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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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体育祭 二

「では、体育祭の種目を決めたいと思います。各種目順番に決めていきますが、自薦、他薦のある人は挙手を願います。」

体育祭の実行を請け負う体育委員の司会で、短距離走、ハードル走等、男子女子共に出場選手はどんどんと決まっていった。愛嘉理は余ったものに出ようと思っていたが、その前に人選に難航している種目があった。

「女子長距離走、誰かいませんか?」

「バスケ部っていつも外周走ってんじゃん?どう?」

「嫌だよ。それならそっちだってテニス部でやってるじゃん。」

「えー、疲れるし嫌だ…。」

皆ひそひそと、水面下で一様に押し付け合っている。そんな中、ある一人の女子生徒が突然何かを閃いたように勢い良く手を挙げた。

「はい、人見さんが良いと思います。」

理由も付いてない他薦の言葉に、教室中がざわめく。

「ちょっと、自分が嫌だからって…。」と立ち上がり口を開き掛ける紡を触が必死に抑えていたが、体育委員の「静かにしてください。」という呼び掛けで紡は悔しそうに口元を歪ませ大人しく座った。

「人見さん、どうですか?」

体育委員の男子生徒は先程の女子生徒の提案に賛成のようで、理由も問わず引き受けろと言わんばかりの顔で事務的に申し訳程度の意思確認を愛嘉理に行った。

しかし、言うまでもなく愛嘉理の答えは決まりきっている。

「引き受けます。」

その言葉に、紡と触は目を疑った様子だった。クラスの他の生徒は要求を呑んだ愛嘉理を冷ややかな眼差しで見ている。

「愛嘉理、何で…?」

触のその呟きを掻き消すように、体育委員は「では、長距離走女子の部は人見さんに決まりました。」と黒板に乱雑に名前を書いた。

その後紡と触は二人三脚に決まり、終業の鐘が鳴った。休み時間に入ると、紡と触は愛嘉理に詰め寄った。

「あんな理不尽に付き合う必要ないじゃん!」

「そうだよ、愛嘉理だって分かってるでしょ⁉︎皆面倒事を愛嘉理に押し付けただけだよ⁉︎悔しくないの⁉︎」

「分かってるよ、でも元から余った競技に参加するつもりだったから。」

愛嘉理は穏やかに答えた。

「でも…!」

「二人共ありがとう。でも考えてもみて。長距離走って、私の特訓の成果を一番活かせそうな競技だと思わない?」

「いや、まあ確かにそうだけど…。」

「兎に角、頑張るから大丈夫だよ。」

その意思は固い。ぐっと親指を立て屈託もなく笑う愛嘉理に、二人は引き下がる他ないと悟った。

「まあ、愛嘉理がそう言うなら…。」

「でも、余り無理しないようにね。」

「うん、ありがとう。」

愛嘉理がそう返すと、二人も少し無理をするように笑った。


「あれは、愛嘉理。」

翌朝、体育委員の仕事で早くに登校した涙はその途中で愛嘉理の姿を見付けて立ち止まった。脇目も振らずに一生懸命な顔で走る愛嘉理に、涙は思わず微笑んだ。

もうすぐ体育祭がある。いつも一生懸命な愛嘉理のことだから、その練習でもしているのだろう。

涙はそんなことを考えながら、再び歩を進めた。

その日の放課後、隣のクラスから足早に立ち去る愛嘉理を目にした。すると、横から「気になる?」と女子生徒の声がした。

「愛嘉理は今、体育祭の為に猛特訓中なんだよ。」

「ああ、成る程。やっぱり…。って、お前らは愛嘉理の友達の…!」

今朝愛嘉理が走っていた理由に納得しながらも、急に現れた二人の姿に涙は飛び退いた。

その様子に触はクスクス笑いながら、「お、知ってくれてるの?」とわざとらしく訊ねた。

「この間、愛嘉理と一緒にいただろ?」

「ちゃんと認識されてたんだ。」

「当たり前だろ、バカにしてんのか?」

少しムキになる涙に、「冗談冗談。」と触は宥めた。

二人のやりとりに呆れたふりをする紡だが、笑いを堪えているのは明らかだ。

触はニヤリと笑うと、分かりきったことを涙に改めて訊ねる。

「で、愛嘉理のことどうなの?気になるの?ならないの?気になるなら教えてあげるよ?」

「いや、別に…。」

「全く素直じゃないよね。」

必死に目を背ける涙にやれやれと大袈裟に首を横に振ると紡は「仕方ない。特別に教えてあげよう、触。」と言い、触も「そうだね、イケメンに免じて特別に。」とやはりわざとらしくからかった。

