第4話 全てを統べる者
青邦が叶見に自分の過去を見せた日からずっと、叶見はどんな時でもボーっと何かを考えていた。瑛太はそんな叶見の様子がおかしい事に次の日の朝から気づいていたが、何も言わなかった。それよりももっと気になる事が今朝発覚したからだ。今朝、工学部の生徒達が話しているのを瑛太は聞いた。
「聞いたか?あの噂」
「ああ、周とよく一緒に行動していた4回生の宮古先輩、3日前から行方不明なんだって?教授たちが話してるの聞いたよ」
「休学じゃねえの?」
「いや、休学届も出してないらしいぞ。周に聞いても知らねえってさ」
(宮古先輩が行方不明?しかもかなさんが周くんと何かあった次の日から・・・どう考えてもおかしい)
瑛太は、叶見の様子を見ることなく、ずっと1日中その事を考えていた。
その日の4時間目終了後、瑛太と叶見が教室の外に出ると琉王と聖瑠と青邦が並んで待っていた。男2人はお互いに睨み合い、聖瑠はその間でただ俯いて押し黙っていた。瑛太はその光景を見てため息をつき、叶見は青邦の顔を見て少し頬が赤くなった。聖瑠は2人に気付き、駆け寄ってきた。
「叶見さん、瑛太さん。何とかして、あの2人」
「まあ、いろいろありましたからね。ああなってしまうのは仕方ないのであきらめた方が良いですよ。・・・ところで、聖瑠さん、周くんの事、怖くなくなったんですね?」
「話しかけられた次の日、図書館で会って謝られたから」
琉王と青邦は2人に気付くと睨み合いをやめ、2人に近づいてきた。瑛太は叶見の方をチラッと見ると、琉王と聖瑠の肩に手を置いて言った。
「琉、聖瑠さん。僕たちは先に校門のところまで行きましょう。その方がいいですよね?周くん」
「・・・ああ、悪いな。雪野川」
「えっ!ちょっと、瑛太!!」
瑛太は、何も分かっていない琉王と聖瑠の腕を引き、叶見と青邦から離れて行った。叶見が止めようとしたが、3人は猛スピードで離れて行ったため、止める事が出来なかった。青邦と叶見はしばらく黙っていたが、青邦が口を開いた。
「夢藤、あの日からずっとお前の事ばかり考えていた」
「・・・あ!そうだ!!1時間目の教室にドイツ語の教科書忘れて来たんだった!!それじゃあ!」
「おい、待て!」
青邦は叶見の腕を掴んだ。叶見はその腕を振り払い、顔を俯かせて呟いた。
「ごめん、今は何も言えないんだ。だから、ごめん!!」
叶見は全速力で青邦から離れて行った。青邦は呆然としてその場に立ち尽くしていた。
叶見は青邦から逃げたその足でドイツ語の講義をやっていた1号館のA-122教室に忘れ物を取りに来た。叶見は自分の座っていた机の中に手を突っ込んだ。
「あ、あった。良かった。教科書もう1回買うの面倒だしなあ」
「へえ、君でも教科書を忘れるなんてドジな事をするんだね」
叶見はいつの間にか教室の後ろの扉の前にいた人物に驚き、立ち上がった。その人物は3日前から行方不明になっていたキトラだった。叶見は青邦と一緒に見た過去を思い出し、キトラに警戒心をむき出しにした。キトラはその姿を見て普段から浮かべている笑みを崩さずに口を開いた。
「そんなに警戒しなくてもいいのに。僕は何があっても君に危害を加える気はないんだから」
「・・・周の妹を生き返らせて、周の自由を奪ってるくせに」
「青邦が君に過去を見せる事はもうずっと前から予測していたよ。僕は神の能力を所有する者。未来を予測するなんて造作もない事なんだから」
キトラはだんだん叶見に近づいてきている。叶見は教室の前の扉から外に出ようとしたが、扉は何故か開かない。叶見はここが1階であることを思い出し、窓側に移動して窓を開けおうとしたが窓も開かなかった。
(何で!?窓は内側しか鍵が付いていないはずなのに)
