15.息抜きのはずが
『呼びましたか?』
「呼んだ」
深夜の寝室。私はベッドの上に座り光を呼び出した。月が出ているのか室内がぼんやり見える中、呼び出した光は、外の月と本人の輝きで白く淡く光る彼はとても綺麗だ。
「とりあえず謝りたくて」
『何をですか?』
「くだらない事で剣になってもらった事」
金の瞳の男は私の言葉に耳を澄ませている。そう、これは懺悔だ。
「ごめんなさい」
考えなしに、衝動的に動くのは愚かだ。
まして無駄に人を傷つけかけた。こんな荒い面を持つ自分にも驚きだった。それほど今の状況は、私にとってストレスということかな。
『貴方は私の主なので貴方の心のままに』
なんの問題もないと言いきる光。でもそれって、ストッパーがないって事よね。ベッドに仰向けで転がりながらふと思う。
「こういう世界は麻理のが向いてるのにな」
『マリ?』
「私の妹。私は全くだけど、麻里はファンタジーやゲーム好きだからきっと詳しいはず」
大学生の妹は、器量よし、要領よしで母のお気に入りだ。
「何をやっても苦労せずクリアできる妹には、よく不器用だと言われているの」
『おねーちゃんって、いつも最後のつめが甘いよね!』
そして必ずこう言われ話が終わる。
でも、ずけずけ言う妹だが、残業続きで疲れている時には、部屋の机に大量のチョコと栄養ドリンクがデンッと置かれていたり、なかなか良い奴なのだ。
いけない、現実逃避だ。私は光にお願いした。
「光とノアには、私がいつもと違っていたら止めて欲しいの」
側にだらしなく伸びているノアにも声をかけた。ノアは尻尾をひとふりした後、クアっと大あくび。
『それは、難しいですね』
かたや、光は神器とは思えない程人間味のある表情、困惑している。まあ、そうよね。
「ようは、やりたくない事とか言ってね。私は支配したくない」
『…初めてそのような事を言われました』
不思議そうな、驚いたような表情の後、彼は微笑んだ。
『貴方の望むままに』
そう言い人から腕輪に戻った。
「だから望むままじゃ駄目じゃん」
つい、一人でつっこみをいれてしまった。
「嬢ちゃんどうよ」
「いいです」
「息抜き大事たぜ」
「そうですね」
「連れてきてもらってよかったです」
剣を振り回し反省した次の日。
私はリューナットさんに朝っぱらから強引に連れ出され城から近い街に来ていた。今いるのは、公園みたいな場所で休憩中。
「気温もこの時期一定のはずだが、やっぱりおかしくなってやがる」
リューナットさんの呟きで私は空を見上げた。確かに昨日は、春のような暖かさだったのに、今日は寒く空もどんよりしている。
私は大きな噴水の縁に腰かけ伸びをし固まった体を緩める。
カチン
左手首にある白色と水色の腕輪がぶつかり音をたてた。水色の腕輪に触れる。白色のとは違いやや曇っている色だ。
昨日、光に聞いたら光は神によって浄化とやらがされているけど、水は酷くはないが穢れていて色がそのせいで濁っているらしい。
『どうやったら、この濁りが消えるの?』
『私も穢れを祓う手伝いはできますが、一番はユラ、貴方次第です。持ち主の心が神器に影響していくのです』
『なんか、わかったような、わからないような』
光が言いたいのは、私の精神状態が安定してるといいって事なのかなぁ。
体少し動かすか。
「どした?」
「ちょっと運動を」
周りを見ると人はまばらだ。私は肩幅より少し狭く足を開きゆっくり動き始めた。吸って細く長く吐く。最初身体はガチガチな動きだったけれど、徐々に体が動いてきたのが分かる。
「単なる躍りと違う、不思議な動きだな」
「太極拳です。健康の為に動きやすくアレンジされているらしいですが、本来、攻撃と防御の動きです」
「面白い」
噴水の縁に座っていたリューナットさんに簡単に説明をした。息を吸って攻撃で吐く。足は地についてるかのように。
太極拳の先生をしている伯母の教室へ二十歳くらいから細々と通っているうちに全部ではないけれどよく耳にする事は自然と覚えた。
何かに集中するのは、疲れるけれど気持ちがいい。
「嬢ちゃん!腕!」
「え?」
集中していた私は、騒ぎ出すリューナットさんの声で変化に気づいた。はめている光と水の腕輪がいつの間にかそれぞれ白色と水色に光っていた。
『そのまま』
動きが止まりかかっていた私の頭に光の声が聞こえてきた。私は慌てて再び動きだす。
腕輪からでている白色と水色の光はやがて絡み合い上にのびていく。
「うわっ」
声のするほう、リューナットさんを見ると、彼の後ろの噴水の水が竜巻のような動きをし、それは噴水だけでなく、近くを流れている川、池からも発生し、それらは白色と水色の光に螺旋し空へ上がっていった。
ゴォォッ!
「つっ!」
よりいっそう強い風が発生し突き抜けていった後、雲っていたはずの空には光が射し込み霧はキラキラと光を浴び輝く。
「あっ」
アクアマリンのような光をまとった青い髪に水色の瞳の少女が空中に浮いていた。
『楽になったわ』
ありがとうとその少女は言った直後、その姿は消え腕輪が私の手に落ちてきた。
それは、今の少女と同じアクアマリンの色をしていた。
「こんな澄んだ気がっ」
「救世主だ!」
「間違いない。」
霧によって濡れた髪を振り周りを見渡せば、辺りは興奮した人で埋め尽くされていた。
救世主?
私が?
「なんか、えらい事になりそうだ」
噴水の近くにいたせいで、びしょ濡れのリューナットさんが、そう呟いていたのを私は知らない。