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四神相応  作者: 夢藤 叶見
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第6話 叶見の心へ

瑛太と琉王が三途の川辺でガルダと対峙していた頃、透と青邦は家にたどり着き、玄武に全てを説明した。

「成程、瑛太が言う事は正しいな。・・・全く、大した小僧だ、この状況で憑依主が離れている状態でも四神が力を使える事がわかるとは」

「じゃあ、俺を夢藤の心の中に送ってくれ」

玄武は青邦の方に向き直り、確認した。

「その前に確認しておく。相手の心の中に入り込めば簡単には戻ってこられない。恐らく、叶見がお前を認識できなければ戻ってこられないだろう。それでも行くのか?」

「・・・ああ、頼む。俺はあいつを助けたいんだ」

玄武は青邦の目を見て本気だと悟った。

「わかった。お前を叶見の元に送ろう。他の2人も後で何とかして現世に戻す」

玄武はそう言うと青邦の肩に手を置いた。光が青邦を包み込んだ時、透が口を開いた。

「青邦、俺に会った事、叶見や菊乃には黙っていてくれ」

青邦は消える瞬間、透に小さく頷いた。青邦が消えると透は呟いた。

「叶見を救ってくれ、青邦。あの子たちには幸せになってほしいんだ」


青邦が目を開くとそこにあったのは何も見えない常闇だった。青邦は周りをキョロキョロ見渡した。

「・・・ここが夢藤の心の中なのか?それにしては何も見えないが」

「当たり前だよ。今、叶見の魂は白虎と混ざってしまっていて混沌としているんだから」

青邦が振り向くとそこにはクセのある黒髪で黒い着物を着て手にランタンを持った男性が立っていた。青邦は身構えた。

「誰だ、あんたは」

「私は飯合(めしあい) 翔也(しょうや)。四神を導く者としてこの世に生を受けた者さ」

「・・・結局、あんたが何者なのかわからないんだが」

翔也は小さくため息をつくとアハハと笑った。

「まあ、そりゃあそうだろうね。私だって自分が何者で、どうして生まれたかなんてもう覚えていないよ」

翔也はそう言って自虐的な笑みを浮かべ、青邦に背を向けた。

「それよりも君は叶見を救いたいと思っているのだろう。私が案内しよう、こっちだ」

「・・・あんたみたいに胡散臭い奴を信用できると思うか?」

「じゃあ、こんな暗い所に1人で何かできるのかい?人の心というのは深く暗く広い。こんな所で叶見を見つけ出せるのかい?」

青邦はうっと詰まった。翔也は振り向き、にっこりと笑った。

「というわけで、ついておいで」

青邦はムスッとしながら翔也について行った。しばらく2人は無言のまま歩き続けた。青邦は沈黙に耐え兼ねて翔也にきいた。

「あんたさっき自分は四神を導く者として生を受けたと言っていたな。ということは四神とも知り合いということか?」

「ああ、彼らは私の知り合いだよ。勿論、うさ・・・因幡透や叶見のような憑依主ともね。・・・私はそういう運命なんだ」

「運命?」

「そう、私は四神の憑依主たちに嫌でも巡り会ってしまう。君に会ったのも運命だったんだろう」

青邦は翔也の掴みどころのない空気に首を傾げた。その後、ふと気になり、青邦は翔也に問いかけた。

「さっき、因幡さんとも知り合いだって言っていたが、いつ知り合ったんだ?それにあんたとあの人の関係って」

「・・・あいつは私のたった1人の親友さ」

翔也はそう呟くと青邦に話し始めた。


その男に会った時、まるで底なし沼の様だと翔也は思った。心の内が読めないなんて翔也にとっては初めてのことだった。だからこそ、その男の見えない真意を探るためにしつこく家に押しかけているうちに仲良くなっていた。そして、その男、因幡透だけが翔也の親友となるのにそんなに時間は掛からなかった。


