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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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体育祭 四

いつものように道の途中で紡と触の二人と別れた後、愛嘉理は今日のできごとへの感動に浸りながら歩いていた。

自分の努力が人の役に立ったこと、それがひいては自分の為にすらなったことが未だに信じられない。次に吾生に会った時、きっと彼は得意げな顔をして「僕の言った通りだったでしょ?」と笑うのだろう。

そんな光景が容易に目に浮かび、愛嘉理は一人笑みを堪える。すると急に辺りに嫌な気配を感じる。

「な、何…?」

急速に近付く気配に、愛嘉理は思わず瞳を固く閉じる。

「…!」

愛嘉理の顔から気持ちの悪い汗が噴き出す。顔の前に手を構え、為す術もなくもうダメかと思ったその瞬間…。

「吾生!…じゃない…?」

カランと何かが落ちる音と共に気配が消えるのを感じ瞳を開けると、そこにいたのは鬼だった。

「ごめんな、吾生さんじゃなくて。」

「涙くん。」

少し複雑さを滲ませて笑う涙に、愛嘉理は驚きの眼差しを向けた。

「大丈夫か、愛嘉理?」

「うん、ありがとう。はい、これ…。」

「ああ、悪いな。」

涙は落とした面を丁寧に受け取り懐にしまった。

「今日、すごかったね。まさに獅子奮迅の活躍って感じで。」

「はは、ありがとう。愛嘉理の頑張りも見てたよ。」

体育祭前の話を聞いていた涙は、少し心配な気持ちを抑えながら言った。しかし、愛嘉理は涙の予想を遥かに超える笑顔を見せた。

「ありがとう。運動は余り得意じゃないから、皆の足を引っ張らないように一生懸命練習したんだ。私達の組は負けちゃったけど、その甲斐があったよ。」

「そうか、良かったな。」

「うん。」

詳しいことは分からないが、それでも喜びを顔に滲ませる愛嘉理に涙も優しく微笑んだ。

「…ところでそれ、いつも持ってるの?」

愛嘉理は胸を軽く叩くジェスチャーで、先程拾った面について訊ねた。

「ああ、これか?まあな。」

涙は恐ろしい表情をした鬼の面を取り出すと、懐かしむような眼差しを向けた。

その様子に愛嘉理は「大切な物なんだね。」と微笑む。すると涙は少し考えるような素振りを見せ、「…前に鬼目の家の話をしたこと、覚えてるか?」と愛嘉理に訊ねた。

「うん。」

「その時に、唯一お祖父様は優しかったって言ったろ?」

「うん。」

「鬼目家で一番権力を持ってた俺のお祖父様は、本当に優しかった。」

涙は遠い目で、昔を振り返る。

「嫌々ながらもあの家の人間が俺を十歳まで育てたのは、お祖父様の口添えが一番大きな理由だ。実際にお祖父様が亡くなってすぐに、俺は追い出されてる訳だしな。」

「…。」

言葉が見付からない愛嘉理に、涙はそんな顔をするなとばかりに明るく笑った。

「この面は、生前のお祖父様がくれたんだ。涙を隠したいなら、これを使うと良い。強くなれた気がするだろうからってな。」

「そっか。」

「その時の俺には、意味の分からない言葉だった。隠すぐらいなら、最初から泣かなければ良いと思ってたからな。でも、今は少し分かる気がするよ。」

「…?」

涙は静かに瞳を閉じ、語る。

「この面は、恐ろしい表情で涙を隠してくれる。感情を偽ってくれる。強がらせてくれる。ついこの間までの俺そのものだ。だけどお祖父様は、それを強さだと思って欲しくなかったんだな。強くなれるじゃなくて強くなれる気がするって言ったのは、きっとそういうことなんじゃないかと思うんだ。」

その通りだと愛嘉理は思った。「そうだね、私もそう思うよ。」と言う愛嘉理の言葉に、涙は頷いた。

「俺はもうこの面をしない。だけどこれはお祖父様の形見であり、遺言なんだ。だからそれを忘れない為にも、戒めにずっと持っていたいと思う。」

「うん。」

涙の決意の言葉に、愛嘉理も素直に頷く。

「こんなに大切なことに気付けたのは、間違いなく愛嘉理のお陰だよ。本当に、感謝してる。」

晴れやかにそう告げる涙に、照れ臭くなった愛嘉理は「そ、そんなこと…。」と言い掛けて口を止めた。

「ねえ、涙くん。」

「何だ?」

「そう思ってくれるなら、一つお願いがあるんだけど…。」

自分の目を真剣な眼差しで見つめる愛嘉理の大きな赤い瞳に、涙の鼓動は少し早くなる。

「いつも傷が絶えないのは、今日みたいに私を守ってくれてるからなんでしょ?」

「…。」

沈黙する涙だったが、「ごめんね、吾生に聞いちゃった。」と愛嘉理が言うと「そうか。」と観念するように認めた。

「傷が増えると、心配になるよ。ましてや、それが私のせいなら尚更。」

「俺が勝手にやってることだ。愛嘉理のせいじゃない。」

涙は引き下がらない。

自分がこんなことをしなくても、吾生が愛嘉理を自分以上にしっかりと守ってくれることは分かっている。今だってもしかしたらどこかで自分達を見ているのかもしれない。しかしそれでも愛嘉理を守るのは、罪滅ぼしや況してや自殺願望なんかではない。