キトラは両手で叶見の両腕を掴み、窓に押し付けた。
「しかし、未来を予測できる僕にも予測できなかったイレギュラーな存在があった。・・・それは君だよ、夢藤 叶見さん」
「・・・イレギュラー?私が?」
キトラは叶見に顔を近づけた。叶見はキトラの顔が近くなったため、反射的に目を逸らした。
「君は知っているかな?今までの四神の憑依主は男性ばかりだと言う事を」
叶見は驚きの表情になった。キトラはくすっと笑うと叶見の顎を掴み、自分の方を向かせた。キトラの力は意外と強く、叶見はキトラから目を逸らせなくなった。
「君に白虎が憑依してからずっと僕は君を見ていた。君は女性だけど、どの憑依主よりも強い精神と肉体を持っている。だからこそ僕は目が離せないんだ。そして、君を手に入れることだけを考えていた」
「・・・手に入れる?私は物じゃない。あんたなんかに絶対屈しない」
叶見はキトラを見据えてそう言った。キトラはどんどん顔を近づけてきた。
「君は神の能力を甘く見ているよ」
キトラは叶見の唇にキスをした。叶見は咄嗟の事に抵抗する事が出来なかった。キトラが口付けをやめた頃には叶見の眼は虚ろになり、キトラの腕の中で叶見は気絶した。キトラは笑みを浮かべながら、抵抗しなくなった叶見を抱きかかえた。その時、教室に青邦・瑛太・琉王が乱入してきた。キトラは3人に振り向いた。
「やあ、3人共。よくここがわかったね」
「・・・キトラ!お前、夢藤に何をした!!」
「ただ催眠術を掛けただけだよ。彼女はもう僕の虜になった。君たちには元に戻す事は出来ないよ」
「ふざけるな!待て!!」
「!待ってください!周くん」
瑛太は青邦の腕を掴んだ。
「離せ!雪野川」
「宮古先輩の後ろが変です」
青邦が瑛太の言葉にはっとすると、いつの間にかキトラの後ろの時空が歪んでいた。キトラは叶見を抱きかかえたまま、時空に飛び込んだ。
「待て!キトラ!!」
「青邦。叶見さんを返してほしいのなら僕を見つける事だね。まあ、不可能だけれどね」
キトラと叶見は時空の向こう側に消えた。青邦は拳を握りしめた。
「くそっ!時空を超えるにもキトラがどこにいるのかわからないのでは追う事が出来ない!」
「・・・宮古先輩がいる場所はわからないけど、かなさんのいる場所ならば特定できるかもしれません」
瑛太の言葉に琉王と青邦は振り向いた。瑛太は落ちていたドイツ語の教科書を拾うと青邦に渡した。
「翔也さんに聞きました。青龍の能力は時空を超える能力ですよね?しかし、特定の場所に行くのに使うのは青龍の憑依主の記憶そのものだけではないそうです。例えば、物から記憶をたどる事が出来れば、その関連した場所に飛ぶことも出来るそうですよ。ということは、もしかしたら、君が知っている人の持ち物からその人の記憶を元にその人が今いる場所に飛ぶこともできるかもしれない。・・・あくまで、いつも通りの僕の都合のいい予感なので、できるという保証はないのですが」
「成程な。夢藤の居場所がわかれば夢藤を救出できるという事か」
青邦は瑛太の言葉に納得すると、2人に頭を下げた。
「夢藤は、俺が頼めば俺にいつでも協力してくれると約束してくれた。あんな奴、俺の周りには今まで誰もいなかった。だからこそ、いつの間にか俺の中であいつは大切な存在になっていたんだ。俺はそんなあいつを助けたい。頼む!力を貸してくれ!!」
瑛太と琉王は顔を見合わせると、青邦に笑いかけた。
「勿論です」「カナ、オレたちにとっても大事な仲間だから」
青邦は頭を上げると、2人を見据えて言った。
「その前に、お前らとよく一緒に居るあの子と合流しよう。何も話さずに行くわけにはいかないからな」