「うさぎ!」

「・・・またお前か、翔也。それに、うさぎって呼ぶのやめろって前から言ってるだろう?」

「いいじゃないか。因幡の白兎からうさぎって可愛いあだ名だろ?」

「男に可愛さを求めてないだろう、お前は。この女たらしが」

「いやあ、それほどでも」

「褒めてねえよ」

透の家の縁側で2人がそんな会話をしていた時、着物を着た老婦人が家の敷地外から2人に話しかけた。

「こんにちは、透くん、翔也くん。相変わらず仲良しね」

「ああ、こんにちは、夏江(なつえ)さん。相変わらず綺麗ですね」

「まあ、お上手ね、翔也くん」

透は小さなため息をつくと夏江にきいた。

「それで、何の用ですか?」

夏江は透の質問に小さく頷くと縁側に入ってきた。しかし、よく見ると夏江の後ろには小さな女の子が隠れている。透が夏江に近づくと夏江の後ろに隠れたまま女の子は出て来なくなった。透はとりあえず事情を聞こうと夏江に向き直った。

「夏江さん、この子は?」

「私が使用人をしている家に先月引き取られてきた子よ。名前は幹野(みきの) 菊乃さん。この子の事で透くんにお願いしたい事があってきたの」

夏江は一呼吸おいて透に言った。

「この子をしばらく預かってほしいの」

透も翔也も呆然とした。透はその後、大きなため息をついた。

「あのな、夏江さん。うちは児童養護施設じゃないんだぞ。そもそも、俺に子供の面倒が見られると思うのか?」

その時、女の子が夏江の後ろから顔を出し、透をじっと見つめた。透はその子の目を見て驚いた。その子の瞳には普通の子供のような純粋さや希望は写っていなかった。憎悪や絶望、悲観といった負の感情だけが女の子の瞳を支配していた。

(・・・何ていう目をしてるんだ。この世に光が無いと思い込んでいる絶望の目だ。・・・まるで昔の俺にように)

透は夏江に言った。

「わかりました。しばらくこの子の面倒を見ます」

「本当に?ありがとう、透くん」

夏江は菊乃に向き直った。

「それでは、菊乃さん。私が戻ってくるまでの間、ここで面倒を見てもらってください」

菊乃はただ小さく頷き、透に頭を下げた。夏江が去っていくと、翔也はため息をつきながら透に言った。

「珍しいな、君が子守を引き受けるなんて。てっきり断るかと思ってたよ」

「別にいいだろう。それとも何か文句があるのか?」

「いいや、何も」

透が翔也を一瞥し、玄関に向かうと菊乃はその後ろをついてきた。「まるで鶏と雛みたいだね」と冗談を言っている翔也を無視し、透は玄関に菊乃を招き入れた。

誰が何と言おうと透は菊乃を自分の元に招き入れていただろう。透は菊乃が他人とは思えなくなっていたのだから。


その日の夜、透は菊乃と一緒に晩御飯を食べていた。透は、目の前で小さな口を動かしながら静かにご飯を食べている菊乃に話しかけた。

「お前、何か好きな食べ物とかあるのか?」

菊乃はその言葉に少し顔を上げて少し考えた後、俯いて首を横に振った。

「いや、何もないって事はないだろう?何か食べてて美味いと感じるものとかないのか?」

それでも菊乃は首を横に振った。透は、食事を再開した菊乃を見ながらふと思った。

(そういえば、まだこいつの声を聞いた事が無いな。喋れないって事はないよな)

結局、その日一日は一度も菊乃の声を聞くことなく終わり、次の日にまた接すればいつかは心を開いてくれるだろうと思いながら透は寝床に着いた。


次の日、透は朝の7時に目が覚め、別の部屋で寝ている菊乃の元に向かった。

「おい、朝だぞ」

そう言いながら菊乃の部屋の障子を開けるとそこに菊乃はいなかった。透はしばらく驚いていたが我に返り、掛布団を捲った。すると、敷布団がグッショリ濡れていた。

(まさか、おねしょしたから出て行ったのか?でも、そんな理由で家を出て行くなんてどう考えてもおかしい・・・いやそれよりも今は菊乃を捜さねえと)

