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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第三章
52/69

真実 一

「ん…?」

「あ、愛嘉理!」

「吾生…?何でここに…?」

「霊気が乱れてたから、心配で…。」

「ただの風邪だよ…。」

「ほ、本当…?」

「端から見れば、そうだろうね。」

「つ、繋くんまで…!」

「それより、今のどういうこと?」

「そういうことさ。愛嘉理ちゃんのそれは、風邪じゃない。」

「…!」

「霊気を整えた。その場凌ぎだとは思うけど、とりあえずこれで調子は戻ったはずだよ。」

「ほ、本当だ。ありがとう、繋くん。」

「じゃあ、僕はこれで。」


「…あの、付いて来られると歩きづらいんだけど…。」

「…。」

「吾生…?」

「…。」

「…もう、分かったよ。」

「…!ど、どうしたの?」

「本当にもう大丈夫なの?」

「そんなに心配しなくても、さっき繋くんが治してくれたの見てたでしょ?」

「うん。でも僕が今まで見たことないくらい、霊気が乱れてたから…。」

「そうだったの?」

「あんなに荒れてたら、心が壊れてもおかしくないよ。本当に、無事で良かった…!」

「そっか、心配掛けちゃったんだね。ごめん。」

「…。でも、ちょっと嬉しいって思ってるでしょ?」

「え?あ、ごめん。ダメだよね、心配掛けてるのにこんなこと思ってちゃ…。」

「良いよ、僕もきっと思っちゃうから…。」

「ふふ、そっか。ありがとう。」

「…愛嘉理、僕の前からいなくならないで。ずっと傍にいて。」

「神様が一人の人間にそんなこと言ったら、ダメなんじゃない?」

「…それなら、僕は人間になりたい。そうできたら良いのに…。」

「吾生…。」

「愛嘉理のせいだよ。今まで誰かの気持ちを通して知ることはあったけど、でも自分がこんな気持ちになったのは初めてなんだ。何か、僕じゃないみたい…。」

「嫌…?」

「僕は、今の自分の方が好き。でも、だからこそ余計に怖いんだ。」

「…?」

「歯止めが利かなくなっていくのも、愛嘉理を失うのも。僕はもう、人間でもなければ神でもないよ。」

「…。でも人間でも神でもなくなっても、吾生は吾生だよ。」

「…!」

「うん、私は私。吾生が教えてくれたことだよ。」

「愛嘉理…!」

「大丈夫。だって私はきっと、吾生に逢う為に生まれて来たんだもん。」

「…!」

「分かってると思うけど、ただ言ってる訳じゃないよ。根拠はないけど、そんな気がするんだ。何故か、かなり自信もあるし。」

「…うん!」


「やあ、澄風。」

「どうした、吾生。月など見上げて、偉く感傷的ではないか。」

「…。」

「繋から事情は聞いたぞ。愛嘉理のことを思っているのだろう?」

「うん。」

「それなら心配はいらぬ。そうであろう?」

「…うん、でも…。」

「何だ?」

「僕は愛嘉理が困ってる時や弱ってる時、何の力にもなれない。愛嘉理だけじゃない。いつもそうだ。だから僕は…。」

「吾生、もう良いのではないか?」

「え?」

「お前さんは千年の間、よくやった。もう神としての勤めは、充分果たしたであろう?」

「そんな訳はないよ。僕はいつだって至らなかった。何も出来なかった。それなのに…。」

「お前さんは、何故神であり続けようとする?」

「それは、僕はその為に生まれて来たからだよ。人々がそう望んで僕を生み出したから…。」

「ならばお前さんは、永遠に親の望み通りあり続けようとする訳だな?自分を殺して。」

「そうじゃない。僕自身の意思でもあるんだ。人々の支えになることは…!」

「吾生、人々は本当に目に見える奇跡をお前さんに望んでいたと思うか?」

「?」

「この千年、お前さんは神として何をして来た?」

「だから、何も出来なかったって…。」

「それは本当か?人々を見守って来たのではないのか?苦しみも悲しみも喜びも、この村の人々の全てを見て来たのではないのか?」

「でもそれだけじゃ、何をしてることにもならない。」

「吾生、まだ分からないのか?お前さんは、何故愛嘉理を愛した?それが答えではないのか?」

「!」

「人は弱いが、だからこそ強くなれるものだ。お前さんが思うよりずっとな。それに時代も時代だ。私達のような存在に対する信仰は、時と共に薄れてきている。人々にはもう、神など必要ないのかもしれぬな。」

