待ち人
「あ、ここ良いですか?」
「…!好きにすれば?」
「どうも。あ、もしかしてそんなに年変わらないかな?」
「…。」
「いつもここに来てるの?」
「まあ、そんなところかな…。」
「そうなんだ。初めて来たけど綺麗だもんね、ここ。」
「…。」
「その制服、隣町か何処かの高校?」
「高校…?」
「あ、私は雪光高校一年の君名 紡。君は?」
「分からない。」
「分からないって、自分の名前だよ?」
「うん。」
「もしかして記憶喪失とか…?何か手掛かりは?」
「必要ない。」
「え?」
「いらないよ、名前なんて。あったってしょうがないし。」
「な、何で…?」
「じゃあ逆に聞くけど、必要?」
「そりゃそうだよ!名前がないと、誰のことを呼んでるのか分からないもん。」
「それならやっぱり俺には必要ない。」
「どうして?」
「俺の名前を呼ぶ人なんていないから。」
「そうかなぁ?教えてくれたら私が呼ぶのに。」
「良いよ、無理しなくて。」
「無理してない!というか、名前を呼ばないで話す方が難しいよ!」
「じゃあ、無理に話さなくて良いから。」
「え…。もしかして、私と話したくない?」
「別に。」
「本当に…?」
「うん。寧ろ、俺は楽しい。」
「じゃあ、何であんなことを…?」
「そのままの意味だよ。無理してるのかと思ったから。」
「何だ、良かった。いきなり嫌われたかと思ってちょっと焦っちゃった。」
「ごめん。」
「春は川縁に土筆が顔を出して、蒲公英の綿毛や蝶が舞うんだ。夏の夜には蛍火が飛び交って、秋には蜻蛉がやって来る。冬になると、眩しいくらい真っ白になって…。どの景色も綺麗だよ。」
「そうなんだ。じゃあ、毎日ここに来れば見れるかな?」
「毎日来なくても見れるとは思うけど…。」
「良いの、私が来たいだけだから。これからは毎日来るよ。」
「…うん、待ってる。」
「ねえ、ところで…。」
「ん?」
「本当に前のこと何も覚えてないの?」
「…うん。」
「でもじゃあ、何でいつもここにいるの?」
「どういう意味?」
「もしかして思い出の場所だからとかじゃないのかなって。」
「…そうかもしれないけど、分からない。」
「思い出したかったりしないの?」
「別に。自分のことなんて、興味ない。」
「そうなの?私は興味あるけどなぁ、君のこと。」
「…。だったら、紡のことを教えてよ。」
「え、何で?」
「俺の興味があることだから。」
「な、え?もしかして、からかってる?」
「いや。」
「…でも私だって、大して語れることなんてないし…。」
「良いよ、紡のことなら何でも。」
「じ、じゃあ、また今度ね!」
「分かった。」
「あ、でもここは好きかも。君も前はともかく、今好きなものとかはないの?」
「そうだな、この河は好きだよ。あと、紡と話すのも好きだ。」
「え?あ、ありがと…。」
「それは俺の台詞だよ、ありがとう。」
「あ、あれは紡ちゃん…?最近、放課後はいつも忙しそうだと思ってたらこんなところにいたんだ。」
「む…?あの娘は、愛嘉理の知り合いか?」
「はい、学校の友達です。ほら、同じ制服を着てるでしょう?」
「そうだな。」
「紡ちゃん、毎日ここに来てるんですか?」
「うむ。」
「そうですか、でも…。」
「そうだな、彼は霊だ。」
「やっぱり…。何で紡ちゃんにも見えてるんだろう…?」
「それは私にも分からぬ。恐らく、彼にも分からぬことであろうな。」
「どういうことですか?」
「たまに話をするのだ。しかし彼は記憶を失っていて、自分の名前も思い出せぬらしい。」
「そんな…。」
「しかし、私は彼の知らぬ彼を知っている。」
「そうなんですか?」
「うむ、生前この村にいたことがあるからな。」
「それなら何故、その記憶を教えてあげないんですか?」
「私が語って聞かせたところで、思い出さねば意味があるまい?たとえその切っ掛けになるとしても、そうするかどうかは私が決めることではない。だから、私はこうして見守っているのだ。」
「そうだったんですね。」
「川岸で静かに佇み続ける彼の姿は、まるで何かを待っているように見えぬか?」
「言われてみれば、確かに…。」
「うむ。何を待っているのか、愛嘉理には分かるか?」
「…?」
「分からぬのなら、良いのだ。しかし、このままでは余りにも悲しいな。」
「そうだね。」
「吾生、どうしたのだ?」
「僕も心配なんだよ。僕達は本来、人とは交わらない存在だから。」
「それなら何故止めぬ?」
「そうだね。君達がそう思ったように、彼らに限っては見守るべきだからかな。」
「…?」
「いずれ愛嘉理にも分かるよ。ただ、霊と言っても今の彼は妖だ。」
「それって、霊が妖になったってこと?でも、そんなことってあるの?」
「かなり特殊だけど、ないことはないよ。現に彼はそこにいるんだし。多分この山の強い霊気が死霊だった彼を妖に変えて、その存在を長らえさせてるんじゃないかな。」
「…。一体どのくらい、彼はここにいるんですか?」
「もう百年になる。」
「そんなに…?」
