中編(1)
改稿したら長くなったので2つに分けました
学園での騒動の二日後のこと。
謁見の間には、国王と王妃と国の主要な大貴族に囲まれ、渦中の人物達―――学園での騒動に関わった者達―――がいた。
ヤング殿下とジュリアンナが王座の前におり、その後ろにマリアの取り巻き達が横に並んでいる。
今日貴族達が集まったのは、彼等の処罰を決めるためである。
決めると言っても、実際には重臣達も交えて既に話し合っており、これは決定事項を告げ周りの貴族達に知らしめるための場であった。
「一晩牢で過ごしたことで頭も冷えたであろう。これから、お前たちのこれからの処遇について話したいと思う」
「その前に、陛下!! 少し話を宜しいでしょうか!!」
王がそう切り出した所で、オールドが声を発した。
いまや平民と変わらぬ身分となったオールドが王に直接話しかけるのは、不敬罪にあたる。貴族達は眉を顰めたが、廃嫡したとはいえ王にとっては息子である。多少の言い訳ぐらいは聞いてやろうと、発言を許した。
「なんだ?」
「マリア嬢のことでございます! 彼女は今地下牢に収監されていると聞きました。しかし、彼女に非はない上、本来あのような場所に入れるべき人ではありません!
どうか、彼女を開放していただきたい!!!」
他の取り巻き達も彼に続き、嘆願する。
これには周りも呆れかえった。
しおらしく反省でもするのかと思ったら、この期に及んでまであの女のことを言うとは。
話に聞くだけではまだ疑いもあったが、実際に見てみると、あの聡明な第二王子はおらず、一人の女に恋狂ってしまった男がいるだけだった。
「あの処罰については決定済だ。これ以上の話は無用だ」
「けれど! 彼女にあのようなことをするなどっ」
「オールド。いい加減にしてください。これ以上、恥をさらすような真似はやめなさい」
王に縋るオールドを母である王妃が諌める。
父だけではなく、母までもが話に耳を貸そうとしないことに、彼は愕然としたがそれでも話すのをやめようとしなかった。
「しかしっ、本来彼女は地下牢に入れるべき人ではないのです!!
ご考慮ください! お願いいします!!」
「やめぬか」
「ですが!」
「やめろと言っておるだろうっ」
王が声を荒げ、それにさすがのオールドも言葉が詰まる。
「お前はここまできても、彼女に罪はないと申すのか」
「罪などというものではございません!
彼女には関係ないことなのです!!」
「はぁ……
ヤングよ、お前から見て彼女はどうであった」
これ以上、この息子の話を聞いても無駄だと判断した王はもう一人の息子に尋ねた。
「彼女はここにいますジュリアンナの虚偽の噂を流し、暴行の濡れ衣を着せようとしていたのは間違いありません。学園での様子も少しおかしく、付き合いがある者も後ろにいる彼らを除いていないようでした」
ふむ、と王は頷く。同じような報告は他の貴族子女や諜報からも聞いており、信憑性がある。
そういえば、証拠もあると聞いた。直接見てはいないので、この機会に見ておいた方が良いだろう。
王はそう考え、ヤング殿下に監視用魔法道具の映像を具現化するように言った。
『ここから、あの女に突き落とされたことにすれば、オールド様はあいつと婚約破棄できるわ♪ ちょっと痛いかもしれないし、一応魔法も使って衝撃を和らげておかないとね!』
映されたのはあの断罪の日と同じもので、マリアすぐに自ら階段を飛び降りる。
王はその映像を見て少し気になったことがあるようで、ヤングに尋ねた。
「ヤングよ、マリア嬢は魔法を唱えていないようだったが、怪我はなかったのか?」
「けが、ですか? ……軽い怪我ですんだはずですが。それがどうかしましたか?」
「飛び降りる際の速度は確かに通常より遅いが、魔法を詠唱する声が聞こえなくてな。あの高さから何もせずに飛び降りては、軽傷では済まぬだろう。誰か聞こえた者はおるか」
王がその場にいる皆に問いかけても、誰も答える者はいない。
もし詠唱もせずに魔法を使ったとしたら変な話である。魔法というのは想像を現象として起こすため、詠唱という手段が必要だ。これは想像がしっかりしていれば詠唱はいらないというわけではなく、魔法を操るためのパスワードのようなものなのだ。
