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四神相応  作者: 夢藤 叶見
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第8話 終わりの始まり

どうやら、キトラの世界にワープしてから2週間ほど経っていたらしく、叶見と琉王が家に帰ると菊乃・美月・日紗都はただ「お帰りなさい、お土産は?」と言ってきた。聖瑠は菊乃たちに「2人は大学の学会でしばらく帰ってこない」と嘘をついていたらしい。勿論、聖瑠は2人が帰ってきた途端、2人に抱き着き大声で泣いた。叶見は「こういう風に出迎えてくれる人がいるのは当たり前のことじゃなく、とても尊いものなのだ」という思いでいっぱいだった。


次の日、4人は霧崎教授に揃って呼び出された。何故呼び出されたのかわかっていない3人に「多分、講義を2週間休んだことに関して事情をきいてほしい」と各学部の教授に頼まれたのだろうと瑛太は言った。眉目秀麗な4人は大学構内でとても目立つ存在だ。そんな4人が全員2週間も授業をサボれば当然生徒たちは疑問を持ち、その疑問は教授たちにぶつけられる。しかし、教授たちは理由を知っているわけがなく、4人と親しい間柄である霧崎教授に泣きついたのだろう。それが瑛太の立てた推測だった。その推測は大体当たっているだろうと他の3人は思った。何故なら今朝、4人と聖瑠が大学に通学した時、大勢の学生に囲まれ、「何故2週間も大学に来なかったのか」と問いただされたからである。

ちなみに、杏朱は青邦が1人暮らしをしているマンションにしばらく居候することになり、今日は菊乃と一緒に桜葉大学(菊乃の通っている大学)に編入手続に行っている。キトラはただ杏朱を生き返らせただけでなく、杏朱が普通の人間と等しく学校に通って職に就けるように準備していたらしい。青邦のマンションの洋服ダンスの中にいつの間にか大学関連の資料と杏朱の戸籍に関する資料が入っていて驚いたと青邦は言った。

「・・・もしかしたら、キトラは自分が消える事をあらかじめ知っていたのかもしれないな」

青邦はやりきれない顔でそう呟いた。ちなみに、こちらの世界の人はキトラの事を誰も覚えておらず、「宮古キトラ」という不老不死に苦しめられた人間の存在を覚えているのはキトラの世界の最後を見届けた人間たちと翔也・聖瑠のみとなった。それはまるで、キトラの存在の消滅を改めて見せつけられているようで4人は虚しい気持ちでいっぱいだった。

その日の放課後、4人は霧崎教授の研究室の前に来ると、琉王が扉をノックした。中から「どうぞ」という声がしたので、4人は中に入った。研究室の中には霧崎教授と何故か琉王の兄、玲魔がいた。

「リョウ!?何でここに?」

「何故って、聖哉さんにきいていないのですか?実は本日付でこちらの生命科学部に教授として勤める事になったのです」

その言葉に呆然としている4人が面白かったのか、霧崎教授はクスクス笑った。

「ごめんね、聖哉から事前に話は聞いていたんだけど、君たちのその反応が見たくて内緒にしていたんだ」

((((この人、相変わらずドSだな))))

4人が同時にそう思ったのを察知したのか、教授は続けた。

「でも、君たちがこの2週間で我々にかけた心配と迷惑を考えれば可愛いものだと思うけれど?」

4人はビクッとした。霧崎教授は口は笑っているが、目は笑っていなかった。真っ先に叶見が教授に頭を下げた。

「申し訳ありませんでした!私がある事件に巻き込まれて、青邦たちは私を助けるために大学を休むことになってしまったんです。3人を巻き込んだのは私です!処罰は私1人で受けます!!」

「何言ってんだ、叶見!お前を助けるために無茶をしたのは俺たちの意志だ!俺たちも罰を受ける!!」

「そうですよ!かなさん1人のせいじゃありませんよ!」

「オレたちはもうとっくに覚悟できてるよ、カナ」

4人のその様子を見ながら霧崎教授はふうっとため息をついた。

「あのね、私は別に君たちに罰を与えるためにここに呼んだわけじゃないよ。ただ理由が知りたかっただけ。・・・でも、その様子だと私に話せるような内容では無さそうだね」

4人は沈黙した。霧崎教授は再びため息をつくと続けた。

「4人共、行っていいよ。この話はおしまい」

「・・・あの、教授・・・その、処罰とかは?」

「処罰?そんなものないよ」

あっさりとそう言った霧崎教授に4人は「えっ?」という顔をした。

「だって、講義を自主休講しただけの君たちに罰則を与えてしまったら、他の自主休講している怠け者の学生たちにも罰を与えなきゃいけなくなって面倒くさいだけだからね。さっき言っただろう?有名な君たちが休んだ理由を知りたかっただけ、だとね」

それを聞き、4人は同時にほっと息をついた。

「ただし、自主休講した分の遅れは自己責任だよ。私は君たちの才能を買っているけれど、贔屓をするつもりはないからね。まあ、君たちなら2週間分の遅れなんてすぐ取り戻せるだろうけど」

