鬼の目にも涙 六
それからも愛嘉理は変わらず涙と食事を共にし、そしてその他の時間を吾生と過ごした。
そんな夏休みも残すところ最後となった日の帰り際、涙はある告白をした。
「俺、明日からまた学校へ行くよ。」
「ほ、本当⁉︎」
「そんなに驚かなくても…。愛嘉理はその為にわざわざ俺のところへ来てくれてるんだろ?」
目が零れ落ちそうな程に驚く愛嘉理に、涙は明るく笑った。
「そうだけど、でも何か信じられなくって…。そのくらい、嬉しい…!」
あの日あんなに悲しい雰囲気を纏っていた少年が、今はこんなに笑顔を輝かせている。その事実が、愛嘉理の涙腺をいとも容易く緩ませる。
「全く、愛嘉理はよく泣くな。」
「ご、ごめん…。」
今度は困ったように笑う涙の言葉に、愛嘉理は慌てて瞳をごしごしと擦る。
少し前まで感情を表に出すことを制御しようと必死だったのに、今は流れるように自然と出てくる。それが不思議でたまらなかった。
「いや、良いよ。愛嘉理は感情豊かなんだな。」
愛嘉理の頭に大きな手を乗せると、涙は優しく微笑んだ。
そうだとしたらそれはきっと、いや間違いなく…。
「吾生のお陰だよ。」
「そうか。」
自然と口を突く言葉に、涙は何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
「…いつか俺も、愛嘉理みたいになれたらな。」
その呟きは空気に溶け込む程に儚く、しかし確かな思いだった。
「え、何か言った?」
「いや、何でもない。じ、じゃあな。気を付けて帰れよ。」
愛嘉理の声に心臓が跳ねるのを抑えながら、涙は必死で平静を装った。この呟きは、この思いは、大事にしたい。誰にも知られることなく貫きたい。
「ありがとう。じゃあ、また明日ね。」
「ああ、また明日。」
何も分からずに無邪気に笑顔を輝かせる愛嘉理に、涙もいつも通りの別れの挨拶を述べた。
「あ、人見さん。おはよう。」
翌朝学校へ行くと、まだ教室にも入らないうちに隣のクラスの担任が愛嘉理を見付けるなりいそいそと駆け寄って来た。
「おはようございま…。」
「鬼目くん、学校に来てくれたのよ。」
愛嘉理の挨拶を食い気味に担任はそう報告した。昨日宣言を聞いたとは言え、やはりそれが現実になったと思うと再び喜ばずにはいられない。
愛嘉理が満面の笑みで「そうですか!」と言うと、教師もそれに応える形でにっこりと「ええ、色々とありがとうね。」と笑い、軽いスキップでもするかのように去って行った。
そして教室に入ると、今度は紡と触のコンビが「おはよう、愛嘉理!」と元気の良い挨拶で迎える。
「おは…。」
「隣のクラスの鬼目くん、今日学校来てるんだって。」
またも愛嘉理の挨拶は遮られ、触は身を乗り出して涙のニュースに好奇の目を輝かせる。
「うん、さっき廊下で先生から聞いたよ。」
愛嘉理が頷き答えると、紡と触はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「ふーん。愛嘉理、そのことについて何か知らない?」
「え、何で?」
「私達の目は誤魔化せないよ。」
「ど、どういうこと?」
「聞いたよ、届け物任されてたって。」
「それは、そうだけど…。」
「そうそう。最近の愛嘉理は帰る時に急いでるみたいだったから、何か怪しいと思って…。」
「もしかして、追けてたの?」
二人の尋問にたじたじの愛嘉理だったが、触の言葉に少し目を見開いた。
「…とも一瞬思ったんだけど、そこまでは流石に私達も咎めて…。」
「何言ってんの。テスト前で勉強がヤバくて、時間がなかっただけでしょ。」
「まあね。でももしやと思って隣のクラスの担任に訊ねたら、そういうことだって聞いたから。」
「そうだったんだ…。」
紡のツッコミに舌をペロッと出す触だが、全く反省の様子はないように愛嘉理には見えた。
「それより、愛嘉理にずっと聞こうと思ってたんだけどさ…。」
「何?」
「今回のテストすごかったじゃん、学年で一位なんて。急にどうしたの?」
「あ、それ私も気になってた。」
紡の質問に触も一緒になって、再び身を乗り出す。
「涙くんが教えてくれたんだよ。」
愛嘉理があっさりと答えると、二人は顔を見合わせて目をぱちくりさせた。
「涙くん?それって確か、鬼目くんの下の名前だよね?」
「そうだよ。」
愛嘉理が頷くと二人は頬に手を当て、教室中に響き渡る声で「えーっ⁉︎」と叫んだ。
「いつから鬼目くんと名前で呼び合うただならぬ仲になったの?」
「やっぱり家に通ってる間に何かあった?」
「友達になっただけだよ。」
相次ぐ質問の矢に何のことはないと装い愛嘉理が答えると、二人はすぐに興味を失い「何だ、つまんない。」と肩を落とした。
しかし愛嘉理には大切な時間だった。余り人に言えるような簡単な体験ではない。二人だからこそ共有でき、絆が生まれた。そんな出来事だったのだから。
「でも鬼目くんって、勉強得意だったんだ。」
「うん、今度分からないところがあれば聞いてみたら良いと思うよ。教えるのもすごく上手だから。」
紡の一言に、愛嘉理は笑顔で頷いた。
「へえ。じゃあ、今度頼んでみようかな。」
「私も私も!鬼目くん、さっき廊下で見たけどめっちゃイケメンだったし!」
真面目な顔で検討する紡に、触は不真面目さ全開で食い付いた。
紡は溜息を吐くと、「そういう不純な動機じゃなくてさ、触はガチで頼んだ方が良いんじゃない?」と触に再びツッコミを入れる。
「酷い…!でも本当なんだって!世渡先輩とはまた違う系統のイケメンって言うか…。」
「まだ言うか。」
「触ちゃんはイケメンが好きなんだね。」
懲りない触に愛嘉理が笑うと、今度は矛先を愛嘉理に向けた触が熱っぽく訴える。
「逆に嫌いな人っているの?イケメンは正義っしょ⁉︎」
「は、はぁ…。」
その勢いに押され気味な愛嘉理の肩に手を置き、呆れ返った表情で紡は言った。
「覚えときな、愛嘉理。触はね、ミーハーなんだよ。私なんか比じゃないくらい、誰よりもね。」
「紡〜、酷いよ〜。私そんなんじゃないもん。」
「悔しかったら言い返してみな!」
子供のように泣くふりをする触に、紡は強気に舌を出して見せた。




