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3-1:少年は少女と出会う

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集および【FG 0】と合わせてお楽しみください。

 森の中を男と少女が駆け抜ける。木漏れ日が生命の息吹を感じさせる鮮やかな緑を輝かせ、普段ならば訪れる者に癒しと活力を与えてくれるその森も、今の彼らにはただ迫るものから身を隠す手段か、反対に視界を遮るだけの障害物でしかなかった。男は何度も後ろを振り返り恐怖と焦燥に顔を歪ませながら、遅れまいと懸命に走る少女を励ます。

「ライラ様、もう少しです。賢者様のもとまで辿り着ければ……!」

 男は最早何回目になるか分からない「もう少し」を繰り返す。慣れない森で追手から逃げるために道を外れ滅茶苦茶に進み続けた結果、方向も時間もすでに分からなくなっていたが、祈りを込めて男は「もう少し」だと言い続けた。戦士として鍛えた身でも限界が近いというのに、ライラと呼んだ彼の主は華奢な体で息も絶え絶えに、しかし泣き言一つ漏らさずここまで来た。今に倒れてもおかしくない主の様子に休憩をさせたくとも、彼らを追う気配がそれを許してくれない。

「……わたしは、大丈夫。ロイドがいる。それに――」

 護衛の男――ロイドと繋いだ右手に力を籠め、ライラが己を支える想いを口にしようとしたその時、木立が途切れ目の前が開けた。森の中にぽっかりと空いた広場へと駆け込んだ彼らは、ついにその足を止めることとなる。草むらを掻き分け次々と現れた追手は、武器を手に二人を取り囲み捕縛せんと近づく。

「くっ……ライラ様、道は作ります。後はお一人でも行けますね?」

 多勢に無勢。ロイドは捨て身の覚悟でライラを守るべく、槍を構え振り返ることなくその意を告げる。引き止めることを許さぬ状況と彼の気迫に一瞬俯いたライラは、しかし次の瞬間毅然と顔を上げ答えた。

「大丈夫。彼が来る。――やっと、ゴウに会える」

 思いも寄らぬ言葉にロイドがはっと振り向き、包囲する追手たちの間にも緊張が走る。そして、


「オマエら誰? 何やってんの?」


現れた少年に、ライラは微笑みかけた。


【Die fantastische Geschichte 3】


――――――――――


【3-1:少年は少女と出会う】

 少年の生まれ育ったリフェル山は豊かな自然に覆われ、麓の住人から「神の住む場所」として崇められていた。山の中腹に建つ小屋に住む老女は神に縁のある賢者として知られ、人々は何か困ったことが起こると、姿を見ることは無い神の代わりに彼女を頼った。彼女は時に辛辣な言葉を吐きながらも、大抵の場合において的確な対処法を授けてくれたので、人々は彼女を慕い山暮らしで不便なことがあれば手助けするなど、良好な関係を築いていた。それは例え彼女と共に暮らす少年が少しやんちゃをしたところで、易々と崩れるようなものではないほど強固な信頼で結ばれていた。

「それで? またうっかり力加減を間違えて、ワイン樽を粉砕してくれたんだって?」

「ハイ……スミマセンデシタ……」

 涙目の少年を叱りつけていた酒屋の婦人は、水浸しの地面に散らばった残骸へ目をやる。何をしたらこうも粉々になるのかというほど無残な姿に成り果てた木の樽は、元々満杯のワインが入っていて、大人の男ですら運ぶのに苦労するほどの重さだった。しかし少年は「一人で持ち運んでいた」際に誤って「腕力で」壊したのである。その異常な力の発揮に対して全く動じていない婦人は、ワインをもろに被りびしょ濡れの茶髪に拳骨を落とす。

