たの付くモノも好き好き(卅と一夜の短篇第11回)
文化祭だからって、出し物は執事とメイドの喫茶店をすべきだ、とすぐさま一致団結するうちのクラスのノリ。俺は嫌いじゃない。衣装代がないからと各自自由に、自分の私物を使ってそれっぽい格好をしようと決める雑さも、悪くないと思う。
ただ、男子の夢見る可愛いメイドも女子の妄想するイケメンな執事もこのクラス内では発生しないだろう現実に、どうして誰も気づかないのか。
まあ、せっかくみんなが幸せな夢を見ているのだから、俺も余計なことは言わずに喫茶店で出す飲み物や食べ物の手配などに精を出すことにした。
そんなわけで迎えた文化祭当日。黒い学ランのズボンと白ワイシャツと言ういつもの制服に、兄貴の持ってた黒っぽいベストを借りて羽織る。これまた兄貴に借りたワックスで髪の毛をオールバックに撫で付けて、俺の執事は完成だ。
手についたワックスをトイレの手洗い場できれいにして教室に戻る。道中、いたるところでお祭り騒ぎだ。
暗幕に覆われたとある教室から、白い着物姿の生徒が出てくる。膝くらいまである長い髪はカツラかと思いきや、よく見ると黒く塗った新聞を細長く切ったものだ。絶妙なチープさがたまらない。
廊下を歩いてくるドレス姿の男に道をゆずる。男は、中肉中背の俺よりも背が高く、肩はばが広い。むき出しになった両肩は分厚い筋肉に覆われて、浅黒い。その立派な体躯にショッキングピンクのドレスがあまりにも似合わなくて、いっそ清々しい。
堂々と歩き去る彼の背中をなんとなく尊敬の念を込めて見送り、自分のクラスにたどり着く。さてさて、この中はどんな残念空間になっていることやら。
覚悟をしてがらり、開けたドアの先。俺の目に飛び込んだのは、黒っぽいワンピースに白いエプロンを着けたひとりの女の子。俺の方を振り向いた拍子に、ふんわりとカーブを描く髪の毛がさらりと揺れる。柔らかそうな頬はほんのりピンクに染まり、少したれ目気味の目元は優しいカーブを描いている。気弱そうに下げられた眉毛が、俺の心のどこかをくすぐった。
「……あ、貫さん、か……?」
彼女と見つめ合うことしばし。自分が見惚れていたのがクラスメイトのひとりだと気がつく。いつもは目立たない、ちょっとたれ目のおとなしい女子だ。接点もないため言葉を交わした覚えはなく、貫という苗字しか知らない。
ようやく周囲の有象無象が目に入ってきた俺は、急に恥ずかしくなった。
クラスメイトが少し化粧をしてちょっと髪を巻いたくらいで見惚れていたなんて、他のやつらにバレたらからかわれるに決まっている。だから、慌てて口を開いた。
「いやあ、じょうずに化けたもんだな! 一瞬、誰だかわからなかったよ」
ははは、と笑って言った俺に、他の女子たちが非難の声を浴びせる。
「ちょっと、そこはいつもより可愛いくてわからなかった、とか言うところでしょ!」
「化けたって何よ、言い方ってもんがあるでしょう」
似たような白いワンピースと黒いエプロンを着た女子たちに囲まれてたじたじになっていた俺は、彼女たちの後ろで貫が青い顔をしていることに気がつかなかった。
文化祭が終わり、内装に使った段ボールや紙の飾りもすっかり片付けてしまうと、とたんに教室はいつもの味気ないものに戻ってしまった。
祭りの後っていうのは、どうしてこうも寂しいような気持ちになるのだろう。俺は誰もいなくなった教室でひとり、センチメンタルな気分に浸っていた。
そんなとき、がらり、と教室の戸が開く音がする。
誰だろう、と目を向けた俺は、戸のそばに立つ貫の姿に固まった。
普段は長めのおかっぱみたいな髪なのに、毛先をふんわりさせるだけでどうしてこうも可愛いく見えるのだろう。こちらを見つめる、その潤んだ瞳はなんだ。眉を寄せて見上げられても、可愛いばかりでどうしていいかわからない。
黙って俺を見つめる貫にどぎまぎしていると、彼女はきゅっと顔を強張らせて口を開いた。
「あ、あ、あのっ! あたしが狸だって、なんでわかったんですかっ!」
「……はあ?」
ちょっと、彼女が何を言っているかわからない。興奮のせいか、顔を赤くしてぷるぷるしているのが可愛いことしか理解できない。
「ええと、なんの話かな?」
できるだけ優しく聞こえるように聞き直してみると、彼女はハの字眉毛をせいいっぱい吊り上げて俺をにらみ付ける。にらむ顔さえ可愛いとは、どういうことなのか、誰か説明してもらいたい。
「ごま、誤魔化さないでください! 今朝、言っていたじゃないですか。あたしのこと『化けてる』って!」
言われて、俺はぼんやりと思い出す。今日、貫に声をかけたのは、 出合い頭に 見惚れたあのときだけ。そう思って考えると、確かに化けてるだのなんだの言ったような気がする。見惚れたことに焦って照れ隠しで言ったにしても、あれはちょっとひどい言い方だったと俺も思う。彼女が狸だなんだと声をかけてくれて、助かった。あれは言い間違いだったと訂正して、狸だなんて思ってないと伝えなければ。
「……ん? え、貫さんって、狸なの?」
好感度を上げるための言葉を考えようと思考を巡らせた俺は、ようやく彼女の言ったことを認識した。認識はできたが、理解は不能だ。
「そうですよ! まさか、狐だとでも思ってたんですかっ」
俺の発言に気分を害したらしい彼女は、ぷんぷんと音が聞こえそうな様子で怒っている。うむ、可愛い。気分が高ぶったせいで化けの皮が剥がれてきたのだろうか。何やら、頭に丸っこくてぽってりした動物の耳が見える。焦げ茶色で、内側には白い毛がほわほわ生えていて柔らかそうだ。
俺にケモ耳を愛でる趣味は無かったが、今この瞬間から趣旨替えだ。俺はケモ耳女子を推奨する。
「可愛ければ、狸だって問題なし!」
あ、しまった。心の声が漏れた。
そう思って貫さんに目を向けると、彼女は眉も目もへにゃりと下げて、顔を真っ赤にして固まっていた。化けている余裕が無くなってきたのか、スカートの下から尻尾も見えている。ケモ耳だけを愛でるのでは勿体ない。尻尾とセットで慈しむべきである。
「と言うわけで、好きです、貫さん! 俺と付き合ってください!」
こういうものは勢いだ! と俺は頭を下げて右手を差し出す。そのままの姿勢で待つことしばし。
黙っている彼女からの反応が気になってそろそろ頭を上げようかと思った、そのとき。
そっ、と俺の指を包む柔らかい熱。女子の手ってこんなに小さくて柔らかいのか、と俺は感動する。
「あ、あ、あのっ、あたし狸だけど、それでも良ければ、よろしくお願いしますっ!」
ただでさえ感動していた俺は、彼女の言葉に感動を上乗せされて舞い上がる。
思わず両手で彼女を抱きしめると、ぷるぷる震えた彼女は俺の腕の中でぽふりと少しの煙を上げて、小さな狸になっていた。
宣言しよう。俺は、狸フェチになる!
ケモ耳=獣耳