これは涙なりの不器用過ぎる恩返しなのだ。しかし、愛嘉理も引き下がらない。

「どんな理由にしろ、もう無茶はしないで欲しいな。あの時だって、私すごく心配したんだよ。」

「ありがとう、でも大丈夫だ。俺はもう死にたくはなくなったから。」

涙は屈託もなく晴れやかに笑う。

「でも…。」

「本当だよ。今は妖でも人間でもなく、ちゃんと俺を生きてる。愛嘉理のお陰で。」

「それは嬉しいけど…。」

穏やかな口調だが揺るがぬ意志に、愛嘉理は押される。

「俺のやりたいことなんだ。だから、心配しないでくれ。俺は死なないから。」

「…。」

「俺のこと、信じてくれないか?」

今度は涙が、真剣な眼差しで愛嘉理の茜差す紅の瞳を見つめた。その力強さに遂に愛嘉理は折れ、「…分かった。」と承諾する。

涙は「うん、ありがとうな。」と満足げに笑ったが、「でも、危ない時は吾生に相談するんだよ。吾生は霊や妖の中でも強いから。」と心配する愛嘉理の言葉に子供のようにむくれた。

「俺だって強いよ。」

「うん、分かってるけど…。」

「俺のこと、信じてくれるんだろ?」

自分の目を真っ直ぐ見据えるその瞳の迫力に、愛嘉理は「…うん。」と言うしかなかった。

「じゃあ、大丈夫だよ。」と笑い頭に手を乗せる涙がそれでも心配な愛嘉理だったが、この件についてこれ以上言っても勝ち目がないことを悟り静かになった。


「ところで、吾生さんも狗の面を持ってたよな。」

僅かな気まずい沈黙の後、それを払拭するかのように涙は口を開いた。

「そう言えば、そうだね。」

「俺のとは違って、あの面は何となく吾生さんに似てるよな。」

「確かに。いつも持ってるし、涙くんと同じで大切な物なのかもしれないね。誰かから貰ったのかな。」

愛嘉理のその言葉に、涙は驚いた顔をした。

「そういうこと、訊ねたりしないのか?」

「本当に稀に自分のことを話してくれる時もあるけど、いつも悲しそうな顔をしてるから何か踏み込みづらくて…。」

「…そうか。」

「うん。」

愛嘉理は元気をなくし、複雑な表情で俯いた。

会話が途切れ、再び流れる気まずい沈黙の時間。涙は愛嘉理に見えないようにぐっと拳を握ると、無理をするように口角を上げ八重歯を見せた。

「愛嘉理なら、大丈夫だよ。」

「え?」

「俺には、勇気出してくれたろ?吾生さんのそういう話を聞く勇気が持てる時が、絶対来るよ。俺はそう思う。」

「勇気…。」

涙は頷く。

「今はまだ怖いかもしれないけど、それを乗り越えられた時に、知るんだと思うよ。」

「そっか、そうだね。」

少し元気を取り戻したように愛嘉理が笑って頷くと、涙も優しい瞳で笑う。

愛嘉理の肩をポンと軽く叩き、「じゃあ、また学校でな。」と去って行った。


「素敵な体育祭になったみたいだね。」

愛嘉理を見るなり、開口一番吾生はにこやかにそう言った。

「うん!吾生、見に来てくれて嬉しかったよ。」

「え、何のこと?」

「いたでしょ?校舎の上に。」

あからさまに惚ける吾生だったが、愛嘉理の言葉に「やっぱり愛嘉理には分かっちゃうかぁ。」と悪戯がバレた子供のように笑った。

「ふふ、ありがとうね。でもちゃんと神様の仕事もしなきゃダメだよ。」

「勿論、そこは抜かりないよ。」

吾生はわざとらしく鼻を鳴らして胸を張った。その様子に愛嘉理が思わず笑うと、吾生も優しく微笑んだ。

「僕の言った通りだったでしょ?大丈夫って。」

「そうだね。」

予想通りの反応に、愛嘉理は再び笑った。吾生はそれを分かりながらも、愛嘉理の頬に優しく触れる。

「愛嘉理はいつだって、人の為に一生懸命だもん。それが今回みたいに、自分の為になることもあるんだよ。」

愛嘉理は嬉しそうに頷いた。その時、愛嘉理の脳裏に先日の涙の言葉が蘇る。

「愛嘉理なら、大丈夫だよ。」

吾生も涙も繋も澄風も紡も触も、いつもそう言って背中を押してくれる。愛嘉理は一つ、勇気を出して訊ねて見ることに決めた。

「あ、吾生はそういう経験ってある?」

一生懸命な愛嘉理に吾生は穏やかに微笑みながら、「あるよ。」と答えた。

「僕だって、だからこそ神で在りたいと思うんだ。笑ったり泣いたりしながら人々が自然に生きているのを見ると、僕は嬉しいから。もし僕の言葉が愛嘉理に勇気や元気を与えられてるなら、それは僕にとっての最高の喜びさ!」

「そ、そっか。」

前のめりに勢い良く顔を近付けて瞳を輝かせる吾生を眩しく感じて、愛嘉理は思わず目を逸らした。吾生はそんな愛嘉理の頭に手を乗せると、顔をくしゃくしゃにして八重歯を覗かせる。

「前も話したように自分の力の及ばないことはできないから、僕が人々の為に手伝えることは限られてる。でも、だからこそその中で精一杯頑張りたいと思うんだ。その積み重ねが、いつかは手の届かなかったものの元にまで、自分を連れて行ってくれる気がするから。」

吾生の真摯な言葉に、愛嘉理は「そうだね。」と明日に照らされた顔で頷いた。

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