誇り高き人魚 二
「素さん、胡瓜持って来ましたよ。」
「おお、待ち兼ねたでやんす!」
「ぬ、これは…!」
「どうですか?」
「美味い!あっしの知ってる胡瓜とは違う味だが、それより更に美味いでやんす!」
「それは浅漬けって言うんですよ。」
「ほう、浅漬けでやんすか。」
「まだまだたくさんありますよ。」
「美味しそうに食べるでござるな。そんなに良い物でござるか?」
「うむ、美味いでやんす!」
「どれどれ、では拙者も一口…。おお、これは…!」
「美味いでござる!愛嘉理殿っ!」
「は、はい。」
「拙者生まれてこの方胡瓜を口にするのは初めてでござるが、胡瓜というものがこれ程までにかくも素晴らしく美味いものだったとは…!感動でござるっ!」
「そ、それは良かったです。」
「…。」
「うむ、折角のこの感動をもっと皆で分かち合いたいでござる。ここは一つ、其方も食べてみては如何でござろう?」
「美味でやんすよ。」
「…い、いらぬ!」
「まあまあ、そう言わずに。」
「…!」
「うむうむ、美味でござろう?」
「私はそうは…!」
「顔がそう言ってるでやんすよ!」
「う、うるさい!黙れ、河童!」
「ひ、酷いでやんす…。あっしには立派な名前が…。」
「何だ、賑わっておるな。私も混ぜて貰おうか。」
「龍神様!」
「折角だから、澄風さんもお一つ如何ですか?」
「む、浅漬けか。では一つ、頂くとしよう。」
「…うむ、美味い。愛嘉理、中々やるな。」
「ありがとうございます!」
「ところで最近は吾生と一緒ではないようだが、どうかしたのか?」
「それが私にもよく分からないんですけど、最近神社に行ってもいなくて…。」
「そうか、私も最近忙しくて神社の方には行けていなくてな…。吾生にも会えていないのだが、そういうことなら今日辺り会いに行ってみるとするか。」
「忙しいって、澄風さん最近何してるんですか?」
「分からぬか?この梅雨の季節、いつ晴れ上がるやも分からぬ。いつでも空を駆けられるよう、当然準備が必要であろう?」
「流石、龍神様でやんす!」
「雨上がりの龍神様のお姿は本当に神々しく、感動するでござるからな。」
「そういうことだ。」
「な、成る程…。」
「愛嘉理も早くまた吾生に会えると良いな。」
「はい、ありがとうございます。」
「お前さんから訪ねて来るとは珍しいな。」
「うん、澄風が僕と話したいみたいだったから。」
「うむ、愛嘉理から聞いたぞ。最近避けているようではないか。口には出さないが、寂しそうであったぞ。」
「別に避けてる訳じゃないよ。ただ今は僕がいる必要がないだけさ。それに僕が話すべきことはもう伝えたし、僕がいない方が円滑に進む時もあるからね。」
「何がだ?」
「彼女のことさ。僕が無理矢理連れて来てると誤解されたら、あの二人の仲は縮まらないから。」
「成る程。ではお前さんは今回の件に関して、愛嘉理の手を借りようとしているのだな?」
「そうだね。でもきっと愛嘉理にも必要なことだよ。」
「何故だ?」
「愛嘉理も人間の弱さに苦しめられて振り回されて来た。でも、同じような立場だって違うように感じる者もあるのが世の常だ。愛嘉理が彼女に触れることで見えてくる何かもあると思うんだ。逆も然りだけどね。」
「成る程。」
「でもそれだけじゃないよ。」
「ほう?」
「愛嘉理は同時に人間の強さに救われて来た存在だ。」
「…光か。」
「そう、でも今となっては光だけじゃない。」
「そうだな。」
「そんな愛嘉理だからこそ、人間の強さを知らない彼女に気付かせてあげられると思うんだ。」
「…お前さんは悲しくなる程、愛嘉理を信じているのだな。しかし、私もそう思わずにはいられないから不思議だな。」
「愛嘉理殿、雨の中毎日お疲れ様でござる。」
「ありがとうございます。でもここは今の季節は涼しくて過ごしやすいし、疲れるどころか元気になれます。」
