運命のきせき 三
「へへ、お祭り楽しみだなぁ…!」
「吟も美風に先程かけた術を使って、共に祭りを嗜むのか?」
「うん、今年はそうしてみようかなって思うんだ。美風も来るって言うし。」
外見相応にワクワクした様子の吟に澄風が問い掛けると、彼はそう頷いた。
澄風はそれを聞くと突然何かを考えるような少し難しい顔をして、腕を組み顎に手を当てた。
「そうか、うーむ。それはとても楽しそうであるな。私も吾生に習えば良かったかもしれぬ。私は前から、あの“盆踊り”というものを間近で見てみたいと思っていたのだ。それに何より、その術によってあの時代の人間達にこの私の美しさを知らしめることが出来たのは間違いないのだしな。」
「澄風さんも狗神くんも、変化しなくても元から人間でしょう?」
少し悔しげな表情の澄風が口走った言葉に、素朴な疑問を抱えた愛嘉理は思わずそう突っ込んだ。しかし澄風は取り乱すこともなく、「今は、そうだな。まあ、気にするな。」と笑うだけだった。
「でもそれなら、澄風さんも今度のお祭りに行けば良いのに。」
「はは、そう出来れば良いのだがな。今の私はもう世界的な有名人だ。友の祭りを平気で台無しにするような、無粋な真似をする私ではない。」
納得いかないながらも気を取り直して提案した愛嘉理に、今度は得意気にふんっと鼻を鳴らして澄風はそう言った。
しかしそれを聞いた吟と美風は、心底がっかりしたような表情を浮かべた。
「そうか…兄貴は来ないのか…。」
「残念だなぁ…。愛嘉理は来てくれる?」
「ごめんね、人混みは苦手なんだ。」
幼い頃から人混みに行くと酔ってしまう体質の愛嘉理は、お祭りなどに憧れはあっても余り行くことができない。
美風は早くも立ち直り、更に項垂れた吟を励ますように元気に言った。
「大丈夫だぞ、吟。俺達にはまだ吾生がいる。」
「うむ、そうだな。」
澄風は、吟の肩に手を置いて頷いた。
「だけど、やっぱり皆がいないと僕は寂しいよ…。」
耳も尻尾も力なく垂れた吟に申し訳なくなった愛嘉理は、困ったように笑った。
「少しでも行けそうだったら行くよ。」
「ほ、本当!?」
「うん!」
穢れのない青い瞳を輝かせ喜ぶ吟に、愛嘉理は頷いた。少し顔を出すだけなら大丈夫かもしれない、と思ったのだ。
「で、でも大丈夫…?」
その思考を読み取ったのか心配そうな吟を落ち着かせるように、愛嘉理は「大丈夫だよ。」と微笑んだ。
吟の持つ力の前に嘘は決して通じないが、愛嘉理のこの言葉は無理をして吐いた嘘ではないと理解したようだ。
吟が少し安堵したように見えて愛嘉理も安心していると、不意に横から美風の声がした。
「単純だな、吟は。」
横目で私達の様子を見ていた美風が呆れた表情でそう呟くと、吟は頬を膨らませた。
「美風は愛嘉理や澄風や吾生がいなくても、本当に寂しくないの?」
「だ、だからさっきも言ったように俺は…!」
「寂しくないのか?」
再び先程と似たようなやり取りを始める二人の間に澄風が戯けた表情で割って入ると、美風の言葉や表情から勢いは失われた。
「………さ、寂しい。」
「うむ、正直でよろしい。」
俯きながら本音を呟く美風の頭に、優しい笑みでポンポンと手を乗せる澄風。
「やっぱり僕と同じじゃないか!」
まだ納得できない様子の吟が、言葉を浴びせる。
「違う!俺は寂しいからって、吟みたいに甘えたりなんかしないぞ!」
「素直じゃないなぁ。」
「う、うるさい!」
普段は仲が良いのに時にはこうしてムキになって言い合う二人はまるで年の近い兄弟のようで、愛嘉理には微笑ましい光景に思えた。
「どうだ、少しは元気になったか?」
二人の様子を見ていた愛嘉理に、澄風が優しく声を掛ける。
「そうだよ、愛嘉理。僕もずっと思ってたけど、元気出して。きっと、大丈夫だから。」
いつの間にか美風との喧嘩を終えた吟も、愛嘉理を励ます。
「ありがとう、二人共…。」
「ま、どうせくだらないことなんだろうけどな。」
感謝する愛嘉理の横で、面白くなさそうにふんと鼻を鳴らす美風。
「美風、そんな言い方ないよ。」
腰に手を当てて眉根を寄せる吟に、美風は「そんなこと知るか、悔しかったらここまで来てみろ!」と舌を出す。
「むー、もう怒ったぞ。」
再び喧嘩を始める二人を見てクスクスと笑う愛嘉理の隣で、澄風は呆れて首を横に振った。
「吾生、どうしたの?元気ないね。」
「分かってるのにわざわざ聞くなんて、吟は意地悪だね。」
「ご、ごめん…。」
「あ、いや、僕こそごめん…。」
「ふん、どうせ大したことじゃないんだろう?俺が笑い飛ばしてやるから話してみるが良いぞ。」
「美風、そんな言い方…。」
「良いんだ、吟。ありがとう。」
「…実はね、愛嘉理を怒らせちゃって…。」
「何だ、やっぱりその程度のことか。」
「美風。」
「ふん、謝れば済む話だろう?何をそんなに悩む必要があるというのだ。」
