部屋落ち着くわ~って、あん、つれないわね」
美女、メルベ様とやらに案内された部屋に入ったとたん、ラジは彼女からべりっと腕を抜いた。
「ここはもう大丈夫では?」
「だぁって、いい男とはいつまででもふれあっていたいじゃない」
冷ややかなラジの瞳にもまったく動じないメルベ様は、今度は円形のテーブルに既に用意されている銀の湯飲みのようなカップを私たちに飲むように勧めてきた。
「このお茶まず最初に飲んだほうがいいわよ。特にその子」
私の胸元に顔だけ、今はその顔も俯いているノアを指差して言った。
「ノア、さっき私が上手く着地出来なかった時にケガでもした? 」
そうなのだ。ノアは、この国に入ったら急にだんまりになってしまった。朝は元気だったのに。
「神獣にはこの国の気は毒よね~。そのお茶飲めば回復するわよ~」
飲ませて大丈夫なのだろうか。光に声を出さずに聞いてみれば、毒はないと言葉が頭に入ってきた。
「あっ」
「やっぱり鼻がきくのかしら。美味しいでしょ?」
「キュ!」
ノアは、私が言う前に、私の胸元からテーブルにとびだし鼻をフンフンしたかと思ったら、勢いよく舐め始めた。尻尾がゆっくりと左右に動いているのは安心、警戒を解いているから。
「ユラ様」
「ノアも大丈夫みたいだし」
リアンヌさんが湯飲みを掴んだ私に心配そうに声をかけてくれたので大丈夫と頷きで返し私も口をつけ飲んでみれば、玄米茶のような香ばしい香りに包まれほっこり。動物に飲ませてよいのかは疑問だけれど美味しい。
「その神獣は少ししたら回復するわ。で、お嬢ちゃん、本題にはいりましょうか」
私は、もう少し飲みたかったけれど仕方なく湯飲みを置いて美女メルベ様とやらに答えた。
「貴方が私に何を求めてるかという話ですか? 私は、政治的な話に興味はないのですが」
「う~ん。鋭い! でも興味でちゃうかもよ?」
私はどこまで話すか、質問をするかを考える。
面倒な駆け引きは嫌いなんだけど。
「お嬢ちゃんは、この国を見てどう?」
考えている間に聞かれた。
「終わってますね」
ナウル君が小さく「不味いですよ」と私に囁くけれど無視をする。だって聞かれたから答えただけよ。前にいる美女は、不機嫌になるどころか楽しそうに笑っている。その形の良い唇からまた言葉が発せられた。
「何故?」
「それに答える前に、あの入国変ですよね」
一つ聞かれたら私も一つ聞こうじゃないの。
「いい着目点! まず入国するには、中の者が保証人となった者しか入れない。ようは通行証明の札ね。それ以外、偽の札やウチの敵、火の国の者は弾かれる」
美女の顔色にはまだ、何かありそうだ。
聞きたくないが聞いてみた。
「…その人達は?」
「あっ聞いちゃう? なんと実験に使われるのよ~世のため人の為に~」
…やっぱり聞かなければよかった。
「じゃ、今度はアタシ」
いきなり突風が吹き目をつぶってしまった。
すぐに目を開けば。
「水に愛された捕らわれ姫に会わせてやるぜ」
──美女メルベ様は、美男子になっていた。
やっぱりニセムネだったのか。
当たりじゃない私。
呟く私に「気になる所はそこですか」と隣からナウル君の呆れた声がし、ラジはため息をつき、リアンヌさんは無表情。ノアは私の膝の上で爆睡中。
女子としては気になるわよね?
間違ってないはず。
「とりあえず長引きそうだから何か軽い食事でも頂けます?」
「なかなかの女じゃないか」
「それほどでも」
女子には甘いけど男子には厳しいのだよ私は。
私と前にいる男子(多分)の胡散臭い笑い声が広くはない部屋に響いた。