「まったくもう。これで何回目かね。何かを扱う時はちゃんと注意して、慎重に扱いなさいっていつも言ってるでしょう。次やったら拳骨じゃすまないからね!」

「うう、ごめんなさい。超痛てーし酒臭い……」

「これに懲りたら反省するんだよ。分かったなら川で水浴びしておいで」

村の小川へと走って行った少年を見て、婦人は溜息を吐く。

「いい子なんだけどねぇ。もう少しあの馬鹿力はなんとかしてほしいわね」


 少年はゴウという名前だ。山の賢者に育てられ自由奔放ながらも最低限の礼儀は教え込まれた彼は、その怪力や悪戯好きな性格が引き起こす問題を叱られはすれど、賢者と同じぐらい村の人々に受け入れられている。明るく人懐っこいところも好かれていた。小川でワイン塗れになった服と体を洗っていた三十分の間だけで、やれ着替えを貸してやるだの、風邪を引かないようにタオルでちゃんと拭けだの、帰り道のおやつに食えだのと言って、通りがかる村人が次から次へと物を渡して行くほどだ。おかげで手伝いに失敗し落ち込んでいたにも関わらず、単純なゴウは上機嫌でお土産を持って家路に着いていた。

「ばーちゃんならあのタル直してくれっかな。ワインって確か高けーんだっけ。今度値段聞いてみよ。ベンショーできるといいけど」

 聞く者もいないのに思いついたことをぽんぽんと口に出し、鼻歌交じりに足元の草を抜いてみる。村人から貰った物と一緒くたに袋に入れられたそれらの草は、その辺の雑草とほとんど見分けがつかない形をした薬草である。村へ行った日は薬草を摘んで帰ることが祖母から言いつけられている仕事であり、生来の勘の鋭さもあって迷うことなく摘み取って行く。目についた綺麗な小石や大ぶりな木の枝も拾ってみるなど遊びながらではあるが、決められた仕事はこなさなければ後が怖いので彼なりに真面目だ。

 そんなことをしながら歩き続けていれば、山の中腹にある彼の家まではいつの間にか辿り着いているものだ。普段通りに散策をしながら帰っていたゴウは、ふと足を止め辺りを見回した。

「んー? 何だ? また呼んでるのか?」

 誰かに呼ばれているような感覚がする。この妙な胸騒ぎを「よくあること」として扱うゴウは、先ほどまでの独り言と同じように誰にともなく話しかける。

「あっちに行けばいいのか? 今日は何だろ」

感覚の導く方へと走ったゴウは、やがて聞こえてきた複数人の足音に首を傾げた。この山は地元の人ですら滅多に登ってくることはなく、普段歩き回るものと言えば彼と動物たちぐらいなのだ。

「うーん、変な奴らじゃねーといいけど。ばーちゃんが怒るから」

そして辿り着いた彼は見るからに怪しげな集団へ躊躇うことなく姿を見せる。

「オマエら誰? 何やってんの?」


 ゴウは頭の後ろで手を組み、驚いた様子でこちらを見る奇妙な集団を観察した。この辺りでは珍しい亜麻色の長い髪と紫色の瞳をしたゴウと同じ年頃の少女、その前で槍を構え濃紺の目を驚愕に見開いたこれまた珍しい濃紺の髪の男、そして一様に覆面で顔を隠し二人を取り囲む武器を持った人々。どこからどう見ても変な奴らだ。

「なー、聞いて――」

「子供一人に怯むな! 巫女を捕え、他は殺せ!」

 沈黙する集団に再度質問をぶつけようとすると、覆面の一人に遮られた。その声が合図となり覆面の集団は二人だけでなくゴウにまで襲いかかる。村に行っていただけの彼は丸腰だというのに、見逃そうという気は無いようだ。

「おわっ、と、危ねーな! オレなんもしてねーだろ! ……なあオマエ! こいつら悪い奴!?」

ゴウは繰り出される武器を避け非難の声を上げながら、男に守られている少女へ話しかける。少女は捕まえようと伸ばされる腕を掻い潜り、ゴウの言葉に微笑みながら答えた。

「うん。この人たちに追われてる。助けてほしい。……そのために、ゴウに会いに来た」

 只ならぬ状況にあると思えない少女の笑顔に驚きつつも、すぐにゴウは笑って大きく頷いた。

「よっしゃ! オレに任せとけ」

自信たっぷりに請け負ったゴウは身軽な動作で攻撃を避け、濃紺の男と組み合っていた覆面を殴り飛ばす。勢いよく吹き飛んだ敵に、背後で男が息を呑んだことも気にせず、ゴウは地面に両手を付く。数の上で不利な状況のまま、地道に戦う気など彼には毛頭無かった。

