中編(2)
「我ながら、名演技だったでしょう? 皆が騙されてくれて、とても気持ちが良かったわぁ。でも、すぐに死罪にしようとするのは良くないわ。これで私が冤罪だったりしたらどうするつもりだったの? 他のSランクなら、とっくに王都ごと焼き払っているところよ」
マリアの言葉に、周りの貴族達までもが顔を青ざめる。
「それに、貴方達は私をやたらと責めていたけれど、人のことを言えるの?そこの二人だって元からデキていたでしょ? 例の王宮での茶会も二人でしていたし、ジュリアンナ嬢はオールドからの誘いを断ってまでヤング殿下とお茶会という名の密会をしていたものね」
マリアの歯に衣を着せぬ言い様に、ジュリアンナ嬢とヤング殿下は一瞬訳が分からないようにだったが、すぐに顔を赤く染める。
「密会だなんて、そんな……! ただ、私は第二殿下のことを相談していただけですわ!」
「今更カマトトぶらなくていいわよ。二人っきりで、それも抱き合ったりしていたじゃない。あれを密会と言わずに何と言うの?」
「そ、それは、ただの事故ですわ!! なんの権限があってわたくし達に濡れ衣を着せようとしますの!?」
「私が一方的に彼女を想っていただけだ!! ジュリアンナは何も悪くない!」
焦り始めた2人が反論した時だった。
「よくそんなことが言えたわね」
マリアの声が低く冷たく二人に降りかかる。
「私は彼達と清い付き合いであったし、抱き合ったことなんてないわ。
それなのに貴方達はどう? 私が彼等に近づく前から密会を繰り返していたじゃない。挙げ句の果てには婚約者がいるというのに、口付けまでして。ジュリアンナ嬢も満更じゃなかったのでしょう?」
マリアの突飛な発言に、周りの貴族達が冷凍状態から溶け出て騒めきはじめる。
もしマリアの言う事が本当ならば、そちらの方も大問題である。未婚のそれも婚約者持ちの女性が第一王子と2人っきりで睦まじくしていたなど、大スキャンダルになる。
「う、嘘をつかないでくださいませ! わたくし達はそのようなことなど!!」
「なんなら、証拠を見せてあげましょうか? バッチリ用意してあるわよ」
「そ、そんなものがあるわけないだろう!! そのような法螺を吹いてどうするつもりだ!!」
「ふぅーん、そこまで言うのね。なら、見せてあげるわ」
そう言うや否や、音も無く手の上に水晶を出現させ、映像を空に映し出す。
『ヤング殿下、わたくし達、本当に一緒になれますの?』
そう問いかけるのは、ヤング殿下に抱きしめられたジュリアンナ嬢。室内にはいるのは2人だけで、側にある机にはティーセットが申し訳程度に置いてある。
『心配しなくていい。愚弟は思った通りに動いてくれている。あいつは直に王太子の座から外され、私が立太子されるだろうさ。そうしたら、君が王妃で私が国王。何も問題はないよ』
『まぁ! それはすばらしいですわね。うふふ、オールド様には申し訳ないけれど、退場してもらいましょうかしら』
ヤング殿下の甘い囁きに、ジュリアンナ嬢はうっとりと笑って返す。
『ヤング様ったら、悪いお方。母親は違うとはいえ、実の弟を消そうとするなんて』
『ジュリアンナ、君が私をそうさせたんだよ。貴女を手に入れるためならどんな手も厭わない』
熱の籠った目線を交じらせた2人は少しずつ顔を近づけて行き……。
「もう、やめて!!!」
唇が触れ合いそうになったところで、ジュリアンナ嬢の叫びが響き、マリアはすぐに映像を消した。
「これで分かったかしら? 貴方達は密会を重ね、故意的に王太子を止めずに破滅へと追い打ちをかけようとした。王位を己のものにせんとするその心内こそ、立派な反逆罪ではなくて?」
マリアが使っている水晶は学園で使っているものと同様に改竄することはできない。それはつまりさきほどの映像は本物であるということ。
それを理解した貴族達は先程と比にならないほど騒ぎ出す。
「国王の命に逆らおうとする王子などいらぬ」
