2.朝の攻防
私の寝起きは、自分で言うのも何だが大変悪い。
起きようという意思はあっても、身体がまったく言うことを聞いてくれない。
寝起きの悪さに関しては、すっかり年季ものだ。
ちょっとやそっとじゃ起きれない。
例えどんなに夜早く寝たって、
暑苦しい朝だって、
誰かに足蹴にされたって…
…足蹴?
「いい加減起きろ、凛。アホな寝顔ずっと晒してると、キスするぞ。」
「キッ…?!」
とんでもない言葉が聞こえてきたことに驚いて、がばっと布団を捲って起き上がる。
目をみはったまま声の方向を見ると、目を細めて意地悪そうな笑みを浮かべた愁が腕を組んでベッドの傍らに立っていた。
――人の身体に片足乗っけるという大変お行儀の悪い恰好で。
「あ、あんた、愁!なんで人の身体に片足乗っけてんのよ!!うら若き乙女を足蹴にするなんて…!!!」
「お前が早く起きないからだろ。美代さんにこっちは頼まれてんの。」
「だからって…もっと優しく起こせないわけ?!」
「んー?お姫様がご所望とあらば、叶えて差し上げましょうか。」
ぐいっと唐突に顔を近づけられて、にやりと愁は笑った。
顔を真っ赤にして咄嗟に反応が出来ず口をぱくぱくさせていると、さっと身を翻した愁は「早く降りて来いよー」と部屋から出て行ってしまった。
呆然として、その後ろ姿を見送る。
なっ、なななな、なっ……
何よあのしてやったり顔はーーーーーーー!!!!!
何も言い返せなかった自分に、悔しくてわなわなと身体が震える。
お母さん、なんで愁なんかに頼んだのよ。
そもそも高校生になるのに、いわゆる思春期なのに、愁に頼むこと自体が間違ってる!!
さきほど愁が美代さんと呼んでいたのは、私の母のこと。
私が中学卒業のタイミングで、母はアメリカにいる父の仕事のサポートで渡米し、暫く家を空けることになった。
当然私一人残して行くことを渋ったのだが、愁の母である玲さんが、その間私を預かってくれると申し出てくれたのだ。
玲さんのご厚意には大変申し訳ないのが、こっそり母に、「愁と一緒に住まなくちゃいけないなんて、冗談じゃない!」と猛抗議。
だけど、勿論通用するはずもなく。
「じゃあお母さんと一緒にアメリカに来てもらうわ。」
そう言い放つ母に、ぐぬぬと歯を食いしばる。
ほんっとうに不本意ではあったが、死ぬ気で勉強して受かった県内一の高校に行くことが出来ずに終わるのは嫌だったので、玲さんの有難いご厚意を無下にしないためにも、私は断腸の思いで有難くそのお話を受けることにした。
「愁くん。この子とても寝起きが悪くてね、申し訳ないんだけど私がいない間、この子のこと朝起こしてあげてくれる?」
「えっ…お母さん、何言ってるの?一人で起きれるよ!」
「あなたこそ何言ってるの。私が今までどれだけ朝起こすの苦労してきたと思っているの?愁くん、良いかしら?」
「美代さんのお願いなら仕方ないですね。」
にっこりと愛想よく返事をする愁。
断固阻止しようとしても、愁と母は微笑み合ってまったく聞く耳持たず。
母はそうしてアメリカに旅立ち、余計な置き土産を残していった。
そんなの引き受けなくて良いのに、愁は今でも律儀に毎朝起こしにきてくれる。
愁の起こし方は今朝のように性質が悪い時があるから、心臓に悪い。
気のせいだろうか。特にああいった起こし方が最近多い気がする。
どうせ私が動揺しているのを面白がっているんだろうけど…
「やっと起きてきたか。不貞腐れた顔してないで、そのぼさぼさの髪どうにかして早く準備しないと遅刻するぞ。」
「うるさい、バカ愁。」
リビングに向かえば、開口一番憎まれ口を叩いてくるのが、朝から腹立たしい。
くすくす笑いながら玲さんがおはよう、と朝の挨拶をしてくれる。
相変わらずお美しい笑みにうっとりする。
この家で愁とふたりきりだったら、息が詰まって死んでいたかもしれない。
どんなにイライラすることがあっても、玲さんのおかげで怒りの化身とならずに済み、浄化されているといっても過言ではない。
「行ってきまーす。」
「えっ、もう行くの?!」
「何言ってんだ、もう8時だろ?」
「ぎゃーーーー」
時計を見て、思わず叫ぶ。
愁は呆れたように私を見てから、さっさと出かけて行ってしまった。
誰のせいで、こんな時間になったと…!
今すぐ追いかけて一言言ってやりたい気持ちが胸いっぱい広がったが、ぐっと我慢すると、私はせっせと胃の中にご飯を流し込んだ。




