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雪月姫  作者: 宴帝祭白松兎
第一章 転入篇
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第一章 第八話

本文と会話文を訂正しました。

4月18日

 教室の中が悲鳴と叫び声で溢れかえる。

 しかし、中には冷静な人も何人かいる。おそらく無自覚に過ごしていない者たちだろう。


 「お前ら! 落ち着け!」

 

 上田の大声で教室は静まりかえった。


 「我々の要求は一つです。雪月花の魔女の身柄。それだけです。今から3分以内に雪月花の魔女は職員室に来てください。もちろん一人でお願いしますね。1分遅れるたびに教師を一人やっちゃいます。それと爆弾も一つずつ爆破させる予定です。なるべく遅れないことをお勧めします。放送は以上です。HRを再開してください」


 ふざけた放送が終了し、ところどころの教室から悲鳴が聞こえている。


 「はぁ。こう来るか」


 大きくため息をついた上田をよそに教室の中では探り合いが始まりだした。


 「雪月花の魔女ってほんとにうちの学校にいたんだ」

 「誰か知ってる?」

 「知るかよ! てか犯罪者なんだろ? 何でもいいから早く出て行けよ」

 「落ち着けって言ってるだろ! 学校側でも雪月花の魔女の捜索はしていたが未だに見つけられていない。仮に見つけていたとしても安易に渡すことわないだろう。だが、今話し合うのはそんなことじゃない」


 上田が怒鳴り声をあげた。1年の頃から上田を知っている椿子ちこですらそんな上田は初めてだ。生徒たちは再び静まりかえった。


 「心配なのはわかる。だが落ち着いてくれ。絶対になんとかして見せる」


 上田も椿子も雪奈せつなに視線を向けることはない。本当に雪奈を犠牲にすることなくこの場を納めるつもりなのだろう。


 「上田先生!」


 突然教室の扉が開いた。そこに立っている声の主は隣のクラスの担任浜野だ。他のクラスの担任も集めているようで既に何人かの教師が集まっていた。


 「とりあえず集まってください! 緊急会議です!」

 「は、はい。わかりました。お前ら、絶対そこから動くなよ!」


 それだけ言い残して教室を後にする上田。

 その途端再び教室がざわめき出した。


 「まだ雪月花の魔女が誰だかわからないんだよね? やばくない?」

 「ああ。かなりまずい。一つ目の爆弾が爆発するまで残り2分だ」 

 「え⁉ どうするの? 私死にたくないよ!」


 恐怖で体が震えている。

 その恐怖が伝染しやがてパニックを引き起こす。

 不安に耐え切れず大声をあげて教室の窓から身を投げようとするものさえいる。

 