3人がもう追ってくることはできないと思っているキトラは叶見を抱きかかえたまま、時空の渦に包みこまれ、時空を超えていた。叶見は相変わらず気絶したままだ。
(僕がかけた暗示は一時的な物に過ぎない。屋敷に戻ってもしばらくは催眠暗示が必要だな)
そう思っていると、いつのまにか時空の渦が消え、キトラが降り立った場所は大きな洋風の屋敷の前だった。それは貴族の館を彷彿とさせる赤いレンガ造りの建物だが、年季が入っているため、レンガは所々黒ずんでおり、屋根も黒に近い灰色であることから、まるでホラー映画で使われる屋敷のような外見をしている。キトラが屋敷の門の前に立つと、自動的に門が開いた。キトラは叶見を抱きかかえたまま、手入れされていない大きな庭を横切り、屋敷の扉の前に立った。
「キトラだ。開けろ」
キトラがそう言うと、内側から扉が開いた。扉を開けたのは、赤い髪を三つ編みにしてメイド服を着た少女だった。少女は扉を開け、屋敷の主であるキトラを招き入れると、メイド服のスカートの裾を両手でつまみ、深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませ、キトラ様」
「ただいま、杏朱。すまなかったな、随分と長い間屋敷を空けてしまって。寂しかっただろう」
少女、杏朱は首を懸命に横に振った。そして、要約キトラが抱きかかえている叶見に気付いた。
「キトラ様。その子は?」
「ああ。この子は夢藤 叶見さん。・・・簡単に言うと、僕が妻にしたいと望む人かな」
それまで無表情だった杏朱は一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに元の表情に戻った。キトラは玄関の中心にある大階段を上り、その途中で杏朱に振り向いた。
「それじゃあ、杏朱。彼女を僕の書斎の隣の客室に運んでおくから、あとで食事を持ってきてくれないか?」
「・・・かしこまりました」
杏朱はそう返すと、キッチンの方へと歩いて行った。
その頃、残された3人は聖瑠と合流し、空き教室で事情を説明している所だった。
「えっ!叶見さんが!?」
「ああ、俺たちはこれから夢藤を助けに向かう。ただ・・・」
青邦は聖瑠の驚きの言葉にそう答えた後、口籠った。瑛太と琉王も黙っている。聖瑠は3人をしばらく見比べて口を開いた。
「何?何か問題があるの?」
「『青龍』の能力は時空を超える能力なんだが、今回の場合はただ時空を超えればいいってわけじゃない。まず、夢藤の持ち物から記憶をたどり、その時空に飛ぶ。この方法は今まで試したことのない方法だから、どこの時間、どこの時空に飛ぶのかまるで分からない。そして、キトラは神の能力を持つ奴だ。俺たちが束になって対抗し、夢藤を連れて帰ってこれる保証もない。・・・要するに、今回俺たちがやろうとしている事は成功する可能性の低い手段なんだ」
聖瑠はその言葉を聞き、驚きの表情を見せた後、黙り込んだ。
「勿論、このままにしておくわけにはいきません。でも、考えてしまうんです。僕たちがもし今回の方法に失敗してこちらに帰って来れなくなったら・・・」
「エイタ・・・」
瑛太は震えている。瑛太の頭の中には、従姉妹の忘れ形見である理央の顔が浮かんでいた。瑛太にとって叶見は大切な親友だが、もし連れ戻すのに失敗してこちらに帰る事が出来なくなれば、間違いなく理央は唯一の家族を亡くすことになる。それは、まだ7歳の理央にはあまりにも残酷すぎる。
「シュウ。エイタ、ここに残して行った方良いと思う。そもそも、エイタ、関係者なだけで『四神の憑依主』違うし」
「ああ、そうだな。無関係なら連れて行く必要は・・・は?」
青邦は瑛太に向き直った。
「雪野川・・・お前、玄武の憑依主じゃないのか?」
