表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神相応  作者: 夢藤 叶見
3/9

第3話 過去を乗り越えて

琉王は聖哉の知り合いの帝都大学の教授、霧崎(きりさき) 優雅(ゆうが)教授の力で帝都大学生命科学部に編入した。琉王は珍しい髪の色と整った顔立ちの影響か廊下を歩くたびに女子に騒がれていた。聖瑠は大学の学生ではないが、叶見たちと一緒に登校し、皆と昼食を食べる昼休みまで図書館で本を読んで過ごすようになった。

ある日、聖瑠が図書館で本を読んでいると急に声を掛けられた。

「君、叶見さんたちとよく一緒にいる子だよね?」

聖瑠が見上げるとキトラと青邦が立っていた。聖瑠は知り合い以外に話しかけられることに慣れていないため、本を閉じると急いでその場を離れようとした。しかし、青邦に腕を掴まれ、引き戻された。

「おい、逃げるな。少し話したいことがあるだけだ」

聖瑠は無言で青邦の腕を振りほどこうと暴れた。その時、誰かが青邦に掴まれた聖瑠の腕を自分の方に引き寄せ、聖瑠を抱き寄せた。聖瑠はその人物を見上げた。

「・・・霧崎教授」

「君たち、ごめんね。この子、初対面の人と話すの苦手なんだ。だから、夢藤くんたちが居る時に話しかけてあげて。それじゃあ」

霧崎教授は聖瑠の腕を引くと図書館を出て行った。青邦は小さく舌打ちした。

「チッ、水差された」

「まあ、いいよ。まだチャンスはあるからね」


聖瑠は霧崎教授と並んで歩いた。聖哉と同じ33歳である霧崎教授は顔立ちの整っているイケメンで、一緒に歩くだけでもかなり目立つ人物なので、聖瑠は少し俯いて歩いた。霧崎教授は口を開いた。

「聖瑠ちゃん、ああいう輩に絡まれた時は確かに逃げるのも大事だけど、誰かに頼る事も大事だよ。今回は偶然僕が側にいたからよかったけど、次もそうとは限らないんだから」

「・・・わかってます。でも、人に話しかけるのって勇気がいるから」

「それに、彼らの事なら夢藤くんたちに相談してみなよ。きっと知り合いだろうから」

聖瑠はその言葉を聞くと驚きの表情を見せたが、すぐに元に戻った。それから聖瑠は昼休みになるまで霧崎教授の研究室で過ごし、琉王が迎えに来るまでずっと本を読んでいた。


「ねえ、叶見さん、聞きたいことがあるんだけど・・・」

聖瑠は昼食を食べながらそう口を開いた。叶見は聖瑠に向き直った。

「何?」

「午前中、図書館で本を読んでたら男の人2人に話しかけられたの。霧崎教授は叶見さんたちならその人たちの事知ってるって言ってたから」

「どんな人?」

「・・・青い髪の大柄な人と黒髪の普通の体系の人」

「ああ、それなら周と宮古先輩だよ。周とは2週間ぐらい前にチャンバラで勝負したんだ。あの2人、結構な有名人だから聖瑠ちゃんでも知ってると思ったんだけど」

「仕方ありませんよ。聖瑠さんがこの大学で行く場所は図書館と食堂と霧崎教授の研究室ぐらいですから」

叶見の言葉に瑛太がそう言った。琉王はずっとムスッとしている。瑛太がそれに気づいた。

「どうしたの、琉」

「いや、ナンパだったらどうしようと思って」

「大丈夫だよ。ナンパなんてする人たちじゃないから」

叶見がそう言ったが、琉王は難しそうな顔を変えない。聖瑠は俯き気味に呟いた。

「大丈夫よ、琉。霧崎教授に言われた、もっと誰かに頼った方が良いって。だから、今度からそうする」

「琉、聖瑠ちゃんもこう言ってるんだから、信用してあげてよ。・・・けど、何で聖瑠ちゃんに話しかけたのか、ちょっと気になるね」

叶見の意味深な言葉にその場にいた3人は少し気になった。叶見はその空気を感じ取り、付け加えた。

「いや、特に大した意味はないから、気にしないで」

瑛太が何か言おうとしたその時、叶見は時計を見て口を開いた。

「ああ、そろそろ3時間目が始まるね。教室に行こう」

3人はその言葉に曖昧な表情で頷くと、席を立った。その後、琉王は2号館に、聖瑠は霧崎教授の研究室がある別館に向かうため、瑛太・叶見と食堂前で別れた。2人は授業がある本館に向かったが、途中で叶見が思い出したように口を開いた。

