第一章 第五話
本文を訂正しました。
4月18日
「奴は見つかったか?」
「いいえ、まだです」
モニターの明かりで部屋の中を照らしているその薄暗い部屋にはまるで軍人のようながたいの男たちが最新の機械類を動かしている。何をしているかは定かではないが非合法の何かであることに間違いはない。
その後ろで様子を見ながらふんぞり返っている男が一人。口に煙草をくわえている彼はこの集団のリーダーの様だ。
「早くしろ! あんまり長く待たせるんじゃねえ!」
「はい! すいません!」
男はモニターを見つめたままい怒りを募らせ足を小刻みに揺らしている。
モニターにはありとあらゆる角度から映している私立の高校とそこに通う生徒たちが映っている。
「雪月花の魔女とやら、お前がどこの誰かは知んねーが絶対に見つけ出してやるからな!」
男はモニターに向かって叫んだ。
そんな時。
「隊長! 報告です!」
若い男が走ってきてリーダーの男の右後ろで敬礼した。
「本当に必要な報告以外聞かねえって言ったよな?」
「はい!」
「よし、ならいい。話してみろ」
「は、はい!」
若い男はリーダーの不適な笑みに怯えながらも口を開くのだった。
「はぁ……不快だ」
雪奈は転入初日同様、暑さにうな垂れながら高校への坂道を上っていた。
「おーい。雪奈ー」
後ろから走って来るのは声からして椿子だろう。故に雪奈は何事もないかのように歩みを進める。
「ちょ、ちょっと雪奈。止まってよー」
「はぁ……不快だ」
何度呼び止められようとも雪奈は止まる気など微塵もない。早く建物の中に入って無駄に暑い日差しを避けたいと思っているからだ。
「やっと追いついた」
数秒後、椿子は雪奈の横に着いた。
「雪奈、絶対私の声聞こえてたよね?」
「……うん」
「弁解する気は?」
「なにを弁解する必要が?」
コンマ一秒も迷わない即答だ。
「友達が呼んでるんだからちょっとくらい待ってもいいでしょ?」
「無理」
「一応聞くけど、なんで?」
「暑いから」
「それだけ⁉ ちょっと傷つくなー」
雪奈の中では友情は夏の暑さに勝てないようだ。
「いや。正直、面倒くさい」
「そっちの方が傷つくんだけど……」
雪奈の本音に浅くない傷を負った椿子に構うことなく学校へと向かう雪奈であった。
教室に着くと多数のクラスメイトがせわしなく歩きまわっている。その様子を入り口で眺めていた二人に突然声がかかる。
「あ! 椿子! 羽飛さんも。おはよう。で、さっそくなんだけど椿子。宿題写させてー」
一人の女子が慌てた様子で椿子を見ている。
「今日はなんの?」
「数学と国語と倫理!」
「数学と倫理はわかるけど国語は読書感想文だよ? 貸しても意味ないでしょ」
「ちょこっとだけ参考にさせてよー」
「はいはい」
椿子は呆れながらもスクールバッグからクリアファイルを取り出し、それごと手渡した。
「さっすがー」
クリアファイルを受け取った女子は駆け足で自分の席へと戻っていく。
「困るくらいなら自分でやってくればいいのに。雪奈もそう思うでしょ?」
「宿題?」
「夏休みの課題のことだよ。雪奈はもらってないの? まあ転入生だもんね」
道理で騒がしいわけだ。
どの学校も高校2年の夏休みにまじめに宿題を終わらせて来る人のほうが少ないだろう。故に朝に慌てふためく人で溢れる光景はさほど珍しくないはずだ。
「ねえ、雪奈?」
椿子はなぜか小声で話しかける。
「何?」
「今までろくに勉強してこなかったんでしょ? 大丈夫なの?」
これでも多少なりとも知識はあるつもりだ。その言い方はなんかムカつく。
「ある程度は教えてもらっている」
「え? 学校行ってなかったんでしょ? 誰に」
「今の同居人だ」
「へぇ。その人頭いいんだね」
「バカではないくらい」
「なぜ上から?」
そんな話をしていると、HR開始のチャイムが鳴った。
それと同時に教室に入って来た上田は一瞬だけ椿子と雪奈に視線を配った。
「おい、お前ら席に着けー。HR始めんぞ」
「えー? なんで今日に限ってくるの早いんだよ」
