百鬼夜行 一
「珍しいな、今日は吾生のところへは行かぬのか?」
「少し考え事してて…。吾生のところへは、後で行こうかと思ってます。」
「しかし、それを分かっていながらお前さんに会いたさに吾生がここに現れる可能性もないとは言えぬぞ?吾生は毎日お前さんと会うのをとても楽しみに待ちわびているようであるからな。」
「ふふ、そうですね。でも吾生ならきっと分かってくれる気がするんです。こんな時もあるって。」
「…して、考え事とは何だ?吾生のことか?」
「はい。吾生は私のことを何でも知ってるのに、私は吾生のことを何にも知らないなって思って…。」
「まあ、余り自分のことを長々と語るつもりはなさそうだからな。知りたいのか?」
「はい。でも自分から話さないってことは、何か話したくない理由でもあるのかなって…。」
「そうしないということは、そうなのかもしれぬな。」
「そうですよね…。」
「何故、そのように思うのだ?」
「吾生はいつも私のことを助けてくれるから、私も何か力になりたいんです。でも神様の吾生に困ってることってあるのかなって考え始めたら、私何にも知らないなって…。」
「そうだな。近くで見て来た私でさえ、吾生のことなど分かってはいないのかもしれぬ。推し量ることしか出来ぬからな。しかし、それが思うということだ。それで良いのではないか?」
「え?」
「吾生にも愛嘉理のその思いは伝わっていよう。それだけで充分嬉しいはずだ。」
「でも…。」
「心配しなくても、いずれ知る時が来るかもしれぬ。きっと今はまだその時ではないのだ。」
「…。」
「…私が言いたいのはだな、そんなことを考えても仕方ないということだ。」
「…確かにそうかもしれませんね。考えたからって、知ることが出来る訳じゃないし…。」
「そういうことだ。」
「ありがとうございます、澄風さん。」
「うむ、では早く吾生のところへ行ってやれ。きっと寂しがっておるぞ。」
「はい。」
「…。」
「珍しいね、君から会いに来るなんて。」
「道案内、感謝する。」
「何のこと?」
「とぼけないでくれ。その狐は、貴方が遣わしてくれたんだろう?」
「うん、管狐って言うんだ。中々可愛いでしょ?」
「式神か?本来、管狐はそのような存在じゃないと思うんだが…。」
「本来はね。式神って言うより、僕の一部って言った方が正しいかな。霊力に形を与えて使役してるんだ。」
「成る程、流石は神だな。お陰で助かった。」
「今日は愛嘉理もまだ来ないみたいだし、僕としても君の話を聞かない訳にいかないと思ったからね。」
「それは良かった。この間は貴方を土地神と知らず礼を欠いてしまったし、それも謝りたいと思ってたんだ。世話になったにも関わらず、ろくに礼もできずに申し訳なかった。」
「今日はそのお礼かい?」
「いや、しかしお察しの通り重要なことなんだ。礼は今度、必ずさせてくれ。」
「分かってるよ。それにお礼はもう受け取ったから、君がこれ以上僕に感謝する必要はないよ。」
「…?」
「でも、そうだな…。お礼をしてくれるって言うなら、これからも愛嘉理の傍にいてあげて。」
「言われなくても、俺はそうするつもりだ。しかし、貴方はどうなんだ?」
「僕は神だもん。いつまでも愛嘉理と一緒にいる訳にはいかないよ。」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。君達には君達の世界、僕達には僕達の世界。この先も愛嘉理が僕達のような存在と関わることはあるかもしれないけど、この村から出られない僕とばかり関わっているべきじゃない。」
「…そうか。」
「さて、そろそろ本題に入ろうか。」
「ああ、貴方ならもう理解しているのかもしれないが…。」
「そうだね、僕も困ってたんだ。しかし君の身体を見ても分かるけど、近頃動きが活発になってきたみたいだし、このまま放っておく訳にはいかないよね。」
「いや、これは…。」
「分かってるだろう?僕には嘘は通じないよ。」
「…。」
「愛嘉理を守ってくれてるんだろう?僕こそお礼を言わなくちゃいけないくらいだよ。本当は僕の仕事なのに、手伝って貰ってるようなものなんだから。」
「…。しかし奴らは、何故こんなにしつこく愛嘉理ばかりを狙うんだ?普通なら逃げてもおかしくないような奴まで…。」
「うん。涙くんなら薄々気付いてるとは思うけど、彼らはある人物に操られてるんだ。」
「…やはりか。しかし、そこまで分かってるなら何故手を打たない?」
「打たないんじゃなく、打てないんだ。」
「…?」
「つまり、村の外の者の仕業ってことさ。」
「そういうことか。そいつは人間か?」
「そうだけど…。」
「それなら、居場所を教えてくれ。俺が倒して来よう。」
「さっきも言ったけど、相手はただの人間じゃないんだよ。妖を操る力を持ってるんだから。」
「しかし…。それなら、どうすれば良いんだ?」
「僕が相手をするよ。」
「勝算があるのか?」
「涙くん、僕は勝ち負けで動いたりはしない。話をしに行くだけだよ。相手を倒そうとか、そんなふうには思わない。」
「しかし、貴方はいつも妖を相手取っているんだろう?」
「狂気に駆られて人間と過度に干渉しようとする者を、正気に戻して遠ざけているだけさ。」
「それなら何故、妖を倒してた俺を咎めない?愛嘉理の話を聞いた時から思っていた。気付いていたなら、あの日愛嘉理を守ったように、俺を止めることなど幾らでもできたはずだ。」
