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雪月姫  作者: 宴帝祭白松兎
第一章 転入篇
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第一章 第九話

本文の表現を訂正しました。

4月18日


 少し前の2年4組。


 「早く職員室に向かってくれないかしら? 魔女さん」

 「断ったら?」

 「学校全体であなたと戦うだけよ?」


 少女の方はやれるもんならやってみなさいと言わんばかりの態度だ。


 うわ、勝てる前提で話されるって本当にイラッとするな。


 「雪奈せつな。駄目!」


 椿子ちこには雪奈の考えが読めている様だ。 


 クラス全体で、いや、学校全体で雪奈一人を相手にしたところで雪奈に勝てるかどうかは怪しい。むしろ雪奈に分があるだろう。

 友情など持ち合わせていないのだから。しかし、ここは椿子の言うとおりにするほうがいいのも明白だ。故に頷くのだった。


 「わかった」


 廊下へと歩き出す雪奈。


 「はやく出てけよ! 犯罪者!」

 「走って行けよ!」


 背中に降り注ぐ無数の罵声とシュプレヒコール。


 ふと、昔を思い出す。


 羽飛の家でもこんな感じだったっけ。あの時は咲夜がいてくれたけど今は一人か。まぁ咲夜がいなくなってからもこんなことはよくあったっけ。


 廊下に出てもなお鳴り響く。さらにそれはほかのクラスからも飛んできては突き刺さった。


 この状況、言われた通りだな。


 「お前のことだどうせ馴染めてないんだろう」  


 確かにそうみたいだ。


 「けどな、学校なんてそんなもんだ。変に期待したお前が悪い」


 期待? まさか。ただ知りたいことがあって来ただけ。ここには私のものは何もないよ。


 飛び交う言葉の剣が雪奈の心を少しずつ削っていく。


 立ち止まりヘッドホンを手に取る。それをかければ何もかも捨てて楽になれる。しかし、それは咲夜の背中に隠れていたあの頃と何も変わらない。


 咲夜もこんな思いをしていたのかな。


 誰かは誰かにとって大切な人だ。その誰かを何人も手に掛けていたんだ。雪奈には咲夜が愉快な気分ではなかったように見えていた。


 強くなる。その思いでヘッドホンから手を放し再び歩き出す。


 職員室までの道のりがとても長く感じる。何年かけようとたどり着けないのではないか。そう思えるくらいに、長く。


 うるさい……うるさい。うるさい! 不快だ! 耳障りだ! もう、聞きたくない! 聞きたくないよ。 


 雪奈の今の気分はただただ不快だ。


 もう、壊していいかな。


 全員を学校ごと切り刻んでしまおうか。そう思ってすらいる。

 しかし。


 「雪奈! 負けないで! 私は味方だから!」


 確かに聞こえた。椿子の声だ。それも隣から。だがそこにいないのは知っているから振り向くことはない。


 ただ、声が聞こえる。それだけで雪奈には十分だった。


 負ける? 私が? そんなわけない。


 それは雪奈の精一杯の強がりだ。

 だが、斬るが負けと椿子が言うのならば誰が見ても納得する完璧な勝利をするしかない。本当に強がりで終わらせないために。


 気が付くと職員室の扉の前にいた。心なしかもうどこからも声が聞こえない。

 少しの迷いもなく扉を開ける雪奈。


 職員室の中は銃を手にした男たちが制圧していた。教師たちが両手を縛られ一か所に集められている。中に入ると一人だけ椅子に座っている男がいた。


 「あ、来ましたか」


 爆弾のスイッチのようなものを弄びながら座っている眼鏡をかけた男。おそらく放送をかけたのもこいつだ。

 その男が雪奈を見て立ち上がった。


 「うん。見た目も昨日見た通りだ。間違いないね。それじゃついて来てもらおうか」


 昨日とは不良を返り討ちにしたあの時のことだろう。銃弾が雪奈の左足首を通り抜けたのを見ていたのだろう。


 「従うつもりはない。私は取引をしに来たのだから」

 「は? 立場わかってます? そちらの条件をのむメリットはこちらにない」

 「それはこちらも同じだ。そこにいる教師も校内にいる生徒も殺したければ殺せ。私には関係ない」


 そんな言葉を予想していなかった教師たちは怯えた表情をしている。

 だが眼鏡男はそうこなければと言わんばかりの笑顔だ。


 「やはり、ですね。流石に放送はやりすぎだったかもしれません。先ほどの大ブーイングこちらまで聞こえてましたよ?」

 「それなら話がはやい」

 「だが断る!」


 眼鏡を右人差し指でクィっと持ち上げ断言する。


 「条件も聞かずにか?」

 「ええ」

 「わかった。なら帰る」


 職員室から出ようとする雪奈。


 「桜坂椿子。彼女も勝手に殺していいんですね?」

 「ああ。問題ない」

 「わかりました」


 男は持っていたスイッチを押した。その途端、爆発音と悲鳴が聞こえてきた。

 弱くはない揺れが起こったのは確実に爆発したことを現している。


 「さ、どうですか? 気が変わりました?」


 見せしめのつもりで爆発させたんだろう。しかし、雪奈の様子は全く持って変わらない。


 「関係ない。そういったはずだが」

