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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
最終章
63/69

再会(吾生視点)

天気の良い休日の朝、僕は狗護神社の木陰に佇んでいた。定期的にここの霊気に当たらないと疲れてしまう体質の僕は、よくここへ来る。

約五百年、主のないこの神社と雪光村を土地神として守り続けてきたと吟は語った。それは、僕達が再びこうして出会うことを信じていたからだとも。

そんな健気な彼に報いる為に、僕は何ができるだろうといつも考える。それを悟る度に吟は、ならば愛嘉理と一緒にいることだと微笑む。

そんな吟は、いつもなら社の縁側に座り木漏れ日を眺めている僕の前で美風と楽しくはしゃいでいる。しかし誰もいない今日の狗護神社は、時々吹き抜ける風が齎す葉擦れの音以外に何も聞こえない。

静けさの中、僕は胸を高揚させていた。

僕は愛嘉理を愛し、再び出会う為に生まれてきた。それは自信を持って言える。

あの日祭りの帰り道に愛嘉理が語った夢の続きを、僕達は今紡いでいる。たとえ彼女が思い出せなかったとしても、それは確かなのだ。

しかし、もう少しだ。もう少しであの夢の本当の続きを、本当の再会を果たせる。その予感が、僕を昂らせていた。

そんな思いを巡らせていると、僕の背後で誰かが砂利を踏む音がした。振り向くと、そこには燃えるような深紅の瞳に艶のある真っ黒な髪の少女が立っている。

「愛嘉理…!?」

この少女を、僕は待ち焦がれていた。

千年、そしてまた五百年。ずっと、ずっと。

「吾生…、吾生なんだね…?」

すべてを理解した瞳で愛嘉理はゆっくりと足を止め、確認するように問い掛けた。

反対に僕は溢れるその思いに突き動かされて、その問いに答える余裕もなく駆け出すように愛嘉理に近付いた。

「えっ?」

「愛嘉理。全部、思い出したんだね?」

衝動のままに抱き締めると、驚きと戸惑いを露にする愛嘉理に僕はそう囁いた。

「あ、吾生…!うん…、そうだよ…!」

何度も頷く愛嘉理を、より強く抱き締める。それはまるで、大切なものを包むかのような感覚だ。

「ずっと、逢いたかった。愛嘉理。」

「吾生…、夢じゃない…?」

愛嘉理を腕から解放して僕が一つ頷くと、彼女は僕の顔に手を伸ばしその存在を確かめるようにそっと触れた。

零れる笑みを抑えきれない僕を幻を見るような瞳で見つめる愛嘉理だったが、その表情が段々と喜びに変わっていくのが分かった。

僕は伸ばされた手を軽く引き、再び自分の腕の中にそっと抱く。そして、感動に打ち震えながら愛嘉理に囁く。

「やっと逢えた。ずっと、この日を待ってたんだよ。」

「うん。…うん…!ありがとう…!!待たせちゃって、ごめんね。」

愛嘉理は瞳を閉じ、僕の身体に手を回した。


「吾生。」

愛嘉理の声が、僕の名を呼ぶ。ただそれだけのことが、何だかとても嬉しかった。

しかし愛嘉理にそれを悟られるのは恥ずかしいので、僕はなるべく表情を崩さないように努めながら「ん?」と返事をした。

「ずっと言えなかった大切なことを、伝えても良い?」

急に真顔でそう言う愛嘉理が何を語ろうとしているのか、僕には分かってしまった。

本人は気付いていないと思うが、愛嘉理はこう見えて色々と顔に出やすい。

そういう嘘が吐けない正直なところも、とても可愛くて好きだ。

僕は愛嘉理の綺麗な紅い瞳をじっと見つめながら、「うん。」と頷いた。

「…い、言わなくても吾生にはもうバレちゃってると思うんだけど。」

顔を赤らめながらふいっと瞳を逸らしてそう言う愛嘉理に、僕は思わず微笑まずにはいられない。

またこんなふうに君と話せる日が来るなんて、本当に夢のようだ。無上の幸せを噛み締めながら、僕は「ふふ、そうなの?」ととぼけて見せる。

「そうだよ。もう、分かってて言ってるでしょ?吾生の意地悪。やっぱり言うのやめた!」

「そんなぁ…。またこうして君と話せることが、ただ嬉しかっただけなんだ。それで思わず…。その…ごめんね、愛嘉理?」

「…。」

頬を膨らませる愛嘉理に僕がそう謝罪すると、彼女は少し困った顔をした。

僕が顔を覗き込んで「…やっぱりもう、言ってくれないの?」と訊ねると、愛嘉理は益々困惑を深めた様子で頭を抱えながら言った。

「そんな顔しても、だめなものはだめ!もう、この話しなきゃ良かった…!」

心底悔やんでいる様子の愛嘉理に、「どうして?」とわざとらしく分かりきったことを聞いてみる。

どうやら僕は神でなくなったからか、以前に比べて若干性格が曲がってしまったようだ。それとも、喜びに浮かれ過ぎているせいだろうか。否、思えば僕は最初からこうだったかもしれない。