透は家中を駆け回り、菊乃の名前を呼んだ。しかし、どこにもいない。透は仕方なく隣の家の扉を叩いた。

「翔也!翔也!!いるんだろ!?出てこい!!」

「・・・はいはい、何?私、誰からも借金なんてしてませんけど」

扉がゆっくり開き、寝ぼけ眼の翔也が出てきた。

「あれ、うさぎ?どうしたんだい?こんな朝早くに、しかもそんなに急いで」

「菊乃を見なかったか?」

「菊乃ちゃん?見てないよ。私、さっきまで寝てたし・・・もしかしていないのかい?」

「ああ。・・・クソ、どこ行ったんだ、あいつ」

焦っている透を見て、翔也はため息をつき、呟いた。

「うさぎ、君、気付いてるんだろ?あの子が普通の生活を送ってきた子供じゃない事に」

透は翔也に向き直った。

「実は、私が菊乃ちゃんに会ったのは昨日が初めてじゃないんだ。1週間前、夏江さんに用があって幹野家を訪れた時に彼女に会った。偶然ハンカチが風で飛んでしまって、拾ってくれたんだ。その時、あの子の目を見て全て見えたよ。あの子がたくさんの大人に傷つけられてきたことがね」

透は翔也を見つめたまま沈黙した。

「多分、彼女は今の家で虐待を受けているよ。夏江さんは知らないようだけどね。昨日も先日もチラッと彼女の腕が見えたけど痣が見えた。何度も殴られた跡だったよ。体面を考えて見えない場所にばかり傷を負わされてきたんだろうね」

透は歯噛みした。菊乃が今まで置かれていた残酷な環境を想像し、何も言えなかったのだ。翔也は透を見据えて続けた。

「きっと彼女にとっては子供がして当然の粗相1つが毎回命懸けの事だったのだろう。そして、粗相が見つかれば殴られる。でも、無断で家を出ても殴られる。そんな状況で彼女が家から出ると思うかい?」

透はその言葉を聞き、自分の家に戻った。翔也も後に続く。透は自分の家でまだ探していなかった場所がある事を思い出し、庭にある倉庫の扉を開けた。そこにはパジャマで膝を抱えて蹲っている菊乃がいた。透はとりあえず声を掛けた。

「・・・菊乃」

「ご・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい!お願いです!殴らないで!!」

菊乃は謝罪の言葉を呟きながら膝を抱えて泣いている。透は、菊乃のその態度が彼女が置かれていた状況の全てを物語っているように見えた。透は菊乃を抱きしめた。菊乃は驚いたのか、謝罪の言葉を呟かなくなった。

「菊乃、謝らなくていい。子供が粗相をしたり、失敗したりするのは当然の事なんだ。お前は何も悪くない。本当に悪いのは子供がやって当然の失敗を治す事も出来ないくせにお前に暴力を振るった馬鹿な大人たちなんだ」