そう言うと教授は「行っていいよ」とでも言うように研究室の入口を指差した。4人は「失礼します」と言うと研究室を出た。玲魔も同じように研究室を出て行った。

玲魔は4人と歩き出したが、しばらくして口を開いた。

「そういえば君たち、もう今日は講義ないんですよね?」

4人は顔を見合わせるとほぼ同時に首を縦に振った。

「では、僕の研究室に来ませんか?一度琉の友達とお話ししたかったんです」

4人はその言葉に同時に頷いた。玲魔の研究室は霧崎教授の研究室の4部屋隣にある。部屋の中は玲魔がここに来てまだ間もないからか、あまり物が置かれていない。玲魔は4人にソファーに掛けるように勧め、自分は事務机の椅子を持ってきてそれに掛けた。

「さて、それじゃあ君たちがこの2週間何処で何をしていたのかについて教えてくれないかな?」

4人はいきなり始まった尋問に驚き、顔を見合わせた。その後、玲魔の気持ちに気づいていた琉王が口を開いた。

「リョウ、本当は大体わかってるんじゃないの?オレたちが何をしていたか」

「・・・やはり、琉は気付いていましたか。さすが私の弟ですね」

「相手の心を読む能力を持っているリョウなら、オレたちの身に起こった事ぐらい簡単に見えるはずだからね」

玲魔は小さくため息をつくと話し出した。

「君たちは、神の力を持つ人間、宮古キトラと戦い、叶見さんを奪還した。そして、宮古キトラはガルダの星崩しの術によって消滅していく世界から君たちを脱出させ、自らは世界と共に消える道を選んだ。そして琉、君は青邦くんの妹を助けるためにある決断をしてそれを実行した。・・・そうですよね?」

玲魔が最後に言ったことに関して何も知らなかった琉王以外の四神の憑依主たちは一斉に琉王を見た。琉王は大きなため息をつき、呟いた。

「やっぱり、リョウにはバレると思ってたけど、こんな形で言う羽目になるとはね」

琉王は3人の顔を見渡すと話した。

「あの時、アンを元に戻すためにスザクをアンの中に入れたって言ったでしょ?そして、スザクはアンと再び憑依主と憑依霊の契約を行う事でアンの記憶を蘇らせた」

そこまで聞いて頭のいい3人は要約気付いた。琉王は小さく頷いた。

「そう、オレはもうスザクの憑依主じゃなくなったって事。元々、オレは一時的なスザクの憑依主に過ぎなかったんだから本来の持ち主に返すのが当然だと思って」

琉王はそこまで言うと3人に頭を下げた。

「ごめん皆、せっかく仲間だって言ってくれたのに、皆を裏切るような事をしてしまって」

「裏切る?何がだ?」

青邦の言葉に琉王は頭を上げた。

「もし、お前と同じ立場に立ったら、ここにいる誰もがお前と同じ事をしたと思うぞ。いや、もしかしたら無条件で皆とつながっていたものを捨てるようなものだから、多少躊躇したかもしれないが、お前は杏朱の身を守る事を迷いなく選んだ。それだけでも立派だ」

「そうだよ、琉。何も謝る事なんてないよ」

「・・・でも」

「琉」

瑛太が琉王の手を取った。

「琉は、憑依霊付きの僕たちの事、嫌いなの?」

「!そんなことない!大好きだよ」

「じゃあ、それでいいんじゃない?こんな事で壊れてしまうほど僕たちの関係は浅くないはずだよ」

琉王は瑛太や皆の笑顔に釣られて笑顔になった。

「皆、ありがとう」

真の絆を確かめ合った4人は、部屋の整理のためにまだしばらく作業をする玲魔を部屋に残し、帰路についた。帰る途中、青邦は思い出したように叶見に言った。

「叶見、今度の日曜日空いてるか?」

「うん、暇だけど、何で?」

「実は、お前の心の中に入って迷子になって途方に暮れていた時、お前の師匠に会った」

叶見は、キトラに聞いた自分の生い立ちを思い出し、表情が硬くなった。青邦は、その表情を見て一瞬言おうかどうか迷ったが、男同士の約束をしてしまったため、続けた。

「そこでお前への伝言を預かった。今回の事件が終わったら因幡さんの家に来てほしいそうだ」

叶見は考え始めた。たとえ、自分に隠し事をしていたとしても翔也が大事な師匠である事に変わりはないし、何よりキトラが教えてくれた事を無下にするのはいけない気がする。叶見はそう考え、決心した。

