32.何かを得て何かを失う
「っと」
「危ないですから足元に気をつけてくださいね」
「…すみません」
さっきから転びそうになってはリアンヌさんが声かけをしてくれる。
昨日は結局寝たのが夜明け頃だった。
自分の右頬を手で撫でた。
この歳にもなればキスなんて、しかも頬だ。
…どうってことない。
それより。
「ふぅ」
「もう少しでおそらく転移場所付近に着くかと思います」
数歩前を歩くリアンヌさんが、私のため息を聞きもう少しだと励ましてくれた。
彼女の持つ手提げランプが、動きに合わせてゆらりと揺れ周囲の剥き出しの岩壁を照らした。
今、私達はお城の離れの建物から隠し扉を利用し最近では、まったく使用されてないらしい転移場所を目指し、ひたすら人が1人通れるくらいの暗い穴を進んでる。
そう私達。
今回は、リアンヌさんも参加している。
今朝、何故か自主参加をすると出発直前に宣言され本来のお仕事大丈夫ですかと聞けば、双子の妹さんに暫く演じてもらうらしい。
迷惑かけそうでリアンヌさんに申し訳ないと思いつつ同性がいるのはちょっと嬉しいけれど。
しばらく無言で足を進めていると前を向いたままのリアンヌさんがポツリと呟いた。
「気にやむ事ではございませんと言うべきなのでしょうが、わざわざこのタイミングで伝えに来た赤の魔法使いは何か意図がある気がします」
赤の魔法使いとは、水の国の魔法使いシルビアさんの事。さっきから、というか彼女に会ってから上の空になっている自覚はある。
ずっと会わなかった彼女が、今朝、朝食中にふらりとやってきて私に言ったのだ。
「8人」
いきなり8人と言われて訳がわからず、しかも口一杯に果物を頬張っていた私は首を傾げ眉間にシワを寄せ分からないとアピールすれば、赤い髪をかき分けながら面倒くさそうに話し出した。
「貴方、結界を国に張った時にもう1つ発動させたの覚えているかしら?」
もう一つ。
ああ、思い出した。
「この国に害なす者を弾け」
私が口を開く前にシルビアさんがそれを口にした。
そう。
確か私はそう言った。
「その時、国から弾かれた人数よ」
そうだったのか。
で、だからなんなの?
この時、27年も生きているのに、いまだあまちゃんな私はまだ気づかない。
「8人の内、生存者は2人」
「2人?」
「そう。この二人はまだ子供でウチの民だったから助けた」
ここで私はやっと彼女が何を言いたいのかが分かったのだ。
私のせいで6人が死んだという事が。
でも、ただ結界の外へと念じただけなのに。
私は死まで望んでない。
「結界の外は安全じゃない場所が多いなか着の身着のまま飛ばされた彼らは、ある者は獣に襲われ、ある者はやっと自国についたけれど、そこで捨てられ」
シルビアさんは、知りたくないのに彼らの最後を丁寧に教えてくれた。
聞いた時は、正直ピンとこなかったけど後からじわじわなんとも言い様がない気持ちになってきていた。最初は何人犠牲にしてでも帰りたいと思っていたはず。
むしろ6人で済んだと思うべきでは?
"嬢ちゃんには無理だ"
リューさんが前に私に言った言葉。
「外へ出ますよ」
リアンヌさんがそう言い石の扉を押した。
ザァー
森の中なのか葉がこすれる音が響く。
私は、眩しさに目を細めながら、新鮮な空気を吸い込みゆっくり呼吸をした。
自分の手を開き握る。
この先今度は、間接的ではなく、直接人の命を奪う事があるかもしれない。
そんな私は、はたして元の世界に戻って、いつもの生活をやっていけるのだろうか。
いいえ、既に犠牲者を出した時点で私は人殺しだ。ふと、自分が自分ではなくなっていくようで、怖くなった。
「ユラ様、この上に乗って下さい。他の者もそろそろ着いているでしょう」
「はい」
リアンヌさんに言われ、木々に隠れるようにして地面に設置されている石で造られた円形の台へ上がった。
これからどうなっていくのだろう。
「いきますよ」
リアンヌさんの声で私は転移に備え目を閉じた。
そうよ。
進むしか選択はないじゃない。
しっかりしないと。
あと二つの神器を手にいれれば、終わるのだから。




