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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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体育祭 一

その日の昼、愛嘉理は小さな包みを携えて狗護神社を訪れた。

「愛嘉理!」

いつものように尻尾を元気良く振って出迎えた吾生は愛嘉理の一歩前で動きを止めると、何かに気付いたような顔をした。

「…ん、愛嘉理何か良い匂いがする。」

「あ、やっぱり分かっちゃった。今日は十五夜だから、月見団子を作ってきたんだ!」

愛嘉理の近くの匂いを嗅ぎながら言う吾生に、愛嘉理は鞄の中から小包を取り出して見せた。

「やったぁ!」

子供のように飛び跳ねて喜ぶ吾生に、今の今まで考えもしなかった疑問が一つ愛嘉理の頭に浮かぶ。

「ところで…作ってきといてなんだけど、神様って人間と同じ物食べるの?」

「お供え物とかは、大体人間の食べ物じゃない?」

「言われてみれば、確かに…。」

吾生はさらりと言ったが、霊的な存在は物理的にお供え物に干渉できるのだろうか。それとも吾生だからなのだろうか。

「それもあるけど、愛嘉理の作ったものなら僕だけじゃなく皆も食べられるよ。愛嘉理の霊力が込められたものなら。」

「吾生…。」

心を読んでそう答える吾生に、愛嘉理は気恥ずかしさを覚え赤面する。

そんな愛嘉理に微笑むと、吾生は待ち切れないとばかりに身を乗り出した。

「お団子って、甘くてモチモチする奴でしょ?」

「そうだよ。」

「僕、大好きだよ!」

「それは良かった。じゃあ、早速食べようよ。」

「うん!」

愛嘉理がいつも座っている境内の縁側を指差すと、吾生はニコニコと頷いた。

「月、綺麗だね。」

「うん。」

木々の隙間から覗く真昼の月を見上げながら、二人は団子を頬張る。二人の目の前には、今日も木漏れ日が降り注いでいる。

「お団子も美味しい!愛嘉理は料理が本当に好きで、だからこんなに上手なんだね。」

「ありがとう。」

涙の時もそうだったが、好きなことを褒められると何故か擽ったい気持ちになる。

愛嘉理は狼狽えるように目を泳がせると、「ところで月とこのお団子、何か似てない?」と話題を変えようとちょっとした質問をした。

「似せて作ってるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどね。」

当たり前のようにクイズはすぐに終了し、愛嘉理はまた気恥ずかしさを持て余すこととなった。

しかしそんな愛嘉理に構えないかのように、吾生は食べ掛けの団子を片手に動きを止めたまま暫く沈黙してしまった。

「吾生?」

心配になった愛嘉理が声を掛けても吾生は気付かない様子だったが、愛嘉理がもう一つ団子を取ろうと手を伸ばすと急に声を発した。

「愛嘉理、僕もう待てないかも。」

「え?」

「逢いに行くよ。」

「で、でも…。」

気持ちは嬉しいが、神である吾生にそれはできないと愛嘉理は知っている。

しかし吾生は子供のように「でも、もう耐えられないんだもん。」と頬を膨らませ、手に持っていた食べ掛けの団子を口に入れた。

「今までは涙くんのことがあったからしばらく来れなかったけど、これからは毎日来るよ。現にあれからは毎日来てるでしょ?」

思わずあやすような口調になる愛嘉理を、吾生は強く抱き締める。

「足りないよ…!もっと愛嘉理といたいんだ…!」