菊乃は透を見上げた。透は菊乃の頭を撫でながら微笑んだ。

「今まで一人でよく耐えたな。偉かったな、菊乃」

菊乃の目に涙が溢れてきて、菊乃は透に抱き着くと大声で泣き出した。透は菊乃が泣き止むまでずっと菊乃を撫でていて、翔也はその光景を微笑みながら見守っていた。


その後、菊乃と透と翔也は一緒に朝ご飯を食べた。

「いやあ、それにしても菊乃ちゃん見つかってよかったね、うさぎ」

「・・・翔也、その、ありがとうな。お前の助言が無かったら俺は菊乃を見つけられなかった」

「うさぎが素直に私に礼を言うなんて、明日は槍が降るかもね」

透は翔也の頭を叩いた。

「うるせえ、しばくぞ」

「もうしばいてるじゃないか!」

「やかましい!お前に礼を言うんじゃなかった」

その時、クスクス笑う声が2人に聞こえた。2人がそちらを振り向くと菊乃が笑っていた。菊乃はハッとすると元の表情に戻った。

「ごめんなさい、笑ったりして」

「・・・いや、いいんだ。これからはもっと笑え。大人になるにつれて本当の笑顔が出来なくなってくる。子供のうちにたくさん笑った方が良い」

透は菊乃の頭を撫でた。

「俺もお前の事をたくさん知るために努力する。お前にも俺の事を知ってほしい」

「・・・じゃあ、名前、教えてください」

透は菊乃にちゃんと名乗っていなかった事を思い出し、微笑みながら言った。

「因幡透だ。よろしくな、菊乃」

菊乃は、透の笑顔ににっこり微笑み返した。


「・・・それが菊乃ちゃんとうさぎの出会いだったよ。その後、幹野家の当主が菊乃ちゃんを虐待していた事実が発覚して幹野家は信用を無くして衰退し、菊乃ちゃんはうさぎに引き取られたんだ。菊乃ちゃんが、近くの施設にいた叶見と知り合ったのはその頃だったよ」

「あんたと叶見が会ったのはいつ頃だったんだ?」

「うーん、その少し前、叶見が3歳の時だったかな。会った瞬間にわかったよ。あの子が『よりにもよって』白虎の憑依主だってね」

「よりにもよって・・・ってどういう事だ?」

「白虎は昔、四神の中で一番気性が荒く、ひたすら強さを求め続けるような危険な奴だった。叶見の精神が脆弱だったら簡単に飲み込まれて肉体を乗っ取られてしまう。現にこれまで白虎に憑依された奴はその精神の脆弱さの所為で肉体を乗っ取られ、死ぬまで暴れ続けた」

青邦はぞっとした。そんな奴と叶見は20年間も体を共有していたのだ。

「でも、白虎だって人の子だ。受け入れられない寂しさを抱えながら何人もの憑依主を渡り歩き、何故か叶見を選んだ。・・・変な話だろ?四神には憑依主を選ぶ権利があるのに女の子を白虎が選ぶなんておかしいと思わないか?」

「・・・ああ、何でだろうな」

「叶見に会ってわかったよ。あの子には他の憑依主には無かった強い精神力がある。そして、白虎と同じくらい強くなりたいと思っている。白虎はそんな叶見に生きる意志を見たから憑依した。私はそう思っているよ」

青邦は、叶見に初めて会った時の事を思い出した。叶見は最後の一撃以外はまっすぐに剣をぶつけてきていた。最後は良いところを白虎に持っていかれてしまったが、叶見が真剣勝負をやりたがっていたのは間違いないだろう。

