最終話 大団円
その週の土曜日、剣道部は特に何の問題もなく文化祭初日を迎えた。剣道部の喫茶店は大学構内で有名な4人が居るからか、朝から大繁盛している。ウェイター姿の叶見はその光景を見ながら小さくため息をついた。
「・・・絶対、アニメ研究会のメイド喫茶の方か楽しいのに、何でこんなに忙しいわけ?」
「ここにくる男子大学生の大半はあなたのファンだと思いますけどね」
叶見は、横にいる瑛太とその瑛太に視線を集中させている男子大学生の群れを交互に見て呟いた。
「いや、多分違うと思う」
瑛太は今「男ばかりだとむさくるしいから」という理由で黒いワンピース・白エプロンのミニのメイド服を着ている。叶見はほとんど冗談のつもりだったのだが、瑛太は女顔で身長も168cmと男子大学生にしては小柄なため、全く違和感がなく、むしろ似合いすぎて言い出しっぺの叶見が「・・・何かゴメン」と謝ったぐらいだった。その時、叶見は店内をキョロキョロ見渡した。
「そういえば、琉と青邦はこの忙しいのに何処行ってるの?」
「構内を歩いて宣伝に行ってもらってます。というわけで、かなさんもきちんと働いてください」
瑛太はお盆を渡しながらそう言った。叶見は渋々「は~い」と返事をした。その時、外に宣伝に行っていた青邦が戻ってきた。そして、青邦の後ろから菊乃・美月・日紗都が入ってきた。
「叶見、お前に客だ」
「ああ3人共。いらっしゃいませ」
「すごく大盛況なようね。まあ、叶見たちは私の大学でも噂になってるから当然だろうけど」
そう言って笑う菊乃を瑛太はじっと見つめたまま固まっている。菊乃は瑛太の視線を感じ、首を傾げた。
「どうしたの?瑛太くん」
「・・・菊乃さん、その髪型どうしたんですか?」
瑛太が菊乃に以前会ったのは3か月前。その時、菊乃の髪はロングヘアーだったのだが、今は肩につくかつかないかぐらいの長さのショートヘアーになっている。菊乃は髪をいじりながら答えた。
「ああ、これ?要約自分の生い立ちが分かって吹っ切れたから、これを機会にイメチェンしようと思って。・・・やっぱり変かな?」
「いえ、そんなことないです。ただ気になっただけなので」
「じゃあ席に案内するよ。こっち」
叶見は3人を空いている席に案内し、メニューを見せた。
「お好きな物をどうぞ。ここは私が奢るから」
「本当!?」「叶見姉、ありがとう!」
双子は嬉しそうにメニューを見始めた。
「叶見、いいの?いつも外食の時は叶見が全額支払ってるけど」
「いいのいいの。気にしないで。菊乃には日頃から家の事で苦労かけてるから外食とかは私が出すのは当然でしょ?」
「叶見姉、男前!僕、女の子だったら惚れてるかも!」
「そう?ありがとう、日紗都」
叶見は満面の笑顔で日紗都の頭を撫でた。その光景を見ている青邦は呟いた。
「何かああいうのいいな。家族って感じで」
「ええ、そうですね」
瑛太が青邦の言葉に頷いたその時、青邦と同じく宣伝に行っていた琉王が帰ってきた。
「ただいま~」
戻ってきた琉王は赤髪ロングヘアーのウィッグを被り、瑛太が来ているのと同じ型のロングスカートのメイド服を着ている。そして宣伝用のビラを入れていた籠はお菓子と模擬店の食べ物でいっぱいになっている。
「琉、遅かったですね。ていうか、その食べ物の山は何ですか?」
「外歩いてたら模擬店の女の子たちがくれた」
団子を食べながら琉王は瑛太の問いにそう返した。青邦は籠ごと食べ物を没収した。
「今は喫茶店のシフト中だろ。食べ物を食うな。後で返してやるから今は我慢しろ」
「・・・ケチ」
そう呟いて頬を膨らませた琉王の可愛さに周りの男子大学生たちは視線を奪われた。