「?はい、僕は憑依主じゃないですよ。かなさんが白虎に憑依されるきっかけになった事件に巻き込まれたので四神の秘密を明かされたただの一般人です」
青邦はその言葉に驚きを隠せなかった。
「そうだったのか!?俺はてっきり、お前が玄武の憑依主なのかと思っていた」
「・・・本当にそうだったら良かったのに」
瑛太のその小さな呟きに青邦は首を傾げた。瑛太はハッとすると首を横に振った。
「何でもありません。安心してください。僕は四神の憑依主ではありませんが、もう覚悟は出来ていますから」
瑛太の眼は決意を固めたまなざしに変わっていた。
「確かに、理央は僕の全てです。でも、かなさんも理央と同じくらい大切な存在。どちらか1つを取る事はできません。もし、可能性があるのなら、僕は諦める前にその手段を選択したいんです」
瑛太の眼を見た青邦と琉王は頷いた。
「俺も、もう決心はしている。いつでも行ける」
「俺たちもエイタと一緒。カナの事、大事だから、どんな可能性が低い事でもそれにかけてみたい」
聖瑠は3人の姿を見て、何も文句を言えなくなった。
「わかった。3人共気をつけて。それから、約束して。必ず、叶見さんを連れてここに帰ってくるって」
「・・・意外。セイル、オレたちのこと、止めると思ってた。もしくは付いて行くって言うと」
「私は付いて行っても足手まといになるだけだし、皆の事を信じたいから、ここに残る。残って、皆の事、ずっと待ってるから・・・早く帰ってきてね」
聖瑠は涙を堪えて笑顔でそう言った。3人はその言葉に頷くと輪になった。青邦は叶見のドイツ語の教科書を手に取り、「青龍」に呼びかけた。青邦の眼の色は黒から青に変化していた。
「『青龍』・・・これの記憶を頼りに俺たちをあいつの居る次元へ飛ばしてくれ!」
(・・・かまわないが、何が起きても後悔しないのだな?)
青龍が青邦に話しかけてきた。青邦は目を閉じて、青龍に答えた。
「かまわない。俺はそれでもあいつを助けたい!その思いに偽りはない!たとえ、お前が悪魔だったとしても俺はそう望む!!」
(フッ。今までの憑依主には感じられなかったまっすぐな志、しかと見たぞ。・・・いいだろう。今度こそ私はお前を受け入れよう。周 青邦)
青邦は青龍の言葉に少し違和感を持ったが、時空の渦に巻き込まれたため、そんな考えは一瞬に消えた。これからが、青龍の能力を持つ青邦が最も集中しなければいけないところなのだ。
(夢藤、どこにいる!?絶対見つけ出す!!)
「・・・・んっ?」
叶見は見たことのない部屋のベッドの上で目が覚め、上体を起こした。しかし、目を覚ました叶見の眼は虚ろだった。ベッドの脇にはキトラが座っていて、その手にはガラス製の小瓶が握られていた。
「へえ、本当に効くんだ、この催眠暗示の薬。さすが、本物の魔法使いが作った薬は性能が違うな」
「・・・あなたは?」
キトラは叶見に笑いかけると叶見の両肩に手を掛け、再びベッドに寝かせた。
「駄目だよ、まだ寝てないと」
「あ、あの、私、何でこんなところに?それにあなたは誰?」
催眠暗示を掛けられた叶見は自分が置かれている状況も、自分自身の事すらわからなくなっているのだ。そんな不安そうな顔を見たキトラは思わず叶見の額にキスをした。
「?えっ?何を」
「いや、あまりに君が可愛かったものだから」
キトラはそう言うと、再び口を開いた。
「じゃあ、君が知りたい事を全て教えてあげるよ。僕は宮古 キトラ。君は、カナミっていう名前で、僕と一緒になる運命にある人。そして、ここは僕の屋敷。ここに住んでいるのは僕と君とメイドが1人だけ。君は少し具合が悪くて記憶が混乱しているだけだから、不安になる必要はないよ」
「・・・何もわからない。何も思い出せない」
