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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
26/69

体育祭 三

爽やかな秋晴れの中、いよいよ戦いの火蓋は切って落とされた。

青組、赤組に分かれて行われるこの体育祭。まずは短距離走、そしてその後に二人三脚だ。初戦の短距離走では青組の涙と繋が素晴らしい活躍を見せ、それに続く形で青組がリードする展開となった。良い結果を残せなかった赤組の愛嘉理達にとっては、二人三脚で一先ず挽回したいところである。

しかしそれより何より、二人三脚には紡と触も出場選手として名を連ねている。チーム事情を抜きにしても、愛嘉理としては応援のしどころに違いない。

「私達が一位取ってくるからね!」

「またそんなこと言っちゃって…。」

軽はずみに大言壮語する触を、紡は冷静な目で見ている。

「二人なら絶対大丈夫だよ!いつも練習でも一位だったし!」

そんなそれぞれな態度の二人に、愛嘉理は少しでも不安や緊張を取り除きたくてそう声を掛けた。

「うん、そうだね。私達なら行ける!」

「当たり前っしょ!」

効果はあったようで、二人は気合い充分に互いの拳を突き合わせ頼もしく走者の列へと向かった。

そして程なくして、乾いた音が始まりを告げる。

二人は愛嘉理の言うように、練習での成果を遺憾なく発揮し首位を直走る。しかし、レースも終盤に差し掛かったその時…。

「触!」

「ごめん、紡…。」

触は激しく転倒すると、涙目で紡を見上げる。転倒の勢いで二人の足を繋いでいた鉢巻は解けてしまった。

「良いから。ほら、立てる?」

「うん、でも…。」

手を差し伸べる紡に、膝を擦り剥きながらも立ち上がる触。しかし、その瞳には涙が滲んでいる。

「ちょっと!泣くなら、ゴールしてからにしてよ。」

紡は互いの足を結び直すと、そう言って触の背中を軽く叩いた。すると、ゴールの方角から「触ちゃん、紡ちゃん!」という大きな声が聞こえた。

「大丈夫だよ!皆、待ってるよ!」

「愛嘉理…。」

大きく手を振り叫ぶ愛嘉理の姿に、思わず触の口元が僅かに緩む。

「ほら、愛嘉理も言ってるよ。こんなところで、立ち止まってる場合じゃないでしょ?」

「…うん!」

紡の後押しもあり触が元気を取り戻すと、二人は再び走り出した。しかし結果は最下位。二人は意気消沈しながら、「ごめん、皆。」と俯き小さな声で謝った。

「良いよ良いよ、あとはこいつらが取り返すし。」

「俺らかよ!」

「だって、俺はもう出番終わっちゃったし。」

「…まあ、まだ全員リレーもあるしさ。二人はそっちでリベンジしてくれよ。俺達も頑張るからさ。」

クラスメイトは基本的には気の良い人が多い。最下位になってしまいチームに貢献できなかった紡や触にも、こうして気にせず優しく接する。ただし、愛嘉理には…。

「そうだよ!触ちゃん、紡ちゃん!」

「うん、ありがとう!」

会話に愛嘉理が加わると、紡と触を囲んでいた人々はあっという間にはけてしまった。

「…。」

「何あれ。」

「大丈夫大丈夫。いつものことだし、気にしないよ。」

怪訝な二人の顔に愛嘉理は微笑むと、「さ、次は私の番だね。少しでも皆の役に立てたら良いな。」と小さく拳を作った。

「愛嘉理こそ、大丈夫だよ!」

「そうだよ、毎日あんなに一生懸命練習して来たんだもん!」

「うん、ありがとう。頑張るね。」

二人の激励に頷くと、愛嘉理は静かにその場所を後にした。

「愛嘉理、大丈夫かな?」

「うーん、どうだろ?」

「まあ、何だかんだ言ってもさ。信じるしかないよね、私達が。」

「そうだね。愛嘉理なら大丈夫。」

走者の列に並んだ愛嘉理は、深く息を吸い空を見上げる。するとその視界の隅、校舎の頂に覚えのある気配を感じた。視線を移すとその正体は…。

「吾生…?」

白銀に輝く美しい獣は、その場に座り校庭を見渡しているようだ。

しかしいつまでもそちらに構っている暇はない。スタートは刻々と迫っている。愛嘉理は天を仰ぐのをやめ、再び前に向き直した。

しかし吾生が見てるなら、きっといつも以上の力が出せる。そう思えてならない愛嘉理は胸に手を当て、「見ててね、吾生。私、頑張るから。」と心の中で呟いた。

そして遂に、青空に響く音でレースが始まった。

「行けー、愛嘉理ー!」

先程までのしおらしさが嘘のように、コースの脇では触が拳を振り回して応援している。紡はそんな触を見ながら呆れているが、愛嘉理と目が合った時には間違いなく「頑張れ!」と言ってくれた。