「あの子、可愛くね?」「男とは思えないぐらい綺麗だな」「さすが帝都大学、綺麗な奴が揃ってるな」
瑛太は琉王を見ている男子たちを一瞥すると琉王に向き直った。
「そういえば、ビラは配り終えましたか?」
「うん、全部配った。・・・ああ、そうだ。途中で知らない男の人からセイホウに伝言頼まれたよ。あと30分ぐらいで喫茶店に行くから待っといて欲しいんだって」
「はあ?お前、知らない奴からの胡散臭い伝言をわざわざきいてきたからこんなに遅くなったのか?」
琉王はその青邦の言葉に頷いた。青邦はそのマイペースな表情に大きなため息をついた。
「相変わらずお前は普段は平和ボケしてるな。戦闘の時や試合の時とのギャップが大きすぎるだろ」
「?そう?」
「・・・まあ、そういう人ほど戦場では脅威になったりするんだよ」
そののんびりとした声に3人は一斉に店の入口を見た。そこにはいつも通り黒い着物を着た翔也がいた。
「あんたは」
「こんにちは、こちらの世界では会うの初めてだね。青龍の憑依主さん」
「翔也さん!来ていたんですか?」
「この前、叶見と菊乃ちゃんが里帰りした時に今日文化祭初日だって聞いたからね」
その時、客のうちの1人が琉王を呼んだ。
「明宮くん!一緒に写真撮りたいんだけど」
「・・・めんどくさい」
「コラ、琉!お客さんに失礼だろ!すいません、すぐに行かせるので」
青邦に背中を押され、琉王は渋々客の元に歩いて行った。琉王が歩いていくと今度は瑛太に部員が話しかけてきた。
「雪野川先輩、裏方が呼んでます」
「今行きます。・・・ああ、そうだ。青邦くんは休憩に行ってきてください。翔也さんと話があるんでしょう?」
「ああ」
「それじゃあ僕は裏の様子を見てきます。翔也さん、ゆっくりしていってくださいね」
翔也がその言葉に頷くと瑛太は裏に引っ込んで行った。2人は向かい合ったまましばらく沈黙していたが、青邦がふと思い出して口を開いた。
「ええと、そう言えば俺、まだあんたに名乗ってなかったな。周 青邦。青龍の憑依主だ」
「青邦くんか。青龍の憑依主らしい名前だね」
「俺と妹は生まれつき髪が青と赤だったからな。そこから名付けたらしい」
翔也はチラッと菊乃・美月・日紗都と話している叶見を見て、青邦にこっそり話した。
「さっきあの子に伝言を頼んだ通り君に話があるんだ。私についてきて」
青邦はコクッと頷いた。そして2人は叶見たちに気付かれる事無く模擬店の外に出た。
2人は模擬店が集中している2号館から出ると工学部の研究棟の屋上に来た。ここは本来なら立ち入り禁止なのだが、今日は文化祭で研究に追われている院生以外この棟にいないため、2人は簡単に屋上に入れた。翔也は文化祭の賑わっている様子を見下ろしながら呟いた。
「こんなに騒がしい所に来たのはいつ以来だったかな。祭りは良いね。どんな人でも楽しいと感じる事が出来て笑顔になれる。・・・私がこんな所にすすんで来るなんて、昔の私が見たら驚くだろうな」
翔也は、沈黙している青邦に向き直るときいた。
「それで、君は何処まで私と叶見の関係を知っているんだい?」
「・・・あんたと叶見が実の親子で、叶見と菊乃さんが双子の姉妹だってことぐらいしか知らない。ところで、俺をこんな人気のない場所に呼び出すなんて、他に何か俺だけに話したい事でもあるのか?」
「いや、話したい事というよりもききたい事があったんだ」
翔也は青邦を見据えて続けた。
「君はキトラが最期まで側に置いていた人間だ。私と別れてからのキトラの話が聞きたい」
青邦は翔也とキトラが兄弟だった事を思い出し、納得した。