「あっ、教科書を霧崎教授の研究室に忘れてきた!瑛太、先に教室行ってて」

叶見は瑛太の返答も聞かずに走り出した。瑛太はふうっとため息をついた。

(かなさん、相変わらず嘘をつくのが下手ですね)


叶見は瑛太と別れ、2号館のB-102教室に向かった。そこでは、工学部2回生の受講する「機械工学」の講義が行われているのだ。叶見は講義が始まるギリギリの時間に一番後ろの席に座った。周りの工学部の生徒達は叶見が入ってきたのを見て少しざわついたが、叶見が人差し指を唇に当てて「静かにして」と囁くと誰も騒がなくなった。叶見は、中央列の前から2番目の席で講義を受けている青邦をじっと見つめた。「機械工学」の講義は退屈で、寝てしまう生徒が多い中、青邦はずっと教授の話を真面目に聞いている。

(わかってたけど、真面目なんだな。周は)

叶見は出そうになる欠伸を堪えながらそう思った。要約90分の長い講義終了のブザーが鳴り、教授が出て行くと、静まり返っていた教室はたちどころに騒がしくなった。叶見は早速男子生徒たちに話しかけられた。

「夢藤さん、どうしてここに?」「もしかして、教室間違えたんですか?」

青邦はそれに気づき、少し慌てて教室を出て行った。

「ごめん、急いでるから」

叶見はそう言うと、急いで青邦の後を追った。


叶見は青邦にやっと追いつき、彼の腕を掴んだ。

「待ってよ、周。ききたいことがあるんだ」

「・・・俺はお前と話す事なんて何もない」

青邦は叶見の手を腕からほどいた。叶見は少しむっとすると、口を開いた。

「今日の午前中、聖瑠ちゃんに何をきこうとしたわけ?」

青邦はそれに反応した。叶見はそれを見過ごさなかった。

「聖瑠ちゃんの話では、無理矢理何か聞き出そうとしているみたいだったって聞いたよ。それを霧崎教授が助けたって。ねえ、あなたたちは私たち(・・・)の何が知りたいの?」

青邦は驚いて叶見を見た。叶見は青邦をじっと睨み付けている。

「お前、随分と勘が鋭いんだな」

「あなたが青龍の憑依主だってことは瑛太からきいてようやく知ったけどね」

「ああ、そうだ。俺の中には青龍がいる。そして、お前はこの事も知っているはずだ。四神の憑依主は分かり合えない事を」

「それはただの逃げじゃないの?」

青邦は叶見の言葉に心の底を見透かされたような感覚を覚えた。叶見は続けた。

「確かに、四神の憑依霊たちは別の場所・理由で暴れていた人斬りたちだから分かり合えないかもしれない。けど、私たちは憑依主なだけでその霊たち自身じゃない。私や琉を見ればわかるでしょう?もし、あなたが私たちは分かり合えないと思っているのなら、あなたはただ、失うのが怖いだけじゃないの?」

青邦はその言葉にカッとなると、叶見の両腕を掴んで壁に押し付けた。叶見は予想外の腕の痛さに顔をしかめた。

「お前に何がわかる!裕福な場所に生まれ育ってきたお前に何がわかるっていうんだ!!」

青邦は腕を振り上げた。叶見は目を瞑ったが、その腕が叶見に振り下ろされることは無かった。青邦の腕を掴んだ人物がいたからだ。

「カナを傷つける奴、オレ、絶対許さない」

その人物はさっき講義を終えたばかりの琉王だった。そこにキトラが走ってきた。

「青邦!何をやってるんだ!?」

青邦は琉王の手を振り払い、キトラの元に駆けよった。キトラは叶見に向き直り、頭を下げた。

「ごめん、叶見さん。怖い思いをさせてしまったね・・・ほら、青邦。行くよ」

青邦は叶見の方を向くことなく、キトラと一緒に歩いて行った。琉王はため息をつくと叶見に向き直った。

「カナ、お前、あいつら危険じゃないと言ったけど、オレ、あいつらのこと信用できない。カナに手を振り上げるところ、見てしまったし」

「・・・いや、あれは私が周を刺激しすぎたのが原因だから。気にしないでよ、琉。あと、この事、聖瑠ちゃんや瑛太には内緒にして」

琉王は何か言いたげだったが、叶見の真剣な顔を見ると渋々頷いた。


次の日、叶見と瑛太が講義を終え、教室の外に出るとそこに青邦が立っていた。叶見と青邦の間に重い沈黙が流れ、瑛太がその光景を黙ってみているという構図がしばらく続いた後、青邦が急に叶見に頭を下げた。

