第一章 第三話
会話文の訂正と場面変更にアスタリスクを打ちました。4月16日
放課後の面談室。
そこには朝と同じ顔触れが揃っていた。
「どうやらお互い上手く誤魔化せたみたいだな」
雪奈を見る上田の顔が笑っている。
「教師の方にも話まわってたんですか?」
「ああ。俺の教え子にこういうのもなんだがあいつら口軽すぎるぞ。信用できねぇよ」
そもそも口止めなんてしていない。バカか、こいつ。
そう思っても雪奈が口を開くことはない。
「しょうがないですよ。そういう年頃ですから」
「それより、これからのことって何ですか? 放課後残ってまで話すことなんでしょうか?」
「あのなぁ、雪奈。お前のこれからのことなんだぞ? もう少し慌てろ」
「一体何に慌てればいいんですか?」
「よく考えてみろ。事実と異なる報道が全国に流れたんだぞ? それはつまりお前が狙われているってことだ。それも警察が動くくらい大っぴらに。なら対策を立ててそれに備えるべきだろ」
「はぁ……不快だ」
早く帰りたい雪奈は上田の上からの口調にため息をこぼした。
「お、おまえなぁ……」
「第一、どこの誰がいつどうやって狙ってくるかわからない。ならどうすることもできない。第二、かと言って犯人だと疑われた次の日から学校に来ない転入生のほうが余計怪しい。つまり現状では何もできないんです。理解しましたか?」
呆れに近いため息を溢した上田に口調が強くなった雪奈からは紛れもない怒りが感じ取れる。
「そ、そうかもしれないが対策は立てられる」
だが、それに圧倒されながらも反論できるのは上田に度胸があるからと言っていいだろう。
「立ててどうなるんですか? そもそも私が狙われていることに問題なんてないんです。昔からそうなんですから」
「せ、雪奈。い、一旦落ち着いて先生の話を聞きましょ? ね?」
雪奈は別に焦ってなどいない。ただ、襲われても返り討ちにできるから対策を立てる必要はないと言いたいだけなのだ。だが、明らかに不機嫌そうな目つきと急かす様な強めの口調でそう取られてしまっているのだ。
「私は別に焦ってない。ですが話すなら早く話してください。これ以上時間を空費させたくないんです」
「あ、ああ。だが、対策の前に今置かれている状況をちゃんと整理するぞ。さっきも言ったが雪奈は狙われている。それも警察や報道機関を動かせるくらい大きな組織にだ。それはおそらく三強能力協定組合」
「え⁉ それって世界的機関ですよ?」
数年前に起きた戦争の終結を決めた組織、それが三強能力協定組合だ。多種多様な異能の中でも特に強いと言われている3つの異能保持者たちが結束して作られた。
「ああ。理由は唯一の空間操作系能力者だからだろう。もっと言うと世界三強能力の一つだからだ。近代史でも習っているはずだが、椿子。他二つはなんだ?」
「え? いきなりですか。えっと確か、未来予知と理想投射です」
「正解だ」
未来予知はその言葉通り未来を知ることができる。予知できる未来に制限はなく代償はマナ以外何もないと言われている。
理想投射とは理想を現実に投影する異能。簡単に言うと理想を現実のものとすることができる。マナを代償に消費し能力の制限はないとされている。
「知っているとは思うが世界は3年前の世界大戦終結から現在まで三強能力協定組合通称、三定と呼ばれる組織により秩序が保たれている。だが1年前、反三定を掲げる大規模テログループが空間操作系能力者の拠点を襲撃しその場にいた能力者を皆殺しにしたんだ。それからは空間操作能力者を除いた二勢力によって保たれている。そして、ここが重要だ。あの事件以来、三定から空間操作能力を会得した者の発表はされていない。つまり世界中に空間操作系能力者はいないことになっているんだ」
三強能力はそれぞれ元の能力が進化した能力にあたる。空間操作は瞬間移動の、未来予知は占いの、理想投影は幻術の進化である。その能力を極めることにより習得できる。
「にもかかわらず実は一人だけその能力を使える人がいた。それが雪奈だ。おそらく向こうは多少荒っぽい手を使ってでも捕まえる気だろう。目的はわからない。だが、容疑者として捜索しているんだ、少なくとも味方として雪奈を求めているわけではないだろう」
「つまり要約すると三定の一角が崩れてしまい、現在その能力を使える雪奈を探している。だが、目的がわからず信用できない。ということですね」
「ああ」
「案外まともですね」
上田の推測が正解か否かは置いておいてその内容に納得できた雪奈は驚きの声をあげた。
「雪奈、お前は俺をなんだと思ってるんだよ」
ばか。
雪奈は黙って視線を逸らした。
「ま、まあそれはいいとして、その対策は何ですか?」