「何か、千年生きてるのに子供みたいだね。」

「…愛嘉理が嫌なら、僕大人になるよ。」

「ふふ、嫌じゃないよ。でも、そういうところも、やっぱり子供みたい。」

必死な様子な吾生が思わず可愛く見えて、愛嘉理は笑った。

吾生は白銀の尾を一振りすると、抱き締める腕の力を強めた。深海の瞳を静かに閉じて、耐えるように一つ深呼吸をする。

自分の発言は神としてあるまじきものだ。愛嘉理の言う通りにするのが正しい。それは分かっている。いや、そうしなければならない。

そう内省し決意し直した吾生は、少し残念そうに愛嘉理を腕から解放した。その耳はしゅんと垂れ、尻尾も元気がない。

「私は吾生と違って相手の思考を読んだりなんてできないけど、吾生はかなり分かりやすいよね。」

吾生の様子に愛嘉理がクスクスと笑うと、吾生は少し焦るように「そ、そう?」と応えた。

「うん。だって表情や行動もだけど、耳と尻尾が正直だもん。」

「そ、そんなことは…!」

「可愛いよ?」

「うー…。こ、こっち見ないで。」

自分の顔の前でわたわたと手を振る吾生に、愛嘉理は分かりきっていながら「何で?」と訊く。

「は、恥ずかしいから!」

顔を真っ赤にする吾生に、愛嘉理の猛攻は止まらない。

「じゃあ、明日から逢いに来れないね。」

彼女はそうはしないと分かりつつも「それは嫌だなぁ…。」とその発言に身体が正直に反応する吾生。

「やっぱり分かりやすいね。」と、愛嘉理は再びクスクスと笑った。

「愛嘉理の意地悪。」

いつもとは逆の立場で吾生が頬を膨らませると、愛嘉理は悪戯な笑みを返す。

「ふふ。いつもは意地悪される立場だから、たまには私からも返しておかないとね。」

「むー…。まあ、良いや。愛嘉理が逢いに来てくれなかったら、僕から逢いに行けば良いんだもん。」

何故か得意げに八重歯を見せる吾生に、親のような顔で愛嘉理は「ふふ、分かったよ。」と微笑んだ。


「そう言えばね。」

「うん。」

座り直し真剣な眼差しでこちらを見る愛嘉理に、吾生は微笑んで頷いた。

大抵の場合、吾生は心が見えても敢えて話を切り出さない。これは昔からの癖である。打ち明けるタイミングは本人次第だという配慮だ。

「来月、体育祭があるんだ。」

「楽しそうだね。」

少し暗い声の愛嘉理に、吾生は敢えて明るく笑った。

「うん、盛り上がると思うよ。でも…。」

「ふふ、運動は苦手?」

愛嘉理は正直に頷いた。

「このお守りに、速く走れるようになったりする効果はないの?」

「ないよ。」

分かりきっているのに三日月のお守りを握り締め必死に縋ろうとする愛嘉理がおかしくて、吾生はクスクスと笑いを堪えながら答えた。

「だよね…。クラスの皆の足手纏いにはなりたくないんだけどなあ…。」

「愛嘉理ができる範囲で、一生懸命やるしかないよ。僕もそうだけど、どんな存在も自分の力以上のことはできないから。」

溜息を吐く愛嘉理の頭をそっと撫でながら、吾生は穏やかな口調で諭す。

持って生まれた力の中で何ができるか、それをどれだけ伸ばせるか。それを吾生はいつも教えてくれる。その通りなのだ。ならば、己がやるべきことは一つだ。

「そうだね。」と決意の炎を瞳に燃やす愛嘉理に、吾生も励ますように愛嘉理の肩を掴み頷いた。

「大丈夫だよ。愛嘉理が皆の為に頑張りたいって思ってることを、僕はちゃんと分かってるから。」


翌朝、吾生は大樹に凭れ座りながら、爽やかな空気の中に響く軽快な足音に心地良く耳を澄ましていた。その足音の主は村の中を駆け抜け、澄風河沿いに月見山の方へ向かっていた。