「それは良かったでござる。」
「おお、愛嘉理でやんすか。彼女なら今はそこにいるでやんすよ。」
「そこ?」
「ほれ。」
「そこと言うか、底でござるな。」
「ああして泳いでいるのを見ると本当に神秘的で、どこの誰があんなふうに傷付けたのか理解できないでやんす。」
「…そうですね。」
「心当たりがあるでやんすか?」
「いえ…。ただ私も少し、彼女の気持ちは分かる気がするんです。」
「人間を憎む気持ちでござるか?」
「何を言う、お主は人間ではないか。」
「そうですけど…。」
「其方は人間が嫌いでござるか?」
「私が人を嫌いになったことはないですよ。」
「では何故そのようなことを…?」
「私はこの霊力とそれに由来するこの瞳のせいで、人から嫌われてました。いえ、恐れられてたって言った方が正しいかもしれません。」
「でも、そんな中でも妹のお陰で私は生きて来られました。そして吾生に会って色々な存在と関わりたいと思うようになって、そうしていくうちに私は様々な人の強さを知りました。だから私は人を嫌わずに済んだんです。」
「成る程、しかし解せないでやんす。」
「そうでござるな。愛嘉理殿の思いは我々にも充分伝わった。しかし愛嘉理殿と彼女の気持ちには、だいぶ温度差があるような気がしてならないでござる。」
「そうですね、でも思うんです。私がかつて抱いてた気持ちと今彼女が抱いてる気持ちには、何の違いもないんじゃないかって。」
「…?」
「悲しいんです。きっと中には、人魚さんの美しさや気高さに憧れる人もいたと思うんです。だからこそ自分達のことしか考えられない人間の醜い部分が彼女の全てを奪ったことが、悲しいし許せないんだと思います。」
「…。」
「何だ、騒がしいと思ったら懲りずにまた来ていたのか。」
「はい、こんにちは。」
「あれ、今日はいつもより穏やかでやんすな。」
「余計なことは言わないで欲しいでござる。」
「ふん、別に良い。お前のしつこさに負けただけだ。物分かりの良いお前の友達は、最近来ないみたいだがな。」
「吾生は体調不良だ。」
「澄風さん。」
「龍神様、それは本当でやんすか!?」
「ならばこうしてはいられないでござる。」
「うむ、早くお見舞いに行かなければ!」
「まあ待て。吾生は暫く一人にして欲しいと言っていた。元気になったら、その気持ちを伝えてやれば良い。」
「ぬ、龍神様がそう仰るなら…。」
「うむ、また今度にするでござる。」
「澄風さん…?」
「ふん、土地神が体調不良とは聞いて呆れる。」
「まあ、そう言ってやるな。強力な妖と一戦交えて、傷を負ってしまったらしいのだ。」
「情けないな。そんなんでこの村は大丈夫なのか?」
「心配ない、何せ私がいるからな。」
「お前のようなただ流れることしか出来ない存在に、土地が守れるとは思えないが?」
「ほうお前さん、私の力を知らぬな?私のこの美しさは世界をも救うのだぞ?」
「何を寝惚けたことを…。」
「お主、先程から黙って聞いていれば無礼な発言の数々…。もう許せないでやんす!いつになったらその口の悪さは直るでやんすか!?」
「黙れ、河童。お前こそいつまでこのふざけた龍の信者でいるつもりだ?」
「まあまあ、二人共そういきり立つでない。ここは私に免じて一つ穏便に…。」
「やれやれ…。ほら、龍神様にご迷惑をお掛けする訳にはいかないでござる。帰るでござるよ。」
「…ふん、今日のところは龍神様と忍に感謝するでやんすよ。今度は絶対に緩さないでやんすからな!」
「ほう、逃げるのか?この腰抜けが。お前のような奴に出来ることなどないとは思うが、だからこそ何をするのか見物だったのだがな。」
「何を…!」
「素!では龍神様、愛嘉理。ご迷惑をお掛けして申し訳なかったでござる。」
「お前さんも中々大変だな。」
「…。」