「相手がどうやってうちの高校に絞ったかは分からないがそこまでばれている以上異能を使わないしかないだろうな」
「やっぱり。無駄だった」
雪奈はカバンを持ち面談室から出ようとする。
「おい、待て」
「大丈夫です。言う通りにしますから」
慌てて席を立ち引き留めようとする上田に雪奈は呆れた声で、だが少し笑顔で返し部屋を出て行った。
ばかすぎてちょっとおもしろい。
「ちょっと待って雪奈。私も帰る」
椿子はあわててカバンを手に取ると雪奈を追いかけ部屋を駆けだした。
「なんなんだ? あいつ」
一人面談室に取り残された上田だが少し距離が縮まった気がして頬が緩んでいた。
「ねえ、雪奈」
面談室を後にした雪奈と椿子は二人並んで廊下を歩いていた。
「何?」
「これから私の家に来てくれない? お姉ちゃんがどうしてもお礼をしたいって」
まだ家に帰ってないだろ。なぜわかる。
「いい」
「いいの⁉ 絶対断られると思ってた」
よほど嬉しかったのだろう。思わず大声を上げた椿子に雪奈は顔を歪ませ耳を塞いだ。
「いや、行かないってこと」
「冗談、冗談。わかってるって。でも、来てくれたら晩御飯ご馳走するよ」
「いらないって」
「ですよね~」
「そもそも家あるの? 昨日全焼したはずでしょ」
「って思うでしょ? 来てみればわかるよ」
「興味ない」
「えー。興味持ってよ」
「無理」
「じゃあ興味なくていいから来て」
「だから行かないって——」
* 1 *
1時間半後。
「はぁ……不快だ」
雪奈は昨日全焼したはずの家の前で大きくため息をついた。
「ね? すごいでしょ?」
「別に」
雪奈が切り取った一部分も元から切り取られてなどいないかのように元通りだ。
「外で話すのもなんだからささ、中に入って」
「はぁ……帰りたい」
そうは言いながらも足を進めるのは完全に諦めたからだろう。
廊下でも学校の外でも全力で断った雪奈だったがそれでも椿子は一歩も譲らず半ば強制的に連行して来たのだから。
「ただいま。お姉ちゃん」
「お邪魔します」
「お帰りなさい。椿子。雪奈ちゃんも来てくれてありがとね」
玄関に入ると正座で二人を出迎えた少女が一人。その少女は背丈が小さくどこか間の抜けた雰囲気で幼さが目立つが頭を深々と下げたときにふんわりと舞い上がる茶色い長い髪が清楚で大人の女性の魅力も感じさせる。
昨日雪奈が助けた少女に違いない。その彼女は言うまでもないが椿子の姉だ。
雪奈ちゃん?
「いいえ」
「私を助けてくれただけじゃなくて椿子とも仲良くしてくれてるんて、ほんとありがとね。雪奈ちゃん」
「いいえ」
お礼なんていいからその呼び名のほうを変えてほしい。
「雪奈ちゃん。私は椿子の姉の愛香っていうのよろしくね。雪奈ちゃん」
愛香は雪奈を気に入ったのか響きが気に入ったのかは定かではないがどこか楽しそうにゆっくりとした口調で雪奈ちゃんを連呼する。
ダメだ。これは。指摘しないとずっと背筋がくすぐったいままだ。
「あの」
「ん? どうしたの。雪奈ちゃん」
「ちゃんはやめてほしいです」
「えー。なんで? 可愛いじゃん」
「ですからやめてもらいたい」
「そうだよ。お姉ちゃん。雪奈は可愛いというよりは美人って感じだし」
椿子、そうだけどそうじゃない。
「うーん。確かにそうだよね。えっとね。なら、なっち」
「却下です」
何をどうとってなっちなんだ? そもそも話聞いてたのか? このちっちゃいの。
「えー」
「お姉ちゃん。せっかく雪奈が来てくれたんだしそんなことは後ででいいよ。それより晩御飯できてる?」
「そんなこと……」
しょぼくれてうつむく愛香。
「あー。もうわかった。雪奈ちゃんでもなっちでもいいから、晩御飯はできてるの?」
待て。勝手に許可するな。
「いいの⁉」
「ダメです」
椿子の投げやりな言葉を真に受けた愛香は一瞬、目を輝かせたが雪奈が全力で断った。
「うー」
「はぁ、もういい。雪奈入ってすぐに晩御飯作るから」
「晩御飯ならできてるよ」
「はよ言わんか!」
雪奈は広々としたリビングに案内された。
二人暮らしにしては部屋数が多いし、一部屋の大きさも大きい。極めつけは一軒家であること。おそらく、少し前までは他に家族がいたのだろう。
軽くあたりを眺めると部屋中が綺麗すぎて生活感がまるでない。が、それよりも驚きなのが食卓に並べられた食事の量だ。雪奈が来る前提にしてもとても女子3人で食べきれる量ではない。
「うわー。お姉ちゃん、今日は一段と量が多いね」
長方形の食卓に並んでいるのは揚げ物に天ぷら、出前で頼んだであろう寿司やピザなど選り取り見取りだ。
「うふふ。でしょ? 雪奈ちゃんが来るって聞いたからつい。でも、雪奈ちゃんなら大丈夫だよね?」
その根拠は何だ?
