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四神相応  作者: 夢藤 叶見
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第1話 白き虎と青き龍

今から250年前、日本は武士の時代の終わりを迎えようとしていた。各地で幕府と尊王攘夷派の戦いが勃発し、人々が恐慌とする中、そのどちら側にもつかず、ただ暴れるために戦っていた4人の武士がいた。4人は活動していた拠点が東西南北に分かれていたため、「江戸時代の四神」と呼ばれ、幕府にも尊王攘夷派にも恐れられていた。噂では、彼らは肉体が滅んでも魂だけはこの世界に残り、誰かに憑りついているという。そして、彼らに憑依された人間は戦う運命を背負うこととなる。

                    ≪*≫

少女は今、もがき苦しんでいた。だが、暴れれば暴れるほど体は川底へ沈んでいく。なんてことはない普通の川だが、まだ小さい少女にとってその川は深く、水の中での呼吸法を知らないことも災いし、息が続かない。もう諦めかけていたその時、何者かが少女に話しかけてきた。

『助かりたいか?特殊な能力を持つ娘』

少女は水中で話しかけられることに違和感がしたが、助かりたい一心でただただ頷いた。その瞬間、少女の体は川底から引き上げられ、呼吸が楽になった。少女が恐る恐る目を開けると彼女は河原に座っていた。

「・・・・あれ?私、溺れてたのに・・・どうして?」

『私が引き上げたのだ。お前の『生きる意思』を感じ取ったからな』

少女は後ろを振り返った。そこには銀髪の侍が立っていた。その侍はゆっくりと閉じていた目を開けた。その瞳は髪と同じ、まるで金属のような綺麗な銀色だ。侍は続けた。

『私が見えるということは、どうやら私の今度の憑依体はお前のようだな。夢藤(ゆめふじ) 叶見(かなみ)

                    ≪*≫

「叶見ー!早く起きないと大学遅刻するよー!!確か一時限目は出席で単位決まるんじゃないの?」

「・・・・今起きるって」

叶見はやっとベッドから這い出た。叶見は今、日本一の国公立大学といわれている帝都大学理学部二回生だ。叶見は鏡を見ながら寝グセの目立つ銀色の髪を適当に梳き、クローゼットの中の適当な服を選んで着た。叶見が下の階におりると黒いロングヘアーの少女が朝食の準備をして待っていた。

「おはよう、叶見」

「ああ、おはよう、菊乃(きくの)

菊乃は叶見の幼馴染の少女で、叶見とは違う大学に通っている。だが、理系中心の国公立に通う叶見と違い、菊乃は出席で単位が決まる科目が少ないため、家事はほとんど菊乃が担っている。その上、叶見も菊乃もそれぞれの養父母と離れ、この一軒家に一緒に住んでいるのだ。

「そういえば、日紗都と美月は?今日土曜日だから学校ないはずじゃない?」

「まだ寝てるわよ。でも、いいじゃない。あなたと違って平日は毎日学校に行ってるんだから休日ぐらいゆっくり寝かせてあげれば?」

この家には叶見と菊乃の他に日紗都と美月という7歳の双子が住んでいる。双子は叶見と菊乃とは血縁関係は一切なく、叶見が成人するまで面倒を見てくれた養父母の子供で、日紗都が兄、美月が妹だ。二人共、お互いへの依存度が高く、寝る時や登下校も一緒にしている。

叶見は食パンをかじりながら時計を見た。

「あっ、やばい!もうこんな時間!!菊乃、ごめん、片付けよろしく!」

叶見は椅子の背もたれにかけていた鞄を持ち、大急ぎでダイニングを出て行った。菊乃はその背中に呑気に言った。

「いってらっしゃーい!」


「それはそれは、大変でしたね、かなさん」

講義開始のブザーと同時に駆け込んできて肩で息をしている叶見に、叶見と同じ理学部二回生の雪野川(ゆきのがわ) 瑛太(えいた)が言った。叶見はやっと息が整い、まともに話せるようになった。