「寿命を迎えた魂が成仏できずにこの世に留まり続けると、その存在は徐々に磨り減るように薄れていく。そうするとこの世への未練も薄れて、成仏できる魂が大半なんだ。でも、彼はそうじゃなかったんだね。やがて永い時の中で記憶を失ってまで、この世に留まることを選んだんだから。」
「そうまでして思い続けてるなんて、彼にとって本当に大切なんだね。」
「…うん。」
「最近、よく夢…を見るんだ。」
「夢?」
「うん、すごく幸せな夢。」
「へえ、どんな?」
「大切な人が傍にいてくれる。ただそれだけの夢だよ。」
「それって好きな人?」
「そうかもね。何故か記憶を見てるみたいな、とても懐かしい感覚なんだ。」
「もしかしたら、本当にそうなんじゃない?」
「え?」
「ほら、前に記憶がないって言ってたから。」
「そう…だね。そうかもしれない。」
「うん、きっとそうだよ!幸せな記憶なら、思い出せると良いね。」
「…ありがとう。でも少し怖いんだ。」
「え、何で?」
「俺は今が幸せだから。思い出したら、何故かもうここにいられなくなる気がして…。」
「うーん、考え過ぎじゃないかな?」
「そうだと良いけど…。紡と逢えなくなるのは、何か嫌だなって。」
「大丈夫だよ!ここじゃなくたって一緒にいられるし、一緒にいよう。そうしたら、幸せのままでいられるよ。」
「あ、い、今のはその、変な意味とかじゃなくて、あの、その、友人としての深い絆的な意味で…。そう友情だよ、友情。」
「分かってる、ありがとう。」
「う、うん。」
「どうしたの?何か今日は、元気がないね。」
「…思い出したんだ、全部。」
「え、本当に?」
「うん。でも、もう時間がない。」
「え、どういう意味…?」
「そのままの意味だよ。でもこれだけは信じて欲しい。」
「な、何?」
「俺はずっと紡を待ってた。君を愛してたから。」
「え?」
「やっと逢えた。」
「…!」
「ずっと怖かったんだ。俺が消えたら、紡が本当にいなくなってしまう気がして。」
「何で?私達はずっと消えないし、いなくならないよ。」
「…うん、今なら分かるよ。ただ、失いたくなかったんだ。紡、君だけは。」
「そ、それなのに私のこと忘れたら意味ないじゃん…。」
「…ごめん。」
「嘘だよ、私こそごめん。」
「え?」
「だって、ずっと私のこと待っててくれたんでしょ?それってきっと、心の奥底で覚えててくれてたってことだもん。」
「…ありがとう。」
「…待だよ。」
「え?」
「俺の名前。言ったじゃん、呼んでくれるって。」
「言ったけど…。」
「じゃあ、呼んでよ。」
「…待。」
「…ありがとう、紡。今も、これからも愛してる。生まれ変わったら、また逢おう。」
「うん、待ってて。絶対に見付けてみせるから。」
「待さんは、紡ちゃんを待ってたんですね。」
「うむ。」
「ところで、紡ちゃんはまだここに通ってるんですね。」
「そうだな。待と言ったか、きっと彼と同じだ。」
「…?」
「たとえどんなに離れても記憶を失っても、魂は繋がっていて覚えている。そういうことだろう。」
「そうかもしれませんね。でも、紡ちゃんを待ってたってどういうことだったんでしょう?あの時紡ちゃんも待さんと記憶を共有してたように見えたし、それと何か関係があるのかな…?」
「む…?」
「輪廻転生の概念は、この世に存在するよ。」
「お前はいつも急に現れるな。」
「澄風だって、似たようなものじゃないか。」
「確かに…。」
「…。」
「それに、今の僕は分身だよ。」
「ふん、それが何だ。器用な奴め。」
「驚かせて悪かったよ。」
「…。しかし消える間際の彼や今のお前の口ぶりからすると、やはりあの娘は前世で彼と関わりがあったということか?」
「うん。」
「通りで見覚えがあった訳だ。」
「澄風さんは、前世の紡ちゃんを知ってるんですか?」
「うむ、待と同じでこの村にいたからな。しかし、ならば何故そう教えてくれぬのだ。」
「何となく、言うのも野暮かなって。」
「ふん。」
「じゃあ、やっぱりあの時紡ちゃんも前世の記憶を取り戻してたの?」
「瞬間的にね。でも、僕にもその原理は分からないよ。共鳴としか言いようがない。」
「共鳴…。」
「うん。ただ今の彼女はその記憶を再び失ってるけど、ああしてここに通い続けてる理由は澄風の言うように心の奥底では覚えてるからだと僕も思うな。」
「待も、それ故永い間ずっと待ち続けていたという訳だな?」
「うん、きっとね。」
「それなら、あの二人は遠い未来でまた逢えるのかな?」
「それも僕にも分からないことだよ。でも二人がそれを望めば、その可能性は充分あるんじゃないかな。」
「神がそんな無責任なことを言ってしまって良いのか?」
「無責任じゃないよ。意志もなく生まれ変わることはできない。それは本当のことだからね。」
「でも半分とは言え妖だった存在でも、例えば人間とかに生まれ変わったりって出来るの?」
「勿論さ。ただどんな存在に生まれ変わるにしろ、生半可な意志じゃ通じないけどね。」
「そっか。でもきっと、二人なら大丈夫だと思うな。」
「うん。」
「そうだな。」
「あれ、愛嘉理?おーい、愛嘉理ー!」
「では、我々はそろそろ失礼しよう。」
「またね、愛嘉理。」
「うん、またね。」