「昨日は取り乱してしまってすまなかった。あの、明宮だったか?あいつにも不快な思いをさせてしまった」

「いや、こっちこそ刺激しすぎたから、お互い様だと思うよ」

「・・・それで、お前、今日の講義はさっきので終わりか?」

叶見は頷いた。

「じゃあ、少し俺に付き合ってくれないか?」

瑛太は驚きの表情を見せて、叶見を見た。叶見はそんな瑛太の顔を見ることなく平然と言った。

「いいよ」

「ちょっと、かなさん!」

瑛太は叶見の腕を引き、ひそひそ声で言った。

「何を考えているんですか!?聖瑠さんと一悶着あった人と2人きりになるなんて!」

「大丈夫。一度剣を交えてるからわかるんだ。周は悪いヤツじゃないって」

叶見は瑛太にそう言うと笑みを浮かべた。

「じゃあ、そういう事だから、瑛太は先に帰って。今日、理央ちゃんと一緒に帰る約束してたんでしょ?」

瑛太は最後まで叶見の心配をしていたが、渋々二人から離れて行った。叶見は瑛太が帰って行ったのを確認すると、青邦に向き直り、にっこり笑った。

「それで、どこ行くの?」

「・・・俺にしか行けない場所」

叶見はその言葉に呆然としたが、青邦は平然と続けた。

「とりあえず、行くぞ」

青邦は叶見の腕を引き、歩き出した。叶見は青邦の考えがわからなかったが、何も言わず、ただついて行った。


2人は何人もの大学生たちに注目のまなざしを向けられながら大学構内を歩き、工学部研究室がたくさん入った研究棟の裏側に来た。叶見は工学部研究棟に初めて来たため、辺りを見渡している。青邦は叶見に向き直った。

「夢藤、青龍の能力が何なのか聞いた事はあるか?」

「いや、知らない。ゆきひらっていう保護者から聞いてるのは私の能力だけだから」

青邦はそれを聞くと、叶見の腕を引き寄せ、叶見を抱きしめた。

「!ちょっと!何して」

「俺の能力を今から見せてやる」

青邦がそう言った瞬間、彼の眼の色が黒から青に変化し、2人の周りの空間が捻じれ始めた。叶見は青邦に抱き寄せられながら驚愕した。

「何これ!周りの風景が捻じれて」

「動くな。動くと空間の渦に巻き込まれて二度と今の時間に帰ってこれなくなるぞ」

叶見はその言葉にびくっとするとおとなしくなった。空間の捻じれが一層強くなり、その瞬間、2人を大きな光が包み込み、しばらくして光が消えた。青邦は要約叶見を離した。叶見が周りを見渡すと、そこは地平線の彼方まで広がる大きな草原だった。

「ここ、どこ?」

「14年前の中国の奥地にある山岳地帯だ。・・・もうこの地帯の名前も思い出せないくらい遠い昔に俺たちはいる」

叶見は青邦を振り返った。青邦は叶見を見据えた。

「青龍の能力は空間を捻じ曲げ、時空を超えるという四神の中で最も異質な能力。そして、これから俺たちが見るのは俺の過去だ」


青邦は降り立った場所のすぐ近くにある山岳地帯の集落に歩き始めた。叶見はその後ろを気まずそうに付いてきている。その状況に耐えかねたのか、青邦は叶見に振り返ると口を開いた。

「夢藤、隣を歩いてくれないか?」

「ああ、ごめん。隣を歩くの何か気まずくて」

叶見は青邦の横に並んだ。青邦は唐突にこう言った。

「・・・お前には、隠したい、もしくは変えたいと思う過去はあるか?」

叶見はその言葉を聞くと、少し俯いた。

叶見の頭には、まだ幼い頃に守る事が出来なかった菊乃の恩人が思い浮かんだ。もし、その過去が変えられるのなら変えたいとどれほど願った事だろう。もしかしたら、青龍の能力を聞いた時、その願いを叶えられるのではないかと考えてしまっていたかもしれない。