「そうする必要がないからだよ。だって君も僕と同じように、ただ愛嘉理を守りたいだけなんだろ?だからこそ、わざわざこんな場所にまで来た訳だしね。」
「しかし…。」
「それに君は確かに強いけど、妖を倒しはしても消してはいないよ。…一度もね。」
「何?」
「君のそれ。」
「…?」
「それはただの太刀じゃない。」
「どういう意味だ?」
「それはこの世への未練を断ち切るものだ。それで存在そのものを消すことはできない。」
「何…?」
「君は誰も傷付けてはいないよ。」
「そう…だったのか…!」
「…と、また話が逸れちゃったね。」
「あ、ああ。貴方が相手をするって、どうするんだ?村の外には行けないんだろう?」
「村に張ってる結界を解く。活発に動いてる今が好機だ。多分、相手もそう思って村に入ってくると思うから。」
「村全体に結界が張られていたのは知っていたが、貴方だったんだな。」
「八年前に愛嘉理が襲われてからね。」
「しかし、俺だったらまず罠を疑って慎重になるが…?」
「それはしないと思うな。」
「何故、そう言い切れる?」
「どうやら相手は最近になって自分の才に本格的に目覚めて、その力に相当な自信を持っているみたいだからね。その証拠に、妖を使って強行突破を仕掛けてるでしょ?近頃操られてる妖が極端に多く、しかも強くなってきてるのはそういうことさ。」
「しかし貴方程の力があれば、より強力な結界でそれらを弾き出すことは容易じゃないのか?」
「勿論、最初はそうしてたよ。でも彼は、それに気付いてからあらかじめ村にいる妖を操るようになった。そうされたら元をどうにかしない限り、あとはもう鼬ごっこさ。」
「ならば、貴方を危険に晒すしかないと言うのか…?」
「大丈夫だよ。」
「しかし、さっき自分で言っただろう?もし、操られたらどうするんだ?」
「そうしたら君が僕をその太刀で切って、正気に戻してよ。」
「何を…。」
「とにかく、それが一番の道だ。」
「それなら、俺も連れて行ってくれ。」
「意外だな。君は愛嘉理を傍で守るものとばかり思ってたんだけど。」
「貴方がやられたら、愛嘉理は守れないだろう?それに何より、愛嘉理が悲しむ。愛嘉理のそんな顔は、死んでも見たくない。」
「…そう。じゃあ、頼むよ。ただし、相手の死角に潜んで気配を殺してね。絶対に気付かれることのないように。」
「…?分かった。」
「さて、とりあえず話は以上。今日の真夜中、愛嘉理を連れてここに来て。この後、愛嘉理には僕から話しておくから。」
「愛嘉理を連れて…?」
「僕の力が満ちてるここが一番安全だから。」
「分かった。」
「…で、君も聞いてたの?」
「狗神様もお人が悪い。気付かない訳がないのだから、いくらでも手の施しようはあったのでは?」
「聞いてない振りをするのが一番良いと思うよ。」
「ご冗談を。狗神様ともあろうお方が、分かっているのじゃろう?儂が聞いたということは、この山に住む者全てが聞いたということ。我らがこの話を聞いて、知らない振りをするとでも?」
「だろうね。今回ばかりは僕も少し手を借りたいんだ。危険を伴うけど、協力してくれるかい?」
「言わずもがな、派手に狼煙をあげましょうぞ。今夜は祭りじゃ!」
「祭り?」
「そう、百鬼夜行じゃ!」
「吾生、聞いたぞ。このような祭りを催すなら、何故私に声を掛けぬ?」
「君は声を掛けなくても来てくれると思ったからさ。」
「嘘を吐け。どうせ誰にも声など掛けてはおらぬのだろう?」
「…手を借りたいのは確かだけど、僕から頼んだら断りづらいと思うから。やっぱり聞かないのが一番だと思うし、逃げ道も残しておくべきかなって。」
「ふん、無駄な気遣いを…。だからと言って、この緊急事態に集まらぬ奴などこの山にはおるまい?」
「…。万が一ってこともあるでしょ?」
「愛嘉理、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ありがとう。」
「…。」
「どうしたの、涙くん?さっきからすごく難しい顔をしてるけど…。」
「いや…その…。何でもない、気にしないでくれ。」
「…?そっか。それにしても、そういうことなら何でもっと早く言ってくれなかったんだろ?お祭りをやるんだったら、色々な料理作ったのにな。」
「…。」
「あ、愛嘉理、涙くん。こっちだよ。」
「吾生、それに澄風さん。こんばんは。」
「澄風って、貴方は澄風河の主なのか?」
「うむ、そうだ。お前さんはただの人間ではないようだが、愛嘉理の友人か?」
「ああ、お初にお目に掛かる。俺は鬼の半妖の鬼目 涙だ。」
「そうか、通りで…。今宵は騒がしくなる。気を抜かぬようにな。」
「…?」
「では吾生。私は先に行くぞ。」
「うん、また後で。」
「愛嘉理。夕方にも言ったけど、今夜は祭りの勢いで喧嘩をし出す者も出るかもしれないから、僕の言うことをよく聞いてね。」
「うん。」
「今夜はそのお守りを持って、ここから出ないこと。」
「お祭りなのに?」
「ごめんね。でもきっと、雰囲気は楽しめるよ。」
「ふーん…?」
「はい、話し相手に。」
「か、可愛い…!」
「管狐だよ。僕の分身と言うか、何と言うか…。お遣いには打ってつけなんだ。」
「へえ。」
「じゃあ、僕は行くね。」
「うん。」
「あ、吾生。」
「ん?」
「あ…何でもない。またここに帰って来てね。」
「…うん、大丈夫だよ。じゃあね。」