「でもそれなら、僕は何の為に生まれたの?神じゃなくなったら、僕は何の為に存在すれば良い…?」

「その答えはお前さん自信が、過去に愛嘉理に言ったのではないのか?」

「?」

「お前さんはお前さんだ。神である前にな。」

「…!」

「どうした、吾生?」

「…あ…うっ…!」

「吾生!」


「ここは…?」

「気付いたかい?ここは御神木が作り出した異空間だよ。」

「異空間?君は…?」

「僕は君さ。」

「君は僕…?」

「そう、君が拒み続けて来た君自身さ。」

「僕が拒み続けて来た僕…?」

「澄風の言葉が引き金となったようだけど、どうやら理由はそれだけじゃなさそうだね。」

「…?」

「僕にもよくは分からないけど、この御神木には僕達も知らないような不思議な力があるみたいだ。それがこの空間を作り、そこへ僕達を連れて来たんだろうね。」

「どうしたら出られるの?」

「さあ?君が知らないことを僕が知ってる訳ないだろ。」

「そっか…。」

「君は今、だいぶ冷静さを欠いてるみたいだね。だからこそ僕は、わざわざ現状の考察を述べてあげたんだけど。」

「…。」

「でも、君も何となくは分かるんじゃない?脱出する方法。」

「…可笑しいよ、そんな訳ない。」

「じゃあ、試しに君を倒してみようか?」

「どうして、自分同士で戦うなんて愚かなこと…。」

「君が僕を認めないからだろ!」

「…!」

「僕のこの姿を見て、気付かないとは言わせないよ。神である為に君が殺して来た愛嘉理への思いと慣れ過ぎて感じなくなった痛みを、僕はずっと君の代わりに引き受けて来たんだ。消したいなら絶好の機会だろ?さあ、掛かって来い!僕は負けない!」


「吾生…。」

「む、愛嘉理…?」

「澄風さん…。」

「愛嘉理、そんな身体で何故ここへ来た?」

「そんなことより、吾生が…。吾生はどこですか?」

「落ち着け、身体に障るぞ。」

「でも…。」

「愛嘉理、前に言っていたな。吾生のことが知りたいと。」

「はい。」

「今がその時なのかも知れぬな。ただし、少し長くなる。それに決して楽しい話ではないが、それでも良いか?」

「はい。私は吾生のことを、もっとちゃんと知りたいんです。」

「そうか。吾生は、良き友に出逢ったのだな。いや、それとも…。」

「…?」

「まあ、良い。では、心して聞くが良い。」

「はい。」

「その昔、この地に飢饉と疫病が同時に訪れたことがあった。耐え難い苦しみに喘ぐ人々だったが、ある時それを吹き飛ばすかのような奇跡的な偶然の出来事が起きた。何とこの地に住まう人間の尽くが、同じ夜に同じ夢を見たというのだ。それは身も凍るような寒さの中、その年の初雪を三日月が照らす晩のことだった。人々は皆一様に“救い主を見た”と口を揃えた。そして、世にも恐ろしい魔物に襲われそうになったがその救い主が守ってくれたとも。」

