4.私がいる場所は
「目立たなくなりましたね」
「お手数をお掛けしすみません」
朝になり、支度のお手伝いにと現れたリアンヌさんに濡らした布で目元を冷やしてもらった。
こんなに泣いたのは、いつぶりだろうか。
でも、泣いたら少しスッキリした。
朝食にと出された濃厚な野菜スープと固めのパンを食べ、着替えの前にお風呂を使わせてもらえることになった。
「お湯の用意ができているので入り方をご説明致しますね」
「ありがとうございます」
昨日お風呂に入りそこねた私には、とてもありがたかった。
私が寝ていた部屋から次の部屋に移りお風呂へ案内された。水色と薄紫色のタイルの床に猫足の白いバスが置かれ、中にお湯がはってあり、側にも樽のような入れ物にお湯が入っているようだ。
「明日には、お湯もそこから沢山出るのですが、今日は、申し訳ございませんが溜めた湯をお使い下さい」
彼女が指差す所を見ると、回すハンドルがあった。どうして明日からなら使えるのか不思議だけれど、お湯で身体を流せるだけで充分だ。
「お似合いですよ。サイズは丁度よいようですね」
一人で入りたいとお願いし、お風呂からあがると、長くなり洗ったはいいが、ドライヤーがない為びしょ濡れの髪の毛と着方の分からない用意された服で、結局リアンヌさんのお世話になった。
服は、民族衣装のような感じだ。
ロングに近い厚手の長袖のワンピースで胸元が着物の様に合わせなり細めの帯で腰の右側にリボンにして結ぶ。
袖と裾には金糸で何かの模様が刺繍されている。下は薄手の少しぴったりとしたズボンで着せてもらったワンピースの色はえんじ色。帯は黒に近い紺色。靴はショートブーツに似て、何かの皮で色は焦げ茶色。
「見事な御髪ですこと」
そう褒められ、鏡の前に座らされ映る姿は、タオルドライをしてもらい、到底真似できない複雑な編み込みをされ、ひとつに高くポニーテールに結ばれた、幼くなってしまった私の顔。
軽く化粧され服装も違うせいか、別人のようだ。
──まだ、まだ認めたくない。
リアンヌさんが急に膝をつき、私の硬く握りしめていた手に触れゆっくり手を開かせ何かをそっと握らせた。
──何?
手を開き見てみると雫の形をしたピアス。
摘まみ上げ目線の高さにもっていき、よく見てみれば、かぎりなく水色に近いグリーンの色の…石?
それは、ユラユラ揺れる度に光の反射で優しくキラキラと光る。
「…きっと、これからの貴方には、真紅が似合うのだろうけれど、本当に似合う色はこの色だと思いますよ」
そうリアンヌさんは言い、微笑んだ。
何歳くらいなんだろうか。
白髪に薄い水色の瞳。
今もとても綺麗な人だけど、若い頃は、更に美人だっただろう。
「私は、長くラジウス坊っちゃんのお側に仕えておりましたが、坊っちゃんは、いずれきっと貴方様に惹かれていくでしょう。それが良い事なのかまだ視えないけれど、それでも幸あらんことを」
「あっ」
リアンヌさんが、ピアスに触れた瞬間優しい風とともに石が熱くなった。それはほんの一瞬のことですぐにおさまった。
「年寄りの、ちょっとしたまじないですよ」
彼女は、ふふっと楽しそうに笑った。
そして私は今、重厚な扉の前に立っていた。これから、この国の宰相さんや信じられないが、魔法使いに会うらしい。
「大丈夫ですよ」
ここまで連れてきてくれたリアンヌさんに背中をそっとさすられた。
「キュッ」
耳元で可愛い鳴き声。
白い子狐もどきは、何故か私からずっと離れず、お風呂場までついてきて、今は、私の肩に乗っている。扉に立っている二人の男性の内1人に促された。
「失礼します」
部屋に足を踏み入れてみれば、そこには三人の人が楕円形のテーブルを前に座っていた。右側の人は昨日会った確かラジウスさん。
「座って下さい」
中央の50代くらいの白髪交じりの金髪、水色の瞳の男性に言われて、私は、テーブルを挟み向かい合わせに座った。
「どんなのが来たかと思ったら可愛らしい女の子じゃない」
左側に座っていた、30代とおぼしき妖艶な女性が声を発した。
彼女は、緩く波うつ深紅の髪に、中央の男性と同じ水色の瞳。唇は赤く塗られ、それがまたとても似合っている。
「お前が口を開くと長引くから今は黙ってくれ」
ため息をつきながら中央の男性が、その女性にそう言った後、私に顔を向け話し出した。
「まずは、ようこそミュランへ。いや、正確には明日、国へ着くのか」
その呟きに何かひっかかった。
「それは、どういう意味でしょうか?」
私の質問におや?という表情を男性がうかべた。
「異世界人、いや、ユラ殿は、気がつかなかったかね?あぁ昨日は天候が悪かったか。あちらの窓から見るといい。今日は天候もよく、この場所は城の端だからよく見えるだろう」
そう言い窓を指差した。
私は、失礼しますと立ち上がり窓に近づき外を見た。
窓からは、空は青く晴れ渡り、雪をかぶった山々が見える。私は更によく見る為に窓を開けた。冷たい風が頬をかすめる。下を見れば街が広がっている。
でも、普通じゃなかった。
「これは…」
思わず呟きが口から出た。
城が、都市と言っておかしくない大きな街は。
浮いていた。
今、私は空中都市の城の中にいた。