「うさぎもそんな叶見なら菊乃ちゃんを守ってくれる。そう思ったからあの日自ら犠牲になったんだ」

「一体過去に何があったんだ?夢藤は自分の過去については何も話してくれなかった」

「・・・あれはうさぎが予言を受けた当日の事だったよ」

翔也は再び長い話を始めた。


その日は丁度叶見の10歳の誕生日だった。その日、叶見は外泊を許可され、翔也の家に泊まる事になっていたため、翔也の家で誕生日会が開かれた。

「「「叶見!誕生日おめでとう!!」」」

クラッカーの音と同時にみんなに祝福され、叶見は照れくさそうに笑った。その後、翔也の方を向いた。

「でも、よかったの?先生。ここに泊まっても」

「勿論だよ。君は私の愛弟子だからね。ちゃんと施設に外泊許可も取ったし、問題ないよ」

「それにしても、よく施設の外泊許可を前日に取れたもんだな」

「そりゃあ、園長先生と私は親密な関係だからね。・・・どんな関係か聞きたい?」

「興味ねえ」

透は翔也にそう返した。翔也の「そんな冷たくあしらわなくてもいいのに~!」という言葉を無視し、透は叶見に向き直った。

「叶見、お前への誕生日プレゼントだが、いつも通り渡すのは明日でいいか?また菊乃へのプレゼントとお揃いなんだが」

「うん、いいよ。菊乃の誕生日明日だし、菊乃、お揃い好きだもんね。さすが因幡さん、菊乃の事よくわかってるね」

叶見の笑顔に透は微笑み返し、菊乃の方を向いた。

「菊乃、悪いが今日は翔也の家に泊まってくれないか?今日中に片付けないといけない仕事があって、今日はお前と一緒に寝てやれそうにないんだ」

「えっ!?うさぎ、未だに菊乃ちゃんと一緒に寝てるの?犯罪くさ~い」

「黙れ、女たらし。・・・なあ、菊乃。いいか?」

菊乃は少し顔を俯けて考えた後、小さく頷いた。透は菊乃の頭を撫でた。

「よし、いい子だ」

「じゃあ、もうそろそろごちそう食べよう。私、おなかペコペコだよ」

「翔也先生、食い意地張りすぎ!」

4人はそうして笑いあった。しかし、透が一瞬寂しそうな顔をしたことに翔也は気付いていた。

パーティーが始まってしばらく経った頃、翔也は透を外に連れ出した。透はいつもどおりの表情で翔也にきいた。

「翔也、話って何だ?」

「・・・うさぎこそ、何かあったんじゃないの?さっきから無理に平静を装っているように見えるけど」

透はその言葉に驚きの表情になり、小さく笑った。

「・・・やっぱり、お前には隠し事はできないな」

その後、透は今日の朝に見えた玄武の予言の話をした。翔也はその予言の内容に動揺を隠せなかった。

「そうか。もし、その予言が事実なら・・・君は今日」

「・・・ああ、俺は今日死ぬ。そして、俺が死ななければあの子たちが迎える残酷な未来は変わらない」

「でも、玄武の予言は覆す事が出来るんじゃないのか?君が死ぬ必要は」

「わかってるよ!俺の死があの子たちにどれほどの悲しみを与えるのか、わかってる。それでも、俺は予言を覆すために抗いたいんだ」

翔也は顔を俯けた。透はいつもの表情で呟いた。

「ごめんな、翔也。差し出がましいかもしれないが、あの子たちの事を頼む。これは親友のお前にしか頼めないんだ」

(・・・ずるいね、君は。こういう時でないと素直になってくれないんだから)

翔也はそう思うと頷いた。

「わかったよ。君の頼みを聞こう。でもねうさぎ、君はあの子たちをまだ運命に抗えない子供だと思っているのかもしれないけれど、出会った頃よりもあの子たちは格段に強くなっているし、自分で考える頭も持っている。もう少し信じてあげてほしい」

翔也は背伸びをして透の頭を撫でた。

「君は私と初めて会った時と違って1人じゃない。周りの人の事をもっと頼っていいんだよ」

透はムスッとしながら呟いた。

「まるで子供をあやすみたいな事しないでくれ。お前、俺と同じくらいの年齢だろう?」

「・・・さあ、どうだろうね。もしかしたら君よりはるか長い年月を生きてきた人間かもしれないよ」

透はその言葉につい吹き出してしまった。

「アハハ、何だそれ!面白い冗談だな!」

「そうやって叶見や菊乃ちゃんの前では笑っていてよ、うさぎ。・・・まあ、さっきのは冗談じゃないんだけどね」

翔也は後半部分は聞こえないように呟いた。

透は翔也に笑わせてもらった事が功を奏したのか、誕生日会が終わるまで笑顔でいられた。誕生日会が終わると翔也は2人に言った。

「それじゃあ2人共、今日は私の別荘に泊まるから準備して」

「えっ?ここに泊まるんじゃないの?」

「実はさっきお湯を出そうとしたらお湯が出なかったんだ。この家も出来てから随分経つからね。あちこちにガタが来ているらしい。だから明日修理会社に来てもらって家全体を修理してもらおうと思ってね」

「成程、私たちがいたら修理会社の人たちの作業の邪魔になるから別荘で過ごそうって事?」

「さすが叶見、察しがいいね」

勿論それは嘘だ。玄武の予言の風景で、透が今日死ぬ場所は自分の家だったらしい。それが現実になった時、もし隣の翔也の家に叶見と菊乃が居たら巻き込まれる可能性が高くなるため、出来るだけ遠くに避難させてやってほしいと透に頼まれたのだ。叶見と菊乃は、翔也の言う通りに準備をした。2人の準備が終わると4人は翔也の家を出て二手に分かれた。その時、透は叶見を呼び止めた。

