百鬼夜行 四
「狗神様!」
「皆!ここにいたの?」
「はい、狗神様はきっと一番にここに帰っていらっしゃると…。」
「よくぞご無事で。」
「ところで狗神様、その少年は…?」
「蟲使いの少年だよ。」
「何と!では、彼は今回の…!」
「うん、でももう大丈夫。」
「狗神様、しかし…!」
「彼にも事情があったんだ。でも、もう二度とあんなことはしないはずさ。」
「…狗神様がそう仰るなら、儂らは信じるしかありませんな。」
「ありがとう。」
「さっきも思ってたが、皆に慕われてるんだな。」
「僕には勿体ないことだけどね。でも、とてもありがたいよ。」
「吾生、涙くん!」
「愛嘉理!」
「お帰り、二人共!良かった、無事で。」
「…ごめんね、愛嘉理。怖い思いさせちゃって…。」
「ううん、このお守りと管狐くんが守ってくれたから。」
「…あと、嘘吐いちゃってごめん。」
「愛嘉理、俺も同罪だ。悪かった。」
「ううん、気にしてないよ。だって、私を守ってくれたんでしょ?」
「え?」
「澄風さんや築さん達に頼んで、全部話して貰ったんだ。」
「悪いな、吾生。」
「ううん。余り不安にさせたくなかったんだけど、愛嘉理には全部お見通しだったね。信じてくれてありがとう。」
「うん。…と言うより、私こそ感謝しなきゃいけないくらいだよ。」
「でも…。」
「こら、皆あんたに話し掛けたいのを堪えてんだよ。いつまで愛嘉理とばかり話し込んでるつもりだい?おまけにそんな暗い顔をして。」
「口が過ぎるぞ、抱。…まあでも、一理あるな。」
「ふふ、ごめんごめん。」
「皆、今日はありがとう。お陰で、問題は無事に解決できたよ。」
「やったー!」
「ならば、狗神様!」
「ん?」
「今日はこれから祭りの本番でやんすな!」
「賛成でござる!」
「良いね!今日は皆で、盛り上がろう!」
「うむ、祭りと言えばこの私にこそ相応しい!血沸き肉踊るとはまさにこのことだな!」
「ふふ。澄風さん、張り切ってるね。」
「最初は怖い神かと思ってたけど、意外とノリが良いよな。」
「そうだね。」
「あ、起きた?」
「ここは…?」
「雪光村だよ。」
「…?」
「ああ。今日は皆頑張ったから、お祭りをしようって。」
「そうか…僕は…。」
「今まで忘れてた辛い気持ち、全部思い出した?」
「…うん。」
「ごめんね。でもそれは、君にとってなくてはならないものだから。」
「なくてはならないもの…?」
「そうだよ。なくて良い感情なんてない。蟲の餌になって消えたように見えても、そこには穴が残るんだ。満たされないものを人の痛みで補うなんて、そんな悲しいことはするべきじゃないよ。」
「…。」
「苦しみは強さの、悲しみは癒しの、怒りは力の、恐れは学びの、そして寂しさは優しさの源になる。葛藤するから、その選択が大切になるんだ。痛みが心を豊かにするんだよ。」
「痛みが心を…。」
「そう。もしかしたらこれから先、また蟲と契約することがあるかもしれない。でも君がそれを理解できれば、今回とは違う道を選べるはずだよ。」
「でもどんな感情にせよ、餌になればなくなる。それじゃあ、何も変わらないんじゃ…?」
「本来あの蟲達は凡る感情に反応する性質を持ってるけど、感情そのものを食べたりはしないものなんだ。」
「じゃあ、何を…?」
「満たされた願いだよ。つまり、叶えられて人が手放した願いを食べるんだ。」
「願い?」
「願いは最大の未練だ。手放した未練を取り込むことによって、蟲達は自分を満たそうとする。自分の未練を薄めて、成仏していくんだ。」
「そう…だったんだ。」
「だけどそれと一緒に感情そのものを食べさせられたことによって、成仏するどころかかえって未練が強くなってしまったんだろうね。それに伴って、力も増幅した。」
「もしも食べさせたのが負の感情だけじゃなかったら、そんなことにはならなかったのかな?」
「違った形で暴走をしていたと思うよ。感情を取り込むってことは、存在を強めるってことだからね。他の妖の中にもそうやって存在を強める者はいるけど、制御できずに暴走する場合が殆どさ。」
「そっか。」
「誰かの感情を自分のものにするって、とても難しいし危険なことなんだよ。自分の感情だって、簡単じゃないんだから。」
「そうだね。」
「あ、吾生!いないと思ったら、こんなところにいたんだ。」
「ごめんね。」
「大丈夫だったんだな、その子。」
「うん。」
「人見 愛嘉理です。よろしくね。」
「俺は鬼目 涙だ。」
「…ぼ、僕は…蟲蝕 現…。その…。」
「?」
「ごめんなさい、僕…。」
「大丈夫だよ、吾生から話は聞いたから。」
「え…?」
「ごめんね。君が起きる前に事情を説明しておいた方が良いと思って、二人には話しておいたんだ。」
「はぁ…。」
「確かに酷いこともしてきたのかもしれないけど、でもこれから取り戻していけば良いんじゃないかな。ゆっくりでも。」
「そんな虫の良い話…。」
「でも過去をなかったことにはできないし、だったら未来の為に今できることを考えた方がずっと良いよ。」
「それはそうだな。」
「僕もそう思うよ。」
「皆さん…。」
「そういう訳だから、まずは私と友達になろうよ。」