「わかった。翔也先生に会ってくる」

青邦はそれを聞くとにっと笑った。

「ああ、そうしろ。そして、自分の生い立ちを教えてもらってこい」

叶見は少し笑顔を取り戻し、小さく頷いた。


その日の夜、叶見は、晩御飯後の皿洗いをする菊乃に言った。

「・・・あのさ、菊乃」

「ん?何?」

「今週の日曜日、暇?」

「うん、暇だよ」

「・・・里帰りしようと思ってさ」

菊乃は皿洗いの手を止めて叶見をじっと見た。叶見はずっと黙っている菊乃にきいた。

「どうしたの?」

「・・・ううん、だって叶見、中3の時に里帰りしてから1回も故郷に帰ってないからどうしたのかなと思って」

「ああ、まあ、色々先生と話したいことがあってさ」

菊乃はその言葉を聞くとクスッと笑った。

「何笑ってんの?」

「だって、珍しいから。叶見が翔也さんと話したいから里帰りしたいなんて言った事無いじゃない?いつも私と一緒に透さんの墓参りをするためにしか里帰りしてなかったし」

叶見が顔を俯けながら顔を赤くしているのを見て、菊乃はにっこり笑った。

「いいよ。一緒に里帰りしようよ」

「うん、ありがとう」

叶見はその日のうちに翔也に電話をし、今週の日曜日に里帰りする事を告げた。


その週の日曜日、叶見と菊乃は美月と日紗都の世話を聖瑠と琉王に任せ、家を出た。2人の故郷は都心郊外にあり、電車で3時間は掛かる場所にある。流れていく車窓の景色を眺めながら菊乃はとても楽しそうにしている。帰郷するのは約5年ぶりのため、テンションが上がっているのだ。

「あの家に帰るの久しぶりだね。透さんのお墓参りもしないと」

「・・・そうだね」

叶見は菊乃と違い、元気なく呟いた。菊乃はそれは仕方のない事だと思っていた。自分にとってあの場所は幸せな時間を過ごした思い出の場所だが、叶見にとっては自分の弱さを見せつけられた場所なのだから。

2人が駅に着くと改札前に翔也が立っていた。翔也は5年前と変わらず、優しそうな好青年の顔に掴みどころのない笑顔を浮かべている。しかし、今日の翔也の服装はいつもの黒い着物ではなく、黒いスーツだ。叶見と菊乃はその事に違和感がして、菊乃が翔也に尋ねた。

「翔也さん、どうして今日スーツなの?珍しいね」

「君たち、後でうさぎの墓参りに行くつもりだろう?今日は私も付いていこうと思ってね。いいかな?」

「いいよ。今まで一緒に墓参り行った事無かったし、新鮮かも。ねえ、叶見」

叶見は「うん」と小さく頷いた。翔也は叶見の心中を察していたため、何も言わなかった。菊乃は2人の空気が重い事を感じ、それを変えようと笑顔で言った。

「じゃあ、透さんの家に行こう!途中にあった駄菓子屋さん、まだあるかな?」

「ああ、あの店ならまだあるよ。おばあちゃんもまだ元気だ」

「そう、よかった~。家に着いたら挨拶に行かなきゃ」

翔也と菊乃は楽しそうに会話をし、その後ろから叶見が黙ったままついていく。その光景は目的地まで続いた。透が亡くなった年に翔也が透の家を土地ごと買い取っていたため、この家は今もまだ昔の装いを変えず建っている。菊乃は家の中に入り、懐かしそうに家の中全体を見渡した。

「昔と全然変わってない。懐かしいな~」

「本当に不思議だね。うさぎが居なくなってもこの家は装いを変えないのに、君たちはあの頃よりも大きくなって心も体も成長している。時間は私とこの家を残して確実に過ぎていっているんだね」

「翔也さん?」

「・・・いや、何でもない。今の言葉は忘れてくれ」

翔也はそう呟くと菊乃に言った。

「そういえば菊乃ちゃん。駄菓子屋のおばあちゃんに挨拶に行かなくていいのかい?」

「ああそうだった!叶見、挨拶に行こう!」

「・・・ごめん、菊乃。1人で行ってくれる?ちょっと先生と話があるんだ」

菊乃は叶見の表情を見て事情は知らないが、自分が首を突っ込んではいけない事だけは察した。そして、いつも通りの笑顔で返した。

「うん、いいよ。久々に師弟で話し合いたいだろうし!・・・じゃあ、行ってくるね!」

菊乃が家を出て行くとその場に重い沈黙が降りた。翔也はその空気を破るために口を開いた。

「叶見・・・その・・・」

「先生、喉乾いてない?」

急に発せられた言葉に翔也は少し驚いて「えっ?」ときき返してしまった。

「確かこの家、水道も電気も止めてないんでしょ?お茶入れるよ。ちょうどお菓子もあるし。・・・話はそれからでいい?」

翔也は叶見に素直に頷くしかなかった。2人は居間に移動し、叶見が入れたお茶と持ってきた茶菓子を前にしばらく黙っていたが、叶見が最初に喋りだした。

「先生、そんなに緊張しなくていいよ」

俯いていた翔也は顔を上げた。

「宮古先輩に話を聞いた時、確かに驚いたし、たくさんの疑問が浮かんで頭の中混乱したけど、何か今更って感じだったし、不思議と今まで教えてもらえなかった事に対する怒りとかは全然湧かなかったんだ。それに、私は今まで自分が選んできた道に後悔はしていないから、『ただ知りたい』ってだけなんだ」

