運命のきせき 二
「愛嘉理、久しいな。」
「澄風さん。」
扉が開かれると、そこには暗い雰囲気を纏った愛嘉理が立っていた。
堂々とした態度の翡翠色の髪を持つ青年、龍河 澄風はその様子に疑問を呈す。
「どうした?折角の休日に、浮かない顔をして。」
「いえ…。」
澄風が訊ねると、愛嘉理は一層暗くなった。
見かねた澄風は、ここは一つ兄貴分らしく励ましてやろうとある提案をする。
「そうだ、最近彼らに会っていないだろう?良かったら、今から会いに行かぬか?きっと二人共、喜ぶであろう。」
「…はい。」
愛嘉理はどんよりとした表情のまま、力なく頷いた。
「あ、愛嘉理と澄風だ!おーい!」
「兄貴ーっ!愛嘉理ーっ!」
川が視界に入ると同時に、狼のような耳と狐のような尻尾を生やした銀髪に青い瞳をした小さな少年が、二人の存在に気付き身体を一杯に使って大きく両手を振った。するとその隣の玉虫色に輝く鱗に橙色の瞳を持つ一頭の小振りな龍も、それに気付き大きな声で二人を呼んだ。
愛嘉理の横をゆっくりと歩きながら、澄風は彼らの呼び掛けに片手を上げて応える。
「久しいな。吟、美風。息災であったか?」
「おう、超元気だぞ!それより、何で最近は遊びに来てくれなかったのだ?」
美風と呼ばれた小振りな龍はくるっと空中で身体を一回転させると、待ち兼ねていたとばかりに二人を囲むようにぐるぐると飛び回った。
「ふふふ、ごめんね。私達も中々忙しくて。寂しかった?」
愛嘉理は美風の相変わらずの元気さに思わず微笑み謝ると、そう訊ねた。
するとふさふさの尾をゆらゆらと左右に揺らしていた吟と呼ばれた少年は、「寂しかった…!」と愛嘉理にしがみついた。
「そっか、ごめんごめん。」
力なく垂れた耳の後ろを愛嘉理が撫でていると、それを横目で見ていた美風がぷいと顔を背けた。
「へ、へん!俺は全然寂しくなかったぞ!」
「そう寂しいことを言うでない。私はお前さん達に会いたかったぞ。」
強がりを言う美風に、澄風はそう微笑んだ。「ほ、本当か?」と瞳を輝かせる美風に、澄風は「うむ。」と深く頷く。
「じゃあ、じゃあ!今日はたくさん遊んでくれるか?」
「無論だ。」
感情を抑えきれない様子の美風に、まるで父とも兄ともとれるような表情で澄風がそう答える。
「やったーっ!」
美風は全身で喜びを表現しながら、びゅんっと勢い良くどこか遠くへと飛んでいった。
「やれやれ。」と呆れながらも笑って溜め息を吐き、澄風はその姿を目で追う。
その横で愛嘉理の身体に埋めていた顔を上げた吟が、「愛嘉理も?」と期待半分におずおずと訊ねた。
「勿論。」
愛嘉理が微笑みながら答えると吟は見る見る元気になって、それに伴い尻尾の動きも激しくなった。
「わぁ、やったぁ!愛嘉理大好き!」
吟が再び愛嘉理に抱き付くと、いつの間にか束の間の小旅行から戻ってきていた美風が口を開く。
「そうと決まれば話は早い!吟、この間練習したあれを兄貴達に見せる良い機会だとは思わないか?」
「うん、そうだね。」
美風の提案に同意すると吟は愛嘉理から離れ、「よぉーし!」と気合いを入れた。
「“あれ”って?」
「へっへーん!この美風様が今から特別に披露するから、そこでよーく見てるんだぞ。」
愛嘉理の問いに、やけに自信ありげに勿体ぶる美風。愛嘉理が笑いながら「はいはい。」と答えると、彼はその“あれ”とやらを見せに掛かる。
「行くぞ!むうぅ~~~ぅうん!」
美風が瞳を閉じて力を込めると全身を光が包み、その眩しさに愛嘉理は思わず目を瞑った。
「…ど、どうだ!」
美風の声を合図に徐々に目を開き、次にその場所を見た時には先程の龍は跡形もなく消えていた。
そしてその代わりにそこには、吟と同じくらいの大きさの身体を持った人の子の姿があった。
「おぉっ!」
「おお、すごいではないか!」
玉虫色の髪に橙色の瞳を持った美風を彷彿とさせるその少年は、二人の素直な賛辞に得意気な表情を浮かべた。