「お、愛嘉理のペースが上がった!」

数々の声援に押され、力を解放していく愛嘉理。二人の応援にも熱が入る。

「やるじゃん、愛嘉理。俺も負けてられないな。」

遠目に見る愛嘉理の奮闘に、涙も思わず拳を握る。

そしてもう一人、愛嘉理を静かに見守る繋も「やはり、僕の見立ては間違ってなかったようだね。」と微笑みを湛える。

「その調子だ、私達の分までやったれ!」

周りの目を気にせず応援している触とそれに応えるかのように走る愛嘉理を見て、遂にクラスメイトが騒めき出す。

「人見は運動からっきしって聞いてたんだけど、あの噂ガセだったの?」

「いや、練習ではいつも最下位だったらしいよ。」

「でも今三位だぜ?」

「何言ってんの?皆の為に決まってんじゃん。」

紡の言葉に周りの皆の動きが一瞬止まった。

「愛嘉理、皆の足を引っ張りたくないからって、毎日朝も放課後も練習してたらしいよ。」

「冗談だろ?」

「そう思うのは勝手だけど、今の状況がすべてを物語ってるんじゃない?」

「そう言えば私この間、朝早く人見さんが澄風川沿いを走ってるのを見たことあるかも。」

「ええっ?」

「…。」

「皆が見ようとしないだけで、愛嘉理はそういう子だよ。」

そうだとすれば、今まで自分達はとんでもない仕打ちをしてきたのではないか。それすら甘んじて受け入れた愛嘉理に対して合わす顔などないのではないか。クラス全体が揺れた。

「愛嘉理、お疲れ!」

「二位なんてすごいじゃん!」

「ありがとう、二人のお陰だよ。」

二位という本人を含めた誰もが信じられないような良い結果に、走り終えた愛嘉理は喜びを声に滲ませた。

「何言ってんの!愛嘉理の力だよ。」

「ううん、ちゃんと応援聞こえたよ。それに、二人の分も頑張りたいって思ったから。」

「愛嘉理…!」

それがなかったら、この結果はなかったとはっきりと言い切れる。これは二人がくれた結果だと、愛嘉理は思った。

暫し喜びに浸っていると、後ろから「人見。」と申し訳なさそうな声が呼ぶので振り返る。

「…?」

不思議そうな表情をした愛嘉理と罪悪感に押し潰されそうなクラスメイトの間に、気まずい沈黙が流れる。

「…俺、今まで誤解してた。ごめんな。」

「俺も、見直したよ。やるな、人見。今まで悪かった。」

「うん、私も。人見さん、すごいよ!本当に、今までごめんね。」

一人が口火を切ると、クラスメイトは次々にそう言って口々に謝った。

「あ、ありがとう。でも、謝らないで欲しいな。私、できれば皆と仲良くなりたいから。」

「でも私達、人見さんに今まで酷いことを…。」

「酷いことなんてされてないよ。ただ仲良くなれるのに、方法が分からなかっただけだよ。お互いに。」

「ありがとう、人見さん。」

「これから、改めてよろしくな。人見。」

差し出された手に「うん、ありがとう。こちらこそよろしく。」と言ったが、「でも今はこっちが良いな。」と愛嘉理は握った手を離しその手を高く掲げた。パァンと音を鳴らしながら、「やったね、愛嘉理!」と笑う紡に愛嘉理の感情は溢れ出した。

「うん。頑張って、良かった…!」

「もう、泣かないの!」

「そうだよ、泣くのは勝ってからっしょ!」

触の言葉に愛嘉理は頷くと、ぎこちなく笑顔を作って見せた。

しかし、すかさず紡は触へとツッコむ。

「触、あんたさっき転んで泣き掛けてなかった…?」

「え、えー…?気のせいじゃない?」

触は目を逸らし、「さあ、こっから逆襲だ!」とあからさまに話題を変えた。

そんな騒がしい雰囲気の中で愛嘉理が思い出したように校舎の頂上を見ると、もうそこに銀色の獣の影はなくなっていた。


「いやあ、惨敗だったね。」

あの後、綱引き、玉入れ、大玉転がし、騎馬戦、組選抜リレー、クラス全員リレーと種目は続き、選抜、全員リレー以外の種目で赤組は盛り返し僅かなリードを得た。しかし最後の二種目で逆転され、青組が大差で勝利を納める結果となった。

「皆、頑張ったんだけどね。」

「健闘空しく…残念。」

紡は溜息を吐いて言った。

「ごめん、私が転ばなければ…。」

「転んでなくたって、あの点差じゃ結果は変わらなかったよ。」

「そっか、じゃあ私のせいじゃないね。」

「切り替え早っ!」

紡のフォローに素早く立ち直る触。最早芸の域に達しつつある二人のやり取りに、愛嘉理は思わず笑いそうになる。

「…て言うか、ね…。」

「うん。男子達は励ます為にああは言ってくれたけど、実際あんな超人が二人もいる組に勝てる訳ないよね。」

「すごかったよね、涙くんと繋くん。」

短距離走のみならず組選抜リレーでは青組代表に選ばれた涙と繋の活躍に付いていける者がおらず、赤組は圧倒的敗北に終わった。

「まあ世渡先輩は前からだけど、鬼目くんについては今日でファンクラブができる程にはすごかったね。」

紡が言うように愛嘉理から見てもその勢いは凄まじく、学年、クラスを問わず今日一日だけで涙は何人をも虜にしたようで、果ては性別まで問わず部活動に勧誘しようと興味を持った者まで相当数いた。

「噂では入試もトップだったらしいし、何でも揃ったイケメンって本当にいるんだね…。」

うっとりした顔でそう言う触に、紡は呆れた顔をした。

「何?触もファンクラブに入るの?」

「あ、それ良いかも。」

「…全く。愛嘉理はこうなっちゃだめだからね?男の価値は、そんな表面的な部分で決まらないんだから。」

「ははは。」

腰に手を当てまるで母親のように忠告する紡を見て、愛嘉理は思わず笑った。しかし、触もただでは引き下がらない。

「そう言うってことは、紡的に鬼目くんはなしなの?」

「そこまでは言わないけど…。」

はっきりと否定しない紡にニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべると、触は肘で紡を突く。

「じゃあ、私と一緒じゃん。」

「一緒じゃない!」

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