叶見は翔也を見据えて続けた。

「だから、どんな話を聞くことになっても私は後悔しないから、私の生い立ちを教えてよ」

翔也は叶見の目に決意の色が見えたため、口を開いた。

「君は本当に強くなったね。昔、自分の事を受け入れられずに暴れていた時とは大違いだ」

「あの頃の私は暴れる事でしか感情表現できなかったからね」

翔也は一口お茶を飲むと息をついた。

「それじゃあ話そう。今まで君に隠していた全ての事を」


叶見は翔也を見た。翔也の目にはもう迷いが見えなかった。とうとう知りたかった事を話してもらえる。叶見は緊張を隠すために拳を膝の上で強く握りしめた。

「私とキトラが生まれたのは江戸時代後半、そして私たちが成人した頃にはちょうど幕末で四神と呼ばれる人斬りたちが日本全国で暴れ回っていた。信じられないかもしれないけど、私たちは生まれた時は普通の人間だったんだよ。しかし、不老不死なんていう神の領域の研究をしていた両親によってこんな体にされてしまった」

「ひどい。子供を自分たちの研究材料にするなんて」

「そうだね。その罰が当たったのか、両親は自分たちを実験台にした時の失敗の反動で逆に老化速度が速まり、帰らぬ人となった。私とキトラはもう二度と自分たちのような人間を造らないために両親の研究所を焼き、別れた」

「それから、先生はどうしてたの?」

「・・・ただ全国をフラフラと歩きまわっていた。私にはキトラのように時空を移動する能力はなかったからね。その時が一番感情をなくしていた時かもしれないね。誰か自分を殺せる人間はいないだろうか、なんて淡い希望を持ちながら様々な場所に行ったけれど、そんな人間は勿論いなかった。誰かと深く関わるとその人は絶対私よりも先に死んでしまうから誰にも関わらず孤独にこれから先も生きていくのが自分の人生なのかと思うと辛かったし苦しかった」

叶見は俯いて沈黙した。翔也の苦しみが痛いほど伝わってきたし、もしかしたら自分も同じ思いをこの先しなくてはいけないのかもしれないという恐怖が襲い掛かってきたのだ。翔也はそれを察したのか、安心させるように言った。

「叶見、安心していいよ。叶見が私たちと同じ苦しみを味わう事はない。私たちの不老不死は生まれつきのものではないからね。私の血を引いている君は普通の人間だよ」

叶見はそれを聞いてほっとしたと同時にある疑問が浮かんだ。

「血を引いているって事は私の父親は先生で間違いないんだよね」

「そうだよ」

「じゃあ、私の母親は誰なの?」

翔也は「それは順を追って話すよ」と言い、昔話を続けた。

「先程、日本全国をフラフラしていたと言っただろう?その時に出会ったのが四神たち。君たちの中にいる憑依霊たちだったんだ。彼らは不老不死の私に興味を持ったらしく、事ある事に私を訪ねてくるようになった。しかし、彼らは普通の人間だ。いつか死期が訪れる。私は彼らに尋ねた。『何か私に出来る事はないか』とね。不老不死になって初めて接触した人間だった彼らに何かしてあげたくなったんだ。他の3人は特に何も言ってこなかったんだけど、君の中にいる白虎だけは違った。『では、私の子孫たちが私のようにならないように見守ってほしい。武士の血に飲まれて暴れて人を傷つけるのは私で終わりにしてほしい』と白虎は言ったよ」

「意外だね。あの白虎がそんな事言うなんて」

「今君の中にいる白虎は日本全国で暴れまわっていた若い頃の白虎の記憶しか持っていないからね。私に頼み事をした頃の白虎はもう妻も子供もいたし、家族を持って初めて大事な事に気付いたのだろう。だが、運命とは残酷だ。白虎の思いとは裏腹に代々憑依主となった白虎の一族は時に暴走し、自分の意志を失う者まで出た。それでも私にはひたすら剣術を教えて精神を強く持たせる事しか出来なかった。そして時は過ぎ、白虎の一族は本家を残して他の分家は全滅した」

「全滅!?どうして?」

「憑依霊となった白虎に精神を乗っ取られた者に子孫を残す余裕があると思うかい?」

叶見はその言葉で納得した。白虎に憑依された人間の苦しみは自分も同じ身の上のため理解できるからだ。

「そしてその頃、私はある女性と出会った。彼女は生まれつき体が弱く、本家から白い目で見られていた。しかし、本家は彼女を捨て置くことはできなかった。・・・何故なら彼女は生まれつき髪の色が銀色だったにも関わらず白虎に憑依されていない異色の人間だったから」

叶見はその言葉に顔を上げた。翔也は写真を取り出した。そこに写っていたのは銀色の髪の綺麗な女性だった。

「彼女の名前は白木 すみれ。私の最愛の人、そして君のお母さんだよ」

叶見は写真をじっと見つめた。初めて見る母親の姿に彼女は何と言っていいのかわからず、ただ呟いた。

「この人が・・・私のお母さん」

写真の中の女性、白木 すみれは病弱な事を感じさせる儚そうな雰囲気がある女性だが、顔つきは聡明で優しそうで叶見が思い描いていた理想の母親像だった。ただ、少し気になったのは彼女が叶見のよく知る人物に似ているという事だった。

(この人、気のせいかもしれないけど、菊乃に少し似てるような・・・)

「・・・似ているだろう?菊乃ちゃんと」

考えている事が顔に出ていたらしく、翔也は叶見にそう言った。叶見は翔也に心の中を見透かされ、驚きながらも頷いた。

「似ていて当然だよ。君たちの母親は同じ人間なんだから」

叶見はその衝撃の告白が信じられず、つい「えっ?」ときき返してしまった。翔也は一息ついてから続けた。

「叶見、君と菊乃ちゃんは同じ両親から生まれた双子の姉妹なんだ」

叶見は唖然とした。

(私と菊乃が姉妹?)