「へっへーん!そうだろ、そうだろ?吟に習って、たくさん練習したんだぞ!」
「へえ、本当にすごいね。」
「うむ。」
美風を称賛し続けていると、今度は横から吟が負けじと「じゃあ、次は僕の番だよ!見ててね?」とこちらもやはり自信ありげな表情で口を開く。
「行くぞー!はあぁ~~~ぁあっ!」
二人が注目していると吟は美風に向かって手を翳し、先程の美風のように瞳を閉じて力を込めた。
「…ど、どうだ!」
「…?」
吟の得意気な表情とは裏腹に愛嘉理には何の変化も感じられなかったが、隣で見ていた澄風は「成る程、やるではないか!」と小さな少年を褒め称えた。
「え?えっ?」
愛嘉理は目を擦り、もう一度よく凝らして吟と美風を交互に見る。
「ど、どういうこと…?」
「これは寧ろ見えない人間の方が、違いが分かるかもしれぬな。」
「へへ、そういうこと!」
「?」
何度見ても変化がよく分からない様子の愛嘉理に澄風と吟はヒントを与えるが、それでも要領を得ない彼女を見兼ねて吟は救済の手を差し伸べた。
「少しの時間だけだけど、今の美風は普通の人にも見えるし触れるよ!」
「へっへーん!どうだ、見たか?すごいだろ!?」
「す、すごいね…!!」
何故か得意気な表情を深めた美風の言葉に、愛嘉理は素直な気持ちを表す。
「この姿で、今度の護狗神社の夏祭りに行くのだ!」
「えぇっ!?人間のお祭りに?大丈夫なの?」
化けていても彼らのような超常の存在の正体がもしも人間に知られてしまったら、その立場を危うくしたり大惨事になったりしないだろうか。
愛嘉理がそう考えて心配そうな顔をしていると、吟がにこやかに言った。
「大丈夫だよ。美風は僕より変化の素質があるから、角や尾を上手く隠して人に紛れることだって出来ると思うし。」
「それに、時代もある。俺達みたいな存在に対する信仰は、年々薄れている。少し変化が解けたくらいでは、誰も気付かないさ。」
「そ、そっか…。」
確かにそうだ。
特にここ五百年で超常の存在への信仰は殆ど絶え、神社仏閣の類いも尽く取り壊されたと聞く。
しかしそれは大半の神や精霊、妖の消滅、あるいはそうでなくとも取り残された彼らの深い孤独と絶望を意味する。
美風はあっけらかんと言うが想像しただけで身を切られるような思いであり、それを考えさせられるようなことを聞くと愛嘉理は悲しくなった。
「何だ、愛嘉理。そんな暗い顔をするな。俺達はこれでも、充分楽しくやってるのだから。」
「大丈夫だよ、愛嘉理。僕達には愛嘉理や澄風がいるもん。」
あれこれ考えても一人の人間がどうにかできる訳ではないのだからと気持ちを切り替えて、愛嘉理は二人の言葉を信じることにした。そして、一言「うん。」と頷いた。
「それに、吾生もいるからね。」
「へ、どういうこと…?」
「どうもこうも、吟の祭られている護狗神社。そこが吾生の家だ。」
「そうなんだ、知らなかったです…。吟くんに会う時はいつもここだったし、来たことなかったから…。」
「昔は初詣とか節分とか、お祭り以外にも色々な行事で年に何回かは神社に来るものだったんだけどね。」
「うむ。今は時代が変わって、そう言ったものの殆どが廃れてしまったからな。祭りも、形だけでもいつまで残るか…。」
「そうだったんですね。それは、何だか悲しいです…。」
「時代と共に、価値観は変わる。吾生や私のような容姿も、今だから当たり前のように受け入れられるのだ。悪いことばかりではないさ。」
「それより澄風さん、狗神くんのこと知ってたんですね。」
「まあな、たまに会って話す仲だ。と言っても話題は大抵、お前さんのことなのだがな。」
「本当だとしても、信じられないです。」
「構わぬさ。まあ、嘘を吐く理由もないのだがな。」
「愛嘉理。私なんかって卑屈になる必要なんて、全然ないんだよ。」
「そうだぞ。いつもいつも、愛嘉理は何もなくても暗過ぎる。もっと俺みたいに、明るく生きた方が楽しいぞ。」
「ありがとう。」




