人を愛する者達 二
雪女の元を後にし、山を降りる愛嘉理。すると突然、しゃんと鳴る金物の音と共に強い風に見舞われる。
「うわっ!」
顔を叩く雪に、愛嘉理は一歩後退りをして尻餅をついた。
「…あ、貴方は…?」
愛嘉理がゆっくりと顔を上げると、そこには烏の面を被り背中に烏のように真っ黒な翼を持つ山伏の格好をした背の高い男性が立っていた。霊気から察するに、この男性も妖のようだ。愛嘉理には昔話で見る烏天狗のテンプレートに見えた。
「ああ、驚かせて済まない。先程の話、聞かせて貰ったので少しな…。」
「…?」
烏天狗は手を差し出し、愛嘉理を立たせながらそう言った。どうやら先程の雪女との会話を聞いていたらしく、何か言いたいことがあって愛嘉理の前にわざわざ現れたようだ。襲おうという気はないらしい。
「誤解して欲しくないので言っておくが、彼奴はああ見えて人の子は嫌いではない。ただそれ故に、遠ざけているのだ。先程の態度、どうか赦してやってくれないか?」
烏天狗は頭を下げた。
愛嘉理は驚いて、慌てて「あ、頭を上げてください!私は全然気にしてませんから。寧ろ、私の方こそお節介だったみたいで…。何だか申し訳ないです…。」とこちらも頭を下げる。
烏天狗はその様子に思わず笑うと、首を横に振った。
「いや、彼奴は強がりで意地っ張り、その上頑固と来てる。お主のような者が来てくれてありがたいよ。自分からは絶対に弱味を見せようとしない奴だからな。」
「貴方は、彼女と仲が良いんですね。」
愛嘉理が微笑ましくそう言うと、烏天狗は表情を曇らせた。
「まあ、長い付き合いではあるな。彼奴の喜びも悲しみも苦しみも、一番近くで見て来たよ。」
面に隠れて表情は見えないが、自らを嘲るように笑う烏天狗に愛嘉理はこの雪が帯びる悲しみの原因に二人が関わっているような気がしてならない。
「あ、あの。」
「何だ?」
「できれば、何があったのか聞かせて頂いても良いですか?」
勇気を出す愛嘉理に烏天狗は少し考えるように間を空けると、「良いだろう。」と頷いた。
「…切ない話さ。あいつは昔、人間の男と心を通わせてな。だが、そいつは当然先に死んだ。その時の彼奴の悲しみようは、見ていて心を抉られたものだ。」
胸の辺りをぎゅっと握り、烏天狗は一呼吸置いた。
「男が生前に贈った簪をずっと大事にしていたんだが、ある時失くしてしまったようでな。それ以来、あの調子さ。人の子と仲良くしても、いずれ別れが来る。その思い出さえ、こんなに呆気なく失ってしまうのだとな。しかし、彼奴は今でもその簪を探してるんだ。だから私は…。」
「もしかして、貴方も…?」
その問いに、烏天狗は頷く。
「ああ、罪滅ぼしさ。」
「?」
「彼奴の簪は、私がこの団扇で起こした風に飛ばされてしまったんだ。本人は私を傷付けまいと、決してそうは言わないけどな。」
そう言って、烏天狗は悔しげな表情で腰に下げている葉でできた団扇を取り出した。
「でも、わざとじゃないんですよね?」
「当然だ。だが、言い訳はしない。私が彼奴の心の拠り所を奪ってしまったことは、変えようのない事実なのだからな。」
愛嘉理は言葉が見付からずに黙り込んだ。
雪女の悲しみは察するに余りある。しかし、誰も悪くない。だからと言ってそれでも自分を責めてしまうから、烏天狗もまた苦しんでいるのだろう。何と声を掛けるのが正解なのか、愛嘉理には分からなかった。
「どれだけ探しても見付からないので狗神様に相談しようともしたのだが、彼奴に断られてしまってな。」
「何故ですか?」
「自分の手で見付けたいと言っていた。だから彼奴は彼奴で今でも失せ物探しを続けているが、私も私で彼奴に黙って勝手に探し続けてるという訳さ。」
「そうだったんですね…。ずっと彼女の為に…。」
愛嘉理の言葉に烏天狗は首を振る。
「いや、きっと本当は彼奴の為なんかじゃないんだ。」
「え?」
「自分の気が済まないだけさ。罪悪感から逃れたくて、だから自分の為にそうしてるんだ。しょうもないだろ?」
自らを嘲る烏天狗に、愛嘉理は勢い良く一歩前に出て訴える。
「そんなことありません!たとえそういう気持ちがあったとしても、貴方が雪女さんの為にこうして動き続けてることは、変えようのない事実です!」
身を乗り出し必死な愛嘉理に、烏天狗は驚いた。自分とは関係ない話にここまで感情移入できる存在が珍しくて仕方なく、少し救われた気持ちになった。
「ありがとう。やはりお主は、噂通りの子のようだな。」
「噂?」
愛嘉理がきょとんとした目で問うと、烏天狗は頷いた。
「ああ、最近お主は山で噂になっているぞ。狗神様に匹敵する霊力と透き通る真紅の瞳を持ち、その狗神様の寵愛を受ける娘とな。」
その説明を聞いて、愛嘉理は先程の雪女の反応の理由を悟った。
「私、そんな大した存在じゃないと思います…。」
しおらしく否定する愛嘉理の肩に、烏天狗はぽんと手を乗せ首を横に振った。
「謙遜するな。狗神様がお主を好く気持ちが、私には分かるよ。真っ直ぐな心が瞳や霊気によく現れている。」
「あ、ありがとうございます…。」
「ああ、こちらこそな。」
ぽりぽりと頬を掻きながら礼を述べる愛嘉理に、烏天狗も頭を下げる。
そして人差し指を口の前に立て「とりあえずそういうことだから、彼奴には私のことは言わないでくれよ。」と頼む烏天狗に、愛嘉理は何か力になれることはないかと考える。
「もし貴方が先に簪を見付けたらどうするんですか?」
「そうしたら、目立つ場所にでも置いて見付けて貰うさ。」
「…私に何かできることはありませんか?」
愛嘉理は最後に問う。しかし、烏天狗は首を横に振った。
「いや、私は彼奴を誤解して欲しくなかっただけだ。つい色々話してしまったが、聞いて貰えただけでも充分心が軽くなったよ。」
「すみません、力不足で…。もっと何かできることがあったら良かったんですけど…。」
「何を言う。先程も言った通り、充分尽くして貰ったよ。」
心底申し訳なさそうな愛嘉理に、烏天狗は驚いたように否定する。
「…はい。」とそれでも納得行かなそうな表情の愛嘉理に、烏天狗は肩を叩き「では、私はもう行く。またな。」と穏やかに言った。
突風を吹かせ錫杖の音と共に去る烏天狗を、愛嘉理も「さよなら。」と見送った。