「叶見!」

叶見は立ち止まり、透に駆け寄ってきた。叶見は何で自分が呼ばれたのかわからないため、自分を見つめたまま黙っている透を見上げて少し首を傾げた。

「どうしたの?因幡さん」

「・・・叶見、お前に菊乃の事で頼みがある。きいてくれるか?」

叶見は「菊乃の事」と聞くと、「勿論」とでも言うように大きく頷いた。透は一息ついてから続けた。

「もし、俺に何かあったら、菊乃の事を俺の代わりに守ってほしい」

「・・・どういう事?まるで、自分が菊乃の前からいなくなるような」

「これ以上は何も言えないんだ、ごめんな、叶見」

叶見は、苦しそうに俯く透を見てため息をついた。

「いつもの因幡さんじゃないって事は、今日何かが起きて因幡さんは菊乃の前から姿を消す。そういう事でしょ?」

透は、叶見が何もかも見抜いている事に驚きを隠せなかった。叶見はその様子を見て自分の推測が正しい事を悟った。

「因幡さん、菊乃、明日の自分の誕生日すごく楽しみにしてたよ。そうそう、この近くに新しい遊園地が出来たから行ってみたいんだって。明日4人で行こうよ」

「・・・叶見」

「・・・約束だよ。私もその時にさっきの返事をするから」

叶見の顔は真剣だった。透は叶見が頑固な事を知っているため、少し微笑んで返した。

「ああ、約束だ」

「破ったら針千本だからね」

「お前、将来怖い女になりそうだな。お嫁に行けなくなるぞ」

「大きなお世話!」

叶見は舌を出しながらそう言うと笑顔になり、透に手を振った。

「それじゃあ、先生と菊乃の所に戻るね!また明日!!」

それが叶見と透の最初で最後の約束となった。


青邦はその後の事を聞くべきなのかどうか迷い、沈黙した。翔也はそれを察して口を開いた。

「うさぎは私と出会う前、ある裏組織の構成員だったんだよ」

青邦はその言葉を聞くと顔を上げた。

「あの子たちに言えないような事をたくさんしてきたし、たくさんの人を傷つけた。時には自分の犯行を目撃した人を殺すように命令されて実行に移したこともあったそうだ。その度に自分の心が死んでいくのを感じて、全てが嫌になって組織を抜けたと本人が言っていた」

「・・・まさか、予言の当日に起きた事って」

「そう。裏切り者であるうさぎの始末」

青邦はその光景を想像して歯噛みした。自分の過去とよく似ているその光景が平和な日本で行われていたなんて知らなかったのだ。

「・・・実はね、この話には続きがあるんだ」

予想外のその言葉に青邦は首を傾げた。

「叶見と菊乃ちゃんがうさぎの家で何かが起きている事を知って現場に行ってしまったんだ。だが、2人が駆けつけた時にはもう手遅れで、叶見は激昂してその場にいたうさぎを殺した奴らに襲い掛かりそうになった」