 そんな中一人の女子生徒が立ち上がり口を開いた。


 「みんな、死にたくないの?」


 赤い長い髪をツインテールに結んでいる少女はとても冷静な様子だ。


 「当たり前だろ!」

 「なら差し出せばいいじゃん。魔女を」

 「それができたら苦労しねぇーよ!」

 「みんなも薄々気づいてるんでしょ? 誰が魔女か」


 クラスに冷たい空気が漂い始める。心当たりのある人は黙って視線をそらし、ないものは疑心案義に周りの人間を見つめる。


 「だ、だとしても! 誰かを犠牲にするのは間違ってると思う!」


 立ち上がり抗議したのは椿子だ。


 「何言ってんの? 犯罪者なのよ? それにそうしないと私たちが死ぬ。 それでいいの? 少なくとも私はやだ」

 「そ、そうだよ。一人の犠牲でほか全員が救われるんだ。何を迷うことがあるんだ?」

 「そうよ。このクラスにいるんでしょ? 名乗り出なさいよ!」

 「上田先生がなんとかしてくれるって。それまで待とうよ」

 「それはできないあと1分で一つ目の爆弾が爆破する。この学校にいる全員のために早急に差し出すべきだ」

 「そんな……」 


 このクラスは椿子が想像していたより現実を知っている人が多いようだ。

 椿子にこのクラスの雰囲気を変えるのは不可能だろう。雪奈には最初からわかっていたようだが。


 「ねえ、早く名乗りなよ雪月花の魔女さん。それとも名指しされたほうがいいのかな?」


 ため息をはくと無言で立ち上がる雪奈。


 「やっぱりあんただよね。羽飛雪奈さん」



   *   1   *



  職員室を占拠したテロリストたちは廊下に見張りを置かないくらい不用心だ。しかし、職員室前と校庭には数人の見張りが武装して立っていた。


 「さ、どうぞ入ってください。これで全員ですね」


 浜野が上田を含めた教師達を一か所の部屋に集めた。


 「これだけか……」


 上田があたりを見回すと教師の数は十人にも満たない。三年生の教師が半数以上で上田、浜野、教頭の三人がそれ以外だ。


 「しょうがないですよ。奴らはチャイムと同時に校内に侵入し1分としないうちに制圧してしまったんだから」

 「なら、ここにいるのはそのとき担任のクラスに行っていた教師だけか」


 浜野の言葉に絶望を感じ始めた上田。


 チャイムと同時ならばほとんどの教師がまだ職員室にいるし、ほとんどの生徒もクラスに入っている。


 「制圧するだけじゃなく途中で爆弾も仕掛けているようですしかなり計画的なようですね」

 「そうだな」


 深刻な表情の教師たちの中浜野が一人笑いを堪えている。


 「は、浜野先生?」


 一人の教師が浜野に近づくと、大声で笑いだした。


 「面白い! 実に!」

 「な、何がだ?」

 「まだ、気が付きませんか? ほんと愉快ですよ!」

 「だから何言ってんだよ! この状況をわかってんのか!」


 不謹慎な発言をする浜野の胸倉を上田がつかんだ。

  

 「さわるな!」


 浜野は上田の手を払うと服装を整えながら部屋の中を歩き始める。


 「上田先生。あなたは誰が雪月花の魔女なのか知ってますよね?」


 その場にいた教師たちは驚きの声をあげる。


 「それなのに生徒の前では知らないふりをしていた。自信満々になんとかすると宣言したのは魔女への言葉ですよね? にもかかわらず、何もできないでこのざまだ。本当に愉快です」


 浜野は言い終わると同時にこの部屋唯一の出入り口の前に立ち扉を開けた。


 「は? 何するかは今から考えるんだろ?」

 「羽飛雪奈。彼女が魔女の正体だ。そうですよね?」

 「あ、ああ」


 いまさら隠すこともできないのは明白だろう。


 「やはり。なら今更考える必要なんてないのではないでしょうか?」


 その場にいた教師たちの表情が変わった。

 だが。


 「お、お前、それでも教師か? 教師が生徒を見捨てていいわけないだろ!」


 上田の言葉に踏みとどまる教師達。まだ教師という立場を捨てられないようだ。


 「なら聞きますが、あなたは本当に人間ですか? 我々教職員は教師の前に人間だ。養う家族もいる。にもかかわらず見ず知らずの他人のために死ねと? それは人間のセリフじゃない! 化け物に教鞭をとる資格なんてないんですよ!」


 上田は気が付いた。これは戦いだ。


 ここにいる教師は全員で7人。浜野が最終的に多数決で雪奈の処置を決めようというのならあと三人は味方につけなければならない。


 「そうは言ってない。だが、なにもしないで簡単に一人を見捨ていいわけがない。そう思うだけだ」

 「それは綺麗ごとに過ぎません。この状況に羽飛雪奈を差し出す以外の策はないんです。それによく考えてみてください。この状況を生み出したのは紛れもない君と羽飛雪奈本人だ」


 教師達が上田に向ける視線は冷たい。場は明らかに浜野が優勢だ。

 そもそも犯罪者扱いの雪奈をかばうことに無理があるのだろう。


 「そうかもしれない。けど! この学校に入学した以上俺たちの生徒だ。その生徒を見捨てるってそれが人間かよ! そんな人間には教鞭をとる資格があるのか? なら俺は化け物でいい」

 「化け物にはわかりませんよ」

 「そうかよ」


 笑いながら語る浜野と不機嫌そうに吐き捨てる上田。


 「みなさん。人は一人では生きられないちっぽけな存在だ。だからこんな化け物相手に一人では勝てそうにありません。ですから多数決で決めましょ。みんなで戦えばきっと勝てます」


