前編
前編はテンプレ的展開なので読まなくても問題ないような、あるような
「ジュリアンナ・セコットルン、貴方との婚約を破棄させてもらう!!」
学園のホールに広がる不躾な声。
婚約者である第二王子が急に大声をあげ宣言し、失望を通り越して呆れしかない。
時と場所を考えたらどうですの?
ここは、トリアエーズ王立学園。そして、本日は年に一度の創立記念を祝うパーティの最中である。
創立150周年を迎えるこの学園はトリアエーズ王国最高峰の学園で、貴族が主に通っているが、一部の優秀な平民にも門戸を開いている。
ここには第二王子や公爵令息なども生徒として名を連ねており、有能な彼らが生徒たちの手本となっていた
しかし、今となってはどうだ。今年の途中で編入してきた少女の取り巻きに彼らは成り下がってしまっている。
今も傲慢に宣言して満足そうにしている王子達を、生徒たちだけでなく教師たちまでも冷めた目で見ていたが、彼らは気付きもしない。
しかし、わたくしに声をかけたのは腐っていてもこの国の王族。わたくしが由緒正しい公爵家の令嬢だとしても、無視できるものではない。
仕方なく、殿下に言葉を返した。
「殿下、それは一体どういうことでしょうか?」
「この期に及んで、しらを切るつもりか!!」
「ですから、何の事をおっしゃっているのかわかりませんの。具体的に言ってくださいませんこと?」
「マリアを虐めた事を覚えていないとは、言わせんぞ!」
「はぁ……。わたくしには何のことだかわかりませんわ」
まるで会話が成り立たない。
「これだから、身分を笠に着た貴族は嫌になります。自分の罪を認めようともしない」
「ほんと。この状況を分かってないのかなぁ?」
「いい加減、正直に言ったらどうだ!!」
「……嘘、だめ」
最初の台詞から順に、現宰相の次男 ジーナンス・サーション、侯爵家嫡男のチャクスト・コーシャ、騎士団団長の息子ドルベン・キッシーダ、魔法に関して天才である ボーク・テンサ。
この四人にわたくしの婚約者である第二王子 オールド・トリアエーズを含めた彼らが、転入生の少女マリアの取り巻きと化している。
もう、これは一体どういう状況なのですか。本来なら殿下を諌めるはずの彼らまでが、あの少女に付き従っているなんて。
「虐めたことを覚えているも何も、わたくしは虐めた事などありません。
確かに何度か彼女に忠告いたしましたが、それは彼女が婚約者のいる男性に近寄っていたので淑女としての行いを説いていただけですわ。」
「忠告だけだと? 貴方はそれだけでなくアリアを罵倒し、持ち物を奪い、あげくには階段から突き落としただろう。さすがに目に余るその悪事、しかと罰を受けるがいい」
「それでは何か証拠がございまして?」
「マリア自身が涙ながらに語ってくれたぞ!」
まさか、その平民の少女の証言だけを信じて公爵令嬢のわたくしを断罪しようとしたの?
ありえない。そんなもが証拠になるわけがない。
わたくしがマリア嬢の方を見ると、彼女は大げさなまでにビクッと震え、それを取り巻きたちが庇いこちらを睨んでくる。
「他に証拠はございまして?」
「マリアが階段から落ちる時、走り去る犯人の後姿を見たと言っている。その犯人は腰まである水色の髪をしていたそうだ。そんな髪をしているのは学園でお前だけだ! それにその日お前は授業をうけていなかっただろう? いったいどこで何をしていたっ!」
確かに学園でその髪色なのはわたくしただ一人。けれど、髪色なんて染めるか鬘をかぶるかすれば、どうとでも誤魔化すことができる。それにわたくしはその日授業どころか学園にも居なかったのに。
「わたくしは突き落としておりません。彼女の見間違いではありませんの?」
「これでもまだそんなことを言うのか!」
「オールド様! ジュリアンナ様は悪くありません! 婚約者がいると知っておきながら、オールド様に惹かれてしまった私が悪いのです! 愛する人が違う女性と一緒にいて、嫉妬に狂う気持ちは私にもわかります……。ジュリアンナ様をこれ以上責めないでください!!」
「マリア、こんな者にまで優しくしなくていい。君は、己の罪も認めようとしないジュリアンナとは大違いだ。やはり、私の隣に立ち、国母となる者は慈愛に溢れるマリアしかいない。きっと父上も認めてくれる」
そういって二人は互いの手を握り、見つめ合った。
……この茶番はなんですか。
オールド殿下は文武両方に優れ、未来の王に相応しい人だった。まわりの取り巻きたちも将来国を支える有望な青年であったはずだ。
しかし強大な魔力が判明したマリア嬢が編入してきてから、彼らは変わってしまった。身分の高い見目麗しい者に媚び、甘い言葉を囁く。そんなマリア嬢を最初は相手にしていないようだったが、彼らは次第に彼女に傾倒していき、今では人目も憚らず行動を共にしている。
マリア嬢の薄い赤髪に琥珀の瞳は可愛らしいが、絶世の美女というわけではない。殿下はわたくし達の婚約の意味も理解していたはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。
互いに将来の国王として王妃として、涙をのみながら頑張ってきたのは全て無駄だったというの?
