40.長い夜
「話って?ないなら明日の準備があるし」
夕食後、借りている部屋に戻ろうとしていた時にラジに呼び止められ、私達は宿の屋上にいた。
といっても立派な場所ではなく、申し訳程度にレンガのような物で落ちないよう囲いがしてあるだけだ。その上にノアが飛び乗り歩き出した。
そんな暇をもて余しているノアを見て階段の作りかけのような段差に座っていた私も、だんまりなラジに限界だ。そもそも彼は昨日の再会の時から機嫌が悪く、此方も負の連鎖でイライラしている。
ケンカなら買うわよ。
『夜は力が半減しています』
巻き込むなという口調で光が頭に言葉を送ってきた。
もちろん冗談よ。
「ラジ」
少し離れて背を向けているラジに戻ると言おうとした時。
「今回、リューの単独行動に疑問をもちませんでしたか?」
口調も以前のに戻っているし。それよりリューさん?
「確か、先に地に入って潜伏して探り、非常事態の時には動ける人がいたほうがいいっていう理由だったはず」
やっとこちらに身体を向け、近づいてきた。
でもその表情は硬いまま。
「リューが何故地についてあんなに詳しいのか分かりますか?」
「それは、気づいていたけど潜入したりする時もあったって…」
琥珀色の瞳が夜だと、また違う色に見える。
「リューの妻、ミュリが捕らえられています」
なにそれ。
「全く聞いてないんだけど」
「リューは貴方の性格上心配し助けようとすると思い、単独を強く希望したので許可しました。勿論、此方との連絡はとり危険が迫った場合は、任務を優先させます」
ラジの判断でリューさんが奥さんを助けるチャンスをあげたっていう事?
でも確か。
「水の国ミュランと地の国グラーナスは、過去に戦に発展したのは大分前だったはず。かといって現在は、輸出など国とのやりとりはしていなく、もっぱら商人が出入りをして細々と物は動いている」
詰め込んだ知識から拾い集めていく。
「ユラが舞った場所で戦いました。母も父も犠牲になり俺は生き残りました。結果は、我が国が勝ち今はお互い干渉しないという状態ですね。表向きは」
ラジは自分の、今はない頬の傷あたりをさすって私を見た。
「ユラ、貴方は最初こそ怯えていましたが、これを見ても怖がることも、また聞きもしなかった」
なんか話ずれてない?
そう思いつつ会話にのってみた。
「痛かったろうなってくらいかな。むしろ傷でカッコ良さアップしていると思うけどって、ラジ?」
いきなり距離を詰められ、いつの間にか手の甲にキスをされていた。昨日から態度がおかしいと文句を言おうとしたら。
「嫉妬です」
「え?」
「昨日いた風の男二人は、王子と宰相の息子です。あの二人と私の立場では敵わない。なにより貴方は楽しそうだった」
とてもと呟き、話しながらも抱き締められそうになり、またそれに一瞬委ねそうになる自分に気付き私はラジを突き飛ばした。
「私は当分そういうのいらないから」
光に頼み力を少し使った為、ラジは尻餅をついていた。その彼のむねぐらを掴み、瞳を覗きこむ。
琥珀色の瞳は少し驚いているようだ。
「…そうね。私が好きだっていうなら、私が帰りたくなくなるくらいにしてみせてよ」
「ユラ?」
「下らない嫉妬とやらは無駄で迷惑。ついでにその今更胡散臭い言葉遣いもやめて」
もう男に振り回されるのは充分だ。
「ひとまずミュリさんの事、詳しく教えて」
今、一番重要なのはそこだ。
座りなおした私の膝にノアがよじ登り寝始めた。
私も寝たい。
でも寝るのは、もう少し先になりそう。
私は、いやにキラキラ光る派手な星を眺めながらラジの話に耳をかたむけた。