何にせよ僕が汚れていることに間違いはなさそうだが、そんな背徳感に酔い痴れていることが今の一番の問題かもしれない。

愛嘉理は照れた顔で「そ、それは…。」と口籠もり、「それも秘密!」と慌てて続けた。

そんな可愛い愛嘉理の様子を見ていると、もっと色々な顔を見たい、触れたいという衝動に駆られてしまうのだ。

とはいえ愛嘉理が言おうとしていることを聞きたい気持ちも本物で、自業自得で陥った危機を何とか挽回しようと「どうしても、だめ?」と食い下がる。

愛嘉理は再び困った顔をしたが、暫く考えてから拗ねたように口を開いた。

「…と言うか、そもそも言う必要ないんだし…。」

「でも、僕は聞きたいな。愛嘉理の思いを、愛嘉理の声と言葉で。」

難しい顔で「うぅ…。」と唸る愛嘉理を真っ直ぐに見据えて、僕は「お願い、聞かせて?」と改めて頼む。

「………。」

「ね?」

恥ずかしそうに下を向いて黙り込む愛嘉理に優しくもう一押しすると、とうとう観念した様子で彼女は言葉を紡いだ。

「……………わ、私だってその…す、好き…だよ。…って、そう…言いたかったの…。」

今にも消え入りそうなその声を必死に繋ぎ合わせたその告白は、僕が長い時間の中で何よりも待ち望んだものだ。

精一杯の勇気を振り絞ってそれを届けてくれた愛嘉理を、僕は抱き締めずにはいられなくなった。

「…うん、僕も大好き。これからはずっと一緒にいようね、愛嘉理。」

溢れ出すその思いを僕が言葉にすると、愛嘉理はぎゅうっと痛い程に僕を抱き締め返した。

「絶対だよ。もう消えても良いなんて、絶対思っちゃだめだからね!私の傍から絶対いなくなっちゃだめだからね!!約束だからね!!」

先程の小さな声とは打って変わって力の籠った強い口調で愛嘉理はそう訴え、そして僕の胸に顔を埋めた。

そうだ、僕は君をずっと苦しめてきたんだね。

そして、僕は独り言のように呟く。

「うん、約束する。ずっと辛い思いをさせてきて、ごめんね。たとえ愛嘉理が拒んでも、もう離れないし放さないから。」

これは、誓いだ。

愛嘉理を置いていなくなってしまった僕が彼女に捧ぐ、永遠の誓いの言葉だ。

赦して欲しいとは決して思わないし、況してや言うはずもない。

愛嘉理が赦すとか赦さないとか、そんなふうに思う心の持ち主ではないことも分かっている。

それでも僕は君と、そして君との時間を護るよ。

今までの苦しみや悲しみを癒せるくらい、僕が君を充たすよ。君のすべてを受け止めて、受け入れるよ。

何よりも大切だから。何よりも大好きだから。

だから、これからもずっと僕を見ていて欲しい。感じていて欲しい。信じていて欲しい。

自分勝手な言い分だということは、よく分かっている。それでも、必ず応えるから。


「愛嘉理、こっち向いて…?」

そう言って僕は抱き締めていた腕の力を緩め、愛嘉理の肩に手を掛けた。

「…。」