わたくしを見て勝ったかのように嘲笑している彼女の方が良いというの?
「オールド殿下、わたくし達の婚約は個人的なものではございません。いわば国と公爵家との契約なのです。何か重大な問題が発生したわけでもありませんのに、個人間の感情のみで簡単に破棄できるものではございませんわ」
「そうやって、人の心を縛るというのですか!? 誰の感情であろうとも自由であるべきではないですか……!! 決められた結婚なんて・・・・・・そんなのおかしいです!!」
「マリア……!」
また茶番が始まってしまった。
殿下が誰を愛そうとそんなことは関係ない。そんなに愛しいならば、側室か愛妾にでもすればよいだけの話。
私達の結婚は公式に交わされたものなのだから、当人たちだけで破棄などできない。
そして、今の台詞は聞き捨てなりません。それは決して貴族に言ってはならない言葉ですから……!
「マリア嬢、今の言葉はどういう意味ですの?」
一瞬怯えたが、取り巻き達の視線に後押しされ、こちらの目を見て口を開きました。
「だって! おかしいじゃないですか! 自分の気持ちを蔑ろにしてまで、なぜ国や家を優先するのですか!? そんなの……間違っています!」
「……貴方はその言葉の意味を解っていまして? 貴族には貴族の義務があります。政略結婚もその一つです。貴方の言葉は今まで国のため家のためと嫁いでいった御令嬢、ひいては王族の方達まで侮辱しておりますのよ?」
確かに彼女の言うことはとても綺麗だが、貴族の世界はそんなに甘くない。
自分が言った言葉の意味は解っていなくとも、事の重大さはわかったようで顔を少し青くしていた。
「私、そんな、侮辱するつもりなんて……」
「ジュリアンナ!! 貴様、まだマリアを傷つけるのか!」
「ですから、私は彼女に酷いことなど言っておりません。事実を言ったまでですわ」
「ジュリアンナ、これ以上恥を晒すな!」
「そうです。見苦しいですよ」
「悪あがきはよしなよ」
「黙って聞いていれば、マリアに何をする!」
「……嘘、だめ」
少女とその周りが自分に都合のいい解釈をして、子供のような反論をしてきた時。
「なにやら、騒がしいようだね」
ふいに会場で凛とした声が響き、その声の主を通すように人垣がスッとわれた。
「ヤング殿下」
「兄上!!」
現れたのはこの国の第一王子ヤング殿下。
オールド殿下が正妃の子であるのと違い、彼は身分の低い愛妾の子であった。それゆえに王位継承権は第二位であるが、弟であるオールド殿下よりも優秀で、正妃の子であれば、と国王にも惜しまれたほどの美丈夫である。
ヤング殿下はこちらを見て微笑むと、瞬時に彼らには冷たい目をむけた。
「これは一体どういうことかな?」
「ジュリアンナがここにいるマリアに乱暴をはたらいたのです! いくら公爵令嬢と言え、守るべき民にするべきことではありません!」
「そうなのか。それで? 証拠は?」
「マリアが彼女らしき人影を見たと!」
「らしき、だろう? そんな推測、証言にもならないよ」
「っ・・・・・・」
「他に何もないのか? それなのに、ジュリアンナ嬢を責め立てていたのか? こんな場所で?」
そう、こんな場所で。本来きちんとした証拠があったとしても、このような祝いの場で雰囲気を崩すようなことはするべきではない。証拠がないのなら、なおさらの話だ。
「けれど、私、たしかにジュリアンナ様の後姿を見たのです! ヤング様は私を信じてくれないのですか?」
そう言って、品を作ってヤング殿下に近づき上目づかいで媚を売る姿は、まさに娼婦のそれだった。
「黙れ。誰が私の名を呼び、話しかけてよいと言った。」
殿下の突き放すような声音にさすがの彼女も後ずさりしてしまっていた。
学園内であれば、平等な教育という方針のもと実際ほど身分にうるさくない。しかし、ヤング殿下は学園の生徒ではない。そのためオールド殿下のように話しかけるのは不敬にあたる。
といってもマリア嬢の行動は学園内であってもさすがに目に余るものであったけれど。
「では、そこのマリアとやら。実際にその後ろ姿を見たというのはいつの事なのだ」
「えっとぉ・・・・・・たしか一昨日です! 階段から、突き落とされちゃって。私、とっても怖かったんです……!」
ここでも彼女は胸の前で両手を組み、ヤング殿下を涙ぐんだ目で見つめる。いくらなんでも、他の男達がいるっていうのにやりすぎだ。それに、あのような言われ方をしてもまだ諦めないのか。