叶見の表情には動揺と一緒に何故か少し歓喜の色が浮かんでいた。叶見にとって菊乃は妹のような存在だ。そんな菊乃と本当は姉妹だったと聞かされて安心してしまったのかもしれない。

「叶見、その、話し続けても大丈夫かな?」

「うん、あの、確かにびっくりしたんだけど、それと一緒に何故か嬉しさがこみあげてきて」

「・・・そう言えば、叶見、昔から『菊乃と本当の姉妹だったら良かったのに』って言ってたよね」

叶見はその言葉に頷いた後、翔也にきいた。

「先生、これが一番ききたかったことなんだけど、どうして先生は私たちを施設に入れる必要があったの?」

「君たちが生まれてすぐ、私とすみれの関係が本家にばれてしまったんだ。本家は不老不死の私と白虎に憑依されていないのに髪が銀色のすみれの血を引く君たちを『禁忌の子』として始末しようとした。そこで私とすみれは密かに君たちを別々の施設に預ける事にしたんだ。本家が気づかないように片方の誕生日を一日ずらしてね。・・・その後すぐすみれは亡くなり、本家の人間は敵方の家に責められて全滅した。結局、私は本当に1人になり、君たちを迎えに行くことは出来なかった」

叶見はそれを聞いて要約、自分が施設で育てられた理由に納得でき、天井を見上げながら考え込んだ。

(そうか、私たちを両親が手放したのは、私たちを守るためだったのか・・・)

その時、急に翔也が叶見に頭を下げた。

「本当にすまなかった!私は君たちを捨てた最低な父親だ!それでも君たちに軽蔑されたくなくてずっと本当の事が言えなかった!」

「ちょっと、先生!顔を上げてよ!別に謝罪してほしかったわけじゃないんだから」

叶見はそう言って翔也の横に回り、翔也を抱きしめた。

「先生とお母さんが私たちを逃がしてくれたおかげで私たちはここまで大きくなったんだから、今更謝らなくていいよ。それに、先生も苦しかったんだよね?実の娘が目の前にいるのに父親として接する事も抱きしめる事も出来ない。私は親になった事ないからその苦しみを全て理解することは出来ないけど、それがどれほど悲しい事かはわかるよ」

翔也はいつの間にか涙を流していた。

「叶見、ごめん・・・こんな父親で・・・」

「もう、謝罪はいらないって言ったじゃん!」

叶見は翔也の目を見据えて続けた。

「それに先生がどういう気持ちで私に剣術を教えてくれたのかはわからないけど、私は先生にすごく感謝してるんだよ。先生が私の父親だってわかった今でもその気持ちは変わらない。・・・だから、ありがとう。私たちを逃がしてくれて。私たちを生かしてくれてありがとう。・・・お父さん、大好きだよ」

翔也はその言葉を聞くと叶見を抱きしめた。初めての親子の抱擁に叶見はいつの間にか涙を流していた。翔也の体温を感じ、自分は確かに両親に愛されていたのだと実感できて嬉しかったからだ。それから2人は、菊乃が駄菓子屋から戻ってくるまでずっと親子の会話を楽しんだ。翔也は菊乃にも同じ話をしようとしたが、叶見が「私が菊乃に話をする」と言ったため、黙った。菊乃は、何か話だそうとしてやめた翔也に少し首を傾げたが、叶見に向き直った。

「叶見、おばあさんにたくさんお菓子もらったから、お墓参りに行ったら食べよう!」

叶見はその言葉に頷いた。それから3人は透の墓参りに向かった。


透の墓は翔也の家の裏手の山の山頂にある。身寄りのいなかった透は何処の寺にも入れてもらえず、仕方なく翔也が裏手の山を買い取り、そこの山頂に墓を立てる事にしたからだ。迷信深い人間からは「罰当たり」だと言われそうだが、「罰?そんなものとっくの昔に当たっている私には関係ないね」と翔也は悪びれる様子もなく呟いた。(そういう適当な所は私に似てるな)と叶見は思った。透の墓がある山は大して高い山ではないが急な坂道が多いため、山頂に着く頃には叶見と菊乃は肩で息をしていた。しかし、翔也は平然としている。