「まさか!叶見は」

「勿論、そんな事を私が許すわけないだろう?叶見が我を忘れる前に私が引き止めて気絶させたよ」

それから翔也は再び話し出した。


菊乃は、翔也が縁側の上に寝かせた叶見に駆け寄った。

「・・・叶見」

「大丈夫。我を失いそうになっていたから気絶させただけだよ。急な事で私も手加減できなかったから、しばらくお腹に痣が残るかもしれないけど」

「・・・全く・・・もう少し、安らかにしてやれなかったのかよ・・・」

重傷を負ったまま地面に寝転がっていた透が口を開いた。菊乃は透に駆け寄った。

「透さん!良かった!気が付いたのね!!もう少し待ってて!今、救急車呼んだから!」

「・・・いや・・・俺は、もう、助からない・・・わかるんだ・・・自分の体だからな」

菊乃はそれを聞くと透に縋り付いた。

「やだ!透さん、死なないで!透さんが死んだら、私、また一人ぼっちになっちゃう!」

透は、泣きじゃくる菊乃の頭をいつも通り優しく撫でた。

「ごめんな、菊乃。・・・本当は明日のお前の誕生日を祝ってやりたかったし・・・お前が、一人立ちする時まで見守ってやりたかったが・・・もう無理だ・・・それに、お前はもう一人ぼっちじゃない・・・叶見や翔也が居てくれるだろ?・・・だから、大丈夫だ・・・」

(・・・ああ、何で・・・もっと言いたいことがあるはずなのに、出て来ねえ・・・俺に何が言える?・・・過去の自分と似ているこいつに・・・一体・・・何を・・・)

その時、要約言いたい事を思い出し、透は菊乃の手を握った。菊乃は俯けていた顔を上げた。

「菊乃・・・強い人間になれ・・・誰かを守れるぐらい・・・弱い自分に負けないくらい・・・大丈夫だ・・・お前ならきっとなれる」

「・・・私、強くなれるのかな?それに何で私が強くなれるってわかるの?」

「・・・わかるさ・・・俺は・・・お前の・・・家族だからな」

そう呟くと透は目を瞑り、今度こそ動かなくなった。菊乃は冷たくなっていく透の手を握りしめながら呟いた。

「・・・透さん、約束するよ。私、叶見や大切な皆を守るために強くなる。・・・だから、今だけは泣いていいよね?」

菊乃は透を抱きしめて大声で泣いた。翔也はその光景を見て、苦しそうに俯いた。

(・・・うさぎ、君は馬鹿だよ。たった一人で運命に抗える人間は極稀だ。叶見や菊乃ちゃんの事をもっと信じてあげていれば)

そう思った後、翔也は夜空を見上げた。

「・・・でも、私はそんな馬鹿みたいにいつまでも運命に抗おうと戦っている君がうらやましかったんだ。運命を変える力を持っていない私には出来ない事だったから」


「その後すぐ、叶見は夢藤家に引き取られていって、菊乃ちゃんは私の元で13歳まで育ったんだ。叶見は菊乃ちゃんを守れるぐらい強くなるまで菊乃ちゃんに会わないと決めていたみたいで、3年間2人は離れ離れになった。叶見はうさぎと果たせなかった約束をまだ引きずって生きている。ここに来てよくわかったよ」

先程まで2人は歩きながら会話をしていたのだが、翔也はある扉の前で急に立ち止まったため、青邦も足を止めた。

「さて、昔話はこれでおしまい。着いたよ、この先に叶見がいる」

翔也は扉を指差してそう言った。青邦は扉を見た後、翔也に向き直った。

「あんたは一緒に来ないのか?」

「私はただ君たちを導くために生まれた存在。君たちに深く干渉する事はあまり許されていないんだ。・・・それに、君は叶見の事が好きなんだろう?それなら、君が迎えに行くべきだ」

青邦はその言葉に小さく頷くと扉に手を掛けた。その時、翔也が再び口を開いた。

「そうだ、君。叶見に会ったら伝言を頼むよ。全てが終わったらうさぎの家に来てほしいとね」

「・・・それは、俺に必ず叶見を連れて帰ってこいっていうプレッシャーか?」

「・・・ご想像にお任せするよ」

翔也の何処か掴みどころのない笑顔に青邦はため息をつきつつ、答えた。

「約束する。必ずあんたの弟子は連れ戻す。だから、あんたは安心して待ってろ」

「期待してるよ。青龍に選ばれた青年よ」

青邦は扉を開け、先に進んだ。翔也は青邦の姿が扉の向こうに消えると呟いた。

「叶見、君たちが運命に抗い続ける姿をまだこの先も見たい。それが私の唯一の願いだ。・・・だから早く帰ってきてくれ。・・・君は私の大事な娘だから」


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