「どうせお前らのことだ宿題終わってないんだろ? 早く終わらせてやるから黙って席に着け」
「まじ?」
先ほどと打って変わった態度で返事を返す生徒達。
そんなどこにでもありそうな普通の光景はこんな世界でも普通にある。ただ、それを無自覚に過ごせているものはそんなに多くはないだろう。
とは言えこの学校では異能があろうと、無いころとさして変わらない日常が送られていることに違いはないわけで、表面上の平和も悪いものではないのだろう。
雪奈は変な違和感を感じつつ席に着いた。
それからは特に変わったところもない普通の高校生活だった。
と言えるわけもないのは想像に容易いだろう。雪奈にとっては何もかもが初めて経験するような出来事なのだから。
1時限目、数学。
雪奈はここで初めて数学というものを知る。同居人とやらからは加減乗除の基礎しか習っていないのだ。故に高2の数学についていけるわけもなく放課後に呼び出されるのだった。
2時限目、国語。
現代国語は申し分ないが古典に関しての知識はまさに皆無だ。故に先ほどと同じ結果なのは言うまでもないだろう。
3時限目、倫理。
倫理に関しては既に高卒以上の知識は備えていた雪奈だったがそれがむしろ気に入られ、全力をもって拒否したにもかかわらず放課後にゆっくりと語り合うことになってしまった。
4時限目、体育。
グラウンドでサッカーをするのだがあまりの脚力にボールが破裂。細心の注意を払って再開するが授業が終わるころには計4つのボールを粉砕してしまったため放課後呼び出しを受ける。
そんなこんなで昼休み。
「雪奈、災難だったね」
「はぁ…………不快だ……」
雪奈は今極めて不機嫌だ。それはクラスを覆っている殺気にも似た何かで嫌でもわかる。クラスメイトの大半は違う教室で昼食をとり、残った生徒は恐怖で肩を震えさせている始末だ。
「げ、元気出そうよ。放課後私も付き合うからさ」
「……」
椿子の声は雪奈に届いている。だが、だからこそ返事が面倒で席を立った。
「どこ行くの?」
「……」
「私も行く」
そうなることを予期して無視したのだがそれでも結果は変わらない。
「はぁ……不快だ」
「元気だしなって。そんなんじゃすぐに老けちゃうよ?」
誰が原因だ。誰が。いっそ「付いてくるな!」 とでも言おうか。いや、無駄か。
諦めた雪奈は黙ったまま教室を出た。椿子には言わなかったが目指すは自動販売機だ。体育の後で喉が渇いていた。
「ねえ、雪奈。喉、乾いてない? 体育後の自販って結構混むんだよね」
「不快だ」
「え? ご、ごめん……」
雪奈は考えを先読みした椿子に言ったわけではなく混んでる自販に言ったつもりだ。しかし、訂正も面倒のようで口を開かない。
「でも、この時間もすいてる自販があるから教えようと思っただけで……」
「どこ?」
「え?」
「その自販どこ?」
「え? 喉乾いてないんじゃないの?」
椿子はそれを口にして気が付く。雪奈の性格を考えればあり得なくない考えの一つに。
「もう雪奈バカ。ちゃんと言ってくれなきゃわかんないじゃん」
「……」
訂正、したほうが良かったかな。
呆れた様子の椿子に少しだけ後悔した雪奈だった。
しかし。
「ほら、行くよ」
椿子が雪奈の手を取り歩き出す。
「私だからいいけどそんなんだとほかに友達できないよ。もう」
別に欲しくない。けど、咲夜と一緒にいるときみたいだ。
今まで感じたことのある温かさとは違う温もりを感じつつ引かれるままについて行く雪奈。
数分後。
椿子に連れられてやって来たのは校舎裏。人気のないここに実は自販があるらしい。
「ここを曲がれば——」
椿子の足が急に止まった。
「ちょっと待って」
曲がり角に身を潜め何かの様子を伺っている様だ。
「……よし、ここはやめておこう」
「なんで?」
「いや、その、ちょっと無理そうかなーって思って……」
突然引き返そうとする椿子を力ずくで止める雪奈。
「何が?」
「え? 何がって……」
煮え切らない態度の椿子に雪奈の目つきが鋭くなる。まるで虎に睨まれているような恐怖を感じてしまう椿子は恐る恐る口を開いた。
「か、カツアゲです」