「もう、笑いごとじゃないよ、瑛太。大変だったんだから。それに・・・講義が出席で単位決まる奴じゃなかったら受けなくても点数取れるよ、ドイツ語なんて」

後半部分は教授に聞こえないように叶見は小さな声で呟いた。瑛太は微笑んだ。

「まあまあ、そういわないで。本当にかなさんは語学系の科目より化学系の科目の方が好きなんですね」

「楽にとれるからね」

「・・・普通の人には大変な教科ばかりなんですけどね」

瑛太はため息をつくと、講義に戻った。叶見はぼーっと窓の外を眺めた。叶見は5歳の時には既にドイツ語が話せたし、書けるようになっていた。小さい頃から天才だと言われて育った叶見には他の人とは違う頭脳だけでなく、特殊な能力もあった。そしてそれは、叶見の境遇でなければ役に立たない能力でもある。叶見はひそかにため息をついた。

(早く講義が終わってほしい)


1時間半後、やっと叶見が待ち望んだ講義終了のブザーが鳴った。教授はずっと動かしていた口をやっと止め、教室を出て行った。瑛太は、横で頬杖をついたまま寝ている叶見を揺り起した。

「かなさん、講義終わりましたよ」

「・・・・・・ん~~~、よく寝た」

叶見はのびをすると、教科書を急いでしまい、瑛太と教室を出た。瑛太と並んで歩く叶見に大学生たちの視線が集中する。叶見は勉強もスポーツも得意なうえ、美人なため、男女双方に絶大な人気を誇っていた。

「あっ、夢藤さんだ」「今日も美人だな」

「叶見さんって前のスポーツ祭でも大活躍してたわよね」「あの時の夢藤さん、すごく格好良かったのよ」

叶見と瑛太が歩くたびにそのような囁きが聞こえてくる。瑛太は周りを見渡しながら言った。

「相変わらず、かなさんはもてますね。まあ、女の人にもてるのは前からですが・・・この様子では、また来るんじゃないですか?」

「何が?」

叶見がそう聞き返した時、叶見と瑛太の前に男子大学生が進み出てきて叶見に頭を下げた。

「夢藤さん!俺と付き合ってください!!」

「・・・・・・やっぱりきた」

瑛太は、この皆が注目する中で叶見に告白してきた勇者を見ながら小さな声で呟いた。叶見は彼をじっと見つめた後、口を開いた。

「いいよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし、条件があるけどね」

叶見は瑛太に向き直った。

「瑛太。道場でまたアレやるから道場の鍵借りてきて」

「はい。わかりました」

叶見は、瑛太が走り出すと男子大学生に言った。

「私、自分より強い男じゃないと付き合わないって決めてるの。だから昼休み、道場に来てね」

男子大学生は、瑛太の後を追って走って行った叶見を見つめながら呆然とした。彼の友達が彼に走り寄ってきた。

「あーあ、だから無謀だって言ったんだよ。彼女、いつもそうなんだから」

「いつも?」

「そう。彼女に告白した男子は彼女との一本勝負で勝たなければ付き合えないんだよ」

その言葉をきいた男子大学生は勝ち目がないと思い、肩を落とした。叶見はスポーツ全般が得意だが、その中でも特に剣道は分を抜いている。そして、その事は大学内の人間なら全員知っていることだった。