キトラは叶見の頭を撫でた。
「大丈夫。徐々に思い出していけばいいさ。時間は無限にある」
その時、扉が叩かれた。キトラが扉を開けると、食事の乗ったお盆を持った杏朱が立っていた。
「キトラ様、食事、持ってきました」
「ありがとう、杏朱」
キトラは食事を受け取ると叶見に向き直った。
「叶見さん、この子は杏朱。この屋敷のメイドだよ。君の身の回りの世話は彼女にお願いしてある」
「・・・よろしくお願いします。叶見様」
叶見は少し頭を下げ、もう一度杏朱を見た。杏朱は無機質な目で叶見をじっと見つめていた。
「何か?」
「えっ?何も」
2人の間に重たい沈黙が流れ、キトラがそれを払拭するかのように口を開いた。
「じゃあ、杏朱。いつも通り、廊下の掃除、お願いするよ」
「かしこまりました。食器はまた引き取りに来ます。叶見様の食事が終わりましたら、お呼びください」
杏朱は会釈すると部屋を出て行った。叶見はキトラが自分の横に来ると喋った。
「あの子、キトラ・・・さんとはどういう関係?」
「何で?」
「いや、私の事、気に入ってなさそうだったから」
キトラはくすっと笑うと叶見の頭を撫でた。
「杏朱はただのメイドだよ。過去に色々あったから君を信用しきれていないだけだよ」
叶見は腑に落ちないという顔をしたが、キトラが目の前に食事を置くとそのいい匂いに顔を少し緩ませた。その時、叶見の腹の虫が鳴った。キトラは笑った。
「おなかへってたんだね。どうぞ、ゆっくり食べてくれていいよ」
叶見はお盆の上に乗っている小さな土鍋のふたを開けた。それは鍋焼きうどんだった。キトラは、おいしそうにうどんを食べる叶見を笑顔でずっと見ていた。
一方、時空を超えている3人は要約時空の渦から解放され、ある場所に降り立った。そこはある山の頂上で、誰が立てたのかわからない墓があった。瑛太はその光景に見覚えがあった。
「!ここは、まさか」
「エイタ、ここ知ってるの?」
「ええ。かなさんに1回だけ連れてきてもらったことがあります。・・・そして、ここはかなさんにとって自分の弱さを見せつけられた場所だと聞きました」
瑛太は墓石に触れた。墓石には「因幡透之墓」と書かれている。
「このお墓は、かなさんが唯一守る事が出来なかった人のお墓なんです。菊乃さんの恩人だったと聞いています」
青邦は、叶見が「できる事なら変えたいと願う過去」が一体なんだったのか要約わかった。その時、琉王がかすかな話し声を察知した。
「!誰か来る」
「隠れるぞ。姿は見えないはずだが、いつもと違う時空の超え方をしたから万が一ということもある」
3人はすばやく近くの草むらに身を潜めた。3人が様子をうかがっていると、まだ中学生くらいの2人の少女が山を登ってきた。そのうち長い黒髪をポニーテールにした少女は花束を持っており、もう片方の長い銀髪の少女と楽しそうに会話をしている。そして、2人は墓の前に行き、黒髪の少女は花を供えた。瑛太はひそひそ声で一緒に隠れている2人に言った。
「間違いないです。まだ中学生の頃のかなさんと菊乃さんです」
「てことは、・・・もしかしなくても俺たちは今の夢藤が居る場所に飛ぶのは失敗したって事か?」
「まあ、もう一度やればいいんじゃない」
「そうですね。でも、今はこの光景を見届けてからにしましょう」
少女2人は墓に合掌して、しばらく目を瞑っていた。そして、2人は2分ほどしてほぼ同時に目を開けて立ち上がった。すると、叶見は菊乃に言った。
「先に帰ってて。因幡さんと話したいことがあるから」
菊乃は頷くと、山を下りて行った。彼女が行ったのを確認すると、叶見は墓の前に立ち、口を開いた。