「確かに背高いし。普段からたくさん食べてる証だよね」
雪奈は普段からコンビニ弁当を一つしか食べない。
「よーし、私も沢山食べて雪奈みたいに美人になるぞ!」
椿子が客人を差し置いて一人食卓に着いた。
愛香は椿子の隣に座ると黙ったままの雪奈を促す。
「さ、雪奈ちゃんも席について」
「はい」
雪奈が姉妹に向かい合うように席に着くと愛香は全員のコップに飲み物を注ぐ。
「雪奈ちゃん。家はお茶しか飲まないからお茶でいいかな? 雪奈ちゃん」
はぁー。もういい。この姉妹二入揃ってなのか。
愛香は結局雪奈ちゃんで呼び名を定着させたようだ。
今日だけでこの姉妹の性格の大部分を理解した雪奈はいろいろ諦めがついたようだ。
「……はい」
「どうしたの? 雪奈。食欲ないの?」
「いや。何でもない」
敢えて言うまでもないが雪奈は今不快だ。だがここ数年、姉以外とコミュニケーションを取ったことで自分の感情を隠すのも必要と理解した。故に不快ではあるが堪えていた。
「そう。ならどんどん食べてね。はい、お茶」
「それじゃ食べようか。いただきます」
雪奈がコップを手に取ると椿子が両手を合わせた。
雪奈と愛香も両手を合わせると寿司の出前サービスでついてきたおしぼりで手を拭いた。
「雪奈ちゃん。お皿かして。よそってあげる」
「はい」
皿を手に取った愛香は盛り付けながら話を続ける。
「今更だけど昨日はほんとにありがとね」
「は、はい」
しかし、大皿から溢れんばかりに盛り付けられる料理に雪奈は動揺していた。
「それとねーその敬語さんはやめてほしいかな。お姉ちゃんはお姉ちゃんだけどそんなにお姉ちゃんじゃないでしょ?」
ならちゃん付けもやめていただきたい。
だがそれは言葉にならない。このおっとり系少女に言ったところでどうせ無駄なのだから。
「はい、まぁ」
「ってことだからこれからはもっとフレンドリーに接してくれたらうれしいなー。はい、どうぞー」
「わ、わかった……」
雪奈のもとに戻ってきた大皿は少しの振動でも崩れてしまう脆い山を築き上げていた。それを慎重に運ぶ雪奈。
しかし、その料理に手を付けることはなく二人の様子をうかがい始める。
「愛香、この家は昨日燃えたはずでは?」
「そうだよー。あ、でもー私に聞くってことはわかってるんじゃないの?」
今度は自分の分を盛り付けている愛香と料理を食べ始めた椿子。
「椿子ではないとしか」
「そっか。椿子の声が聞こえて来てくれたんだもんね。まぁー雪奈ちゃんになら教えてもいいかなー。けどー」
盛り付け終えた愛香は雪奈と目を合わせた。
「まずは一口、食べよっか」
「……はい」
そうは答えたが雪奈の手は動かない。それに愛香の手も。
「食べないの? もしかして具合、悪いの?」
「……」
「具合が悪いっていうよりー」
愛香はおそらく椿子から雪奈の全部を聞いているのだろう。だが、愛香は表情も口調も一切変わらない。
「疑ってるんだよね?」