「翔也先生・・・平気なの?」

「そりゃあ、私は墓の掃除と献花のために何度もこの山に登ってるからね。たまに墓参りに訪れるだけの君たちとは経験値が違うよ」

翔也は肩や靴についたほこりを丁寧に払い落とすと透の墓の前に立った。叶見と菊乃もそれに倣い、墓の前に立つ。翔也はしゃがみこんで手を合わせた。

「うさぎ、今日は叶見と菊乃ちゃんが来てくれたよ。・・・そして、要約本当の事が話せたよ」

その言葉に菊乃は違和感がして叶見を見たが、叶見はただ頷くだけだった。翔也は続けた。

「君は怒るかもしれないね。私は全てを知っていたのに親友である君にも何も肝心な事は話さずに君はいなくなってしまった。そしてこの先、君と私があの世で再会できる日はきっと二度と来ないだろう。でも、これだけは言わせてほしい、私は君と出会えた事が、そして君や叶見たちと笑ったり泣いたり楽しく過ごせた時が今までで一番幸せだった。・・・ありがとう」

翔也が小さく呟いた感謝の言葉は空の彼方に溶けて消えた。

「・・・きっと先生の言葉は因幡さんに届いてると思うよ」

翔也はその言葉に小さく微笑んだ。そして、立ち上がると2人に言った。

「君たち、今日は私の家に泊まっていくんだろう?夕食の準備をするから私は戻るよ」

「うん、私たちも透さんとお話したら戻るね」

菊乃の言葉に翔也は頷くと山を下りていった。翔也の姿が見えなくなると菊乃は叶見に振り向いた。

「それで、私に話があるんでしょ?叶見」

「・・・うん、信じられない話かもしれないけど、さっき先生に聞いた話、全て話すよ」


叶見の話はとても長く、叶見が話し終わる頃にはもう夕方で、太陽が西に沈もうとしていた。菊乃は疑問に思ったことをきき返す事もせず、ただ静かに叶見の話を聞いていた。叶見はその事が気にかかり、顔を俯けながら菊乃にきいた。

「ショックじゃないの?私たちは姉妹だとか、私たちの父親が先生だって事とか」

「・・・私ね、何となくわかってたんだ。翔也さんと血のつながりがあるかもしれないって」

叶見は驚きの表情で菊乃を見た。

「透さんの養子になった時に透さんに『あまり輸血が必要になるような大怪我はするな』って言われたんだ。『お前の血液型は日本全国で1番少ない希少なものだから』って」

「まさか、AB型のRH-?」

「うん。さすが理系だね、叶見」

菊乃は透の墓の文字に手を触れた。

「でも、私はその約束を守れなかった。叶見も知ってるでしょ?6歳の時に私が近所の公園の木から落ちて大怪我を負った事。その時の記憶は曖昧なんだけど、意識を取り戻した後で透さんに教えてもらったんだ。翔也さんが私に血を分けてくれたんだって。その時にもしかしたらって思ったけど、翔也さんは命の恩人だからこんなことを聞いちゃいけないと思って、きかなかったの」

叶見は(そういえばあの事故の時、私は病院に来るなって言われたけど、それは血液型で親子関係がばれるのを防ぐためだったのか)と納得した。その後、まだ透の墓を見つめている菊乃に叶見はきいた。

「それで、その、私の話を聞いた感想はどうなの?」

「・・・完全に怒りが湧いてないって言ったら嘘になるけど、何か今更って感じかしら」

(私と同じだ)

「それに、透さんに会うまでの3年間は本当に地獄のような毎日だったけど、あの日々があって透さんや翔也さん、そして叶見に出会えたんだから、過去に後悔があるわけじゃない。こんな幸せな毎日が送れているのは両親が私たちを守るために手放してくれたおかげなんだから、怒るわけにはいかないわ」

菊乃は叶見の方を向いて笑顔になった。

「だから、叶見も私を守るためにもう無茶な事しないでいいよ」

叶見は驚きの表情で菊乃を見た。

「私、知ってたの。叶見が私を守るって約束を透さんにした事。そして、その約束を守るために私の側にずっといてくれた事。わかってたのに叶見と一緒に居たくて、あの時みたいに離れ離れになりたくなくて、ずっと知らないフリをしていたの」

菊乃は一瞬寂しそうな顔をした後、笑顔に戻った。

「私はもう大丈夫だよ。弱い自分に負けないくらいに強くなるって透さんと約束してからずっと翔也さんに手解きをしてもらって自分の身は自分で守れるようになってるし、・・・だからこれから叶見は自分の幸せのために行動してよ」

(そこに私はいなくていいから)

最後の言葉を心中で呟いた菊乃は「じゃあ帰ろう」と言って歩き出した。その時、叶見は菊乃の腕を掴んで引き寄せた。菊乃は予想外の出来事に驚きの表情で叶見を見た。

「私が今までお前の側にいたのは因幡さんと約束したからだけじゃない。お前と一緒にいたかったからだ」

その言葉に菊乃は(まさか)と思った。だが、叶見が続けた言葉は菊乃の思いとは少し違った。

「菊乃や先生は血がつながってるとかそんなの関係なく、私の大事な家族なんだ。孤独な私と一緒にいてくれたかけがいのない人たちなんだよ。たとえ、この先誰かを好きになっても菊乃たちが居てくれなきゃ私は笑えない。だから、これからも側にいてほしい。私の我儘かもしれないけど」

菊乃はその言葉を聞き、全てを確信した。

(・・・そうか、叶見にはもう好きな人が居るんだ。そして、私への愛情はきっと本当の妹を思う気持ち以外の何でもないんだ。・・・けど、私はあなたの事が・・・)