青邦はキトラの事を翔也に話し始めた。初めてキトラに出会った時の事。キトラが杏朱を助けてくれた事。そして、最終的に敵となってしまったキトラが最後は自分たちを守って消滅した事。全てを話し終えた青邦は最後に言った。
「キトラは不老不死になっても誰かに側にいてほしかったのだと俺は思う。結局、あいつが守ったのは俺たち人間だったからな。・・・だから、俺は一生忘れない。宮古キトラという不老不死に苦しめられた人間が確かにいたことを。他の奴らもきっと同じ思いだろう」
「・・・ありがとう、青邦くん。キトラはきっと、幸せだったと思うよ」
翔也は目を閉じて屋上に吹く風を感じながらそう呟いた。それから翔也は青邦に向き直り、いつも通りの笑顔できいてきた。
「それで、叶見に告白はしたのかい?」
青邦はさっきまでのシリアスな様子から一変して急に恋愛についての事をきかれたため、咽た。一通り咳をして要約落ち着いた青邦は口を開いた。
「何であんたにそんな事をいちいち言わなきゃいけないんだ!?」
「そりゃあ父親だからね。娘たちの色恋には興味があって当然だろ?」
「・・・そういう親父は娘に嫌われるってテレビで見た事あるぞ」
「あくまで『娘にしつこくききまくる親父』は、でしょ?だったら彼氏にきくのはセーフだよ」
青邦は、興味津々な顔でこちらを見てくる翔也を見て大きなため息をつくと話し出した。
「叶見が里帰りした次の日、文化祭準備が終わった後にチャンバラの一本勝負をしたんだ。それで俺が勝って・・・告白、した」
青邦は言いながら恥ずかしくなったのか、顔を段々赤くしながら翔也に話した。翔也は沈黙している。
(娘の恋愛について知るって父親としてはさすがに複雑な心境なんだろうな)
と青邦は思った。しかし、翔也から返ってきたのは意外な言葉だった。
「そうか・・・良かった」
その父親とは思えない発言に青邦は首を傾げた。
「叶見は、うさぎが亡くなってからずっと菊乃ちゃんの騎士だった。それは菊乃ちゃんの事を叶見がどれだけ大切に思っているかの証だけど、やっぱり不安だったんだ。このままでは叶見は一生誰かを好きになれずに約束に縛られて生きる事になるんじゃないかって。だから君には感謝している」
まさか感謝されると思っていなかった青邦は呆然とした。翔也はその様子を見てクスッと笑った。
「君、少しうさぎに似ているね。予想外の言葉に驚く時の顔とか嘘をつくのが下手なところが特に似てる。・・・だから叶見も君に惹かれたのかもしれないね」
「・・・は?」
「じゃあ、私は帰るよ。明日地元で剣道大会が行われるからその準備に駆り出されてるんだ」
「って、おい!ちょっと待て!さっきの言葉の意味は!?」
「じゃあね~」
「おい!」
青邦の制止の声を聞かず、翔也は屋上を出て行った。青邦は先程の翔也の言葉が頭の中を駆け巡り、頭を抱えた。
(確かさっき、俺が因幡さんに似てるから叶見は俺に惹かれたって言っていたよな?・・・まさか、叶見は因幡さんの事が・・・)
そこまで考えて、これ以上考えても埒が明かないと思い、青邦は直接叶見に確かめるために屋上を出た。
屋上を出た青邦は剣道部の喫茶店に戻ってきた。その時には杏朱も遊びに来ていて青邦に振り向いた。
「兄さん、お帰りなさい」
「杏朱、来ていたのか」
「ええ、菊乃さんに誘われたの。そういえば、瑛太さんが兄さんを捜してたわよ」
「?ああ、わかった。ちょっと裏に行ってくる」
青邦が裏方に行くとそこには裏方に徹している剣道部員たちに指示を出す瑛太がいた。瑛太は青邦に気付くと駆け寄ってきた。
「青邦くん、やっと戻ってきましたね!待ってたんですよ!」
「・・・俺、何かミスでもしたか?」