「因幡さん、覚えてる?あの事件があった前の日に、自分に何かあったら菊乃を守ってほしいってあなたが私に言ってたのを。正直言うと、この5年間、ずっとあなたに返事をするのを躊躇ってた。かつて『策士破り』とまで呼ばれた優秀なチェサーだったあなたに心を見抜かれるのが怖くて。私は強くない。けど、これだけは言える。私は強くならならなきゃいけない。もう二度と大切な人をこんな冷たい土の下に埋めたくないんだ。だから、今言う」
叶見は一瞬目を閉じて沈黙し、墓を見据えると再び口を開いた。
「私は、あなたの代わりに菊乃を、菊乃が大切に思う人たちを守る。一生、守るから」
叶見はそう呟くと少し微笑み、墓石に手を置いた。
「菊乃のこと、ずっと見守っていてあげて。あなたは、菊乃が親同然に思っていた唯一の人だから」
叶見はそう言うと、墓に背を向けて山を下り始めた。叶見の背中が見えなくなると、3人は草むらから出た。青邦は叶見が「今は返事が出来ない」と言っていた理由がわかった気がした。
「夢藤は、まだ恩人とした約束を守り続けていたんだな」
「ええ。かなさんは菊乃さんの事を誰よりも考えています。そして、誰よりも愛しているんだと思います。・・・それがわかったから僕は中学の時に自ら手を引いたんです」
瑛太の後半の呟きは小さすぎて2人には聞こえなかった。しばらく沈黙が続き、琉王が口を開いた。
「とりあえず、今はカナを連れ戻す事、考えた方が良いんじゃない?」
2人はそれに頷き、青邦は叶見の教科書に再び手を当てた。
(集中しなくては!今度こそ、成功させてみせる!!)
再び、3人を時空の渦が包み込み、ワープを開始した。
時空の渦が消えた時、3人は古い洋館の前に立っていた。それは紛れもなく、キトラが叶見を運び込んだ洋館だった。青邦は洋館を見上げた。
「・・・何だ?不気味な洋館だな」
「でも、誰か住んでる気配する。もしかしたら、この中にカナいるかもしれない」
琉王の言葉に2人は反応した。その瞬間、洋館の門が突然開き、3人の頭の中に声が響いてきた。
『やあ、3人共。よくここまで来られたね。中にどうぞ。・・・まあ、中に入らないと叶見さんを助けることはできないけどね』
その言葉を聞いた3人は恐る恐る洋館に入った。3人が中に入ると、洋館の扉が突然閉まった。瑛太は扉に手を掛け、押したり引いたりしたが開かなかった。
「完璧に閉じ込められましたね」
「・・・仕方ない。二手に分かれよう。雪野川と明宮はこのまま1階を探してくれ。俺は上の階を探す」
瑛太と琉王は頷き、一緒に1階の廊下を走って行った。青邦は2人が行ったのを確認すると玄関から見える正面階段を駆け上って行った。
1階の廊下を走っている瑛太と琉王は各部屋を用心しながら開け、別の部屋を探すというのを繰り返した。
「何処にもいませんね」
「うん。けど、ここのどこかにきっとカナいる。めげずに探そう」
瑛太の言葉に琉王はそう返した。そして、再び廊下を走っていたその時、瑛太は突然立ち止まり、後ろを走っていた琉王は瑛太にぶつかりそうになり前につんのめった。
「エイタ、どうしたの?」
琉王が瑛太が見ている方向を見ると、そこには無表情なメイド服の少女、杏朱が立っていた。瑛太はとりあえず杏朱に話しかけてみることにした。
「あ、あの、突然お邪魔してすいません。僕たち、ある人を探してまして、銀髪の女の人なんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「・・・お答えできません。私は、キトラ様にあなた方を拘束するようにと頼まれた者ですから」
瑛太は身構えるために少し後退した。その時、後ろにいた琉王にぶつかり、彼を見上げて驚いた。琉王は何故か涙を流していた。
「琉、どうしたの?」
