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雪月姫  作者: 宴帝祭白松兎
第二章 再開篇
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第二章 第四話

 確かに少女がそう言った。


 今までとは全く違う少女に雪奈せつなの表情が少し険しくなる。


 「雪奈! 撤退だ! 急げ!」


 拓から連絡が入ったのはそんな時。

 しかし、戦闘に集中している雪奈から帰る言葉はない。


 「おい、聞いてるのか? 敵側の援軍が4人到着する。全員未来予知能力者だ。このままじゃお前一人でも逃げられなくなるぞ!」


 崎が必死に呼びかけるが雪奈はイヤホンを耳から外すと地面に落とし踏み砕いた。


 「用は済んだか? なら行かせてもらうぜ!」


 先ほどから惜しみなく発砲したため銃弾は残り少ないのだろう。雪奈に向かって駆けてくる少女は銃口を誰にも向けていない。


 雪奈も少女に向けて走り出す。


 手を強く握りしめ少女の頬めがけて繰り出す、音を超える拳。光沢を放ちながら風を切るナイフが辛うじて反応し拳を斬る刹那、手からナイフの所在が消え静謐な空間に金属の落下音が響く。


 ナイフを失った手をかすめ、なおも進む静寂を纏った拳は確かな手ごたえを確信せざるおえない。


 だが、その瞬間。少女の体だけが数秒の時を刻んだように、ありえない軌跡を描き拳一つ分移動した。故に拳は頬を砕くことはなく空を切った。対して初めからナイフをあてにしていなかった少女の拳は雪奈の腹部を確実に捉え、数メートル先にふっ飛ばす。


 続けざまに、宙を飛ぶ雪奈の心臓を目がけて拳銃の引き金を一度引く少女。どうやら弾はそれで最後らしい。


 しかし、その弾は雪奈の心臓目がけてそれることはない。


 宙を飛ぶ雪奈は銃弾を視界に捉えることさえできない。だが、それでも気づいた時には銃弾が少女の左胸の前に飛ばされていた。それさえも少女には見えていただろう。しかし、それをかわす術は少女にはない。故に次の瞬間に少女は血を流し倒れた。


 壁にめり込んだ雪奈は腹部の骨が数本は折れているだろうが、血を吐きながらも立ち上がった。


 少女に視線を配りながら大剣を手元に寄せた時、ちょうど崎の言っていた援軍とやらが来た。


 援軍は血を流して倒れている少女を見ても何も感じないようで雪奈に視線を変えると、武器を構えた。


 雪奈は腹部を抑えながらも戦う気は満々だ。黒髪の少年に出会えていないこともあるが、何より咲夜の太刀を持った女性を探したいのだ。それにここの少年少女に一度手を貸したからにはぬか喜びで終わらせたくないという思いもあった。


 「あー。やっぱり銃弾って結構痛いです」


 にらみ合う雪奈と援軍の未来予知能力者達。その張りつめた空気の中に間の抜けた声がした。


 声の主は心臓を貫かれたはずの少女だ。苦痛に顔を歪めながらも立ち上がると床に流れた血が彼女の心臓へと戻っていく。


 「はぁー。誰でもできる未来予知の殺し方、とはよく言ったものですね」


 全ての血が体内に戻ると彼女の表情から苦痛が消え、よく意味がわらないことを口にした。


 しかし、雪奈はその言葉に聞き覚えがある。というより、つい先ほどそれを実践したのだが少女は無事の様だ。

 だが、雪奈が気になったのはそこよりも少女の言葉の方だ。


 誰でもできる未来予知の殺し方。


 実際には誰にでもはできないが問題はそこではない。それを雪奈に教えたのは咲夜だということだ。それも咲夜の話では咲夜自身が考案したものらしい。


 咲夜が死ぬ前に会っていたのか、咲夜が教えた第三者から教わったのか、それとも……


 「なぜそれを知っている?」

 「教えたところで意味はないと思います。どうせここで死ぬんですから」


 よく見れば目の色も言葉遣いも、もとに戻っている。どういう仕組みなのかは定かではないがそれよりも悪化する状況のほうを気に掛けるべきだろう。


 「なら、嫌でも聞き出すだけだ」


 大剣を構える雪奈。すると突然、直接頭の中に声が聞こえた。


 「おい、雪奈! 一旦引け。これ以上の戦闘は無謀だ」


 拓の声だ。拓の異能はテレパシー。思い浮かべた相手とコンタクトが取れる異能だ。


 「まだ帰れない」

 「何言ってんだ! 命令だ! 帰還しろ」


 今度は崎の声だ。拓を通すことで崎もテレパシーを送れるのだ。


 はぁ。邪魔だ。


 「邪魔だとは何だ!」


 声にせずとも強く思えばその思いが相手に届くのもテレパシーの効果だ。


 余計な効果のせいで崎にまた不快にさせられてしまった。


 「はぁ……撤退はしない。以上だ」

 「以上だ、じゃねぇーよ。あの黒髪の男も、もうすぐそばに来てるんだぞ。その状況じゃ絶対に勝てない!」


 必死で説得する崎だが雪奈は全く聞く耳を持たない。


 「問題ない」

 「問題なくねーよ!」

 「何呟いてるんですか? この状況でも相変わらず余裕ですね。イラッとします」


 少女はナイフを強く握ると雪奈へと向かってくる。


 だがその途中突然、部屋の床が歪みだす。その歪みは広がり壁ですらぐにゃぐにゃに歪み始める。立ってすらいられないほどの歪みに加え、子供や未来予知者達が床に沈んでいく。


 これは間違いなく幻術だ。黒髪の少年の仕業で間違いはないだろう。しかし、それを破る術はない。


 このままここにいれば間違いなく死ぬだろう。床に呑み込まれた者はおそらく既に。


 なぜ直接殺さないのかはわからないが今ならまだ逃げられる。自分一人なら。

 考えている時間はさほどない。


 部屋の半分を覆いつくしたガスが次第に雪奈のそばまで迫ってくる。少年や少女は助けを求めながら床へと沈んでいく。


 彼らのためにできることはもうない。


 部屋に響く悲鳴を背に雪奈は撤退を決めた。

 

 目を瞑りナノキューブの敷地に侵入する前にいた場所を思い浮かべる。

 無駄に広い車道のど真ん中で、車道よりも横に広がる柵の前。


 目を開けると確かにその場にいた。無事に逃げ出せたようだ。


 外はちょうど夜明けといった時間帯だ。上ってくる朝焼けがまだ薄暗い町に光をさす光景はとても綺麗だ。


 だが、雪奈はあまりの不快さに手を強く握りしめた。


 恐らくあの場にいた少年少女は全員死んでしまっただろう。助けられないなら最初から手を差し伸べるべきではなかったのだ。

 無駄に喜ばせ、そして……


 それだけではない。今回の目的を何一つこなせていないのだ。本社の調査も咲夜の太刀を持つ女性も黒髪の少年も何一つ成果と呼べるものをあげられていない。そのうえ先手を取られやむなく撤退。加えて命令無視も軽くはないだろう。


 これからどんな顔して帰ればいいのか見当もつかない。


 足が重くて上がらない。しかし、足を使わなくとも帰れるのだから救いようがない。


 「はぁ……」 


 大きくため息をつく雪奈。


 「帰るか……」


 この場にずっと留まることもできないのは事実だ。最初から雪奈にほかの選択肢などない。


 ナノキューブに背を向け俯いたまま帰路に就く雪奈。


 「せ、雪奈……」


 驚きに近い声に顔をあげると目の前には椿子ちこが立っていた。

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