人を愛する者達 一
その日の朝、窓の外の眩しさに愛嘉理は目覚めた。夜中に降り始めた今年の最初の雪は、一面に銀世界を作り出していた。
用意を整え外に出た愛嘉理は、三歩程進んで足を止める。静かに冷たく積もっていく大粒の雪が何だかとても悲しみを帯びている気がして、無性に切なくなったのだ。
放課後、愛嘉理はいつものように地元民に妖山と呼ばれ恐れられる月見山へと向かう。しかしその足はいつもの目的地である狗護神社を通り過ぎ、山のより深くへと進む。
「む、あれは愛嘉理。脇目も振らず、一体どこへ行こうと言うのだ?ここへは来ないのか?」
吾生と共に御神木の元に佇んでいた澄風は、神社の脇を素通りしていく愛嘉理の姿を見て首を傾げた。
「今日はそうみたいだね。」と微笑む吾生に、澄風は不思議そうな表情を深める。
「良いのか、吾生?毎日この時を楽しみにしているのではないか?てっきり今日もそうかと、私は思っていたぞ?」
「うん。だけど、今日は良いんだ。」
そう言って穏やかに頷く吾生に澄風は「そうか、それなら構わないのだが…。」と返し、戸惑いの表情を浮かべたまま空を舞う雪を見つめた。
霊気を頼りに進み続けると、愛嘉理は山の中腹の開けた場所に出た。そこには着物を身に纏った陶器のように透明で真っ白な肌を持つ儚げな女性が一人佇んでいた。霊気はここから放たれているようだ。
「おや、あんたは…。」
愛嘉理に気付くと女性は振り返り、声を掛けた。
「あ、えっと…。」
何を言って良いか分からずにしどろもどろする愛嘉理に構わず、女性は興味深げな眼差しを向ける。
「人の子が来るなんて、珍しいこともあるものだね。それにあんたみたいな霊力の人間は尚更だ。雪でも降ったりしてね。」
からかうようにそう言う女性に、愛嘉理はどう反応して良いか分からず戸惑った。
「…何凍ってんのさ、冗談だよ。」
「はぁ、すみません。」
とりあえず条件反射で謝る愛嘉理を尚も観察するように、しかしどこか冷めた眼差しで見つめる。
「あんた迷子かい?それとも、こんな所に何か用かい?」
「…。」
「だ、駄洒落じゃないよ!」
冗談なのかどうか見極められず再び固まる愛嘉理に、女性は強い口調で訴えた。
「あ、はい。すみません。」と慌てながらも再度頭を下げる愛嘉理に、女性は一つ咳払いをすると「それで?」と答えを促した。
「この雪、降らせているのは貴方ですよね?」
そう、この女性は雪女だ。霊気を感じた時に何らかの妖の力だと思ったが、姿を見て愛嘉理はその確信を得た。
「それがどうしたんだい?」
大して面白くもなさそうに、雪女は自らの正体を肯定する。
「何だかこの雪にとても、寂しげな冷たさを感じると言うか…。だから、気になってしまって…。」
「ふん、余計なお世話だよ。今ならまだ見逃してやるから帰んな。さもないと喰っちまうからね。」
愛嘉理の言葉に、雪女はしっしと手を振り脅した。
「す、すみません。でももし何か困ってることとかあったら、私じゃなくてもこの山には吾生がいます。彼ならきっと力になってくれるはずですから、どうか一人で抱え込まないでくださいね。」
出過ぎた真似だったと三度謝る愛嘉理だったが、それでも気になって仕方ないとお節介な言葉を付け足す。しかし雪女は、その言葉に予想外の反応を示した。
「やはりあんた、最近噂の…。」
「…?」
「いや、こっちの話だよ。」
「はぁ。」
何の話か分からず戸惑う愛嘉理に、雪女は首を振った。
「しかし、あんた知らないのかい?」
「?」
「人と妖は違う世界に生きてるんだ。お互いに深入りしないようにって、暗黙の掟があることを。」
雪女は鋭い眼光を愛嘉理に向けた。しかし、その視線には何故か温かさを愛嘉理は感じた気がした。射竦められそうになりながらも、愛嘉理は少しの恐れを振り払うように拳をぐっと握り何とか言葉を紡ぐ。
「…本来なら、そうするべきなのかもしれません。だからこれは、私の勝手な意思です。」
「それがどれだけの危険が伴うか、そして狗神様の負担になるか、あんたは考えないのかい?」
「…そうですね。でも吾生や繋くん、澄風さんは私に言ったんです。もっと色々な存在と関わるべきだって。私ならどんな存在とも仲良くなれるって。」
愛嘉理は訴えるように言い切った。すると雪女は目を見開き、「あの狗神様が…?」と驚いた様子を見せた。
「はい、だから私は色々な存在と友達になりたいんです!勿論、貴方とも。」
愛嘉理は笑った。それは自分を遠ざけようと脅かすこの雪女の瞳の奥に、優しさを感じてならないからだ。今はまだでもきっと友達になれると、愛嘉理は直感でそう確信していた。
「ふん。いくら狗神様がそう言ったからって、私は信じられないね。」
「…そうですよね。」
ふいっと顔を背け鼻で遇らう雪女に、愛嘉理は頭を掻いて笑った。
「とにかく私はあんたと友達になんかなる気はないよ。さあ、帰った帰った。」
再びしっしと手をやる雪女に、愛嘉理は「でも、やっぱり助けて欲しくなったらいつでも言ってください。」と食い下がる。
「では、お邪魔しました。」と頭を下げその場を立ち去る愛嘉理に、雪女は「余計なお世話だよ。」と呟いた。しかしその瞳は遠き日の幻を現に重ねどこか温かくあることに、本人は気付いていない。