「婚約者以外と密会するなど、淑女としてありえん」
「この国の恥だ」
「彼等に罰を!」
これであの2人も、私のハーレム要員になってくれた彼等の気持ちが少しは分かったかな。
何も罪はないハーレム要員達があまりに可哀想だったから、少しぐらいは仕返ししてあげる。
まぁ、私が全ての原因なんだけど。
というか、今の今まで2人を褒め称え媚びてきたのに、ちょっとでもマズイ事実が出てきた途端これなんだから。どうせ貴族達はみんな察していたでしょうに。私が来る前から、あからさまに2人で過ごしてたじゃないの。
あぁ、みんな喚いちゃって、
「うるさい」
その一声で再び部屋が静まりかえる。
「貴方達もずっと黙認してたでしょう。いつも陰からオールド殿下のこと、令嬢1人も引き止められないのか、兄に婚約者をとられるとは、って嗤っていたじゃない。今更、うるさいわ。さすがはあの学園の子達の両親ね」
マリアはそのまま言葉を続ける。
「あの生徒の子達、私を雑用に使おうとしたのよ。周りは何も言わないし、それなのにオールド殿下が私を庇う素振りをしたら非難轟々なの。本当に貴族って変な生き物よねぇ」
王立学園での平民の扱いは酷いものだった。
確かにマリアも男達に愛想を振りまくっていたが、取り巻きができる前はただの一生徒にすぎなかった。そのときに一部の貴族令息・令嬢はマリアのことを平民だからと馬鹿にし、挙句には奨学金をもらっているのだから言うことを聞け、などと要求してきたのだ。
冒険者であるマリアは奨学金制度など利用しておらずその要求をあっさりと跳ね除けたが、学園に通う平民のほとんどは奨学金を受け取っており、貴族の生徒達に無茶苦茶な要求をされていた。
彼等の言い分はその奨学金は国が出しており、学校に通えるのは国の中枢にいる自分達の両親のおかげだと。ならばその子である自分達に従うのは当然だろうということだった。
全く、筋は通っていない。
そのお金は国のものであり、貴族達のものではないし、元を辿れば平民の納めた税金である。それを、さも自分の働きかのようにいうのは、流石や貴族。子供でも貴族らしい貪欲で腐った考え方をするようだ。
もちろん、オールド殿下達のように身分関係なく全員に平等に振る舞う生徒や、平民だからと差別しない生徒の方が多かった。しかし、彼等も複雑な貴族関係の中で簡単に咎めることもできず、二の足を踏んでいた。それゆえ、このような"平民いじめ"が無くなることはなかったのだ。
注意するべき教師は権力の前に言われるがまま。王立のくせして、国の重鎮達は貴族の生徒達たちの素質を見定めるのに忙しく、黙認。
平民を侮蔑するようでは貴族に相応しくないと判断されそうだが、現時点においてそのような貴族は多く、直接的な危害、それも命に関わるほどのものを加えない限りは追及されることはなかった。
貴族に求められることは貴族に対し常識的に振る舞い、貴族であり続けることであり、多少平民をいじめるという羽目外しをしても問題視されない。
あぁ、理不尽な貴族世界かな。
ここで疑問に思う方もいるかもしれない。いじめが大丈夫なら、多少恋だの愛だの浮かれようと問題ないのではないと。
そう、本来ならばそこまで大袈裟にすることではない。
例え王太子であっても、いや、むしろ王太子であるからこそ、国王の側室が認められているこの国では婚約者以外に女性がいても何ら問題はないのだ。さすがに婚約破棄はアウトだが、破棄させないように働きかける術はいくらでもあった。
「国王も国王でヤング殿下可愛さに、オールド殿下を王太子から外そうとしていたものね。酷い親もいたものだわ」
突然、話の矛先が自分に向いた王は焦って反論する。
「な、何を言うのだっ! わしはオールドの事も考えておったぞ!!」
「またこのパターンですか。ちゃんと証拠もありますけれど?」
「う、嘘をつくな、そのようなも「はい、じゃあ映像写しますねー」