「一昨日か……。それは間違いない?」
「はい、一昨日で間違いないと思いますっ」
「へぇ、それは変だね。ジュリアンナ嬢は一昨日、王宮のお茶会に来ていたはずだけど?」
「えっ……?」
それを聞いて、取り巻きとマリア嬢が青ざめる。
「けれどっ、マリアが彼女を見たと!」
「たかが一生徒の憶測と、王宮の者達の証言。どちらが信じるに値するかは明白だろう?」
「だけど! 私、誰かが突き落とした所をたしかに見たんです!!」
彼女はまだ諦めていなかった。これ以上嘘を吐き続けるのは自分の首を絞めるだけだというのに。
「そんなに気になるなら、階段に設置されている監視魔法の魔法道具の記録を見ればいいじゃないか。そこに君を突き落とした犯人が映っているだろう」
「えっ!? 監視魔法!? い、いえ。そ、そこまでは、しなくていぃです、よ」
彼女は顔をさらに青ざめ、もはや蒼白に近くなっていた。けれど、そんなことで追及を緩めるヤング殿下ではない。
「何を言っている。大衆の前で責め立てるほど、犯人のことが嫌なのだろう?
あぁ、ちょうど従者の者が持ってきてくれた。みなも一緒に見ようではないか」
そう言って水晶のような媒体に殿下が手をのせると、空中に映像が映し出された。
映った映像は階段の踊り場のもので、アリア嬢が1人で立っていた。
『ここからあの女に突き落とされたことにすれば、オールド様はあいつと婚約破棄できるわ♪ ちょっと痛いかもしれないし、一応魔法も使って衝撃を和らげておかないとね!』
そう独りごとを言ってすぐに、彼女は自ら階段を飛び降りた。
「なっ・・・・・・」
「えっ・・・・・・」
「っ!!」
「ど、どういうことだ!?」
「……うそ」
殿下は媒体から手を離し、映像はそこで終わる。
「マリア嬢、これはいったいどういうことか、説明してもらおうではないか」
「これは、ちがっ! きっと何かの間違いよ!! そうよ、貴方がなにかしたんでしょう!? あの映像もこの女が仕組んだことなのよ!!」
ジュリアンナの方を指さして凄い形相でまくしたてる。
マリア嬢の今まで被っていた大きな猫がついに剥がれおちてしまった。
「この魔法は最新の技術が使われているから、いくらジュリアンナ嬢のような貴族でも細工はできない。あぁ、もちろん私も細工などしていない。それに、ちょうど一昨日に彼女と私は一緒にお茶会に参加していたからね」
そう付け加えた後、絶対的な響きを持った声ではっきりと告げた。
「騎士たち、この女を捕えよ」
殿下がそう命じると、すぐにマリア嬢は取り押さえられた。
それでも喚き続ける彼女に猿轡をさせ、殿下は取り巻き達と向かい合う。今まで培われてきた信頼や親愛などは消え去り、どこまでも冷たい眼差しが注がれるだけだ。
「お前達。今回の騒動、そう優しく終わると思うな。お前らは無実の令嬢をこの大衆の中で貶めたのだぞ。一国の王族と貴族達が揃ってこのような見苦しい姿を見せるなど言語道断。陛下より直々に勅旨を賜った。心して読め」
ヤング殿下の側に控える従者から渡された封書を開き、読みすすめるうちにオールド殿下は目を見開いていく。
「私が王位継承権剥奪の上に廃嫡だと……!?」
殿下の悲痛な叫びが響いたが、それは当然の処罰だ。
学びの場である学園で好き勝手するだけでなく、マリア嬢への贈り物の代金を国庫からだしていたのだから。正式な婚約者への贈り物ならば国のためだと認められるが、平民の女に国のお金を使うなど横領の罪に問われる可能性もある。そのような者を王族として置いておくわけにはいかない。
「他の者達にもそれぞれ実家から手紙を預かっている。全員勘当し、二度と家名を名乗ることも家の敷居を跨ぐことも許さない、との事だ」
「な、なんですって!?」
「本当に……?」
「なぜ、そんな!!」
「……うそ」
取り巻き達も騒ぐが、ヤング殿下は相手にしない。
「おい、こいつらも捕え、牢に連行しろ。この者達は後の処遇が決まるまで、塔に入れろ。そこの女は、地下牢に入れておけ」
それを聞いてマリアは再び暴れだした。塔といえば貴族用の清潔で整った牢屋だが、地下牢は違う。そこは重罪を犯した者達が処刑までの時間を過ごすための牢、すなわちそこに連れて行かれるということは既に死罪が決まっているということだ。
「なぜっ!? マリアは悪くありません! 地下牢に入れるなど……!!」
「悪くないだと? 学園で男達を籠絡し、気が向くままに貴族の生徒を傷つけたその女が、か?