 教師たちはただ戸惑っていた。どちらが正しいのか。どちらを選びたいのか。


 「上田先生。なぜ彼女をかばうんですか?」


 教頭の疑問は当然だろう。


 「理由、ですか。こんなこと言っても信じてもらえないと思うけど雪奈は犯罪者なんかじゃないんだ」

 「何を言い出すかと思えば、上田先生、あなたは——」

 「浜野先生。黙ってください」


 教頭の視線の鋭さは口調よりも迫力がある。浜野は思わず口を閉じた。


 上田の言葉はとても信憑性に欠ける。雪奈はマスメディアにすら取り上げられてのだから。しかしそれはマスメディアを一番に信用するのであればだが。


 「俺は化け物でいい。ただ雪奈は人間だ。あいつも一人じゃ生きられない。だから俺は化け物でもあいつの味方になった。本物の化け物はどっちなんだろうな?」


 上田の言葉は決して嫌味を含んではいなかった。ただ本当に誰かに答えてほしかった。それだけだ。


 「そろそろ決めましょうか。羽飛雪奈を差し出すに賛成な者、挙手」


 浜野が挙手しながら言った。


 手をあげたのは上田と教頭を除いた五人だ。


 「決まりですね」


 流石の上田もあきらめてうつむいた。

 しかし。


 「いいえ、まだですよ。上田先生に賛成の者挙手」


 なぜか教頭が挙手しながら言った。


 手をあげたのはやはり上田と教頭のみ。


 「もういいですか?」


 浜野が勝ちを確信して嫌味を込めてはなった。

 しかし。


 「いいえ、まだです」


 先ほど浜野に賛成した教師の一人が手をあげた。


 「どちらか片方になんて言ってませんよね?」

 「は? そんなのが認められるわけないじゃないですか?」


 浜野が切れ気味に抗議するがその言葉に参道する手は続々と上がり続ける。


 「それを決めるのはあなたじゃない。ここにいる全員です」


 教頭がそういう頃には浜野を除いた全員が挙手していた。

 

 「5対6。結論がでたな」

 「なら、これからどうするか決めましょうか?」


 上田と教頭が話を進めようとしたその途端。


 「ふざけるな! お前らバカか⁉ 人間の所業じゃない」

 「バカはお前だ浜野。ここに人間なんていねぇーよ。いるのは教師だけだ」

 「く、腐ってる……だが、もういい」


 浜野が突然、部屋を飛び出した。

 そしてドアを全力で締めカギをかけた。


 「浜野?」

 「再度言うがバカはお前だ上田。よく考えてみろ。チャイムがなった時に教室にいたはずの俺が何故チャイムと同時に奴らが入ってきたと知ってる?」

 「お、お前、まさか⁉」

 「ああ。最初からお前ら全員の敵なんだよ! 羽飛の唯一の味方であるお前から見放されたときのあいつの顔を見たかった。それは叶わないようだな。だが、それはまあいい。どっち道もう終わりだ」


 その言葉の後、廊下から罵声とブーイングが聞こえてくる。

 よく聞き取れないが「失せろ!」だの「この犯罪者!」だの言っているように聞こえる。


 上田はすぐにそれらが雪奈に対するものだと理解した。


 浜野の言葉に上田の体は小刻みに揺れだした。

 体に溢れんばかりの殺気を身にまとっている彼の姿は確かに人間ではないだろう。


 「浜野ー!!!」


 上田が扉に全力で蹴りを入れる。


 彼の能力は身体強化だ。故に普通の扉ならば粉々だ。

 しかし、扉はびくともしない。


 「忘れたか上田。俺の異能は物質強化だ」


 浜野の物質強化は人間にも作用出来、弱体化も可能だ。

 上田達が閉じ込められた部屋は全方向強化されているし上田達の身体は弱体化させられている。


 「悪いがすべて終わるまでここにいてもらうぞ」

 「くそっ!」


 やけくそに扉を蹴った上田。

 その瞬間地響きと爆音が校内を包んだ。


 それは一つ目の爆弾が爆破した瞬間だった。

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