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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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動き出す歯車 一

新緑が萌える山を背にまだ汚れの付いていないセーラー服の少女人見 愛嘉理は、真昼の太陽の下の墓前で物思いに耽っていた。眼鏡の奥の瞳は、愛嘉理の目の前に在りし日の賑やかしさを映し出していた。

愛嘉理と年の三つ離れた妹の飛火里は、その名の通り笑顔の眩しい誰からも愛される子だった。愛嘉理はずっと、飛火里が羨ましかった。しかし、妬ましいと思ったことはない。何故なら愛嘉理自身も飛火里を愛し、彼女に感謝していたからだ。

五年前のあの日、神と名乗る不思議な存在である吾生と出会うまで、愛嘉理が死にたい、消えたいと思ったことは数知れない。しかしそれでも生きられたのは、飛火里の笑顔があったからに他ならない。

飛火里は今どこにいるのだろう?あの日、吾生は飛火里の行方について微妙な反応を示していた。苦しんではいないだろうか?両親の元で、幸せにしているだろうか?

愛嘉理が飛火里を忘れたことは、一度もなかった。

「忘れなければ、存在は消えないんだよ。」

吾生のその言葉の意味を噛み締めて、愛嘉理はいつの日も飛火里の笑顔を思った。この墓の前に、飛火里はいない。それが分かっていても、愛嘉理は足を運ばずにはいられなかった。

「君は、ここには余り来ない方が良いという噂を聞かなかったのかい?」

ふと、背後から聞こえた声に愛嘉理は振り返った。そこには愛嘉理と同じ雪光高校(ゆきみつこうこう)の制服を着た少年が立っていた。

「いえ…。」

愛嘉理の返事に横に分けた短髪が良く似合う爽やかな風貌の少年は、白い歯を輝かせて愛想良くにっこりと笑って見せた。

「そう。妖怪の類が出るとか、神隠しに逢うとか…。それで地元の人には、いつしか妖山(あやかしやま)と呼ばれるようになったんだと僕は聞いたよ。」

噂を知らない愛嘉理に少年は、面白がるように説明した。

「えっと、貴方は…。」

「ん?ああ、僕は世渡(よわたり) (つなぐ)。」

そう名乗るこの少年を、愛嘉理は知っている。

「同じ学校の先輩ですよね。」

「お、知ってくれてるんだ。ありがとう。」

「女の子達の間で有名ですから…。」

「ふーん。」

その話題に余り興味がなさそうな繋は、愛嘉理の瞳をじっと覗き込むと口角を上げた。

「僕も君を知ってるよ、後輩の人見 愛嘉理ちゃん。」

「え、何で…?」

戸惑う愛嘉理に、繋は再び不敵に微笑んだ。

「君のことは、他にも色々と知ってるよ。例えば、その瞳のこととかね。」

「…!」

確かに愛嘉理も繋程ではないが、ある意味学校の有名人だ。見えない何かを見ているとか、頭がおかしいとか、良くない噂は絶えない。気を付けてはいても、結局いつもこうなってしまう。

しかし瞳については特に厳重に注意しており、学校で眼鏡を外したことは一度もない。それを知るような繋の発言に、愛嘉理は警戒心を抱いた。

それを察してか、繋は余裕さえ感じさせる爽やかさで言葉を紡ぐ。

「安心してよ、誰かに言うつもりはないから。それより、邪魔してごめんね。でも、どうか僕のことは気にしないで。」

「いや、でも…。」

「飛火里ちゃんに会いに来たんだろ?」

「あ、貴方は一体何者なんですか…?」

「僕はこの世界では少し特殊な存在さ。少し君に似てるかもね。」

「え?」

目の前の少年の謎めき様は、異常だった。しかし繋はそんな愛嘉理の気持ちに応えるつもりはないとでも言うかのように、「おっと、本題を忘れるところだった。」と軽やかに話を変えた。