「もう、何言ってるんですか。3時からミスター&ミスコンがあるから1時間前にはここで待機しておいてくださいってお願いしたじゃないですか」
青邦はその言葉で要約思い出した。この大学の文化祭では毎年ミスター&ミスコンが開催されており、各公認サークルはカップルを1組ずつ出場させる決まりとなっている。ベストカップル賞を取ったカップルが所属するサークルには好きなだけ来年度の予算が送られるため、どのサークルも必死になって毎年カップルを送り込んでいると青邦は瑛太から聞いていた。そして、瑛太は「うちの部でベストカップル賞が取れそうなのはかなさんと青邦くんしかいないでしょう」と独断で決定し、青邦と叶見は本人の意思関係なくミスター&ミスコンへの出場を余儀なくされたのだった。
「というわけで青邦くん、これに着替えてきてください。本番まであまり時間がありませんから急いで」
青邦が服を受け取って更衣室のカーテンの向こうに消えると瑛太は女子部員に振り向いた。
「かなさんは着替え終わりましたか?」
「あともう少しです・・・はい、完了です!」
叶見の着替えを手伝っていた女子部員がカーテンを開けた。そこには髪にウェーブを掛けられ、藍色のパーティードレスに身を包んだ叶見がいた。その麗しい姿にその場にいた部員たちは皆硬直した。叶見は頭に付けている赤い薔薇のコサージュに触れながら顔を少し赤くした。
「その・・・変、かな」
「いや、そんな事無いですよ!」「すごく似合ってます!」「さすが夢藤先輩!」
その時、青邦が手渡された白いタキシードに着替えてカーテンを開けた。
「瑛太、この服少し後ろがきついんだが」
青邦はそう言って出てきた瞬間、叶見のドレス姿を見て呆然とした。叶見はそっぽを向いて口を開いた。
「・・・何か言う事あるんじゃないの?」
「えーと、あの」
その時、青邦はにやにやしながらこちらを見ている複数の目に気づき、睨み付けると言った。
「ああ、すごく綺麗だ」
「!・・・あ、ありがとう」
叶見は直球で褒められると思っていなかったため、顔を真っ赤にして俯いた。
「今回の2人の衣装、考えたのは杏朱さんなんですよ」
「うん、叶見さんには青いドレスが似合うと思ってそうしたの。・・・実は2人の衣装は『四神』の色だけで構成されてるの。気付いてた?」
後半部分は他の部員たちに聞こえないように杏朱は2人の耳元で囁いた。叶見は自分の全身を見渡した。確かに叶見の今の姿は青いドレスに赤い薔薇のコサージュに黒真珠のネックレス、と自分の中にいる白虎以外の色だけで構成されている。ちなみに青邦の格好は白いスーツにボルサリーノハット、黒いシャツに赤いネクタイ。下手をすればマフィアに間違われそうな格好だが、ワイルドな青邦にはよく似合っている。その時、瑛太は青邦のスーツの後ろの調節をちょうど終え、息をついた。
「さて、これでばっちりですね。じゃあ2人共、これは来年度の予算が掛かっています。全力を尽くして頑張ってください!・・・まあ、適当でいいですけど」
「って、おい!もうちょっと気合の入った激励はできないのか?」
「まあ、別にこの賞品に全てを掛けるほど予算が無いわけではないですからね。ただ、面白そ・・・いえ、2人の思い出になればと思いまして」
「さっき面白そうって言葉が聞こえたが?」
「幻聴です」
叶見は青邦と瑛太のやりとりを見てクスッと笑った後、青邦の腕を掴んだ。
「青邦、もうすぐ始まるよ。早く行こう。・・・それじゃあ皆、応援よろしくね」
「「「はい!夢藤先輩!」」」
叶見は青邦の腕を引き、控室を出て行った。それを見送った瑛太は皆に振り向いた。
