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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第三章
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真実 二

「…そんな…。」

「吾生にできることは人々を見守ること、人と妖の世界の線引きをすること、私達水や草木、風に活力を与えること、すべての生ける者の幸福を願い見守り、死する者が安らかであるように祈り見送り、生まれ出づる者を祝福し迎えることくらいだった。」

「“くらい”って、それだけやってればもう充分なんじゃ…?」

「…うむ、そうだな。私もそう思う。これ以上できることなどないのではとすら思った程だ。」

「それなら何故…?」

「吾生はいつも悩んでいた。自分ができることなどちっぽけだと、非力を噛み締め努力や研鑚を怠ることはなかった。どうすれば人々の期待に応えられるかを常に考え、その為に存在していた。残念ながら、とうとう納得のいく答えは出なかったようだが。ただ今自分が土地神としてできることややるべきことがあるのなら、それらを精一杯やろうとその一心だった。」

「…。」


「そのうちに人々は何も真実に気付かぬまま、心の拠り所を得たことで活気を取り戻していった。そして、やがて時と共に飢饉や疫病も過ぎ去った。それを人々は“土地神様のお陰だ”と感謝し、吾生への信仰は益々厚くなった。そしてそれに伴い祭り事や催し等も多くなっていき、吾生はその姿から“狗神様”という愛称で親しまれるようになった。」

「もしかして、あのお面もそれで…?」

「うむ。肌身離さずいつも持っていることからも、彼奴にとってどれだけ大切なものかが分かるであろう?」

「…はい。前にそれを貰ったことがとても嬉しくて、今でも宝物だって言ってました。」

「そうであろうな。吾生は人々の笑顔を見て、自分の役目は人々の心の支えになることなのだといつも改めて確認していたようだった。ならば、今の自分の在り方は決して間違ってはいないはずだと。」

「…しかし自我が育つにつれ、その思いは揺らぐことになる。」

「それはどういう…?」

「飢饉や疫病がなくなっても、人の世にはいつの時代にも絶えることなく戦がある。どんなに“生きたい”、“戦に勝ちたい”、或いは“戦がなくなるように”と人々が願おうと、吾生に人間同士の争いを収める力はない。いつかこの土地が戦に巻き込まれた時も人々はそう願ったが、吾生に為す術はなく焼け野原と化してしまった。そして人々の中にはそれを吾生の怠慢のせいだと訴え、社を打ち壊そうと叫ぶ者まで現れたのだ。」

「そんな…!」

「うむ。しかし吾生はそれを見て怒るどころか、寧ろ神として何も出来なかった自分に対するどうしようもない無力感に苛まれていた。誰よりも悲しみ苦しみ傷付き、そして心を痛めていた。それから社は打ち壊されこそしなかったものの、時と共に徐々に信仰は薄れていき、やがて人々からも忘れられてしまった。その成れの果てはお前も見たであろう。元々大きな神社ではなかったが、それにしても酷い有り様だ。」

「…。」

「本来ならば人が生み出した神や妖は、誰の記憶からもなくなった時点でその存在を完全に消すはずだ。しかしそうならなかったのは、吾生を生み出した人々が信仰や記憶の力に頼らず永遠に存在する力を彼奴に望んだからだと私は考えている。」

「永遠に存在する力…。」

「そうだ。その力の源までは、私も想像が及ばぬがな。」

「…。」

「すっかり吾生を忘れ去った人々は時を経て別の場所に狗護神社よりも大きく立派な社を建て、そこに新たな神を迎えることにした。その神社は“可見名思神社”として今でも人で賑わっている。しかし同じ土地に同じ役割を持つ神が二体以上存在することは、自然界の掟が許さぬ。」

「じゃあ…。」

「うむ。吾生がここにいる限り、いくつ新たな社を建てようとそこに土地の守り神が宿ることはない。そのことを、人間は知らぬのだ。」

「そっか、そうですよね…。」

「神にもなれず朽ちる術を知らない吾生は、漂うようにただ存在し続けなければならなかった。その孤独の中、吾生はずっと考えていたようだ。自分は最早誰からも必要とされておらず、何の為に誰の為に存在しているのかと。しかし人々の記憶に自分がいなくなっても、人々はまた新たな土地神を信じそれを必要としている。その偶像の代わりを今務められるのが自分だけなのだとしたら、人々の心を守る為にもそれを果たさなければならぬ。そこに祀られているのがたとえ自分でなくとも、出来ることが何か一つでもあるのならば、それがきっと何も出来なかった神の自分が出来る唯一の罪滅ぼしだと吾生は思い立った。それでも出来ることは以前とあまり変わらなかったが、何もせぬよりは人々の幸福にきっと繋がるはずだと信じ、吾生は自身の持てる力のすべてを以て土地神の役目を務めあげようと必死だった。その姿は私にはとても見ていられない程、哀れで痛々しく感じた。」