その光景を見ている黒髪の少年がいた。その少年は横にいた青い髪の大柄な少年に話しかけた。

「成程ね。あの子は『自分より強い男』が好きなんだ」

「何を考えている?キトラ」

「いや。今まで付き合ってきた女性とは違うからちょっと興味がわいてね。君も気になるだろ?青邦」

大柄な少年、(しゅう) 青邦(せいほう)はそっぽを向いた。

「女には興味がない」

「そういうと思った。でも、君なら彼女に勝てるかもね」

黒髪の少年、宮古(みやこ) キトラは青邦の胸のあたりに手を置いた。

「君の中にいるあの人を使えばね」


午前中の講義が終わり、叶見は道場に行った。道場に入ると瑛太が道着を着て一人座っていた。

「あれ?瑛太だけ?午前中私に告白してきた人は?」

「きっと、またあなたと戦う前に諦めたんですよ。あなたの強さは大学の人たち全員が知っていますから」

「なんだ、つまらない」

「そう思うならいい加減、付き合う相手に条件出すのやめたらどうですか?おかげで、僕たち剣道部は勧誘しなくても部員が来るので助かってますけど」

叶見は瑛太の言葉を無視して、更衣室に移動して着替えると、再び道場に戻ってくると、瑛太に竹刀を渡した。

「瑛太、久しぶりに手合わせしよう」

「いいですよ。ちょうど、相手がいなくて暇だったんです」

瑛太と叶見は竹刀を構え、向かい合った。叶見も瑛太も防具や面をつけていない。2人とも正式な試合では防具や面をつけるのだが、2人が一番得意とするのが防具も面も一切付けない自由なチャンバラだった。叶見は告白してきた相手にこの勝負で負けたことは一度もない。叶見と瑛太は息を整えると、お互いに迫った。その時、道場の扉が急に開いた。

「すいませーん!剣道部の道場ってここですかー!!」

大きな声が2人を一旦停止させた。叶見と瑛太はほぼ同時に竹刀を下げ、道場の入り口に振り向いた。そこにはキトラと青邦が立っていた。大声を出した後のキトラは続けた。

「あの、こいつ、周 青邦っていうんだけど、夢藤 叶見さんと手合わせしたいらしいんだ」

「周 青邦って、もしかして秀才だって評判の中国からの留学生ですか?工学部の」

「そうだよ。まあ、廊下歩くたびにひそひそ話される君たちほど有名じゃないけどね」

キトラは笑いながらそう言った。叶見は青邦をじっと見つめた。

(この人多分、今まで相手してきた人たちより強い。もしかして、手合わせして負けたら付き合ってくれって話じゃないよね)

「それから、もし青邦がこの勝負で勝ったら夢藤さんと青邦が付き合うってことでどう?」

叶見は思っていた悪い予感が的中し、ビクッとした。キトラはにっこり笑って言った。

「だって君は『自分より強い男』と付き合いたいから告白してきた男性に手合わせ申し込んでたんでしょ?青邦だって君みたいに強い女性と付き合いたいって言ってるし」

「・・・・・・そんなこと言った覚えはないがな」

青邦は小さな声で呟いたが、その言葉を無視してキトラは、自分より10㎝ほど背が低い叶見の顔を覗き込んだ。

「いいかな?」

「・・・いいよ」

「かなさん!?」

瑛太の声を途中で遮り、叶見は言った。

「大丈夫、瑛太。私は絶対負けないから」

叶見はキトラと青邦に向き直った。

「その勝負、受けるよ」

叶見と青邦の間に火花が散った。瑛太はため息をついた。しかも不運なことに、その時にはすでにたくさんの剣道部員が道場に練習に来ていたため、剣道部員全員が叶見と青邦の手合わせに注目している。キトラは瑛太の横に座った。

「雪野川くん。夢藤さんも青邦も防具や面無しでいいの?」

「これもかなさんの条件のうちの一つです。防具や面に頼るような弱い男とは付き合いたくないそうで。それに、防具や面は重いのでかなさんの動きを制限してしまうんです」

「要するに、これから青邦が相手するのは本当の強さの夢藤さんてこと?」

瑛太は頷いた。叶見は下ろしていた髪をポニーテールにし、気合を入れた。青邦は叶見の全身を見渡した。

(腕の力だけでは俺の方が上かもしれないが、防具も面もない勝負となると腕だけじゃなく足技や体術を使える。おそらく、こいつはそれも使って俺に対抗してくるだろう。では、俺も自由に行かせてもらおう)

叶見と青邦が竹刀を構え、瑛太の「始め!」の声と共に二人はそれぞれ相手に襲い掛かった。青邦は竹刀を叶見に振り下ろしたが、叶見はそれをあっさり避け、青邦の腹に竹刀を叩き込んだ。だが、青邦はそれを素手で受け止めた。青邦はそのまま竹刀をつかむと、叶見の体ごと放り投げた。叶見は体をひねり、着地の衝撃を和らげ、再び青邦に襲い掛かった。青邦は叶見の竹刀での攻撃をギリギリ躱している。

(この女、全然剣の軌道が読めない。だが、それだけでは俺は倒せん!)

