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3-2:父なる神、アース

【3-2:父なる神、アース】

 旅立つと決めたは良いが、そのままレーベン山を目指す訳にはいかなかった。ゴウがただエルデンに会ったところで、渡せるだけの力が無いのでは、という問題に直面したのだ。

「アースに会っといで。あいつのことだ、エルデンの不調に気づいて何か用意しているだろうよ。それにライラ、目の前まで来たなら一言挨拶しときな。……ゴウも一緒にね」

ウィズの助言に従い、三人は一度リフェルの頂上へ登り、その後は直接麓まで下りることに決めた。湿っぽいのは嫌いだ、と言うウィズは、三人を追い出すように山頂への道に押しやったので、初めてリフェル山を離れるゴウの出立は慌ただしいものとなった。


 長年人が踏み入ることの無かった山道は、鳥や獣の鳴き声がどこからか聞こえてくるだけで、下界とは一線を画した独特の静けさに包まれていた。しばらく三人は土と木の葉を踏み締める音に耳を傾けていたが、緑の森を眺めながら、ふとゴウが呟いた。

「とーちゃんかぁ。どんなやつなんだろ」

「何? 今まで会ったことが無いのか?」

「うん。なんか人間は行っちゃいけないんだろ、山神の居る所って」

 山神アースの子と言いながら、その実ゴウは父を知らない。ロイドは意外そうに言うが、ゴウにとって山神は近くも遠い存在という認識だ。物心ついた時にはウィズだけが家族であり、アースのもとへ行くことは禁じられ、そもそも会いたいとすら思ったことは無かった。

「山神の座所は神域。選ばれた者だけ、立ち入ることができる」

ライラがゴウの言葉に頷く。彼女の言う選ばれた者というのは、本来は山神の巫女だけを指す。だが彼も含まれて良いのではないか、と言外に問うているのに気づいているのかいないのか、それへの反応は無かった。


 頭の後ろで手を組んで歩く背を、一歩後から着いて行くロイドは眺める。

(父でもある山神に会ったことが無い……。どうも自覚の薄い態度は、これが原因か)

山神との交わりが、一般人とそう変わりなかったのだろう。力を意識して使えないことも、特に気にしている様子は無い。生い立ちに縛られることなく、自由に暮らしてきたその姿は、正反対の境遇にあった少女を知っているからこそ、感慨深いものがあった。

(ゴウとの旅が、ライラ様にとって少しでも良い経験となれば)

 いつになく楽しげな主の横顔を見て、ふと笑みを零す。同年代の子供とほとんど関わる機会の無い彼女は、こうしてゴウと並んで歩くだけでも新鮮なのだろう。少しぐらいは感化されても良いだろうと、ぎこちなく話し掛けようとする彼女を見守っていた。


 そうして小一時間経った頃、目的の場所を示す岩が見えてきた。白く卵のような形をした岩が山道の中央に鎮座し、神の領域との境界を表す。その岩の前まで来て、ロイドが立ち止まった。

「それでは、私はここでお待ちしておりますので」

「うん。頑張って来る」

「え、ロイドは行かねーの?」

そのまま三人で行くものと思っていただけに、ゴウは驚きの声を上げる。ロイドは忘れていたと言って、事情を知らないゴウに説明した。

「俺はライラ様に忠誠を誓った身ではあるが、山神とは無関係だ。だから御座所へ立ち入ることは出来ん。エルデン様にもお会いしたことは無い」

 そう言ってロイドは境界石の向こう側へと手を伸ばすが、一定の所まで来ると見えない壁に阻まれてしまう。ゴウもそれを真似てみるが、拍子抜けするほどあっさりと突き抜けた。どうやら、ゴウは入ることを許されたようだ。納得する暇も無くロイドに急かされ、慌てて先を行くライラを追いかけた。

「なー、ロイドって何でライラの騎士やってるんだ? オレてっきり山神に選ばれたんだと思ってたんだけど」

 追い着いて早速、聞けなかったことを尋ねる。ロイドは専属の護衛といった雰囲気だったので、巫女と共に山神が定めたのだろうと勝手に考えていたのだ。そうではないとすれば、彼は自らの意思でライラに仕えているということになる。何か理由でも無ければ、歳の離れた少女を主と仰がないだろう。

