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雪月姫  作者: 宴帝祭白松兎
第一章 転入篇
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第一章 第四話

会話文の内容と愛香の語尾の誤りを訂正しました。4月18日

  愛香あこの雰囲気が変わった。少しだけだが確実に。しかし、椿子ちこに気づく様子はない。それどころか愛香の声すらまるで聞こえてないようで食事に夢中だ。


 雪奈せつなは確信した。愛香は全部気づいていると。


 「はい」

 「だよね。あーでも大丈夫だよ。私たちの声は椿子には聞こえないから」


 通りで椿子が楽しそうに食事を続けているわけだ。


 雪奈は納得した。椿子が近代史を習っているにも関わらずあんなにも無垢である理由を。愛香が、姉が全部を背負っていたのだ。


 「とりあえず、今は食事を続けて。毒は入ってないから」

 「遠慮しておきます」

 「まぁ、信じてもらえないよねー。でもせめて食べてるふりだけでもしてくれないと椿子が怪しむんだけどなー」

 「関係ない」

 「そう来ますか。ならー今は話に集中していいよ。なんせこうして話せるのは椿子が食事に夢中になってる今しかないからねー」

 「……」

 「それでーとりあえず今の状況を説明するねー。まずー私の能力はというと、椿子と同じなの。まぁーそれは椿子の様子を見ればわかるよね?」


 椿子は先ほどの宣言通り沢山の食べ物を口に運んでいる。

 しかし。


 「いいえ。椿子が演技しているかもしれないし何よりこの家の説明がつかない」

 「おみごと―。そのとおり」


 フライドチキンを丸かじりしながら答える愛香には焦りの色はない。

 

 「私のほんとの能力は創造だよ。この家もそれで同じのを作ったの。ちなみにー椿子に話が聞こえないのは椿子が普段お風呂場で歌うときに使ってる真空の壁を作ってみたからで演技ではないよ。どう? すごいでしょ?」

 「……」


 相手の異能をコピーする異能以外で異能をコピーした事例は未だない。故に雪奈は素直にすごいとは思えど反応はしない。


 「でーこうして話している理由はあなたの目的を聞くため。なんだけどーこれだけ答えて。椿子に手を出す気はあるの? ないならーこのまま帰してあげるんだけど」

 「じゃあ、愛香に手を出すなら?」


 不敵に笑ってみせる雪奈。


 「雪奈ちゃんってもしかしておばかさん?」

 「でも私が死んだら椿子は悲しむと思うけど?」

 「しょうがないよー。そういう世界なんだから」


 表向きには平和を繕っている世界でこの姉妹が生きてこられた訳を改めて雪奈は実感した。この姉も妹のために手を汚してきたのだろう。


 「あと二つだけ聞きたい」

 「いいよー。雪奈ちゃんとは出来るだけ見方でいたいしー教えられることなら何でも聞いて」

 「1つ。私を疑う理由。2つ。私の殺し方」

 「うふふ。雪奈ちゃんおもしろーい。敵に殺し方聞く? 普通。まぁーでもつまりは勝算があるかどうかを聞きたいんだよね? もちろん私の」

 「今日私は椿子にほんの少しの信頼を預けた。だから、なるべく椿子を悲しませたくない」

 「ダウトだよ。雪奈ちゃん。私には自分で考えた推論しかないけどでもそれはダウトなんだよ」

 「何がですか?」


 雪奈は間違いなく椿子に信頼を預けたしそんな相手の姉を進んで殺そうとは思わない。しかし、愛香のダウトは推論を超えまごうことなく確信に至っているように感じる。


 「それはちょうど1つ目の質問も答えられるからちょうどいいね。いいよー。説明するね。正直に言うと私は雪奈ちゃんが無益で他人を助ける人だとは思ってないんだ。それなのにー報酬を求めないし椿子と仲良くなってるしで疑わないほうがおかしいよー」

 「……」

 「だからー考え方を変えてみたの。あの時の雪奈ちゃんには私を助けなくちゃいけない理由があったのかもってね。それもーけっこう私的な理由がね。他にもいろいろ考えたんだけどーこれが一番しっくりきたんだ」


愛香の目はしっかりと雪奈の目を捉えたまま微動だにしない。


「つまりー雪奈ちゃんは誰のためでもないよ。自分のためでしょ? 私を殺したくないのって」


 雪奈は言葉を返せなかった。それどころか何も考えられないほど動揺していた。

 

 「どんな理由かはわかんないけどそういう同情ってちょっとイラってしちゃうから次からはやめてね? あと、勝てる前提の話も」


 愛香からは殺気に近い何かが感じられる。


 「……なんで……」


 雪奈が自分と椿子を重ねていたのは昨夜の事件の間だけのはずだった。しかし、この状況で愛香を見ていると否応なく姉への思いが溢れてくる。それだけではない。愛香がいなくなった時の椿子の姿やいつかの自分が脳裏に映って消えない。


