誇り高き人魚 三
「しかしいつも思うが、お前さんは偉く好戦的だな。人間以外の者にまで喧嘩腰になる必要はなかろう?」
「私達は自らの存在に誇りを持っている。それを躙る者には、誰であろうと容赦はせぬ。気高くあれとは母様のお言葉だ。」
「成る程な、気高くあることの意味を少し勘違いしているような気もしなくはないが…。」
「何!?」
「人魚さんはお母さんのこと、とても大切に思ってるんですね。」
「当然だ。母様は私達の長で、とても立派な方だった。私の自慢だ。母様だけではない、私達の中で一番美しく優しかった姉様も…。」
「…。」
「しかしもう過去の話だ。今の私には何もない。頭では分かっているのだがな。誇りなど持っていても意味がないと…。」
「何故そう思う?」
「私達の群れで最後なんだ、人魚の生き残りは。しかしそれも私を残して消えてしまった。つまり、私が消えれば人魚という存在はこの世からなくなる。」
「だから、滅びる者に誇りは必要ないと?」
「そうだ。」
「そうでしょうか?」
「何?」
「何で諦めるんですか?」
「ならば逆に問う。私が生きてどうなるというのだ?」
「分かりません。私だって、自分が生きてどうなるのかなんて分かりませんから。」
「無責任なことを…!」
「大事なのはどうなるのかじゃなくて、どうなりたいのかだと思います。」
「何だと?」
「だって本当に生きていたくないなら、何で貴方は澄風河に辿り着いたんですか?生きたかったからじゃないんですか?」
「あの土地神、余計なことを…!」
「ああ、そうだ。私は生きたかった。しかしそれは一人でじゃない、皆でだ!全てを失う気持ちがお前に分かるか?数ばかり多くて滅びることのない、弱くて自分勝手な人間のお前に!」
「分かります!だって、私も孤独だったから!悲しかったから!」
「な…!」
「貴方なら分かるはずです。私のような存在が、どのように扱われるか。」
「…。」
「でも、それだけじゃない。人間は弱さばかりじゃないんです。弱いからこそ、強くなりたいと願うもので…。」
「愛嘉理…。」
「だから、私達に憧れたとでも言うのか?ならば何故、私達を捉え殺した?利用した!?海を汚した!?それは人間が弱さに勝てない生き物だからではないのか!?」
「あの土地神だって同じだ。聞けば相当人間の身勝手に振り回されてきたようではないか。」
「吾生が…?」
「そうだ、それなのに何故人間の肩を持つ?彼奴は言ったぞ、その答えはお前が持っていると。さあ、言え。何故だ!?」
「…それは分かりません。でももし吾生がそう言ってくれたのだとすれば、それは私が人間の強さを知ってるからだと思います。」
「何?」
「一人じゃ強くなれなくても…。」
「何人集まっても同じだ。今までどれだけの人間が、私達に危害を加えて来たと思ってる?」
「でも、本当にそれだけですか?」
「何だと?」
「貴方が見てきた人間は、本当にそれだけでしたか?貴方に憧れた人間がいることを、どうして貴方は知ってるんですか?」
「そ、それは…。」
「会ったことがあるのでしょう?」
「…しかし、死んだ。欲深い人間が邪魔だと言って殺した。」
「でも、その人は強かった。そうでしょう?」
「ああ、強かった。しかし、結果はどうだ?強さは弱さに負ける。それを見ておいて、人間の強さなどどう信じろと言うのだ?」
「負けてません。」
「何?」
「だって、それを貴方がちゃんと覚えているから。殺されたから負けなんじゃない。そもそも強さや弱さの価値は、勝ち負けなんかじゃ決められないと思うんです。」
「…?」
「貴方が、価値あるものと思うかどうかでしょう?貴方にとってその人の強さは、勇気は、取るに足らないものだったんですか?」
「…私達が高潔にあろうとするのは、如何なる弱さにも屈しないという誓いの証だ。それが私達の強さであり、価値なのだ。しかし人間の弱さに屈した今、そうある必要はもう…。」
「さっきも言ったでしょう?貴方がどうなりたいのか、大事なのはそこだって。」
「どうなりたいのか…。」
「そうです。私は色々な存在と友達になりたい。勿論、貴方とも。」
「友達、か…。」
「はい、そうしたらもう一人じゃなくなりますよ。」
「ふん、戯けが…。」
「また遊びに来ても良いですか?」
「それならその時はまた浅漬けを持って来い。」
「はい!ありがとうございます、人魚さん!」
「…築だ。」
「え?」
「二度は言わぬぞ。」
「ありがとうございます、築さん!」
「良かったな、築。」
「ふん、気安く名前を呼ぶな。」
「私には冷たいな。」
「お前と友達になった覚えはない。」
「それなら、ならぬか?」
「良いと思います!」
「お断りだ。」
「えー?」
「それは残念だ。しかし、私は諦めぬぞ。愛嘉理の友は私の友だからな。」
「な…!」
「ふふ。」
「どういう風の吹き回しでやんすかね?今まであんなに頑なだったのに、急にあっしらに名乗るなんて…。」
「まあまあ、細かいことは良いではござらんか。」
「うむ、忍の言う通りだ。」
「龍神様!…それに狗神様も!」
「お久し振りでござる。お加減は如何でござるか?」
「あっしら心配したでやんすよ!」
「ありがとう、もう大丈夫。」
「あ、皆揃ってどうしたの?」
「愛嘉理!」
「吾生、久し振り!会いたかったよ!」
「うん、僕も!ねえねえ、寂しかった?」
「寂しかったって、言って欲しいの?」
「むー…、愛嘉理の意地悪。」
「吾生もね。」
「あっしは寂しかったでやんすよ!」
「ありがとう、素。」
「ははは。…して、築はどこへ行った?」
「ここだ。」
「お前さん、その姿は…?」
「大したことはない。このくらい出来る者なら、この山にはいくらでもいるだろう?これも私の姿の一つだ。」
「すごいですね!」
「成る程、その姿ならば陸でも活動出来ると言う訳だな?しかし折角傷も治ってきていたというのに、以前にも増してボロボロではないか。」
「まあな。慣れることがないのだ。どうやら向いてはいないらしい。歩く度に足の裏を刃物が突き刺すような痛みを感じるのだ。」
「それなら何故、わざわざその姿でいる必要がある?」
「いや、大した理由はない。ただ、愛嘉理にこれを見せようと思ってな…。」
「虹色の蛙…?」
「どういうことでござる?拙者の同胞が…!」
「昨日偶然見付けてな。」
「一晩かけて捕まえに行ったというのか?」
「お陰でこの様だがな。」
「しかし、弱っているでやんすな。」
「そうなのだ、愛嘉理の浅漬けで元気にならないかと思ったのだが…。」
「それはならないと思うぞ。」
「皮膚の色は、僕の霊気に当てられて変わっちゃったみたいだね。悪いことをしたな。築、その子をちょっと貸して。」
「これでもう大丈夫。あとは水のある場所に返してあげれば元気になると思うよ。」
「こんなことってあるんだね。」
「草木や鳥でも、敏感な者はたまにこうなるな。しかし弱っていたのは恐らく、水のある場所から離れていた時間が長過ぎたせいであろうな。」
「…悪気はないようだけど、徹には団扇の管理には気を付けるように注意しておかなきゃね。勿論、抱にも。」
「徹さん、抱さん…。」