 そう思って聞けば、ライラはしばらく考える素振りを見せた。

「教えてもらったけど、わたしもよく分からない。でも――」

彼女とかの兵士の間には、特別な絆がある。会って間もないゴウは知らないが、それは彼女の数少ない宝であり、重い責務を全うするための支えでもあった。

「――ロイドは『あお』をくれた。あと、いつも一緒に居てくれる。それだけで充分。理由は気にしてない」

短く言葉を切りながら、自身の想いを懸命に伝えようとする。彼女にとって、ゴウに理解してほしいと思うぐらいには、重要なことだった。

「ふーん……。よく分かんねーけど、ロイドはライラのために頑張ってて、ライラもそれが嬉しいってことなんだな」

「そう」

頷きながら浮かべた笑顔はまるで花が綻ぶようだ。それを見てゴウもにっと笑う。

「なら、あいつはイイヤツだな。それならいいや」

 単純なことだが、他者のために動く者は、ゴウにとって「イイヤツ」なのだ。よって、ライラが喜んでいる以上は合格である。そして、そのロイドに尽くされているライラもまた。

 これからしばらく行動を共にするのだから、信用できる人物かどうかは知っておきたい。ゴウは一応そう考えて聞いたのだが、ライラは意図に気づいていたようだ。

「後で話してみて。ロイドとのお喋りは、楽しい」

「おう。賑やかな方がいいもんな!」

すっかり打ち解けた二人は、早く済ませて戻ろうと、神域に居るとは思えない軽やかさで歩を進めた。


 そこから先は短かった。だんだんと濃くなる霧が辺りを包んでいるにも関わらず、二人は道を見失うことなく進んで行く。例の胸騒ぎがゴウを促すが、不思議と今はそれが心地良かった。呼んでいるのは山神だと、未だ見ぬ父なのだと直感していたからかもれない。

 唐突に晴れた霧の先で、一人の男が待っていた。その男の髪と瞳はゴウと同じ、大地の色をしていた。


――――――――――


 男はゆったりとした白い装束に身を包み、巨木に寄りかかるようにして立っていた。二人が近づいて行くと、男も樹から離れ出迎える。

「よく来たね、二人とも。私がアースだ」

低く落ち着きのある声で、リフェルの山神アースは名乗る。ゆるりと微笑む顔の造形はあまりゴウとは似ていない。しかしどこと具体的には言えない、纏う雰囲気のような部分で、共通するものがあった。

「初めまして。当代の巫女、ライラと申します」

「ああ、知っているよ。君の頑張りは、いつも大地が伝えてくれる」

 ライラの挨拶に笑みを深め、何度も頷く。幼子を褒めるように二度彼女を撫でると、今度はゴウへと向き直った。アースが泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めたことに驚いて、息を呑んだまま黙っていれば、愛しさをありありと滲ませた声で名前を呼んだ。

「……ゴウ。大きくなったな」

 頭に伸ばした手を、アースは躊躇うように一旦引こうとして、再び恐る恐る伸ばす。撫でる動きは不器用だが優しく、大きく厚い掌は温かい。それが何ともくすぐったく、ゴウは初めての感覚に戸惑う。父とはこういうものなのだろうかと、落ち着かなげに視線を彷徨わせながら受け止めていた。実際には一分も無かっただろうが、長らく会うことの無かった親子には永遠にも感じられる時だった。


 少しして名残惜しそうに手を引いたアースは、ライラが来訪の目的を告げるのを制止すると、巨木の向こう側へと歩いて行く。着いて行くか逡巡している間に戻って来た彼は、布に包まれた物体を手にしていた。両手で抱えたそれを差し出し、ゴウが受け取ると、丁寧に布を取り払う。

 それは一振りの剣だった。大人でも両手で構えるだけで精一杯だろう重さで、腰に佩けば引き摺ってしまう幅広の大剣である。ゴウは易々と片手で鞘から引き抜くと、鈍色の刀身をまじまじと眺めた。