 自分でも薄々気が付いていた。昨日うっすらとしか重ねていない影が今は濃く、はっきりとし始めたことに。


 同様しながら返した言葉は完全に図星であったことを示している。


 「雪奈ちゃん実は戦い慣れしてない? その反応完全にアウトだよ? ほとんど感なのに動揺しちゃだめだよ」

 「……」

 「ちなみにー私的だと思った理由はさっきの関係ない。だね。それでもう誰かのためじゃないって思ったの。だって椿子にばれても良かったってことでしょ?」

 「で、でも私は……本当に椿子を……」

 「少しはあったのかもねーでもそれは本当にほんの少しだけね」

 「……」


 雪奈は黙ったままうつむいた。


 「この様子じゃ本当に私を殺せないね」


 雪奈は初めて殺せないと思った。もちろん実力的ではないが。

 だが、今まではどんな相手も斬れた。相手も命乞いにすら耳を傾けなかったのだから。


 「ここでー2つ目の質問はなんだけど、それを話すと勝てる可能性が減っちゃうんだよね。でもー雪奈ちゃんは椿子が連れてきた初めてのお友達だからー特別に教えてあげるね?」


 今の雪奈には愛香の声が聞こえているのかすら怪しい。だが、かまうことなく愛香は続ける。


 「創造の異能は武器を使って戦うのが普通だよ。でもー好きな時に好きなものを出せる。これだけは忘れないでね?」

 「……」

 「でーそろそろ私の質問に答えてもらいたいんだけど。やるの? やらないの?」

 「……」


 既に答えを知っている愛香は雪奈の返事を待っているわけではないだろう。それに、憐れみの目つきで雪奈を見る愛香からは少なくとも敵意は感じられない。


 「まあーやる、やらないの前にできないよね。良かったー。お姉ちゃんね、これでも雪奈ちゃんには本当に感謝してるんだよ?」

 「……でも……約束できない……」


 雪奈の目には今にも溢れだしそうな涙が溜まっている。


 「はぁーもうしょうがないなー。そんな顔で言われたらお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないけど心配しちゃうよ」


 ふと咲夜の言葉が浮かんでくる。


 「強くなりなさい」


 咲夜は口癖のようによくその言葉を雪奈に言った。いつまでも弱い雪奈が心配だったのだろう。


 その言葉の真意は今となってはもうわからない。だが、雪奈が我に返るのにその言葉だけで十二分だった。雪奈は涙が頬を伝う前に力強くよく振り払った。 


 「あ、やっと戻ったね? もう大丈夫?」


 愛香には私的な理由とやらも少しは想像がついているのだろう。故に彼女の様子は既に戦意がないことを示している。


 「はい」


 しかし、雪奈は立ち上がり大剣を構える。


 「それってつまりはそういうこと? でも私、雪奈ちゃんとは戦いたくないなー。だめ、かな?」

 「はい。駄目です。私は椿子を傷つけない約束はできませんから」

 「それはなんで?」


 愛香は立ち上がろうとはせずコップに注いだお茶を飲む。


 「言ったところで何か変わりますか?」


 雪奈が説得に応じる様子はない。


 「せ、雪奈? どうして?」


 雪奈が席を立ったことで椿子が食事を中断し雪奈のほうを見ていた。


 「私を傷つけるのはしょうがないよ。私から巻き込まれに行ったようなもんだもの」

 「ち、椿子?」

 「ごめんねー。聞いても雪奈ちゃん答えてくれないと思ったから」


 どうやら愛香は少し前に異能を解いていたらしい。


 「椿子ー。私に話して。今日学校で何があったのか」

 「え? あ、うん。いいよ」


 既に愛香はこれっぽっちの疑いも雪奈に持っていない。愛香あねを殺せない。それだけでもう十分だったのだ。


 「ほらー雪奈ちゃんも席について。お姉ちゃんに聞かせてよ」


 こうなるならなんで私は……


 「はぁ……不快だ」

 「あ、出た」

 「ふふ。雪奈ちゃんももう私の妹だよ?」

 「そう、ですか」

 「あー。雪奈ちゃん。敬語さんはなしだってー」

 「いいえ。妹ですから」

 「私のお姉ちゃんなんだけど」


 それからは会話に花が咲いて賑やかな食事になった。

 話が終わるころには雪奈の大皿にあった山は崩れ跡形もなくなっていた。だが、食卓にはまだ料理は残っていた。

 しかし、食事会は幕を下ろし、雪奈は愛香と椿子に見送られ玄関に立っていた。


 「これから椿子のことをよろしくね」

 「……はい」


 自信がないのか雪奈の顔は晴れない。


 「そこまで気に留めなくていいよー。最終的には椿子が決めたことだし、私も無茶はさせないつもりだから」

 「そうだよ。でも私のこともう少し信用してくれてもいいんだけどね」

 「それはできない」

 「だねー椿子じゃ戦えないだろうし」

 「そ、そうだけど……」

 「でも、明日からよろしく」


 珍しく雪奈から手を差し伸べた。


 「うん!」


 昼に聞いた時とは明らかに違う声音に椿子は喜んで返答した。

 雪奈もおそらく確かな信頼を預けられ嬉しかったのだろう。


 「それじゃあね。雪奈ちゃん」

 「バイバイ」

 「はい」


 手を振る二人を背に闇夜に歩き出す雪奈。

 

 上田の言っていた青春とはこんなことなのだろう。咲夜がいなくなってからこんな気持ちになるのは久しぶりだ。


 心に開いていた穴が満たされる思いとともに夜道を歩く雪奈。空は星が見えるくらいには晴れている。


 「強く、なりたいな」


 咲夜のことを思い出しながらヘッドホンをつけた。

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