「そうだね、でも悩みはそこじゃないんだ。」
「何?」
「僕には愛嘉理のことが分かってなかった。それが何だか悲しくて…。」
「そんなの、人間同士なら当たり前であろう?吾生はいつまで神のつもりでいるのだ。」
「…。」
「もう、美風。」
「自ら選んだ道ではないか。擦れ違っては悩み、言葉を交わし心を通わせ…。それが人間というものであろう?」
「確かに、そうだね。もう一回、愛嘉理とちゃんと話してみるよ。」
「一回と言わず、何回でも話すと良いぞ。」
「うん。ありがとう、美風。」
「記憶のある君が記憶のない愛嘉理と通じ合うのは大変だと思うけど、こうしてまたこの世に生まれて出会うことが出来たんだ。二人ならきっと大丈夫だよ。僕はそう信じて二人を応援してるからね。」
「ありがとう、吟。何か元気出て来たよ。」
「そう言えば、最近澄風とは会った?」
「この間会ったよ、愛嘉理と一緒に。」
「元気だった?」
「元気だったぞ。」
「でも愛嘉理は元気がなかったな…。早く吾生と仲直りして、元気にると良いんだけど。」
「愛嘉理も…?そうだったんだ…。」
「何だ、二人なら心配要らぬと言ったのは吟であろう?」
「そうだけど…。」
「うん、もう大丈夫。ありがとう、二人共。」
「礼なら仲直りしてから言うんだぞ。」
「じゃあ、仲直りしたらまた言うよ。」
「うむ。」
「うん。」
「じゃあね!吟、美風。」
「うむ、またな。」
「またね、吾生!」
「愛嘉理先輩。」
「現くん、どうしたの?」
「見て見て、これ。」
「模試の判定…?」
「おお、すごいね!流石、現くん!」
「これでまた、愛嘉理先輩と同じ学校に通えるね!」
「まだ気が早いよ。最後まで、気を抜かないように。」
「それ、涙先生の受け売りでしょ?」
「あ、バレた?」
「僕は大丈夫だよ。塾も家庭教師もなしで、ここまで来たんだから。」
「本当にすごいよね。現くんは努力家なんだね。」
「苦労も悪くないかなって、何故かそう思うんだよね。」
「今も人や妖の手助けをしてるの?」
「できることはね。これからもずっと続けてくよ。」
「そっか。私にも手伝えることがあったら、何でも言ってね。」
「ありがとう。…あっ!」
「何?」
「見て、揚羽蝶。」
「本当だ、綺麗だね。」
「やっぱり自然な姿が一番生き生きしてる。」
「それが捕まえない理由?」
「そうだよ。僕が困ったら助けてくれるし、捕まえる理由なんてないっていうのもあるけど。」
「成る程、でもそうだよね。籠の中じゃ見られない景色や感情に触れて、だからこそこんなに生き生きするんだろうね。」
「うん。」
「そしてそんな彼らと心を通わせられる現くんだからこそ、お互いに助け合えるんだろうね。」
「そ、そうかな…。」
「そうだよ。私、とても嬉しいよ。中学生になってから、現くんにたくさん友達ができて。小学生の時は怖がられて、誰とも友達になれなかったって聞いてたから。」
「愛嘉理先輩のお陰だよ。僕のことを怖がらないでくれたから、少し自信が持てるようになったんだ。」
「そうは言うけど、やっぱり現くんの力だよ。それにどんなに孤独だった時でも、蟲達と人や妖を助けてたんだもん。そういう現くんの強さや優しさに、皆が気付いたんだよ。」
「あ、ありがとう。」
「私こそ、いつも色々なことを教えてくれてありがとう。」
「そう言えば、狗神先輩とはどうなの?」
「え、ど、どうって?」
「少しは進展した?」
「進展するも何も、私達はそんな関係じゃないから…。」
「そうなの?」
「そうだよ…。」
「でも、気になるんでしょ?」
「え?いや、その…。」
「僕が見てた限りでは、狗神先輩の方が愛嘉理先輩のことを気にしてるように感じたけどな。」
「そんなはずないよ。」
「そうかな?何で、そう思うの?」
「だって、狗神くんだよ?人気者で何でもできちゃう狗神くんが、こんな地味な私を気にすると思う?」
「立場の違いって、そういうのに関係あるのかな?」
「あるよ、多分…。」
「でも、そうじゃないって僕に教えてくれたのは愛嘉理先輩だよ?」
「そう、だけど…。」
「もう一回さ、そういう余計なものを全部外して見てみたら?意外と答えは出てる気がするけどな。」
「余計なもの…。」
「そうだよ。自分の心っていつもぐちゃぐちゃで時には現実が見えなくなったりもするけど、その中でもそういうのに蝕まれてない気持ちって僕はあると思う。」
「うん、そうだね。ありがとう、現くん。」
「でも意外だな。愛嘉理先輩でも、そんなふうに思うことってあるんだね。」
「どっちかって言ったら、こっちが元の私だと思うよ。だから、現くんの気持ちを少しは理解できたのかなと思うし。」
「そっか。」
「でも、現くんの言う通りだよね。それに何より、狗神くんはそういうことを気にする人じゃないし。今度は少し、勇気を出せると良いな。」
「うん、僕も応援してるね。」
「ありがとう、現くん。」