そして、「いや、だから俺は別に…。」と尚も頑なな涙を遮るように二人は話し始めた。

「愛嘉理は長距離走に出るよ。だから、特訓に力入れてるんだって。」

「まあ、種目が決まる前から運動苦手だからって走り込みしてたけどね。」

「はは、愛嘉理らしいな。」

「おおっ⁉︎やっぱり気になるようだね!」

思わず口元を綻ばせる涙に、触はわざとらしく両手を組んで目を輝かせた。

涙が誤魔化すように咳払いをすると、紡が「頑張るって、頼もしく意気込んでたよ。」と笑った。

「そうか。」と涙も応えると、少し間を置いて紡は呟いた。

「…あんなことさえなきゃ、もっと気持ち良く応援できたのにね…。」

「本当にね…。」

「…?」

俯く二人の神妙な顔に涙は、戸惑いの表情を浮かべた。

「クラスの皆に押し付けられたんだよ。」

「皆疲れるし出たくなくてさ。私達のどっちかが立候補できたら良かったけど、体力に自信ないのと出たい種目が予めあったからそれができなくて…。」

「そうか、そんなことが…。」

自分がいれば、そんなことはさせなかったのに。

涙は悔しげに、拳を握った。

「それでモタモタしてるうちにそんなんなっちゃって…。」

「本当に、今でも許せないよ。」

落ち込む触に、語気を強める紡。

涙は二人に「愛嘉理は?愛嘉理は何て言ったんだ?」と、少し身を乗り出して訊ねた。

「引き受けますって。何の抵抗もなく、しかも最初から余った競技に出るつもりだったって言ってたよ。」

「そう、それに特訓の成果が一番出せる競技だからって。」

「強いな、愛嘉理は。」

「うん、愛嘉理といると私達の未熟さを思い知らされるよ。」

「いつも一生懸命だもんね、あの子は。」

頷く二人に、涙は八重歯を覗かせた。

「はは、そうだな。俺はその一生懸命さに救われたよ。」

涙の笑顔に、二人は愛嘉理がどれ程のことをしたかを知った気がした。

「そっか、これからもよろしくね。愛嘉理のこと。」

「私達がここで鬼目くんに話したからって何も変わらないかもしれないけど、鬼目くんにはいつも愛嘉理の味方でいて欲しいなって思ってるんだ。」

二人の言葉に、涙は首を横に振る。

「いや、それはこちらの台詞だ。いつも元気や勇気を貰ってるからな。いつも俺の味方でいてくれるのは愛嘉理の方だ。そうだろ?」

「そうだね。」

二人が頷くと涙は笑顔を見せ、「だろ?じゃあな。」と去って行った。


愛嘉理がトレーニングを開始してから約一ヶ月経った体育祭前日の夕方。いつものように愛嘉理が走っていると、前方に河辺に座る制服姿の明るい金髪の大柄な少年が見えた。

「愛嘉理。」

少年は愛嘉理を待っていたようで、その姿が見えると立ち上がり声を掛けた。

「涙くん、どうしたの?」

「いや、その…。」

驚いて足を止める愛嘉理に、涙は自分から話し掛けたにも関わらず二言目で早くも歯切れ悪く口籠った。

これは愛嘉理の問題だ。昨日話を聞いて…というのも違う気がする。愛嘉理が来るまでは何か困ったことがあればとでも言うつもりだったが、それも同じことだ。

途端に手持ち無沙汰になり言葉を探す涙を、愛嘉理は戸惑いの表情で見つめる。

「何でもない。頑張り過ぎて、怪我しないようにな。」

そう激励するのが精一杯だったが、愛嘉理は明るく「ありがとう。」と笑うと颯爽と走り去って行った。その直向きな背を見送りながら、涙は己の無力さに唇を噛み締めた。


運命の日はやって来た。今日は体育祭当日だ。

「いよいよだね!」

「うん、頑張るよ!」

「その意気その意気!僕は心配してないからね!愛嘉理なら大丈夫!」

朝の木漏れ日が降り注ぐ境内で、吾生は最後の激励をした。

しかしその言葉に、愛嘉理は少し戸惑いの表情を見せる。それを察した吾生はにっこりと笑うと、「紡や触、それに涙も、随分愛嘉理を心配してるみたいだから。」と説明した。

「涙くんが…?何で?」

「ふふ、君は良い友達を持ったってことさ。」

含みのある笑いで答える吾生だったが、愛嘉理は疑うどころか感動を湛えた目で自信を持って頷いた。

「そうだね。それは本当にそう思うよ。」

それについては疑う余地がない。

こんなふうに思える日が来たことは、愛嘉理にとってどれ程の奇跡か。それを察して余りある吾生は、愛嘉理の両手を取り自分の両手で強く握って言う。

「うん、だからきっと大丈夫!その子達はちゃんと愛嘉理の頑張りを見てくれるよ!勿論、僕もね!」

その言葉に笑顔に、愛嘉理はどこまでも強くなれる気がした。

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