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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
13/69

友達 一

「愛嘉理ちゃん。」

昼休み。弁当を片手に足早に中庭を通り抜けようとする愛嘉理に、見覚えのある人物が声を掛けた。

「あれ、繋さん。」

木陰に座り分厚い冊子に楽しげな様子で筆を走らせていた繋は、顔を上げると驚く愛嘉理に爽やかに微笑んだ。

「屋上への近道かい?」

教室には居場所がない愛嘉理は、いつも一人になれる屋上で昼食を摂る。それを見透かされた愛嘉理は、罰が悪そうに「はい、まあ…。」と返事をした。

「それなら、今日は一緒にどうだい?」

「え、でも…。」

「良いから良いから。」

繋は困惑する愛嘉理の手を引いて、半ば無理矢理に自分の隣に座らせた。

「どうやら、吾生くんとは良い再会になったようで何よりだよ。」

膝の上に広げられた本を閉じて脇に置き、袋から出したサンドイッチの包装を手際良く剥きながら繋は満足げに話し始める。

「…ありがとうございます。」

愛嘉理は観念すると、弁当を広げながら素直に礼を述べた。

「それより、何してたんですか?」

「ああ、これかい?」

愛嘉理の問いに、繋は先程閉じたしっかりとした表紙の冊子を空いた方の手で持ち上げて見せた。表紙は片方が赤くもう片方は青い、一風変わったものだった。

「日記みたいなものさ。」

繋は重厚感のある冊子を再び脇に置くと、愛嘉理の質問にそう答えた。

「毎日書いてるんですか?」

「まあね、今は他にやることもないし。」

「でも、楽しそうですね。」

「そりゃ、楽しくなかったら続かないさ。」

「繋さんは、楽しいことが好きなんですね。」

愛嘉理が笑うと、繋はわざとらしく訊ねた。

「君は嫌いかい?楽しいこと。料理をしてる時の君は、どこか楽しんでるように僕には見えるけどな。」

相変わらず繋には驚かされる。彼の前で秘密は通用しない。

すべてを暴かれる気恥ずかしさに、愛嘉理は少し顔を赤らめた。

「もっと笑いなよ。折角、素敵な笑顔を持ってるんだから。」

繋と言い吾生と言い、こういうことを恥ずかしげもなく口に出せるから分からないと愛嘉理は思った。

「あ、ありがとうございます…!頑張ります…!」

もごもごと礼を言う愛嘉理に満足げに頷くと、繋は少し真剣な顔になった。

「ところで、君は人間とは余り仲良くやれてないようだね。」

「え?ああ、はい。」

「と言うより、自分から遠ざけてるように見える。」

「そ、それは…。」

その通りだった。何故なら、自分と関わる人間はろくなことにならないからだ。

愛嘉理のそんな思考を見透かした繋は、やれやれと首を横に振った。

「誰かと親しくすることを、諦めてるのかい?それは何だか、とても勿体ない気がするな。まずは人間の友達なんてどうだい?」

「そうは言っても、私に話し掛ける人間なんて繋さんくらいですよ。」

愛嘉理の言葉に、繋は困った顔をした。

「うーん、僕は人間と言うには微妙な立ち位置だからなぁ。」

何を言っているのだろう、と愛嘉理は思わざるを得なかった。目の前の少年は吾生と違って、獣のような耳も尻尾もない。少なくとも愛嘉理には、人間にしか見えなかった。

そんな様子を察して、繋は「気にしないで。」と笑った。

「でも、君と仲良くなるのは中々楽しそうだし悪くない。君さえ良ければ、是非友達になろう。」

繋は、愛嘉理に手を差し出した。

「い、良いんですか…?」

「良いも悪いも僕からお願いしてるんだし、それを決めるのは君だよ。」

戸惑う愛嘉理に、繋は何故そんなことを言うのか分からないというような顔で告げた。

「よ、よろしくお願いします…!」

「うん、こちらこそ!」

愛嘉理がおずおずと手を伸ばすと、繋はその手を取って満足げに笑った。


「それにしても驚いたな。まさか澄風(すみかぜ)が、繋と知り合いだったなんて。」

空気の澄んだ川岸に座り、吾生はそう言った。

「うむ、会ったのは偶々だがな。しかし彼奴は、中々見所があるし面白い。吾生も今度会った時には、じっくりと話してみると良い。」

吾生の隣に佇む澄風と呼ばれた巨大な龍は、誇らしげに語った。その堂々たる姿は、見る者を圧倒させる。

「そうだね。」と微笑む吾生に、澄風は頷いた。

「そ、それより…。」

「何だ?」

突然もじもじとする吾生に、澄風は訊ねた。

「愛嘉理、早く来ないかなぁ…?」

吾生は焦れていた。

あれから毎日、愛嘉理は吾生に会いに来るようになった。五年の月日に比べれば、一日など取るに足らない長さのはずだ。しかしまた明日会えると思えばこそ、吾生にはそれまでの時間の流れが遅く感じてならなかった。反対に愛嘉理といる時はいつもあっという間で、どれだけあっても足りないと思わせるから質が悪いと吾生は思っていた。

