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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
序章
7/69

運命の出会い 二

「吾生さん。」

眼鏡を上げ濡れた瞳をごしごしと袖で擦りながら、愛嘉理は呼び掛ける。

「吾生で良いよ。」

吾生は、喪服よりも黒い艶のある愛嘉理の髪を大きな手でそっと撫でた。

「でも…。」

申し訳なさそうに目を伏せる愛嘉理に、吾生は微笑んだ。

「良いから。僕がそう呼んでほしいんだ。」

「…分かった。じゃあ、あ、吾生…?」

恥ずかしそうに、しかし少し嬉しそうにその名を紡ぐ愛嘉理に、吾生も「ん?」と尻尾を振った。

「吾生が何でも分かっちゃう神様なら、わざわざ口で言う必要なんてないかもしれないんだけどね。」

「でも、愛嘉理が話したいなら聴かせて?」

しかし愛嘉理は、少し迷うように口を噤んだ。

「…私ね、飛火里は私のことを恨んでるんじゃないかって思うんだ。」

ぽつりと呟いた愛嘉理に、吾生は「どうして?」と穏やかに訊ねる。

「飛火里は…飛火里は、そんな子じゃないって頭では分かってる。でも私がこんなんだからそれに巻き込まれて死んじゃったこと、恨まれても仕方ないって思うんだ…。」

愛嘉理の話に、吾生は表情を曇らせる。

「飛火里はいつも私の後を付いてくるような子で…いつも口癖みたいにこんな私に大好きって言ってくれて…初めて作った私の下手くそなケーキを美味しいって笑ってくれた…。明るくて、誰からも愛されてたのに…。」

「…愛嘉理が殺した?」

「…うん。それだけじゃない、お父さんとお母さんだって…。」

愛嘉理は俯き、喉の奥を詰まらせる。

その瞳はまるで断罪してくれと言っているかのようで、吾生は胸を引き裂かれるような気持ちになった。

「それは違うよ。」

首を横に振る吾生に、「どうして?」と愛嘉理の瞳が縋る。

「もし僕が飛火里だったら、愛嘉理がそう思うことを望んだりなんかしない。」

「そんなことないよ、そんなこと…。私だったら良かったのに…。飛火里が死ぬくらいだったら、誰にも必要とされてない私が死ねば良かったのに…!」

自らの存在を否定する愛嘉理の肩を、吾生は両手で掴んだ。

「…!吾生…?」

「愛嘉理、それも違うよ。」

少し怯えたような表情の愛嘉理に、吾生は静かに呟く。その青い瞳は、苦しみとも悲しみとも取れるような色を映していた。

しかし幼い愛嘉理には何故吾生がそう言うのか、そんな顔をするのか、少しも理解できなかった。

自分はどうしようもない人間だ。関わった人を不幸にする。そんな自分は、誰からも愛されはしない。物心がついてからずっとそう思って生きてきた愛嘉理には、当然のことかもしれない。

「どうして?だって、本当のことだよ…?」

「本当にそう思う?」

「え?」

瞳の奥を弄るように刺す吾生の視線が、愛嘉理の身体を強張らせる。

「飛火里は、愛嘉理を大好きって言ってくれたんでしょ?誰にも必要とされてないって、それでも言えるの?」

「で、でもそうだとしても、飛火里の方が生きるべきだったよ!」

なおも認めまいと叫ぶ愛嘉理に、吾生は先程よりも強く首を横に振った。白銀の髪が激しく揺れる。

「違う、違うよ!愛嘉理、君は何の為に生きてるの?」

「何の…為…?」

吾生は頷いた。

しかし、愛嘉理には答えることができなかった。今までそんなことを考えたことなどなかったし、そもそもそんな余裕を持つことなど愛嘉理には許されなかったからだ。

「誰かに必要とされないから死んでも良いなんて、そんな訳ないじゃないか。大体、生きることが良くて死ぬことが悪いなんて誰が決めたの?」

「じゃあ、飛火里は死んで良かったって言うの?」

少し怒ったように口調を荒げる愛嘉理に、吾生は静かに言った。

「違うよ、そこに良い悪いなんてないんだ。」

「どういうこと…?」

「人が思う程、生きてるか死んでるかなんて重要じゃないってことさ。だって今飛火里が君の元にいなくたって、心の中にはちゃんといるでしょ?忘れなければ、存在は消えないんだよ。」

愛嘉理は胸に手を当てた。

言われてみれば確かにそうだ、と愛嘉理は思った。たとえ目の前にいなくても、飛火里は愛嘉理の心の中に存在している。もう会えなくても、確かに存在しているのだ。

しかしそこで新たな疑問が一つ、愛嘉理の頭に浮上する。

「でもじゃあ、何で私には死ぬなって言うの?」

「死ぬなって言った訳じゃなくて、自分の存在を否定するなって言いたかったんだよ。」

吾生は優しく微笑んだ。しかし、愛嘉理は首を捻る。

「同じことじゃないの?」

「全然違うよ。だって、生まれたらいつかは皆死ぬでしょ?僕はそれ自体を否定する気はないもん。それに僕も君が好きだから、そんな風に自分を嫌って欲しくないんだ。」

「…あ、ありがとう…。」

恥ずかしげもなく好きと微笑む吾生に、愛嘉理は赤面した。妹をおいて今までそんなことを言ってくれる存在が、自分にいただろうか。そう考えると、たとえ気遣いから出た言葉だとしても愛嘉理は感謝せずにはいられなかった。

しかしその様子に、吾生は少し不服そうな顔をした。

「愛嘉理、よく聴いて欲しいんだけど…。」

「…?」

「自分の存在を否定して生きることから逃げたら、君は生と死の狭間の世界を永遠に彷徨うことになってしまう。それはとても悲しくて、苦しいことなんだよ。」

吾生は、真剣な眼差しで説いた。

「でも、本当にそんな場所なんてあるの?」

「あるよ。と言うか、ある意味この世界そのものがそうと言った方が正しいのかな。」

「全然分からないよ。どういうこと?」

ちんぷんかんぷんな愛嘉理の様子に、吾生は少しおかしさを堪えるように笑った。

「ここは存在する者の世界なんだ。君のような命ある者も僕のような命なき者も、存在さえするならこの世界にいられる。だから生きてるか死んでるかなんて、器に水が入ってるか入ってないかくらいの違いだよ。」

「そ、そうなの…?」

「そうだよ。でもまあ人間は目に見えないものを疑う傾向があるし、君達にとって重要な問題だってことを否定はしないよ。ただ僕達にとっては、そのくらいの認識だってこと。」

全く新しい価値観を示された愛嘉理には、「そうなんだ。」と呟くのが精一杯だった。そんな愛嘉理を見て相変わらずクスクスと笑っている吾生だったが、思い出したように説明を付け加える。

「あ、でも成仏した魂は別の世界へ行くけどね。」

「そうなの?でもその理屈で行くと、成仏したら忘れられちゃうことにならない…?」

愛嘉理の疑問は至極最もだ、と吾生は思った。待ってましたとばかりに、吾生は答える。

「もしも誰からも忘れられたら、その瞬間に存在が消滅する。成仏はそうじゃなくて、言ってみたら引っ越しみたいなものかな…?」

「引っ越し?」

「うん。僕もそれについては何となくでしか分からないけど、望むなら次に生まれる為の準備をしたりできる場所に行くって感じ。だから、忘れられたりはしないよ。」

「そっか、飛火里は成仏できたかな?」

愛嘉理のその言葉に、吾生は少し表情を曇らせる。

しかし今の愛嘉理にはまだ、その理由を知ることはできなかった。

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