愛嘉理は項垂れたまま、一向に顔を上げない。僕は小刻みに肩を震わす愛嘉理の手を握り、そして彼女の顔に自分の顔を寄せて囁く。

「愛嘉理。」

驚いたのか、愛嘉理の肩が一瞬大きく跳ねる。そして瞳をきつく閉じて息を止め、愛嘉理は固まって動かなくなってしまった。

「力、抜いて…?」

愛嘉理の右頬にそっと手を添えてそう囁くと、愛嘉理は益々全身を強張らせた。

その様子に、僕は思わず「ふふっ。」と笑みを漏らす。それに釣られて愛嘉理の緊張が緩んだ一瞬を、僕は見逃さなかった。

「ん…!」

きっとこれは、神ではなく人になったから出来ることだ。人として愛嘉理を思うからこそ、出来ることなのだ。

まるで天変地異でも起きたかのように最大級の驚きに見開かれた愛嘉理の瞳が、一粒の雫を落とす。そしてそれは、既に頬に付いた涙の筋をなぞった。

僕は愛嘉理の頬を伝う雫を左手でそっと拭い、彼女の手を握るもう片方の手の力を強める。そして、恍惚感に侵され甘やかな吐息を漏らす唇を更に塞いだ。

「…は…あ、吾生っ…!」

潤んだ瞳で僕を見つめながら、その愛しい唇が僕の名を紡ぐ。その度に、まるで壊れ物を包み込むかのように唇を重ねる。

「ふぅっ…んっ…!」

愛嘉理の柔らかい唇が漏らす温かい吐息と可愛い声が、僕を釘付けにしてしまう。

こんなに激しい衝動も身も心も蕩けてしまいそうな感覚も生まれて初めてで、それらを味わっている今の僕はこれ以上ない程に幸福な状態と言っても良いかもしれない。それなのに、だからこそもっと欲しいと思ってしまう。

僕は、いつからこんなに意地汚い欲張りになってしまったのだろう。そして僕は、いつからそんな自分のことを好きだと思えるようになってしまったのだろう。やっぱり神ではなくなったからか、それとも浮かれているからか。否、やはり元からだろう。

「…はぁっ…!!」

僕がようやく唇を放すと、愛嘉理が呼吸を弾ませ思わず僕にもたれる。その重みがまた心地好くて、僕は愛嘉理の艶めく黒い髪をそっと撫でる。僕は愛嘉理の頭に顔を埋め深く息を吸うと、囁いた。

「良い匂いがする…。僕の大好きな愛嘉理の匂い。ふふ、何だか落ち着く。」

「…っ!!」

愛嘉理は顔を真っ赤に染めて、僕の胸に顔を押し付けた。

「吾生の音だって…。」

籠った声で小さく対抗する愛嘉理に「ふふ、そう?」と微笑むと、彼女は僅かに首を縦に振った。

「何か恥ずかしいかも。」

少し顔が熱くなるのを感じながら僕が照れ笑いをすると、愛嘉理も顔を少し上げてはにかむのが見えた。

何度生まれ変わっても、きっと僕達はまたこうして惹かれ合う。たとえ道標などなくとも、響き合う魂がこうしてお互いの居場所を知っている。時を超えなお最愛の存在を求め続け鳴り止まぬこの魂の音が、今僕にそう告げていると理解した。

「愛嘉理。ずっと、大好きだよ。」

そして僕達は、また口付けを交わす。

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