青邦は叶見の竹刀の攻撃の隙を突き、叶見の竹刀を一瞬だけ止め、叶見の脇腹に蹴りを叩き込んだ。叶見は脇腹を押さえ、後ろに下がった。瑛太は驚いた。

「青邦は中国一の少林寺拳法の達人だ。竹刀より拳での勝負に出るのは当然だよ。青邦はこういう手の勝負で負けたことは一度もない。この勝負、青邦の勝ちだ」

「・・・勝手に決めつけないでくれる?」

叶見がキトラの言葉に反応した。叶見は脇腹から右手を離し、竹刀を両手で構え直した。青邦は今までの叶見とは違う大きな圧力を感じ取った。それは瑛太とキトラ以外のその場にいた人々を震え上がらせた。瑛太はため息をついた。

(やっと本気になったらしいですね、かなさん。強い相手に出会うといつもこうなんですから)

青邦は叶見の相手を威圧する眼光に驚いた。そして、次の瞬間には青邦は叶見を見失い、気づけば青邦の喉元に竹刀が突きつけられていた。これには普段あまり驚かないキトラも驚きの表情を見せた。叶見は元の表情に戻り、竹刀を下した。青邦は呟いた。

「負けたよ、夢藤」

「あんた、強いね。まさか体ごと投げ飛ばされるとは思わなかった。受け身を取る余裕がなかったら危なかったよ」

青邦は俯けていた顔を上げた。叶見は青邦に微笑んだ。

「またいつか手合わせしよう、周」

青邦は少し間をおいて頷いた。そして、瑛太に竹刀を渡すと道場を出て行き、キトラもそれに続いて道場を出た。瑛太はため息をつくと、叶見に言った。

「まったく、今度こそ負けるかとひやひやしましたよ。しかも、結局最後はあの人にいいところ持っていかれたでしょ?」

「気づいてた?」

「当たり前です!あんな動き、普通の人間ならできませんよ。どうするんですか、もし周くんがこのことに気付いたら。あの人の存在は一般人には絶対知られてはいけないんですよ!」

「大丈夫だよ。あいつの存在に気付く奴なんて関係者以外にはそうそういないから」

叶見の中には昔から表の人格とは別人の「もう一人の存在」がいる。その存在は「白虎」と呼ばれていて、「白虎」の能力は人間離れした身体能力だと言う事を叶見はまだ小さい頃に知った。

「そういえば、瑛太は、師匠に時々会いに行ってるんでしょ?あの人、元気?」

「ああ、翔也(しょうや)さんなら元気ですよ。ついでに情報ももらおうと思ったんだけど、他の三人の存在が憑依している人間はいまだにわからないと言っていました」

「そうか、すぐにわかると思ったんだけどな。私の髪が銀色であるように他の三人の髪色も珍しい色のはずだから」

叶見は髪を触りながら呟いた。叶見は生まれつき髪が銀色だった。それは「白虎」が憑依している証だと翔也は言っていた。現に叶見は3歳の頃、銀髪銀色の目をした侍の霊を見ている上に、その侍と会話もしている。侍は自分の事を「白虎」と名乗った。

「う~ん、他の3人の髪の色さえわかればなあ」

そう言って考え込んでいる叶見の後姿を見ながら、瑛太はため息をついた。叶見は先程勝負した相手の髪の色をすっかり忘れている。

(この人、こういうところは抜けてますね)


「青邦、待ってよ!」

キトラは、大股かつ速足で歩く青邦にやっと追いついた。

「何であの人に頼まなかったの。わかったでしょ?夢藤さんの中には間違いなくあの人が居るって」

「夢藤だけだったら頼んでいた。だが、『近くに雪野川がいたから』頼めなかったのだ」

「えっ、それってどういう事?」

青邦はそれに答えなかった。だが、青邦は何故か笑っていた。

(確かに相手にするには厄介な奴だ。だが、だからこそ面白い!)

そして、二人が巡り合ったのも青邦の中にいる存在「青龍」と叶見の中の存在「白虎」によるものである。だが、二人がその事を知るのはもっと後の話だ。


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