その先の言葉を菊乃は静かに心の奥底にしまった。そして、叶見に微笑んだ。

「大丈夫。私は何処にもいかないから・・・さあ、帰ろう、叶見」

「・・・うん」

「あっ、そうだ!確かもうすぐ帝都大学の文化祭があるよね?剣道部は何かやるの?」

「喫茶店」

「まさか、叶見、メイド服着るの?」

「いや、着るのは瑛太と琉。ウエイター姿の男ばかりじゃむさくるしいから」

「へえ、面白そう!美月ちゃんと日紗都くんと絶対見に行くね!」

他愛のない会話にぎこちなさを残しながら2人は山を下りて行った。


次の日、叶見は菊乃と一緒に昼頃に家に帰ってきて、午後から大学に行った。文化祭まであと1週間切っている。叶見が所属する剣道部も講義の間に空き時間のある部員たちはその時間を文化祭の準備に費やしている。月曜日は講義がない叶見だが、さすがにそんな忙しい状況で自分だけ一日休みをもらうのは気が引けたのだ。叶見は部員たちが作業をしている剣道場に来ると扉を開けた。

「お疲れ様でーす」

「「「お疲れ様です!夢藤先輩!」」」

「あっ、やっと来た!遅いですよ、かなさん」「カナ、こんにちは」「よお、叶見」

「ごめんね、ちょっと里帰りしてて遅くなっちゃった」

「里帰りですか。翔也さんに会えましたか?」

「うん。そのために帰ったからね。先生、ちゃんと健康的な生活してるか気になってたから」

瑛太と琉王は叶見と翔也が親子だという事をキトラが告白した時、現場にいたため知っているのだが、どうやら叶見はそれを忘れるくらい当時は動揺していたらしい。師匠の健康面を気にして帰郷したというわかりやすい嘘をついた。しかし、瑛太も琉王もそれで納得したような反応を見せた。

(まあ、問い詰めたところでかなさんが正直に話してくれるとは思えませんし)

「それで瑛太、私の班が頼まれてたメニュー表と内装の製作、どこまで進んでる?」

「ああ、それなら午前中に内装は全部完了して、今は青邦くんの班を手伝ってますよ。青邦くんの班は衣装担当ですから人手がいるそうで」

「わかった、手伝ってくるよ」

叶見は青邦の班と合流し、手伝いを始めた。ちなみに、青邦は事件が全て終わってから剣道部に入部してきたため、部員たちの中で誰よりも新入りなのだが、4月に叶見と1対1で勝負をした影響もあり、部員たちはすぐ青邦と親しくできた。元々運動神経の良い青邦は剣道の上達も早く、たった1週間で部員たちに一目置かれる存在となった。

「青邦、私は何を手伝えばいい?」

「ああ、それじゃあ・・・」

青邦から役割を決めてもらい、叶見は作業を始めた。2人共作業に集中している時は無言になる性質のため、結局午後5時に作業が終了するまでずっとお互いに話しかける事はなかった。

その日の作業が終了すると瑛太は部員たちを集めた。

「それじゃあこれで本日の作業は終了です。明日も引き続き頑張りましょう。・・・ああ、でもちゃんと講義には出てくださいね。僕たちみたいに自主休講して騒がれないように」

瑛太の冗談めいた言葉に部員たちは笑った。

「今日の日番は道場の鍵を掛けて大学の門衛に返すようにしてください。ではお疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした!」」」

部員たちは帰り支度をすると続々と道場を出て行く。その時、叶見は青邦に話しかけられた。

「叶見、話がある。俺、今日日番だから少し道場で話さないか?」

叶見は予感がしていたため、あっさり頷いた。

瑛太と琉王はその様子を見ると早々に道場を出た。帰り道、2人はずっと無言だった。琉王は無理もないと思った。瑛太の勘では今日叶見は青邦の告白の返事をする可能性が高いらしいので、瑛太は気が気じゃないのだろう。琉王は小さくため息をつくと瑛太に言った。

「エイタ、大丈夫だよ。カナとセイホウならきっと」

「・・・うん、当たり前だよ。2人には幸せになってもらわないと困るよ。宮古先輩が自分を犠牲にしてまで守った2人なんだから。・・・それに、僕が敵わないと思うようになってくれたら、僕も諦めがつく」

(・・・そうか、エイタはまだカナの事が・・・なのにオレ、高校の時、エイタを困らせるようなことばかり言ってたね。ごめん)