「さて、応援に行きましょうか。・・・まあ、行っても行かなくても結果は読めてますけどね」
その意味深な発言に部員たちは首を傾げたが、瑛太はそれを無視して2人の応援に向かった。
その日の夕方6時、長かった文化祭初日が終わり、部長の瑛太は部員たちの前に立って口を開いた。
「やっと初日終了ですね。皆さん、お疲れ様でした」
「「「お疲れ様です!」」」
「明日も頑張りましょう。それでは解散!」
瑛太の「解散」の言葉と同時に部員たちは続々と教室を出て行った。ミスター&ミスコンの衣装のままの青邦と叶見は大きく息をついた。
「はぁ~、本当に疲れた。まさかコンテストの後、あんなにたくさんの人に写真撮影せがまれるとは思わなかった」
「ああ、おかげで今日終わるまでこのクソ暑い衣装脱げなかったしな」
「でも、告白タイム、すごく受けてましたよ」
「まあ、大学生のスケールを完全に超えてたけどね」
瑛太と琉王の言葉に2人はコンテストの時の事を思い出し、双方顔が真っ赤になった。コンテストではカップルのアピールの一環として告白タイムと言う男側が女側に愛の告白をする時間があったのだが、所詮は大学生だ。「お前が好きだ」だの「お前の事を愛している」だのありきたりな告白が続いていたのだが、青邦の告白は他の男子大学生の範疇をはるかに超えていた。
「俺はお前に会うまで誰かを愛する事なんて知らなかった。だが、お前に会って俺は変わったんだ。お前には俺の側にずっといてほしい。お前じゃなきゃ駄目なんだ!」
青邦のプロポーズに会場の空気は凍りつき、叶見は予想外だったのか石のように固まった。その光景を瑛太の横で見ていた霧崎教授は「まるで愛する女のために足を洗うマフィアの愛の告白みたいだね。周くん、ちょうどそういう風な格好してるし」と言っていた。勿論、コンテストは2人の優勝で終わった。
「けど、驚きましたね。まさか青邦くんがあんな告白するなんて予想外でしたよ。まあ面白かったし、コンテストは優勝して来年度の予算を確保できましたし、結果オーライですけどね」
「・・・やめろ、俺の黒歴史の傷跡を広げないでくれ」
青邦は本気で落ち込んでいた。その時、琉王は時計を見た。
「あっ、もうこんな時間。オレ帰るよ。リョウと待ち合わせしてるから。・・・ああ、そうだ。カナ、今日リョウの借りてる部屋に泊まるから」
「それじゃあ僕も帰ります。玲魔さんが借りている部屋、ちょうど僕の部屋の隣りなのでそこまで一緒に帰れますし」
「え?瑛太のマンション、満室じゃなかったの?」
「たまたま、3週間前に僕の隣室が空室になったそうで。玲魔さんに会った次の日に部屋を出た所で会った時はすごく驚きましたよ」
瑛太がそう言った時、ちょうど2人は帰り支度を終え、青邦と叶見に振り向いた。
「それじゃあ2人共、また明日」「また明日も頑張ろう」
「ああ、じゃあな」「ばいばい」
瑛太と琉王は教室を出て行った。青邦は大きく息を吐きながらテーブル席の椅子に座った。
「はあ、今日はすごくハードだったな。こんなに疲れたの久々だ」
「・・・ねえ、青邦。単刀直入にきくけど、今朝先生と何を話してたの?」
青邦はビクッとして叶見の方を見た。
「はあ、私が気づいてないとでも思ったの?これでも昔から散々鍛えられたんだから、人の気配を読むのは得意なんだ。そんな私が先生に気付かないわけないでしょ」
青邦はずっと引っかかっていた事が今朝からあった事を要約思い出したが、言っていいのかどうか心の中で迷った。しばらくその場に沈黙が降り、青邦は要約口を開いた。
「・・・翔也さんとキトラが兄弟だという事はお前も知ってるだろ?」
「うん」