「・・・あるよ。すごく辛い過去。変える事ができるのなら変えたい過去」

「残念ながら、青龍の能力は時空を超えることが出来るというだけで、過去を変える能力ではない。そして、これから見るのは俺の一番辛い過去だ」

「だから、どうして私にその過去を見せようとしてるわけ?」

青邦はその言葉を聞くと急に立ち止まり、叶見もつられて立ち止まった。青邦は叶見を見据えた。

「俺にもよくわからない。ただ、お前に俺を知ってもらいたかっただけ・・・だと思う」

叶見はその言葉に首を傾げた。青邦は顔を赤くすると、叶見から目をそらした。

「と、とにかく、俺が家族と暮らしていた集落まであと少しだ。歩くぞ」

青邦は顔を赤くしたまま歩く速度を速め、叶見は置いて行かれないように一生懸命付いていく。それは集落の入り口まで続いた。


その集落は家が6軒と小さな畑が家の間にあるだけの小さな集落だった。叶見は集落の中心に立ち、ぐるっと1周見渡した。

「あまり人が居ない」

「俺が育った集落は殆ど放牧で生計を立てていた。太陽の角度から見て今は昼間だし、男たちは山に放牧に出かけているはずだから、今、この集落にいるのは子供と女だけだ」

すると、2人が居る場所のすぐ近くの家の扉が開き、青い髪の少年と赤い髪の少女が出てきた。叶見は姿を隠そうとしたが、2人の子供は叶見と青邦には反応を示さず、走って横を通り過ぎて行った。

「大丈夫。俺たちの姿は過去の人間には見えていない」

「まあ、姿が見えてたら絶対反応を示すはずだしね。だって、さっき通り過ぎたのって」

「そう。まだ6歳の頃の俺と俺の妹、杏朱だ」

幼い青邦は杏朱とボールで遊んでいる。叶見は、楽しそうに遊んでいる2人を見て微笑んだ。

「仲のいい兄妹だね」

「・・・ああ、双子だった事もあって俺と杏朱はいつも一緒だった。あんな事が無ければな」

叶見はその言葉に青邦を振り向いた。青邦は拳を握りしめ、震えている。叶見は青邦の様子を見て尋ねた。

「周、心の準備をしたいから教えて。これから一体、何が起こるの?」

「・・・これから」

青邦が何か言おうとした瞬間、集落全体に大きな音が響いた。叶見と青邦が振り返ると集落の入り口にはいつの間にか武装した傭兵たちが並んでいた。青邦は、呆気にとられて動けないでいる叶見の腕を引くと近くの家の陰に隠れた。叶見はようやく我に返り、青邦にきいた。

「ねえ、これって」

青邦は叶見の口を手で塞いだ。

「しっ!姿が見えなくなっているだけで俺たちの声は過去の人間にも聞こえるんだ。静かにしないと奴らに見つかる」

(奴らって・・・さっき見えた奴ら、明らかに傭兵だった)

叶見がそう思った瞬間、傭兵たちがズカズカと集落に入ってきた。それからは地獄だった。集落のいたるところで人々の叫び声や傭兵の銃声が響き渡り、血と火薬の臭いが入り混じり、叶見は咽そうになった。要約銃声がやみ、傭兵たちの足音が聞こえなくなると青邦と叶見は家の陰から出た。そこで見た光景は目を逸らす事が出来ないくらいに悲惨な光景だった。あちこちに集落の人間の死体が散乱していて、殆どの家が半壊状態で壁に銃弾の跡が残っている。叶見はそのこの世のものとは思えない光景を信じられず、その場に立ち尽くした。青邦は二度と見たくなかった光景に目を瞑っている。

「周、こんな事って」

「・・・皆、死んでしまった。俺たちの住んでいた山岳地帯は民族紛争の絶えない地域で、あの傭兵たちは略奪のために俺が住んでいた集落を襲撃したんだ。放牧に出ていた男たちの死体も後日発見した」

その時、違う家の陰から幼い青邦が這い出てきて、ある物に気付くとそれに駆け寄った。それは心臓を銃弾で打ち抜かれて動かなくなった杏朱の遺体だった。幼い青邦は杏朱の遺体を抱き上げると涙を流した。その時、ある人物が幼い青邦の背後にいつの間にか立っていた。叶見はその人物を見て驚愕した。その人物はキトラだった。