「そういう訳って、どういう訳なんだ?」
「感情を分かち合うってことだね。名案だよ!」
「取り込むんじゃなくて、分かち合う…。」
「そうだよ。どう?」
「ほ、本当に良いの…?」
「勿論!私からお願いしてるんだし。」
「そういうことなら、俺も友達に立候補しよう。」
「立候補って…。」
「?」
「何か選挙みたいだね。」
「この場合、落選したらかなり悲しいな。」
「ありがとう。愛嘉理さん、涙さん、吾生さん。」
「やあ、今日はどうしたの?」
「いつも思うが、聞かなくても分かってるんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど、先に答えだけ言うのも何か味気ないでしょ?」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。」
「まあ良い。それなら教えて欲しい。玄が俺を操れた理由を。二度とあんな不覚は取らない。」
「彼は妖の名を知る力を持ってたっていうのは、もう話したよね。」
「ああ。あの時教えるなと言ったのはその為だったんだろ?しかし、何故なんだ?」
「前に愛嘉理に話したことがある。」
「?」
「名は存在の枠だ。なくても存在はできるけど、あった方がより自我に目覚めやすい。だから、名のある妖は消えにくいってね。」
「名を相手に預けるのは、その枠を相手に預けるのと同じことなんだ。そうすることで、相手の影響を受けやすくなる。玄は、名を知る相手に自在に干渉できる力を持っていた。勿論、自分の手に負える範囲という限度はあったけどね。」
「じゃあ、同じように普通の人間を操ることもできたのか?」
「実体があると干渉しにくくなる。霊力の枠に干渉している訳だからね。蟲達が正気に戻った時点で玄も蟲達の支配から解放された訳だけど、それだけで君が元に戻ったのは君が実体を持つ妖だからさ。」
「成る程。」
「妖が名を命と言って憚らない訳が分かったよ。」
「そういうこと。」
「しかし、貴方程の力があれば逆に玄や蟲を支配するやり方もあったんじゃないか?」
「僕はできたとしてもそんなことはしないよ。」
「まあ、そう言われるとは思ったが。」
「それなのにあえて言うなんて、中々挑戦的じゃないか。」
「済まない。」
「冗談だよ。本当は、僕こそ謝りたいんだ。君を危険に晒してしまったこと…。」
「それならもう謝ってくれたし、そもそもその必要はないだろ。元々は俺が無理を言って付いていったんだから。」
「でも…。」
「嬉しかった。少しでも、貴方が俺の力を必要としてくれたこと。感謝する。」
「僕こそ、力になってくれてありがとう。あの蟲達が未練から解放されたのは、君のお陰だよ。」
「狗神様…。」
「やあ、この間は巻き込んじゃってごめんね。」
「いや…。それに、俺は何もできなかった…。」
「そうかな?君の思いの強さが、触の心を守ったんだよ。この家に蟲が入れなかったのは、君のその思いが結界になったからさ。」
「いや、きっと狗神様がくれた管狐のお陰だ…。」
「それは良かった。でも、君が奇跡を起こした。これだけは、紛れもない事実だよ。」
「奇跡…。」
「そうだよ。それじゃあ、僕はもう行くね。」
「狗神様、ありがとう…。」
「あれ、現くん。よくここが分かったね。」
「世渡 繋って人が教えてくれたんだ。愛嘉理さんなら、多分澄風河にいるって。」
「そうなんだ。相変わらず繋くんは神出鬼没だな。」
「あの、今日は…。」
「あ、うん。どうしたの?」
「愛嘉理さん達の通う雪光高校について、教えて貰いたくて。その、僕もうすぐ受験だから…。」
「受けるんだ?」
「はい。」
「残念だな。私が今年卒業じゃなければ、可愛い後輩と楽しく過ごせたのに。」
「でも先輩は先輩だし、愛嘉理先輩って呼んだ方が良いかな?」
「まだ気が早い気もするけど、何か良い響きだね。初めて呼ばれたよ。」
「じゃあ、愛嘉理先輩。涙先輩にもよろしく言っておいてよ。」
「了解。」
「で、どんな感じ?雪光高校って。」
「古いけど、自然がたくさんあって良いところだよ。色々あったけど、友達もできたし。」
「友達…。僕にもできるかな。」
「それは現くん次第。でも、私は大丈夫だと思うな。」
「本当…?僕、今まで友達なんていたことないんだけど。ほら、僕こういう感じで変な奴呼ばわりされるし…。」
「私もだよ。見ての通りこんなんだからさ、ずっと友達いなかったんだ。でもそれが理由だと思ってたけど、実は自分次第だったのかなって今は思うよ。」
「そうかな?」
「諦めるってことは、可能性がなくなるってことだよ。それが必要な時もあるけど、そうじゃないなら諦めるのは勿体ないよ。」
「それはそうだけど…。」
「理想を叶えるにはまず理想とし続けることって、吾生が前に言ってた。願うことで、可能性は僅かでも生まれるってことなんじゃないかな。きっと。」
「そっか、そうだよね。僕、頑張ってみようかな。」
「うん、私も頑張る。」
「何を?」
「何でも。自分ができることもやりたいことも、全部。その方がきっと楽しいから。」
「うん、そうだね!」