「自分と別れてからキトラがどんな様子だったかを聞きたいと言われて話して・・・翔也さんは帰って行った」
「・・・ほんとにそれだけ?」
青邦の目は明らかに泳いでいる。叶見は大きなため息をついた。
「相変わらず、嘘をつくのは下手だね。因幡さんにそっくり」
その時の青邦の反応を見て、叶見は要約青邦が隠している事がわかった。
「きいたんだね。私が因幡さんが好きだったこと」
青邦は小さく頷いた。
「・・・先生が言った事は本当だよ。私は因幡さんが好きだった。初恋だったかもしれない。でも、菊乃の事も同じくらい大切だったし、自分の気持ちひとつで大切な人たちとの絆を壊したくなくて、ずっと言わなかったけど」
「じゃあ、俺を好きになったのはやっぱり因幡さんと俺が似ているからか?」
「うーん。最初に青邦の事が気になり始めたきっかけはそうだったかもね」
青邦はそれを聞くと少し顔を俯けた。だが、叶見は続けた。
「でも、青邦はあの暗い帰れる保証もない闇の中で私を見つけてくれた。そして、私がずっと心の中に押し込めていた悩みに気づいてくれて、真実を知る勇気をくれた。あなたの事が好きになったのはその時だよ」
叶見は、その言葉に顔を上げた青邦を優しく抱きしめた。
「さっきのコンテストでは青邦の言葉が嬉しくてつい固まっちゃったけど、今返事をするよ。・・・私もあなたとずっと一緒にいたい。あなたじゃないと駄目みたいだね」
叶見の顔は真っ赤だった。青邦は叶見の照れた顔が愛しくて立ち上がると叶見の顎を指で持ち上げた。
「あ、あの、青邦?」
「・・・煽ったお前が悪い」
その言葉に叶見が首を傾げたその時、青邦は叶見を抱きしめ、叶見の唇にキスをした。叶見は抵抗する暇がなく硬直していた。しばらくして青邦が離れると叶見の顔は更に真っ赤になっていた。
「・・・あ~、これすごく恥ずかしい。青邦、あの舞台上でよくあの告白言えたね」
「う、うるさい!瑛太から告白タイムの存在を聞いてなくてあの時はとにかく何か言わなきゃって必死だったんだよ!」
青邦は顔を真っ赤にしながら叶見から顔をそむけた。
「とにかく、着替えて帰るぞ。明日も早いんだから」
「そうだね。・・・ああ、そうだ。さっき杏朱ちゃんからメールが来て『今日、菊乃ちゃんと叶見さんの家に泊まるから兄さんもそっちに来るように』だって」
「・・・あいつ、また当日に無茶な事を言ってきて」
「別にいいでしょ。明日も文化祭なんだし。そうだ、帰りにスーパーで買い物して帰ろう。青邦は荷物係」
「ああ、わかったよ。杏朱も世話になってるんだからそれぐらいやってやる」
こうして2人は教室を出た。叶見は扉を閉める時にふと思い出した。
(あ、そういえば、川で溺れた時以来白虎には会ってないな。結局この前の事件の時も会えなかったし。・・・いつか、この前の事を謝れたらいいな)
「叶見、行くぞ!」
青邦の言葉に叶見は笑顔で頷いた。
「うん!今行く!」
一方、彼岸の三途の川の川岸には銀髪の侍・白虎が立っていた。三途の川の川面は現世の様子を映すスクリーンの役目があり、彼岸にいる者だけがその映像を見る事が出来る。白虎はその金属のような銀色の瞳で、教室から楽しそうに出て行く叶見と青邦を眺めていた。
「・・・良かった、叶見が元に戻ってくれて」
「ほんと、一時はどうなるかと思ったけど、とりあえず一件落着って感じね」
白虎の横に並んだ朱雀がそう呟いた。
「朱雀、琉王を離れて後悔はないのか?ガルダとかいう魔術師は琉王の手によって倒されたが、奴には腹心の部下がたくさんいる。奴らが主の遺志を受け継ぎ琉王を狙ってくるかもしれないというのに」
