3.憂鬱なあれこれ
「おはよー。」
「はあはあ…、お、おはよう…。」
予鈴ギリギリに教室に飛び込み、朝の挨拶をしてくれるクラスメイトに息も絶え絶えに言葉を返す。
自分の席でようやく一息つくと、後ろから声をかけられた。
私の親友、安積麻都香である。
「おはよう、凛。今日は随分とギリギリだったね。」
「麻都香おはよう…。」
本当に、まったく誰のせいでこんな事に!!
斜め前方に見える、優雅に肘をついて先生を待つ男子生徒をキッと睨みつける。
クラスまで一緒だなんて本当についていない。
「?なんで前睨んでるの?」
「…う、ううん。」
危ない危ない。
ついうっかり条件反射でガンを飛ばしてしまった。
高校に入学して早1か月。
腐った縁はなかなか切れることもなく、何故か私と愁は同じ高校に入学。
そしてクラスまで一緒という誰かに仕組まれたとしか思えない偶然に辟易としていた。
極めつけは、愁から言われた一言。
「お前と俺が間違っても同居していることは、誰にもバラすんじゃないぞ。」
「何で?」
「…お前と住んでるなんでバレたら面倒くさいからに決まってるだろ。」
そんな事も分からないなんて馬鹿じゃないのか、といったように呆れた目を向けながらしれっと答える愁に、心底怒りを覚えた私は「頼まれてもバラすもんか!」と徹底的に愁とは他人として振舞うことを決意した。
登校時間も下校時間もばったり鉢合わせたりしないように時間をずらしたり、
クラスでも喧嘩を売りに行きたい気持ちをぐっと堪えたり、
視線を合わせないようにしたり、
そんな涙ぐましい私の努力の甲斐あってか、今のところはまだ学校の誰にもバレていないようだ。
生憎だが、愁に言われたから実践しているのではない。
愁との同居をバレたくないのは私だって一緒だ。
ひじょーに納得がいかないが、愁は学内の三本指に入るモテる男子として「三騎士」という異名まで持ち、入学してまだ一ヶ月だと言うのに、学校の女子に崇め立てられる存在となってしまっていたのである。
彼女たち(某クラスメイト)の話によると。
中学生からぐんぐん伸びた身長は、ついに184センチまで成長し、今や群を抜いた高身長。
ゆるっとパーマがかかった襟足短めの茶髪ショートミディアムヘアは精巧な顔立ちを引き立てていて、女子受けも抜群。
チラリと見える程良くついた筋肉に色気を感じてしまう女子も多いそうだ。
一見軽く見られてしまいそうな風貌だけど、バスケ部に所属している愁は、「あいつ、意外とクールだし真面目だし熱い奴だ」と部活仲間から称賛されていることもあって、そのギャップも堪らなく良い…らしい。
その事実をクラスの女子から聞かせられた私の衝撃を考えてみてほしい。
思わず抗議の言葉が口を衝いて出そうになった。
あんなただのクールぶってる奴のどこが良いのよ!
…もちろん不審に思われるので、何とか我慢したけど。
そんな訳で私だってバレるのはごめん被る。
大変不本意ではあるが、もし仮に同居がバレた場合、周りの反応が怖すぎるし何とか愁との接点を持ちたいと熱望する女子たちに詰めかけられるのが目に見えている。
私を評価するなら、実に一般的な女子生徒だ。
何度かに見知らぬ男子生徒に告白された事もあるから、そこまで見れない顔ではないのかもしれないけど、それでもどこにでもいそうな普通の女子高生だろう。
目を瞠るような美人だったら話は別だけど、私レベルでは下手したら嫉妬の嵐で虐めにあいかねない。
どこから漏れるか分からないので、信用していない訳では決してないけど、麻都香にもこの事実は伏せていた。
「そういえばもうすぐ球技大会ね。凛、何に出るか決めた?」
「オーマイガー…」
敢えて考えないようにしていた私にとって史上最悪のイベントの話題に、更に気分がずんと重くなる。
「ううん、まだ…麻都香は?」
「私はバスケかな。」
「…。」
球技が大の苦手な私にとったら、バスケだろうがバレーだろうが卓球だろうがテニスだろうが、全部一緒だ。
ただ何となく癪に障るから、愁の部活でもあるバスケは選びたくない。何となく。
麻都香と一緒の球技を選んだ方が安心出来るかなと思っていたのに、まさかのバスケだなんて…。
「ねえ、凛もバスケにしようよ。球技苦手だって言ってたけど、私バスケ中学の時にやってたし少しなら教えてあげられるよ。」
絶望してた私に気付く様子のない麻都香は、更に無邪気な提案で私に追い討ちをかけてくる。
教えてくれる、とこれ以上のない誘惑にぐらぐらと心が揺れる。
「決めるのいつだっけ…?」
「確か今日のホームルームだったはず。」
「ちょっと私それまでに考えておく…。」
そんなこんなで回答をギリギリまで伸ばしてみたが、結局ホームルームの時間まで結論が出ることはなく、麻都香に押し切られた私は…
―――気が付いたらバスケに見事出場が決定してしまったのであった。