ジュリアンナ嬢を侮辱したうえ、お前を唆し婚約破棄させた行いは、まさに国を揺るがす行為。立派な反逆罪であろう」
「しかし!」
「言い訳は無用。これは既に決まったこと。陛下も承諾している。
こいつらを連れて行け」
ヤング殿下はそう言い捨て、暴れる女一人と項垂れる男五人は退場していった。
彼女はまるで道化のようだった。男と男の間を歩く、愚かで醜い道化。
「ジュリアンナ嬢、今回の騒動まことに申し訳なかった。王家を代表して私が謝罪する」
彼らが去った後、ヤング殿下がわたくしに向かって謝罪し、頭をさげた。王族が頭を、それも国内の貴族に向かってさげることなど殆んどない。
わたくしは慌てて、顔を上げてくださるように頼む。
「本当にあいつのことはすまなかった。今までの貴女の努力も知っている。ジュリアンナ嬢に迷惑がかからないよう王家としても尽力させてもらう」
「わたくしのためにそんな……」
「いや、そうはいかない。そこでだ、これは王家からの提案でもあるが、一人の男からの告白として聞いてほしい」
そう前置きをした後ヤング殿下は騎士のように膝をつき、熱情の籠った目で私を見る。
まさか……でも、そんな
「ジュリアンナ・セコットルン、私と結婚してほしい」
うそ……
「弟の婚約者だからとずっと、我慢していた。けれど、貴女がこの婚約のためにどれほど多くの事を強いられたか、どれほど悩み苦しんだか、知っている。
貴女の本来の相手はもういない。父上と母上にも許しをもらった。どうか、これから私の隣でこの国とともに歩んでいってはくれないだろうか」
この想いはあるべきものではないと、秘めておくつもりだった。
「わたくしで良いのですか?」
「君でなければ駄目なのだ、ジュリアンナ」
けれど、もし、これから貴方と生きていくことができるのなら……
「はい……オールド様に捨てられてしまったわたくしでよいのなら」
「ジュリアンナ!!」
殿下、いえ、ヤング様に強く抱きしめられる。
「あいつは見る目がなかっただけだ。愛してる、ジュリアンナ」
「ふふっ、わたくしもずっと慕っておりましたわ、ヤング様」
それを聞いてヤング様はさらに相好を崩した。
彼と共にあるのなら、わたくしはどんな壁でも乗り越えてゆける。
そう暖かい腕に包まれて、わたくしは思いました。
* * * * *
「ふふふっ。あーはっはっはっはっははは!!
もぉー、ホントに笑えるわぁ!!」
朝日も届かない、暗く湿った地下牢の中、この場に似つかわしくない笑い声が響いていた。
現在この牢にいるのは、稀代の悪女と呼ばれた少女一人。
ここに収容されるのは狂人ばかりなので、衛兵たちもその反響する声を気に留めない。
「あー、面白かったぁ。
でも、もう喜劇の時間は終わり」
そう言うと笑い声はやみ、不気味な沈黙にその場は支配される。
「そろそろ現実のはじまりよ」
その呟きだけ残して、少女---マリアはその場から消えた。
トリアエーズ王国→とりあえず
ジュリアンナ・セコットルン→背凝ってる
オールド第二王子→old
ジーナンス・サーション→次男宰相
チャクスト・コーシャ→嫡男侯爵
ドルベン・キッシーダ→ドーベルマン、騎士団
ボーク・テンサ→ぼく天才
ヤング第一王子→young
オールド殿下の最初の名前はオージサでしたが、オージサ王子はあんまりだと思いなんとなく閃いたオールドになりました。オールド殿下の方がヤング殿下より年下ですが、オージサの名残で実際の兄弟関係とは逆になってます
続きます!