琉王は瑛太の頭を撫でた。

「琉?」

「オレは待つよ。瑛太がオレの気持ちに答えてくれるまで。きっと、高校の時みたいに長い時間待たされる事はないって信じてるから」

「・・・っ琉、・・・ごめん、・・・ありがとうっ・・・」

いつの間にか瑛太は涙を流していた。琉王は瑛太の涙が止まるまでずっと瑛太の頭を撫でていた。


一方、道場に残った青邦と叶見は無言のまましばらく隣り合わせに座っていた。沈黙が10分ほど続いた後、叶見が要約口を開いた。

「・・・行ってきたよ、翔也先生の所。それで、私の生い立ちを教えてもらえた。私と菊乃の関係も」

「お前と菊乃さんの関係って?」

「私と菊乃、双子の姉妹なんだって」

青邦は衝撃の告白に驚愕の表情を浮かべた。叶見はそれがおかしくて吹き出した。

「初めてその事実をきいた私と同じ顔してる」

「いや、誰だって『実は幼馴染とお前は双子の兄弟なんだ』って言われたらこういう顔になるだろう!」

叶見はその言葉にしばらく笑った後、真剣な表情に戻った。

「勿論、菊乃と姉妹だって事にはびっくりしたけど、両親の事も教えてもらえたし、両親が私と菊乃を手放したのは私たちを守るためだったって事もわかった。知りたかった事は全て教えてもらえたし、里帰りしてよかったなって思ったよ」

「そうか、それは良かったな」

青邦はそう言うと、道場の隅に置いてあった竹刀を2本持ってきて、1本を叶見に手渡した。叶見は訳が分からず、竹刀を持ったまま首を傾げた。

「?青邦、何で竹刀渡してきたの?」

「叶見、あの日と同じルールで俺と一本勝負してくれないか?」

叶見は驚きの表情になった。青邦は竹刀を手の中で回しながら続けた。

「あの時は最後、白虎にやられたからな。お前自身と本気の勝負がしたい。いいか?」

叶見は納得すると笑顔で頷いた。

「いいよ!あの時また手合わせしようって約束したからね」

叶見は髪をポニーテールにすると青邦と向かい合った。2人の表情は初めて一本勝負をした時と同じく真剣な表情だった。

「行くぞ、叶見」

「いつでもどうぞ」

叶見がそう頷いた瞬間、青邦は叶見に迫った。

叶見は青邦の突きを躱し続け、青邦の隙を付いて彼の脇腹に蹴りを叩き込んだ。青邦はそれを竹刀で防ぎ、隙を見せた叶見の左腕を片手で拘束し、竹刀を叩き落とすと叶見の喉元に竹刀を突きつけた。叶見はまさか負けるとは思っていなかったため、呆然としている。しばらくして、青邦は竹刀を下ろし、叶見の腕から手を離した。叶見はその場に座り込むと大きなため息をついた。

「・・・あーあ、負けちゃった。この勝負で負けたの10年前に翔也先生と手合わせした時以来だよ」

「そうだったのか?」

「白虎は過保護な所があって、いつも負けそうになったら必ず出てきて私の代わりに相手にとどめをさしてたから。まあ、今回は白虎に譲るつもりはなかったけど。好きな人との打ち合いに関わってほしくなかったし」

「ああ、なるほどな・・・えっ!?」

立ち上がりながらさらっと衝撃の一言を呟いた叶見に青邦は驚きの声を上げた。叶見も無自覚に口から出た発言に今更気づき、顔が赤くなった。

「あ、あの、えっと、さっきのは、その」

顔を赤くしながら戸惑う叶見を青邦は抱きしめた。

「青邦?」

「叶見、今日お前に一本勝負を頼んだのは、お前に勝って告白したかったからなんだ」

叶見は顔を上げた。青邦は自分の過去を見せた後と同じ、真剣な表情で叶見を見据えた。

「あの時は叶見に負けた癖に自分の感情の赴くまま告白してしまったからもう一度ちゃんと言いたい。お前の事が好きだ。俺と一緒にいてほしい」

青邦の言葉を聞いた叶見は何故か涙を流していた。青邦は予想外の反応に驚いた。

「え?何故泣く!?」

「・・・青邦、ありがとう・・・私も、青邦の事が好きだよ」

涙を拭い笑顔を見せた叶見を青邦は静かに抱きしめた。しばらく2人は抱き合っていたが、要約離れ、道場の壁際に並んで座った。青邦は小さなため息をついた。

「・・・はあ、何か想像がつくな」

「何が?」

「瑛太や琉、それに杏朱にしばらくからかわれる絵面が」

「アハハ、まあ、しばらくは耐えるしかないね。・・・あの、青邦、瑛太たちには私が青邦の前で泣いたって事、黙っといて」

「何故だ?」

青邦の問いかけに叶見は呟いた。

「・・・だって、青邦に負けて青邦の前で泣いたなんて知られるの何か悔しいんだもん」

口を尖らせて負けず嫌いな発言をした叶見が可愛くて、青邦は吹き出すと笑い出した。叶見は、まだ笑っている青邦を真っ赤な顔で睨み付けて続けた。

「・・・言っとくけど、私が弱い部分を見せるのは好きな人にだけなんだからね」

青邦は不意打ちを食らい、顔が真っ赤になった。叶見はクスッと笑うと悪戯っ子のような顔で言った。

「さっきの仕返しだよ。・・・さあ、帰ろうか」

帰り支度を始めた叶見に青邦は呟いた。

「やっぱり敵わないな、叶見には」

「青邦、早く帰ろう」

叶見の声に青邦は頷くと帰り支度をして道場を出た。

窓から差し込んだ夕日が綺麗に磨かれた道場の床に綺麗に反射していた。

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