「吾生、おはよう!」

「おはよう、愛嘉理!こんな時間に来るなんて珍しいね。」

朝の木漏れ日に映える愛嘉理の爽やかな笑顔に応えるように、吾生も尻尾を振りながら元気良く挨拶した。

愛嘉理はいつになく身軽で、動きやすい服装をしていた。半袖の白いTシャツに黒の短パン、運動靴、首には爽やかな水色の映えるスポーツタオルを巻いている。

「最近の言葉だとすぽーてぃって言うのかな?随分動きやすそうな格好だね。」

愛嘉理は相変わらずの吾生の横文字の発音にクスクス笑いながら、「うん。」と頷く。

「昨日の話の続き。私にできることをやってみようと思って。まずは体力作りかなって。…て、吾生には言わなくてももう分かってるよね。」

愛嘉理はへへっと照れ笑いをした。

それでも吾生はその深い青の瞳を輝かせ、パッと立ち上がると愛嘉理の肩をガッと掴んだ。

「名案だと思うよ!」

その勢いに腰にぶら下げた面が揺れ、その装飾品である鈴の音が朝の狗護神社にしゃんと響き渡る。

「ありがとう。そんなに喜んでくれるとは思いもしなかったよ。」

愛嘉理は予想外の過剰な反応に若干怯みながらも、感謝の意を述べた。

いつだって、自分の決意を後押ししてくれる。そんな吾生には、本当に感謝してもしきれない。吾生がいるから、頑張ろうと思える。これは決して過言でははいない。

吾生は愛嘉理の肩を離すと微笑んだ。

「それでね、これからは暫くこうして朝に来ても良い?夕方は家の近くを走れるだけ走りたいから。」

「勿論だよ!」

即答する吾生に、愛嘉理は「良かった。」と笑った。

「愛嘉理の足音ね、すごく一生懸命で良い感じ。たまにはこういうのも悪くないよね。」

吾生は、心底嬉しそうにその特徴的な八重歯を輝かせた。


その日から、愛嘉理の猛特訓は始まった。

放課後急いで家へ帰ると、手早く着替えを済ませ家を出た。

紡と触には暫く居残っていつものようにお喋りはできないと事情を話したが、その時の二人は驚きを隠せない様子だった。

「まだ種目も決まってないのに⁉︎」

「うん。そうだけど、早いうちからやるに越したことないと思うから。」

驚愕する紡に愛嘉理が固い決意の言葉を述べると、横から触が「ほぇー、真面目だねぇ。」と感心した様子で述べた。

「鬼目くんとの一件や夏休みが終わって、ようやく放課後の楽しみが一つ増えるかと思ってたのにね。」

「ごめんね。」

愛嘉理は両手を顔の前で合わせ心底謝ったが、その一方で紡のその言葉に喜びを感じてもいた。

半年前は自分にこんなことを言ってくれる友達はいなかった。そう考えると、今がこんなにも嬉しい。

「あれ、愛嘉理ちょっと笑ってない?私達はこんなに悲しんでるのに。」

「いや、違…。ごめん。二人が私と話したいって思ってくれてるんだなって考えたら、つい嬉しくて。」

「嬉しい?」

愛嘉理の正直な告白に二人は顔を見合わせると途端に腹を抱え大笑いし始めた。

「嬉しいだって!変なの!」

「こんなん普通の会話じゃん。」

「ふ、普通…?そっか、普通…。」

その普通が愛嘉理にはどれ程特別なものか。愛嘉理はぐっと拳を握り締め、涙腺が緩むのを堪えた。

そんなことを思い出していると、急に目の前に風と共に巨大な影が現れ愛嘉理は急停止した。

「澄風さん!」

「吾生から話は聞いているぞ。朝、今のように私の横を走っていただろう?」

澄風は愛嘉理を見下ろしながら堂々とした声を轟かせた。

「はい、澄風さんの周辺は特に空気が美味しくて良いなと思ったので。」

「そうだろう?私の良いところをしっかり分かっているではないか。最近愛嘉理は余り来なかったからな。てっきり私のことを忘れてしまったのではと思っていたぞ。」

「すみません、でもそういう訳では…。」

わざとらしくフンと溜息を吐く澄風に、愛嘉理は慌てて謝った。

「分かっている、冗談だ。」

澄風は悪戯っぽくニカッと笑った。

「愛嘉理は相変わらず真面目だな。こうしているのを見ても思うが。」

「真面目、ですか…。学校の友達にもそう言われたけど、私自身は全然そんなんじゃないです。」

下を向く愛嘉理の言葉に、「ほう?」と澄風は続きを促した。

「クラスの皆にはまだ嫌われてるけど、でも何もせず嘆いているだけの自分でいたくないんです。ただそれだけで…。」

「そうか。愛嘉理は真面目な上に前向きなのだな。」

澄風が優しい口調でそう言うと、愛嘉理は「前向き?私がですか?」と信じられない様子で目を丸くした。

「うむ、そうだ。」と澄風は自信を持って頷いたが、愛嘉理はまだ納得いかない様子だ。

「いや、流石にそれはどうですかね?」と食い下がる愛嘉理に、澄風は真剣な眼差しを向けた。

「自分で気付いておらぬだけだと思うぞ。愛嘉理はもっと自分に誇りを持て。…この私のようにな。」

最後の一言で、再び先程のように澄風は悪戯っぽく笑った。

その真剣な眼差しと温かい言葉に、何より自分を思ってくれる温かい心に、愛嘉理の口は自然と「はい、ありがとうございます!」と紡いでいた。

「うむ、では邪魔をした。またな。」

そう言い残すと、澄風は周りの草花を煽りその場から消え去った。

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