「これ……」

「私の力で以て鍛えた、いわゆる神器だ。エルデンに渡す力を宿しておくから、レーベン山の座所に着いたらこれを見せなさい」

二人が来た理由を、ウィズの言っていた通り、アースはあらかじめ把握していたようだ。ゴウは鞘に剣を戻して背負うと、高い位置にある顔を見上げる。神器と言うぐらいだから重要な物だろうと、当然のように返却について尋ねた。

「終わったら返しに来ればいいのか?」

「いや……ライラと共に行くのなら、武器が必要だろう。――それはゴウのために造ったものだ。簡単には壊れないから自由に使ってくれ」

 ゴウのために、という言葉に目を瞬かせ、改めて背後に目をやる。確かに重さも大きさも、力が有り余っているゴウには丁度良いものだ。だからこそ本当に貰っても良いのかと驚いたが、アースからの贈り物だと考えれば、少し納得できた。

「なら、エンリョなくもらってく。ありがとな――――とーちゃん」

 初めて面と向かって父と呼ぶことに、妙に緊張を覚えながら、それでもゴウは笑って礼を言う。親子という実感はあまり無いが、紛れもなくアースは父なのだ。息子のために用意したと言われて、胸のあたりが温かくなるのも、きっと当たり前なのだろうと結論付けた。

 アースは嬉しそうに一つ頷くと、二人を促す。

「さあ、日が暮れてしまう。急いでお行き」

日暮れまでに麓の村までは行こうと決めていたのだ。顔を見合わせた二人は、口々に別れを告げる。

「ありがとうございます」

「また会いに来るから、その時いっぱい話そーぜ! じゃあな!」

走り去る背中を、アースはひとり見送り続けた。


 その夜。リフェル山中腹の小屋に訪れた者を見て、ウィズは頓狂な声を上げた。何せもしかすると二度と見ることは無かったかもしれない顔だったのだ。

「アース! あんたがここまで降りて来るなんて、珍しいこともあるもんだね」

「……元気だとは分かっていたけどね。なんだか直接会いたくなって」

 山神が自らの座所から出て来ることなど、ごく稀なことだ。人間と必要以上に関わることを禁じ、血を分けた息子ですら「人間」の枠内にいるのだからと、アースは今まで頑なに降りて来ようとはしなかった。だが昼に会ってしまってから、どうしてもゴウの養育を任せきりにしてきたウィズの様子も、確認せずにはいられなかったのだ。

「ゴウはもう、自分の意思で歩いて行くようになったよ」

「ああ……。いつの間に、あんなに大きくなって。とうとう親らしいことを何もしてやれない内に巣立ってしまったよ」

 ゴウを撫でた右手を見つめ、ぽつぽつと呟く姿は、山神ではなく一人の父親であった。

「初めて頭を撫でたよ。手が震えていたの、気づかれたかな。とーちゃんって、まさかそんな風に呼ばれると思ってなかったから驚いた。……あの子はレンに、母親に似たね。笑った顔が特に」

本当はもっと様々なことを話して、これまでの空白の時間を取り戻すように、触れ合いたかった。危険の多い外の世界になど出さず、いつでも様子が分かる場所に居てほしかった。ずっと顔すら見せなかったというのに父と呼ばれ、また会いに来るという言葉に、どれほど歓喜したか知れない。

 山神は超常の力を持っているが、その心は人間に近しい。流す涙が雨雲を呼ぶこともあるが、そこに込められた想いは徒人と変わらない。だから今、アースの目に浮かぶ雫の理由も、ウィズは察することが出来た。

「ああいけない。ゴウの門出を雨模様にしてしまうところだった」

「……まったく、あんたはいつまでも情けないねぇ。男ならしゃんとしな」

慌てて目元を拭っている彼を、ぶっきらぼうに慰める。普段より毒気の少ない様子に、会いに来て正解だったと、彼はふっと相好を崩して応えた。

「そうだね。――大地よ、旅立つ我が子に親愛と加護を」

 一人立つ愛しい子に、父として、神として、アースは祈っていた。


【Die fantastische Geschichte 3-2 Ende】


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