「…澄風さんは、止めなかったんですか?」

「止めたさ。しかし止められなかったし、何より止まらなかった。思いとは裏腹に吾生の孤独や悲しみ、むなしさは募っていくばかりだというのにな。」

「…。」

「吾生は在りし日の賑わいを追憶しては、その度苦しくなっていた。人の為に生まれ人の為に存在することに何の疑いもなければ、増して嫌になったことなど一度としてない。人々は願いを叶える力のない自分に勘違いとはいえ感謝し、供物を捧げ祭りまで催してくれた。しかし、それも自分にはとても勿体ないことだと常々言っていた。そしてもしも自分に人々を幸福へと導く力があったとしたならば、たとえそのような見返りがなくとも迷わずやっぱり土地神で在り続けただろうともな。吾生は楽しげに笑い合う人々の姿を見ているだけで、充分満足だったのだ。それを護る為にずっと、たとえ独りになろうとも人々の期待に応えようとしていた。それをこんな近くで見ていて、悲しくないわけなかろう。」

「そう…ですよね…。ごめんなさい。」

「いや、私こそ声を荒げて済まない。つい、少々感情的になってしまった。」

「…いえ…。」

「…吾生にとって人間は弱く愚かで、しかしそれ故に強く在りたいと願う可愛らしく興味深い、そして何より愛しい存在だったのだろうな。しかし自分に力がなかったせいで人々を傷付け怒らせてしまったと思い込み、今の自分に人を愛する資格などないと吾生はずっと悩んでいるのだ。」

「そんなことないのに…。」

「うむ、最もだ。しかし今の吾生は、それ故の贖罪の為に在るように思えてならぬ。」

「…。」

「そうして苦しみ続けた吾生が出逢ったのが愛嘉理、お前さんだ。吾生にはお前さんの孤独が誰よりも理解できてしまう分、放っておけなかったのだろうな。」

「吾生…。」

「しかし、きっとそれだけではない。お前さんとの約束を一時も忘れることなく信じ、その瞬間待ち続けていた吾生を見ていた私にはそう思えてならぬのだ。」

「吾生が…?」

「うむ、それだけではない。愛嘉理も既に知っての通り、私は吾生が生まれる前から存在しこの土地を見ていた。その私が言うのだ。間違いないとは思わぬか?」

「澄風さんは、ずっと吾生のことを見て来たんですね。」

「何、最初は他の土地の神とは少し違う吾生の様子が気になり、狗護神社に遊びに行ってやっただけなのだがな。」

「へぇ、そうだったんですか。」

「うむ。そうしているうちに、私達は色々な話をするようになってな。私は吾生が成長していくのが楽しみだったし、私が語る知らない土地の話を彼奴も楽しみにしていたようで、お互い気も合った。吾生はとても優しく、そして明るく見えるだろう?」

「はい。」

「うむ。お前さんと出逢うまでの吾生は先程語った通りだが、あれが本来の吾生なのだ。」

「本来の吾生、ですか…。」

「うむ。愛嘉理、礼を言うぞ。」

「え?」

「吾生が明るさを取り戻したのは、お前さんのお陰だ。吾生はお前さんに救われたのだ。」

「いえ、そんな…。私の方こそ…。」

「それでもだ。」

「…澄風さん、私行きます。吾生の元へ。」

「…そうか。」

「ありがとうございました。」

「…必ず帰って来るのだぞ。」


「…!」

「しかし一体どうなっているのだ、この木は…。」

「二人共、行ってしまったんだね。」

「繋、お前さんまで現れるとは…。それよりその様子、何か事情を知っているのか?」

「時は満ちた。」

「何?」

「恐らく二人は今あの御神木の中で、自らと対峙しているよ。」

「無事に出て来られるのか?」

「選択を間違えなければ…。」

「それはどういう…。」

「愛嘉理、愛嘉理!?」

「何と、今宵は騒々しいな。お前さんは確か、鬼目 涙と言ったか。」

「どうしたんだい、涙くん?そんなに息を切らして。」

「あ、世渡先輩。それに、貴方はもしかして…?」

「私は澄風だ。しがない河の主さ。」

「やっぱり。世渡先輩、澄風さん。ここに愛嘉理は来ませんでしたか?」

「ああ、来たとも。」

「本当ですか?それで、今はどこに…?」

「あの中さ。吾生くんもね。」

「え…?」

「つまるところ、今君にできることはないってことさ。」

「そんな…。」

「愛嘉理の霊気を追って来たのか?」

「すごく乱れてたから気になって、そうしたらここへ向かってたみたいだったから…。」

「そうか、愛嘉理と吾生なら大丈夫さ。私はそう信じている。今は待とうではないか。」

「…はい。」

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