詠唱をせずに魔法を使えるのは、物語の中と魔族だけ。そんなことが現実でできる人間など……
「魔法道具などではないのですか?」
ヤングがそう答えるが、彼自身もよく知らない。そんなこと全く気にしていなかったし、今、そのことに気付いたくらいである。
学園での魔法道具については、防御系統の魔法のものに限って、許可がおりれば所持が認められている。許可が無い場合や、防御系統の魔法以外の魔法道具である場合は、学園に巡らされている感知魔法で見つかりすぐに没収される。貴族達が通っているのだから、少しの可能性であっても潰しておかなければならないのだ。
「彼女は魔法道具所持の許可をとっておったのか?」
「いえ……。平民は魔法道具などを買えませんので、許可をとった者は誰もいないと聞いています」
では、なぜ許可を取っていないはずのマリアに魔法が発動したのか。
「そなたは何か知っておるか?」
王からの問いに、オールドは口籠りながらゆっくりと言葉を発する。
「彼女は魔法道具を持っておりませんでした。
……彼女に、そのようなものは必要ありませんでしたので」
どこか含みのある彼の言い方に、疑問を持つ。そういえば彼は先ほどから、彼女を本来あのような場所に入れるべきではない、と言っていた。ただ単に優しい女性という意味かと思っていたが、それ以外の可能性も考えられる。例えば、どこかの国の貴族や王族であったり、実は真犯人は別にいたりなどするのかもしれない。
「オールド、彼女は一体何者なのだ」
王の厳かな声がオールドに向けられた。
誰もこのような展開になるなど、考えていなかった。
どうせ、悪手をうった彼らが辺鄙な地に飛ばされて終わるものだと思っていた。
「それは……言えません」
「オールド!! 父上、いや陛下が直々に聞いているのだぞ。知っていることがあるなら、言うべきだろう」
「けれど、言うことはできないのです」
「言えない、だと? 言えぬのではなく、何も言うことはないのだろう?」
「言えないのです」
ヤング殿下の苛立ちを含んだ声にも怯むことなく、同じ言葉を紡ぐ。
やはり、マリア嬢について深読みしすぎていたのだろうか。
「いい加減にしろ!! 何かあれば言えばよい! 何もないのならはっきりと認めろ!」
ついに我慢しきれず、ヤング殿下が声を張り上げた時だった。
「彼は言えないのよ。だって、私が言うなって口止めしたんだもの」
この場にいるはずのない人物の声が響く。
皆が声の主を探すと、扉の前にその人はいた。
「マリア嬢・・・・・・!?」
誰かの呟きが静かに広がる。
「衛兵っ! 衛兵は何をしておる!!」
いちはやく我に返った近衛騎士が声を荒げるが、扉の向こうから声は返ってこない。
「ごめんなさいね。ちょっとうるさかったから。大丈夫よ? 眠っているだけだから心配はいらないわ」
騎士たちは驚きに目を見張る。謁見の間の衛兵をするような騎士は当然経験ある者が選ばれている。それが物音一つもなく眠らされてしまうとは。
「マリア嬢、そなたは・・・・・・」
王の口から洩れたその声に、マリアが応える。
「あぁ、そういえばちょうど私の話をしていたわね。
自己紹介が遅れたわ。
私ね、実はSランクの冒険者なのよ」
彼女の言葉に周りは声にならない悲鳴をあげた。
貴方は知っているだろうか、冒険者ギルドというものを。
その名の通り冒険者が集まり、民間や国からの依頼をこなす協会の事だ。
冒険者ギルドは国境関係無く、いたる場所に支部を置き、それぞれの冒険者が己の実力にあった依頼を受ける。
ギルドの登録者は膨大な数がおり、依頼を捌く際に分かりやすいよう実力ごとにランクで分けられているのだ。
Fランクは、街中での警備や仲裁など簡単な仕事を行う使いっ走り。
Eランクは、森に薬草などを取りに行くスリルのあるお使い。
Dランクは、魔物の討伐を始める初心者。
Cランクは、魔物討伐に慣れてきた経験者。
Bランクは、討伐で先陣を切る中堅。
Aランクは、国を脅威から守る英雄。
そして、
Sランクは、世界の脅威となりかねない化け物。
“天災”
それがこの世界におけるSランクの怪物に対する認識である。
あながち、その表現も間違っていない。
Sランクはその強大すぎる力ゆえ、性格が曲がっている者の方が多い。