「本題…?」

接点のない繋が自分に何の用があるのか、と愛嘉理は首を傾げた。するとそれを察した繋は、意味深な笑みを見せる。

「そう、君の探し人を連れて来たんだ。最後のお別れにね。」

繋がそう言うと、目の前に一人の幼女が現れた。

「ひ、飛火里…?」

「お姉ちゃん!」

驚く愛嘉理に、幼女は抱き着いた。愛嘉理とは余り似ていない柔和な印象の真っ黒な瞳に、涙を滲ませている。

状況を呑み込めない様子の愛嘉理に、繋はふっと笑って事情を説明する。

「ずっと君の前に姿を現すことを躊躇ってたみたいだけど、説得して連れて来たんだ。吾生くんは、飛火里ちゃんの意思を汲んで会わせなかったみたいだけどね。」

「繋さん…。」

「僕は吾生くんと考えが違う。まあ、お節介って奴さ。」

「いえ、そんな…。」

それぞれの優しさに、愛嘉理は感極まった。そして愛嘉理には、あの時の吾生の微妙な反応の謎が解けた気がした。しかしそれは、望んだものとは余りにも遠い。

「お父さんとお母さんは、もう逝っちゃった…。」

「…そっか…。」

飛火里の言葉に、愛嘉理は少し安堵した。

二人は親として、優しく在ろうとしてくれた。実際に優しかったと思う。しかし、日に日に窶れていった。それが自分のせいだと、幼くとも察することは容易だった。両親が飛火里を連れてあの世へ旅立った日、その現実を改めて思い知った。しかし同時に、もう両親を苦しめなくて良いのだと思った。

死した両親をなお苦しめていない事実が、愛嘉理には僅か過ぎる救いだった。

しかし、飛火里は違う。成仏していないということは、この世に何か未練を残しているということに他ならない。そしてそれに自分が関わっている可能性は、限りなく高い。

愛嘉理は、責められる覚悟を決めた。

「ごめんね、飛火里。私のせいで…!」

「どうして?そんなこと、全然思ってないよ。」

「でも…!」

そんなはずはない、と愛嘉理は思った。苦しみに顔を歪める愛嘉理に、見かねた繋が問う。

「愛嘉理ちゃん、飛火里ちゃんが成仏できない理由が分かるかい?」

「もっと生きたかったからじゃ…?」

「違うよ。そうだよね、飛火里ちゃん?」

繋の問いに頷いた飛火里は、少し間を置いて静かに語り始めた。

「…お姉ちゃんのことだから、すごく傷付いただろうなって。それで自分のこと、責めたりしてないかなって…。私のせいでそうなったら嫌だなって、ずっと…。でも私のことを見たら、きっとまた思い出して辛くなる。だからどうすることもできなくて…。ごめんね、お姉ちゃん。」

「どうして飛火里が謝るの?飛火里のお陰で、私は…!」

「お姉ちゃん…!」

涙に滲む愛嘉理の瞳に、飛火里は寄り添った。温もりのない小さな手を、愛嘉理は握る。

「…私、生きるよ。でも、それは飛火里の為じゃない。飛火里が生きる勇気をくれて生きたいって思ったから、自分の為に生きるんだよ。」

「うん…!」

愛嘉理の固く強いその決意に、満足げに頷く飛火里の身体が少しずつ透けていく。

「さようなら、飛火里。」

「じゃあね、お姉ちゃん。」

お互いに手を振る姉妹に、繋は静かに微笑んだ。


「…ありがとうございます、繋さん。」

「どういたしまして。」

愛嘉理の精一杯の笑みに、繋は穏やかに返した。

「…君の決意は立派だよ。それに、五年前に吾生くんが言ったことは本当だった訳だ。」

「え?」

「君の思いは、どんな存在にも届く。それに、もう一つ。」

愛嘉理は、繋が立てた右の人差し指の先を見つめた。

「泣きたい時はちゃんと泣いて良いんだって、言われたんじゃないのかい?」

繋は少し困ったような顔で、愛嘉理に投げ掛けた。

「泣きなよ、我慢なんてしないで思い切りさ。」

「…!」

だめ押しのように響くその言葉に、愛嘉理は堪えきれなくなった。

飛火里と再び会えて良かったと、愛嘉理は自信を持って言える。しかしいざ本当に別れてみれば、嫌でも思い知る。

あの眩しい笑顔には、もう会えない。それでも生きていく。そう決めたのは自分だ。しかし今だけは、この別れを惜しむ気持ちを抑えられない。

静かに見守る繋の耳に、愛嘉理の慟哭が木霊した。

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