空に再び映し出される映像。ここ数日大活躍の水晶である。これはきっと来月からの売り上げは増えるに違いない。
空に映るは王と臣下が数人いる執務室の様子。
執務室となればこの大広間よりも警備は厳しいのだが、気にしてはいけない。
『陛下、最近オールド殿下が平民の少女に夢中になっているようですが』
『オールドがか?』
『はい。婚約者のジュリアンナ嬢に目もくれず、その少女と行動を共にしており、婚約破棄を試みているとか。何か手を打った方が良いのでは?』
『放っておけ。オールドも優秀ではあるが、ヤングには劣る。ヤングの方が歳も上であるし、側室もあちらを王太子にしろとうるさくてな。オールドのことは残念だが、良い機会だ。そのままにして、ヤングを立太子させようではないか』
『……わかりました。平民の少女の方は?』
『そちらもそのままで良い。後で処刑して口封じしろ』
そこで終わった映像を見て、オールド殿下の母親である王妃が驚愕に目を見開く。
まさか夫が初めから子供を捨てていたなんて。
「さて、何か言うことは?」
「こ、これは、この国のためなのだ!! 優秀な方を王にするのが良かろう!!」
先程の2人と違い、国王は反論してくる。政に関することなので、当然ではあるが。
しかし、国のためなどと言う理由で怯むようなマリアではない。
「そのためなら、もう片方の子と平民はどうなってもいいと」
「多少の犠牲は致し方ないだろう!」
「ふーん、そうですか。でも、あそこで注意なり軟禁なりしておけば、失態は外に出ることなく終わったはずよね。わざわざ王宮から追い出す必要もないでしょう。それに最初から兄の方を立太子すれば良かったではないの」
「そう簡単にいくものではない! オールドは王妃の子なのだぞ」
「それならば、ヤング殿下にはオールド殿下の補佐をさせればいいのではなくて? 無理矢理王にせずとも、補佐として政治を行えばいいだけのことでしょう。所詮側室に良い顔をしたかっただけじゃない。
それと、せめてその平民について調べるべきだったわね。殿下達でさえ私の正体が分かったのだから、国のトップの貴方ができないわけないでしょう? そうすれば、私の企みだってわかったでしょうに」
「そんなことをする余裕などなかったのだ」
「よく言うわ。実際調べるのは貴方ではないでしょう。一言、処刑する前に素性を調べるように言えばいいのに」
「そ、それは……」
「まぁ、全ての原因は私だけれど、情報もあったのだし貴方達次第ではどうとでもなったでしょう? それをまだ若い彼等に責任を全て押し付けて。若いうちの失敗の一つや二つで放逐するのがこの国では普通なのかしら? 王族貴族なら仕方ないと? それなら、平民をいじめたり、横領している貴族はどうなのかしら? 今すぐに勘当か処刑しなくてはならないのでなくて?」
一息に言い切ったマリアに誰も反論できない。
確かにオールド殿下達は高貴なる者としてあるまじき行動であったが、何もここまでする必要はなかった。彼らのした婚約破棄は国の意向に逆らう愚行に他ならないが、上手く対処しようもあった。今までの素行が悪かったでもない彼等に更生の道を示してあげることもできた。優秀な彼等のこと、国に貢献するであろうことは予測できたはずだ。
けれどそれをしなかったのは、国である。
高貴なる者の責務を言い訳に、国のためではなく自分達のために、彼等を捨てた。
「まぁ、いいわ。反省会はまた今度しなさい。今回は私だから良かったけど、他のSランクはもっと姑息な罠を仕掛けてくるわよ。暇潰しに。次からはちゃあんと調べなさいね。
あぁ、あと、ヤング殿下とジュリアンナ嬢。貴方達の裏切りは褒められたものではないけれど、一途ではあったものね。それは良いことことだと思うわ。王族とはいえ、恋愛結婚が可能ならそっちの方が良いと私は思うのよ。愛の無い家族なんて生れた子供も可哀想だもの。まだ、二人とも国を治めるにはまだまだ足りないものが多いみたいだけど、これからどうにかすればいいのだし。