もちろん彼らの貢献による平和もあるが、気に障ったからと国を滅ぼしてしまうような者が過去にも現在にもいる。
そこで、彼らの扱いに困ったギルドはいくつかのSランク専用の規則をつくった。
ギルドマスターの指示には従うこと、その代わり多少の自分勝手な行動には目を瞑ること、度が過ぎる行いをした場合は討伐隊をだすこと。
そのような内容はSランクの者達にも受けいれられ、その規則による彼らの特権は確立された。
つまり何が言いたいかというと、マリアによってこの国がどうなろうとも、処刑されかけたと言えば黙認されるということだ。
だって、Sランクの冒険者なのだから。
オールド殿下が言っていた事は正しかったのだ。彼女には罪など関係無いし、悪くもない。本来ならば牢ではなく、最高級の客室でもてなすべき相手。
Sランクならば、たっま一人の人間ぐらい殺そうとしても誰も文句など言えないし、それだけで処刑しようとするなどもってのほか。
今回は処刑されそうになったという理由があるので、国を滅ぼそうとも罪を問われることなどない。
だから、その可能性に考え付いた貴族達は叫ぼうとしたのだ。殺される、と。
「そんなに怯えなくていいのに。滅ぼすなら一瞬ですませてあげるし」
その内容に貴族はこの国の終わりを悟って、絶望する。なかなかに愉快な光景である。いつもは澄ましている貴族が一人の少女の一挙一動に揺動しているなんて。
「うふふっ。冗談よぉ。そんなことで私は国を潰したりしないわ。そんなに心は狭くないのよ。
私、こう見えても人々には女神って呼ばれているの。知ってる?」
“血濡れの女神”
そう呼ばれるSランクならば、この場にいるみなが知っていた。多くの血を浴び、髪が赤に染まってしまったことから付けられた二つ名だ。
Sランクにしては常識的で、次のギルドマスター候補の1人とまで言われている。けれどあくまで、Sランクにしては、である。噂話は曖昧でどこまで信じられるかわからない。
国民には何もせずとも、この場にいる全員を殺す可能性もある。
「もう、そんなに怯えないでよ。これはそこの彼らと、この国の民は誰も傷つけないって約束したから、本当だってば」
「約束……? それはどういうことなのだ?」
マリアの声に王が反応する。彼女は彼の方を向いて言った。
「彼らに私の正体が途中でばれちゃってね、そこで約束したの。私に付き合ってもらう代わりに、誰にも危害を加えないって。もしこの事を誰かに言ったら、この話はなかったことにするって私が言ったから誰にも相談せず私に尽くしていたの。
えらいわよねぇ、国のために自らの全てを投げ出したのよ?」
周りは息をのむが、彼女はそれを気にせず、いや気付いていながらも言葉を続けた。
「それなのに、可哀想にねぇ。国のための行動だっていうのに、その国には捨てられちゃうんだもの。まさか、こんな簡単に切り捨てられちゃうとは私も思わなかったわ。私の正体に気付いたから、優秀なはずなのにね」
「お前達、それは本当なのか?」
王が面前にいる元取り巻き達に問いかける。
彼らがマリアの方見ると、彼女はもう言っていいよ、と本当のことを話すのを許した。
「本当でございます」
彼らを代表してオールドが答える。
「それならば、わたくし達は、なんてことを……!!」
ジュリアンナは顔を青くしていた。
「私もね、彼らだけにヒントを与えるのはフェアじゃないと思ってね、一応貴方達にもヒントを与えたのよ? ほら、あの映像うまく撮れていたでしょ? わざわざ声に出して台詞を言ってから飛び降りたんだから。まぁ、結局気付かずに終わっちゃったけど。
けど、さすが、一国の王となると違うのねぇ」
あの学園にいた誰もが気付けなかった事実に、王だけが気付いたのだ。正直、もう少し多くの人が気付くかとマリアは思っていたが、難しすぎたのかもしれない。
ヤング殿下とジュリアンナも気付いた。自分達が彼女の手の上で踊らされていたことに。
全て彼女が考えたシナリオ通りに進んだ。彼女の悪事の証拠を探していた彼らに餌を与え、オールド王子達が動くこともわざとリーチさせ、あの空間を創り出したのだ。
だから、笑っていたのだわ。わたくし達が面白くて楽しかったのでしょうね。道化は彼女達ではなくわたくし達だったのね。