「人々がその話題に夢中になるのはあっという間だった。その救い主は狐の尾を持っていたとも、狼の牙を持っていたとも語られ、その存在が果たして狐なのか狼なのかは人々の間でもあまりはっきりしなかった。しかし全体的に大きな犬のような姿で全身が雪よりも美しい銀色の毛に覆われ、夜を思わせる深い青の瞳を輝かせ三日月の力が宿る剣や弓矢を携えており、この土地で一番大きな樹の下に現れたという部分は皆の夢に共通していたようだ。」

「その当時は今とは違い病気や怪我、その他凡る災いは魔物や悪霊、そして呪い等によるものと信じられてきた。それ故、夢や占い、それを祓う神々の信仰も厚かった。そういう時代に生きる人ならば、藁にも縋りたい状況での偶然の一致を必然と思い込み、“神のお導きだ”と考えることも致仕方あるまい。その当時まだ土地神の信仰がなかったこの地の民はその夢に出てきた魔物を災いの化身、そこに颯爽と現れた美しい偶像をこの土地の守り神と解釈した。」

「それは困窮の果てに行き着いた人々が見た単なる幻に他ならなかったが、この地の民に土地神の信仰を根付かせるには充分なものだった。人々は早速この土地一番の大樹を御神木とし、そこに社を拵え神に名を献上した。そして瞬く間に“この地に神をお迎えする社が完成した”と噂は広まり、神のいない社は祈りを捧げる人で溢れ返った。」

「しかしいないはずの神へ人々が捧げた真摯で必死な祈りは、二度目の奇跡を起こした。それは、月が満ちた晩のことだった。その晩はその年で一番の雪と寒さの日だったが、それでも人の足音が途絶えることはなかった。そんな人々の“生きたい”、或いは“大切な者に生きてほしい”という強い願いに応えるかのように、偶像は確かな存在となったのだ。それが吾生だ。こうして彼奴は実体のない確かな存在として、この世に生まれたのだ。」

「神様って、人の思いが生み出すんですか?」

「うむ、大体はそうだ。しかし、それを知る者は誰一人としていなかった。」

「何故ですか?」

「人智を超えた力を使いこなす永遠の存在である神は人に姿を見せ語りかけることの出来る力を持ちながら、あえてこの世では人に見えない姿で自分達を見守っているのだと人々は考えていたのだ。聖なる存在は簡単に姿を現さないからこそそうなのだと、昔から人々は考えるきらいがあったからな。それと同じように、どんなに強大な力であっても無闇に使わないからこそ神なのだという考え方も人間達にはあるようだった。」

「でも、だからって一人も知らないということはないんじゃ…?」

「うむ、そうだな。それにはもう一つ、先程言ったことに付随する要因がある。多分、これが一番大きいだろう。」

「…?」

「神と言えど心があり、自我もある。まだ生まれて間もなく強大な力に対して心が未熟で自我というものもほとんどない純真無垢だった吾生は、人々の思うままに在ろうと努めた。だから人に姿を見せたり語りかけることを一度もせず、土地の一切を守ることに専念していた。」

「成る程。」

「ふん。まあ守ると言っても、吾生に出来ることはだいぶ限られていたがな。」

「そうなんですか?」

「うむ。お前さんも見たかもしれぬが吾生は様々な霊術を操り、そしてそれらに見合うだけの強大な霊力を持っている。しかし元々病や怪我、その他の凡る災いは魔やそれに準ずる何かの仕業ではないから、それに対して闘うとか祓うとかそういう概念は当てはまらない。だからたとえ人々が生み出した存在として凡る想像を反映した力を持っていたとしても、人々が一番期待した力を吾生は持つことが出来なかったのだ。」

「人々が一番期待した力…?」

「そうだ。聞いて分かる通り、人々に襲い掛かる災いを撃ち破る力だ。」

「でも何故…?それだけの力があれば災いに打ち勝つ力がなくても、他のやり方で退けることだってできたはずじゃ…?」

「…言ってしまえば災いなど、本来この世に存在しないのだ。言わば、人々が造り出した幻に生ける魔物だ。今や吾生は実在しているとはいえ、そうなる前の彼奴と同じようなものなのだ。」

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