「大丈夫よ。琉はそんなガルダよりも弱い奴らに簡単にやられるような男じゃないわ。一度受け入れたから私にはわかるの。・・・あなたも同じ思いなんでしょ?」
「ああ。叶見にはこれから先もたくさんの試練が待っているだろう。そもそも人生にはたくさんの障害が付きものだが、あの子たちのように普通でない人間ほど壁は大きく立ちはだかる。だが、あの子たちならば乗り越えて行ける。孤独を知っている人間は誰よりも人を大切にして生きる事が出来るからな」
「人間として生きていた時のあなたみたいに?」
白虎は小さく頷いた。その時、白虎たちの新しい同居人が川岸に歩いてきた。
「白虎・朱雀、因幡さんが晩御飯出来たって。・・・またここにいたの?もう心配はいらないって言ったのに」
「心配いらないと言われると余計に心配になるのが保護者の性だ。お前も青龍の憑依主の育ての親ならわかるだろう。神の能力を持つ人間よ」
なんと四神たちの新しい同居人はパラレルの世界で消滅したキトラだったのだ。キトラは小さく頷いた。
「うん、小さい頃の青邦はよく無茶をしたから目が離せなかったよ。でも、その無茶はきっと自分は1人きりで生きていると思っていたから出来たんだろう。今、青邦にはたくさんの仲間がいるからもう無茶な事はしない。僕はそう信じてるよ」
キトラは子供を見守る目でそう言った。朱雀はため息をつくと呟いた。
「それにしてもあんた運がいいわね。1つの世界が消滅するとその世界の魂は消滅するはずなのに、世界消滅直前に時空を超える能力が発動してたまたま彼岸にたどり着くなんて」
「・・・結局、僕は完全には死ねなかった。ただそれだけだよ」
キトラは微妙な顔でそう呟いた。その時、白虎が尋ねた。
「それで、貴様はこれからどうするつもりだ?天国に行くか地獄に落ちるかぐらいしか選択肢はないがな」
「どうせどの世界でも僕ははぐれ者だ。それに、天国に昇って平和に暮らすのも地獄に落ちて責苦を受けるのも性に合わない」
「じゃあどうするつもりなの?」
朱雀の問いにキトラは答えた。
「君たちと同じになる」
その想定外の言葉に白虎と朱雀は驚き、顔を見合わせた。キトラはそんな2人を無視し、川面を眺めた。
「さて、僕の勘が正しければもうそろそろ・・・」
その頃、叶見と青邦はスーパーでの買い物を終え、帰路についている所だった。家に向かいながら談笑している2人は、ヘッドフォンで音楽を聴きながら歩く中学生ぐらいの少年とすれ違った。その時、叶見の頭に人の声が響いた。
(・・・また会えたね、叶見さん)
叶見は驚いて後ろを振り返った。しかし、すれ違った少年はそんな叶見に振り向きもせずに離れて行った。
「・・・気のせいかな」
「おい、叶見。どうしたんだ?」
「ううん、何でもない」
叶見は青邦の元に駆けて行った。その時、少年が少し後ろを振り返って小さく笑った。
「大丈夫、きっとまたすぐに会えるから。・・・その時はまた話そう。今度は友達として」
少年は意味深な言葉を呟き、その場を離れて行った。その少年の瞳はキトラと同じ紺色だった。
昔、日本には「四神」と呼ばれる人斬りたちがいた。
彼らは死んでもなお、その罪を赦されず誰かに憑依し続けた。
やがてそれは呪いとして憑依主の一族に伝わるようになった。
彼らはただ自分を受け入れてくれる人を探し求めていただけだったのに・・・。
そんな彼らの願いが叶ったのはずっと後の話。
運命に抗って抗い続ける勇敢な憑依主たちの勇気と強い絆だった。
これで四神の憑依主たちの物語は終わりです。
こんなだらだらと長い話をここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。