「・・・何でだろう。オレ、お前の事、知ってる。お前、オレと何処かで会った事あるの?」
「私はあなたのことなど知りません」
杏朱は機械的にそう言うと、スカートの下に隠し持っていたナイフで2人に襲い掛かってきた。2人は左右に散って何とか避けた。杏朱はそのまま素早く体制を変え、左に避けた瑛太にナイフを振り下ろした。ナイフは瑛太の肩を掠り、瑛太は何故か気絶した。
「エイタ!」
「申し忘れていましたが、このナイフは掠った者に催眠の暗示がかかる魔法道具なのです。さあ、あなたにも眠っていただきます」
杏朱はナイフを構え直すと琉王に襲い掛かってきた。琉王はずっと危険な魔法使いの元で育ってきたことから自分の身を守る方法は幾千も身に着けているのだが、杏朱を相手にしていると、何故か思い通りに体が動かない。目の前で瑛太が倒れているのを見ているのにかかわらず、自分の力を発揮できない事に琉王本人が一番疑問を持っていた。
(何で・・・体が思い通りに動かない)
そう思っていると、杏朱がナイフを振り下ろしてきて、琉王は咄嗟に杏朱がナイフを持っている方の腕を掴んだ。その時、琉王の頭にある映像が浮かんだ。
それは幼い杏朱が赤髪の女性と話している映像だった。その女性は杏朱の頭を撫でた。
『相変わらず、兄思いだなあ、杏は』
『うん。・・・でも、わかってるでしょ、私はずっとお兄ちゃんと一緒にいる事は出来ない。もうすぐ終わりが来る。そうあなたの仲間が言ったのよね?』
『・・・ああ。ごめん、あなたを守れなくて』
『いいの。でも、一つだけ約束して』
幼い杏朱は女性に小指を出した。
『あなたが私を失ってまた違う誰かに憑いてもお兄ちゃんを守ってあげて。これが私とあなたの最後の約束』
『ああ、約束する。だってあんたは私たちが人に憑りついて初めての女の憑依主だから』
琉王はその映像に呆然とし、杏朱の腕を手放した。その瞬間、ナイフは琉王の脇腹に突き刺さった。しびれるような激痛と急に襲われる眠気の中、琉王は映像に出てきた女性の事を考えていた。
(あの女の人・・・間違いない。『朱雀』だ。何で・・・『朱雀』の憑依主はオレなのに)
琉王はそんな疑問を持ちながら、意識を失った。
一方、青邦は2階の廊下を走り、叶見を探している所だった。青邦が廊下を走っていると、1つだけ中途半端に開いている扉を見つけた。彼は何かの罠かと勘繰りながらも扉を開け、中を覗いた。そこにはベッドに仰向けで寝ている叶見がいた。青邦は叶見に駆け寄った。
「夢藤!」
青邦は叶見を揺さぶろうとしたが、叶見に触ろうとした手は何かの力にはじかれた。何度も触ろうとしたが無駄だった。
(どうなっている!?)
「催眠暗示中に起こされたら暗示が解けてしまうかもしれないからね」
青邦が振り向くとそこにはキトラが立っていた。キトラは小さな小瓶を持っている。
「夢藤をどうするつもりだ!」
「彼女は四神の憑依主の中でも異色の女性の憑依主だからね。僕はずっと神の力を持つ僕と釣り合う女性を探してたんだ。彼女はぴったりだと思わないか?・・・でも、彼女の心の中には全く別の人間がいる。それなら暗示を掛けて僕の思い通りにさせるしかないだろう」
「・・・本当にそれだけか?」
青邦はキトラを睨み付けた。
「夢藤が正気のままなら白虎が体を借りて暴れる可能性が高い。それを防ぐためも含まれているんじゃないのか?」
「さすが青邦。そこまでわかっているのなら、君たちを四神憑きにしておくわけにはいかないね」
その瞬間、青邦の目の前に杏朱が下りてきて催眠暗示のナイフを青邦に突きたてた。青邦は驚く間もなく、脇腹に傷を負い、意識が遠のいて行った。その中で青邦は自分の目の前にいる双子の妹に手を伸ばそうとしたが届かず、そのまま意識を失った。