若いうちの失敗でその人の将来を全て決めるのはやっぱり良くないと思うもの。だから、私からチャンスをあげましょう。二人で頑張りなさい」
マリアの言葉に二人は驚きながらも安心する。彼女の言葉が暗に二人を認めている以上、他の貴族がなんと言おうとも彼等が引き離され処罰を受けることはない。
「国王と貴族達については、もうどうでもいい、わね。
それよりも、ねぇ、貴方達はこれからどうする?」
一旦区切った後、オールド達を見てマリアは問いかける。
これから先についてなど、彼等は考えていなかった。考えようにも問題が多く、どうなるか分からなかったから。
「私が言わずとも、きっと元の地位に戻してくれるわよ。これは全部私のせいだから、完全には戻らなくとも、みんな認めてくれるかもね。
でも、もしこの国から出たいと、外の世界を見たいと思うなら、私に着いてきてもいいわよ。貴方達のことも気に入っているし、落ち着くまで面倒見てあげる。
さぁ、どうする?」
ここに来て、急に迫られた選択に彼等は悩む。
「僕は、マリアに連れて行って欲しい」
といっても、魔法使いのボーク・テンサは既に決めていた。彼はもともと他国の孤児であったが、その才能ゆえに勝手に貴族の養子にされ気づいたら学園に入れられていただけで、学園にもこの国にも未練はない。
けれど、他の者達は違う。
この国で生まれ、この国で愛されて育ち、この国に捨てられた。
簡単に去ることはできないが、何もなかったように振る舞うには、彼等はこの国と家族を愛し過ぎていた。
愛していた者から裏切られたことは心に傷を残し、元の関係に修復するのはそうそうできることではない。
全てはマリアがきっかけであったのだが、そう分かっていても家族に捨てられたという事実は消えない。
今までしてきた努力も、築き上げた信頼も、全てがあれだけで消えてしまったのだ。元の状態に戻ったとしても、不信感は残るだろうし、いつ切り捨てられるのかと怯えながら生きるのだろう。
そこまでしてこの国に残るか。
それともいっそのこと新天地に旅立つか。
愛着あるこの地は離れがたく、今すぐに決めるなど……
「別に、一生の別れじゃないのよ?
貴方達は犯罪者じゃないのだから、好きな時にこの国に帰ってこられるし、家族や友達とも会うことはできるわよ?」
「「「「着いていきます」」」」
即決だった。なんて潔い野郎共なのだろうか。
さっきまでのセンチメンタルな雰囲気が今の一言で崩れさり、まるでただのコントである。
無駄なとこで息がピッタリな、仲良しさんなのだからしょうがないのだろうか……
みな正直者なのだ。そう正直者。正直者……?
* * * * *
そうして、トリアエーズ国から嵐は去っていった。
オールド第二王子は継承権を凍結したが、王族として名は残し、
ジーナンス・サーション公爵子息も、名は公爵家に残り、
チャクスト・コーシャ侯爵子息は、嫡男からはずすものの、彼もまた名は家に残り、
ドルベン・キッシーダは脳筋の父と暑い抱擁をして、家にはもちろん名を残し、
ボーク・テンサは家ときっぱり縁を切った。
みんな優柔不断で、はっきりしない決断を下した。かといって、ボークは逆にはっきりしすぎであるような気がしないでもない。
オールド殿下は家族との関係の修復はかなり難しそうだが、王族の地位はいつか役に立つ事も考えられるし、まだ親愛の念を捨てきることはできなかった。そういうわけで、一応は縁を切らないままにしておくこととなった。
他の家は国王の手前、泣く泣く勘当を言いつけたこともあり、成り行きを聞けた取り巻き達の傷はまだ浅いように見えた。
何はともあれ一件落着した、と思う。
こうして、トリアエーズ国にはこの一件は“天災”として扱われ、誰にも罪が及ぶことなく、幕は降りたのであった。
キッシーダ親子の抱擁は暑いであってます




