41.いざ地の国へ
「ふあ~」
「大丈夫ですか? 昨夜は部屋に戻られるのが随分遅くなってしまったから」
同室だったリアンヌさんが心配そうに、そして、少し前を行くラジに非難するような視線を送った。もちろん聞こえているであろうラジは何も言わない。
「寝不足ですけど、聞いておいてよかった話でした」
「…そう仰ると思いましたよ」
どこか悲しそうにも見える笑みを浮かべたリアンヌさん。きっと私が聞かされた内容が何かを察しているんだろう。
「時間がかかるかもしれませんわね」
「う~ん。なんか微妙に無駄な時間」
少し緊張しつつも地へ入る大きな扉の前に列を作る人達の中に交ざった。時間になり扉が開けばすぐだと近くの人の会話が聞こえてきた。
そんな時、背後から文句が。
「ユラ様」
「ん? ナウル君、どうしたの?」
「…俺は本当にこの姿じゃないといけないんでしょうか?」
下を向いて服の端を掴みふるふる震える姿は、可憐な美少女、いや美少年だ。複雑に結った金髪のうち一部を流してあるひと房がさらりと揺れ、まだ大人になりきれない危うげな雰囲気もプラスされ、一部の変態様方から人気を得られるに違いない。
うん、着飾り担当のリアンヌさんわかってらっしゃる!
私は、このナウルの完璧な出来映えについ言葉が漏れた。
「いや~いいわ。私の目は確かだった。コレ、絶対いける気がする。一部の趣味の方達に」
ナウル君は、私の褒め言葉に、顔を上げキッとした視線を送って叫ぶ。
「俺は、確かに自分から志願しましたが、こんな…こんな姿になる為じゃない!」
人の目や耳を気にしているのか声をかなり抑えているところは賢い。
「そうよね。馬鹿馬鹿しく感じるわよね」
まずキレている人に対しては共感する。
そこから。
「でも、私は本気よ。人生かかってるから」
私の言葉にハッとしたように目を見開き私を見たので、罪悪感、気まずさ、そんな表情を見せた彼に。
「その格好をしている間は、俺はなし。中性的なのを売りにしたいから」
ナウル君の肩を軽く叩き、本気半分、冗談半分を混ぜて話す。
「死なせないから。まあ、お触りはさせないようにするけど、嫌な視線はなんとか耐えてね。きっとモテモテよ」
「何ですか、それ…」
気持ち悪そうな顔になる。
どうやらいつものナウル君に戻ったようだ。
「開門ー!!」
扉が開いたらしい。
「行きましょう」
「ええ」
リアンヌさんに促され前に進む。
「死なせない」と言い切った私こそ気合いをいれないと。
「此処に来い」
扉の前にいる地の兵士に命令され、前に進み出た。事前の話では通行証で通過出来るって聞いたのに、見せろと言われないので不安になる。
なにより、開門と聞いたはずの大きな扉は横歩きで通れる幅しか開いてなく、前には兵士が並んでいる為、中がよく見えない。
「あの、通行証は」
弱々しさを演出しながら、リアンヌさんが兵士に質問した。
「なんだ、お前達は我が国へは初めてか?」
「はい」
少し位が上そうな兵士がニヤニヤと嫌な顔をし、扉の方を指を指す。
「通れば分かる」
その言葉に、ラジが進み出て、私と目が合うと頷き、扉の中へ消えた。
「きっと大丈夫ですよ」
緊張している私に気がついたリアンヌさんが、背中をさすってくれた。だって、まさか一人づつ、しかも先がまったく分からないなんて思っていなかった。
「次はお前か?」
そのニヤニヤ男に言われて、意を決して兵士の壁を抜け扉に身を滑り込ませた。
「狭いっ…え?」
扉をなんとか抜けたと思ったら…落ちた。
正確には、一瞬足元が赤黒い光を放っていた。
「なんか、雑過ぎじゃない?」
落ちた場所は、クッションもなくむき出しの地面は踏み固められた土で、その上に芸人ばりの落ち方をした私は、座り込んだまま頬についたらしき乾いた土を手で払う。
「大丈夫ですか?」
ラジの声に視線を上げれば。
「あら~見事な落ちっぷり。久しぶりに見たわ~」
ラジの腕に、細く白い腕を絡ませた妖艶な美女が、ラジにくっついたまま片手を差し出してきた。
「お嬢ちゃん、ようこそ地の国へ」
なんか出だしからムカついてきた。
ていうか、ラジ、誰よその女。