「宮古先輩がどうして!?だってあの人、今と姿かたち全く同じ」

「それについては後で話す。今はもう少しこの状況を見てくれ」

青邦の真面目な表情に叶見はただ頷くしかなかった。キトラは幼い青邦に話しかけた。

「人間の中にはひどい事をする奴らがいるもんだね」

「・・・お前もあいつらの仲間なのか?だとしたら、俺はお前を絶対に許さない!!」

幼い青邦は近くに落ちていた鉈を拾うとキトラに襲い掛かった。しかし、キトラはその攻撃を避け、鉈を奪った。

「僕はあいつらの仲間じゃない。弱い者から略奪する事しかできないようなあんな無能な人間共と一緒にしないでほしいな」

無力化された幼い青邦は膝をつくと俯いて黙った。キトラは青邦を見下ろした後、青邦の後ろにある杏朱の遺体を抱き上げた。幼い青邦はそれに反応し、キトラの腕を掴んだ。

「杏朱に触れるな!!」

「この子、君にとって大事な子なんでしょ?僕の力を使えば生き返らせる事が出来るって言ったら君はどうする?」

幼い青邦はキトラの言葉を聞くと驚きの表情を見せた。キトラは青邦に笑いかけた。

「僕の能力を使えば1人の人間を生き返らせる事なんて造作もない事だよ」

そこで青邦は叶見を抱き寄せ、能力を発動した。周りの景色が歪む中、叶見は最後に見たキトラの言葉と表情が何か悪い事を企んでいるように見えた。


2人は工学部の研究棟裏に戻ってきた。研究棟裏には喫煙者のために置かれた灰皿とベンチがある。ベンチに腰掛け、2人はしばらく黙っていた。最初に口を開いたのは叶見だった。

「宮古先輩の事、教えてくれる?」

「・・・わかっている。そのつもりで戻ってきたんだ」

青邦は叶見の方に向き直った。

「最初に言っておくが、キトラは普通の人間ではない。俺たちと同じ特異な能力を持っている存在だ。だが、俺たちとは少し違う」

「・・・あまりよくわからないんだけど」

「俺たちの能力は憑依霊が憑依する事によって能力が発動されるというシステムだが、キトラは元々そういう能力を所有している存在だ。そして、その能力は神と同レベルだと言ってもいい」

「そういえば、最後に幼い周に言っていた言葉、本当なの?人を生き返らせる事が出来るなんて」

「あれは事実だ。キトラは俺の目の前で杏朱を生き返らせた。ただ、俺は生き返らせる瞬間を見ただけであれ以来杏朱には会っていない」

叶見は青邦が「あんな事が無ければ一緒に居る事が出来た」と言っていた意味がやっとわかった。青邦は、叶見の納得した顔を見ると再び口を開いた。

「夢藤、悪かったな。お前の了解を得ずにあんな悲惨な物を見せてしまって」

「いや、私こそ。昨日、周の気持ちも考えずに挑発してしまって、本当に悪かったと思ってる。でも、要約、周が宮古先輩と一緒に居る理由がわかったよ。杏朱ちゃんの今の居所を掴むためなんでしょ?」

青邦は驚きの表情で叶見を見た。

「周は妹を生き返らせるのが目的だったんだから、宮古先輩に執着する理由はもう無いはず。それに、宮古先輩の最後の言葉からすると、一度生き返らせたらその人間に手を施す必要はないと考えられる。それでも周が宮古先輩の側にいるのは妹の居場所を探す目的くらいだろうなと思ったんだ」

青邦は俯いた。叶見はにっこり笑うと再び口を開いた。

「初めて会った時から思ってたけど、周はきっと1人で何でも抱え込む性格だと思う。けど、もし、私たちの力が必要なら頼ってくれていいよ。私たちはいつでも協力する」

青邦は叶見の笑顔を見ると、いきなり叶見を抱きしめた。

「!あの、周?何?どうしたの?」

「・・・お前に辛い過去を見せたいと思った理由がやっとわかった」

青邦は叶見を解放すると、叶見の眼をまっすぐに見つめて再び口を開いた。

「夢藤・・・俺はお前が好きだ」

その言葉が青邦から発せられてしばらく、2人はその体制のままフリーズしていた。長い時間が経って、青邦は我に返り、頬を紅潮させると叶見から離れた。

「!すまない!今の言葉はその・・・忘れてくれ。あ、あと、お前が言った通り、お前たちの力が必要になったら頼る。きょ、今日は付き合ってくれて感謝している。それじゃあ!!」

青邦はそう言うと、ベンチから離れて行った。叶見はベンチに腰かけたまま、青邦の姿が見えなくなるまでずっと呆然としていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