「最近のお前さんは、口を開く度にその愛嘉理とやらのことばかりだな。この五年間も思ってはいたが、そんなにその人間の小娘が恋しければ自ら逢いに行けば良かろう?」

「だめだよ、それは愛嘉理に迷惑が掛かっちゃうもん。だから、僕は待つんだ。」

吾生は口を結んだ。

「やれやれ、一途なんだか頑固なんだか…。」

威厳溢れる龍は、呆れた様子で溜め息を吐いた。微風となった溜め息が川岸を彩る草花を揺らす様子を、吾生の深海の瞳が映した。


「やあ、愛嘉理ちゃん。元気そうで何よりだ。」

「あ、繋さん。」

屋上で昼食を摂っていた愛嘉理に、繋が爽やかに挨拶をする。しかし愛嘉理にその名を呼ばれると、繋は少し不愉快そうに顔をしかめた。

「愛嘉理ちゃん。この前も言おうと思ってたし、これも既に五年前に吾生くんにも言われたことだと思うんだけど…。」

「…はい?」

「その他人行儀な呼び方と話し方は頂けないな。僕達はもう友達だろ?」

「でも、その…。友達になれて嬉しいけど、私なんかで良いのかなって…。本当に吾生や繋さんと友達でいる資格が、私にはあるのかなって…。」

繋は、呆れた様子で首を横に振った。

「私なんかと君は言うけど、僕達は君が良いんだ。じゃなきゃ友達になんかならないさ。」

「で、でも…。」

物分かりの悪い愛嘉理に、繋は一つ溜め息を吐いた。

「そもそも君はその資格とやらがなかったら、友達にならないのかい?逆に言えば、君と友達になるにはそれが必要なのかな?」

「いや、そんなつもりは…。」

「同じことさ。自分の中で世界を終わらせること程つまらないことはないと、前にも言ったろ?それに釣り合わないと思うのは、友達である吾生くんにも僕にも失礼だ。」

繋は諭すように言った。

「僕達は君に魅力を感じたから、こうして友達になりたいと思ったんだ。君が自分を疑うことは、僕達のそういう思いを疑うことと同じだよ。」

人の好意を気遣いや優しさという言葉で片付ける切なさを、五年前の吾生は説いた。その通りだと思った。それなのに同じ轍を踏む自分は、あの日から何も変われていないのかもしれない。

愛嘉理は罰が悪くなった。しかし繋は、そんな愛嘉理に優しく笑い掛ける。

「…と言う訳で、今から敬語やさん付けはなしだ。」

「え、あ、はい。」

その返事に、繋はじとっとした眼差しを愛嘉理に向ける。愛嘉理が慌てて「…じゃなくて、うん。」と訂正すると、繋は満足そうに笑った。

「はい、良くできました。」

「何か、子供扱いされてる…?」

「そう?気のせいだよ。」

愉快そうな繋に、愛嘉理は「そうかなぁ…?」と呟いた。


「繋くんは強引なんだよね。」

ふんっと鼻を鳴らす愛嘉理に、吾生は優しく微笑んだ。

「ふふ、でも愛嘉理楽しそうだよ。」

「そ、そうかなぁ…?」

「うん、良かったね!」

戸惑う愛嘉理に、吾生は心底嬉しそうに頷いた。

「…僕も、繋とちゃんと話してみたいな。前に会った時は誤解とは言え散々な態度とっちゃったし…。」

「吾生はちゃんと謝ったんだし、それに繋くんは全然気にしてないと思うよ。」

力強い愛嘉理の言葉に、吾生は頷いた。

「でも、何だか申し訳なくて。」

「きっとそのうち話せるよ。」

「そうだと良いな。」

二人は穏やかに笑い合った。

繋なら、吾生の気持ちも見透かしてしまえるのかもしれない。ならば何も心配はない、と愛嘉理は思った。

「ところで、吾生こそ何でそんなに嬉しそうなの?何か良いことでもあった?」

「うん!」

吾生は元気良く頷いた。

これは余程のことがあったのだろう、と愛嘉理はワクワクしながら前のめりに問う。

「何?」

「愛嘉理が嬉しそうだから!」

「な、何それ…。」

恥ずかしげもなく顔を輝かせる吾生に、愛嘉理は拍子抜けしながらも顔を赤らめた。

「それにこうして毎日愛嘉理と会えて、色々なことを話せて…。それだけで僕はもう幸せだよ。」

吾生は尻尾をパタパタと振りながら、ニコニコと思いを語った。

「変なの。」

「うん、僕変なんだ。愛嘉理と出逢ってから。」

愛嘉理の言葉に、吾生は屈託もなく笑った。愛嘉理にはその言葉が、分かるようで分からなかった。

吾生と出会ってから、自分の生き方は少し変わった。そしてそんな自分を、前より少し良いと思えるようになった。そういうことだろうか。

「…変わったってこと?それなら私も吾生に逢って、少し変われたかも。ありがとうね。」

「…うん。」

愛嘉理の無邪気な笑みに、吾生は少し困ったように頷いた。しかし愛嘉理には、その意味が全く理解できなかった。


ある日の休み時間、廊下はひそひそ話で充満していた。

「ねえねえ。あれ、三年の世渡先輩じゃない?」

「本当だ…!超格好良い…!でも、一年の教室に何の用だろ…?」

繋はその異様な雰囲気を全く気にすることもなく、二つ並んだ教室の扉の一つに堂々と手を掛けた。

「愛嘉理ちゃーん!」

「つ、繋くん…?」

二人のその声に、廊下は一気にざわついた。

「繋くん…?嘘、あの二人付き合ってんの…?」

「と言うか、よりによって何で人見さんなんだろ…?」

「本当、あんまり良い噂ないのにね。」

「うん、何かいつも一人で怖い顔してるしね…。」

「何なんだろ…?」

「ねー。」

少し不快感を露にした様子で扉の前に立っている繋に、愛嘉理は声を掛けた。

「どうかした、繋くん?」

「いや。ところで、今日の放課後は時間あるかい?」

繋はすぐに表情を変えると、爽やかに訊ねた。

「うん、どうしたの?」

「吾生くんに呼ばれてる気がしてね。」

「よく分かったね、吾生が話したがってたよ。」

「やっぱりか。じゃあ、放課後また迎えに来るよ。」

頷く愛嘉理に繋は背を向け、片手をひらひらと振りながら去って行った。

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