 「あら、本当に関係ないみたいですね。ならいいですよ。交渉しましょうか。ですが、こちらの要求はあなたの身柄だ。それ以外なら交渉の余地はないですよ?」


 雪奈にこれっぽちの心境の変化がないと見るとあっさりと取引を承諾した。


 「ああ。わかっている。こちらの要求はお前らの依頼主に関する情報提供だ」

 「そうですか。それは残念ですが交渉決裂です。私たちはそれを知らないんです」

 「そうか。ならば帰るとしよう。そいつらは好きにしろ」


 振り返り出口に向かって歩き出す雪奈。その時、銃声とともにその足元に銃弾がめり込んだ。


 「お互いにリスクを背負って策を弄じた結果がこれだ。ならもうその道の先で辿り着く場所は一つじゃないのかい?」

 「……」


 雪奈は黙って振り返り抜刀した。


 「そう、それでいいんですよ!」


 叫び声と銃声に乗せて一発の銃弾を飛ばす。一直線で雪奈の頭に飛んでくるそれは明らかに雪奈を殺すつもりだ。

 雪奈は大剣を振り上げてその銃弾を均等に分ける。風を切って雪奈の左右を飛んで行く銃弾は壁にめり込むことなく地面に落下した。


 「流石ですね。まぁ異能なしで勝てるなんて思ってないんですけどね」


 そういうと眼鏡男は腰からナイフを一本取り出し右人さし指に軽く突き刺した。指から血が溢れだす。その血を二滴、自分の左右にたらすと床から二人の人間が姿を現した。


 召喚の異能だ。能力者の思い浮かべた生き物を召喚できる異能だ。異能はマナしか必要としないがより強力な召喚を行う際、大量のマナではなく血を差し出すことがある。


 一人は大剣を握っていてもう一人は両手を握りしめ構えている。

 その二人の姿を見た途端他のテロリスト達が歓喜の声をあげる。


 「でた! 副隊長の最上級召喚! 最初から本気だ!」

 「これは終わったな」


 副隊長と呼ばれた眼鏡男に召喚された二体には絶対的な信頼があるらしい。


 「悪く思わないでくださいよ? あなたの強さに敬意を示してのことなのですから」


 また、勝ったつもりの奴か。傲慢にもほどがあるな。


 「はぁ……」


 雪奈はため息をつき、何かを切り捨てるように軽く大剣を横に振るう。


 その途端、眼鏡男の顔が血で染まった。

 左右に立っていた二体の頭が首から転げ落ち鈍い音を立てながら地面に落下した。


 職員室の中が悲鳴で満ちた。


 眼鏡男は何が起こったのか確認するため血で染まった眼鏡をはずした。その瞬間顔から血の気が引いていくのが見て取れる。


頭と体が引き裂かれた二体は血だけを残し床に溶けていなくなった。


 「う、嘘だ……」


 もはや眼鏡男にはなす術がないのだろう。膝から崩れ落ちる彼に戦意はもうないように見える。


 「さてと」


 雪奈は大剣を構えなおすと鋭い目つきで周りを見渡す。目があったテロリストたちは恐怖に身を震わせたり、腰を抜かしたり、終いにはパニックになり銃を乱射するものまでいる。


 その銃弾が雪奈やほかのテロリストに飛んでいく。雪奈は当然のようにかわそうとすらしない。全ての銃弾がまるで雪奈に実体がないように通り抜けていく。だがそんな中でも悲鳴や苦痛を叫ぶ声は止むことはない。


 大混乱の中眼鏡男があることに気が付く。それは教師の誰一人も被弾していないことだ。銃弾は教師の方向にも少なからず流れている。しかし、被害がない。


 それである考えが頭をよぎる。雪奈が教師を守っているということだ。

 だがそうすると説明がつかない問題が生じる。それは先ほど自分で爆発させた爆弾だ。


 最初の爆弾は本当に単なる脅しに過ぎなかった。誰にも被害が及ばないところに設置した爆弾なのだから。だが、爆発音と揺れが起きれば少なからず悲鳴は起きる。それで被害を偽装したのだ。しかし、雪奈はそれを知らないはずだ。


 本当は関係ないなど思っていないのだろう。そうでなければ教師を守ったりはしない。だが、だとするとなぜ眼鏡男にスイッチを押させたのか。考え出せばきりがないのだが、本当は生徒も全員守りたい。そう思っていることに懸けるしか今の眼鏡男にはできない。故に全力で叫ぶ。


 「教員を撃て‼」


 今のテロリストたちは冷静さを欠いている。故に何の考えも持たずに教師に銃口を向ける。


 雪奈は悪化する状況に舌打ちをした後、大剣を振りかざす。

 その瞬間、眼鏡男がナイフを両手で握りしめ雪奈に向かって走ってくる。すきを突けばあるいは、とでも思ったのだろう。しかし、雪奈は瞬時にそれに対応し、教師に向かって飛んでいる銃弾の一つを彼の足元の空間と入れ替える。


 銃弾は眼鏡男の足首を捉え貫いた。眼鏡男は足を引っかけられたように床に倒れこんだ。しかし、男は諦めずナイフを投げる。だが、それすらも雪奈には届かない。


 「くそっ!」


 眼鏡男は叫ぶ。雪奈を回収できなかったからではない。雪奈を止められなかったからだ。あの一振りでどれだけの仲間が無残な死を遂げるのか。思い浮かべたくもない。


 雪奈は振りかざした大剣を無慈悲にも振り下ろす。


 眼鏡男はそのあまりの残酷さに恐怖し思わず目を閉じる。

 しかし、鳴りやまぬ銃声に安堵しゆっくりと目を開けた。周りを見渡すが男の目には何も変わっていないように思える。


 事実、雪奈が大剣を振り下ろした刹那、斬れたものはそこにはないのだから。

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