「面倒くせーから、オマエらみんな――」

ゴウの手元から広場一帯に緑色の光が走る。攻撃魔法かと覆面たちが身構えた瞬間、光は輝きを強め全てを覆い尽くした。

「山から下りろ!」

その声と共に光が弾ける。全てが収まり広場の全貌が捉えられるようになった時、覆面たちは一人残らず姿を消していた。

「な……これは、一体……」

「もう大丈夫だぞ。山から追い出せたみてーだし、二度と入れないようにお願いしといたから」

 何が起こったのか把握出来ず呆然としている男に、ゴウは得意げな顔で告げる。その言葉は男にとって新たな謎を増やしただけのようだ。

「追い出した? 詠唱も魔晶石も無しに転移魔法を使ったのか? お願いって、一体誰に……」

「ロイド、落ち着いて。ゴウなら出来て当たり前。あれは魔法じゃない」

混乱している男とは逆に少女は冷静だ。先ほど助けを求めた時と同じように微笑んでいる。

「そういやオマエなんでオレのこと知ってんの? どっかで会ったか?」

 疑問符を浮かべているのは男だけでは無かった。訳知り顔でゴウの名を呼ぶ少女に、知り合いだろうかと記憶を辿る。なぜ先ほどから嬉しそうなのかも分からない。

「会うのは初めて。わたしはライラ。ゴウのことは、エルデン様から聞いて知ってただけ」

そして続く言葉にゴウは目を丸くした。

「リフェルの神アースと先代の巫女の子。人でありながら神の血を引くゴウにしか頼めないことがあって、会いに来た」


――――――――――


「全くあんたは厄介事ばかり引き寄せる。これだからあたしゃ封印しとけって言ったのに」

「でもばーちゃん、山はライラを助けてやれって言ってたぞ。困ってるなら別に力を使ったっていいだろ?」

「馬鹿だねあんたは。碌に制御も出来ないくせにほいほい使ってみな。今に物を壊すだけじゃすまなくなるよ」

 リフェル山中腹の小屋、つまりゴウの家にて。普段ゴウと賢者ウィズの二人だけで生活しているその家は、居間とそれぞれの寝室、そして物置部屋だけのこじんまりとした建物だ。ライラとロイドが加わり少々窮屈な居間に、事情を聞いたウィズのお説教が響いていた。

 この一時間で五回は繰り返されただろうやりとりに、ライラ達は蚊帳の外で気まずい沈黙を保っていた。ゴウにとっては祖母の辛辣な言葉も時々振り下ろされる鉄槌もいつものことだが、他人からすると一方的に毒を吐かれているようにしか見えず、ロイドが恐る恐る擁護しようと口を開く。

「あの、ウィズ殿。私たちはゴウのおかげで助かったのですし、責めるのはそのぐらいにしてあげてください……」

「ふん! 何も知らない若造が口出しすんじゃないよ。アースといいゴウといい、リフェルの山神一族はあたしを隠居させる気が無いんだから」

「そのことですが、本当にゴウがアース様の子なのですか?」

 ロイドはゴウと会ってからというものの、ずっとその正体について信じかねていた。リフェル山から遠く離れたロイドの故郷でもウィズの名は広く知られていたが、その賢者が断定していてもやはり疑惑の目を向けてしまう。先ほどの謎の力を除けば、ゴウはどう見ても普通の子供だ。

「正真正銘アースの息子だよ。ただ神か人間かで言えば人間だし、さっきから言ってる通り神の力だって制御できてないけどね」

「ロイド。エルデン様は嘘をつかない。ウィズもこう言ってる。信じてあげて」

駄目押しのようにウィズに続いてライラにまで説得され、まだ納得がいかないという表情ではあるがロイドは頷いた。それに不満げな声を上げたのは当の本人である。

「オマエ頭固てーな。オレのとーちゃんが神様かなんてどうでもいいじゃん。あとエルデンて誰?」

(どうでも良くないから聞いているんだろう! ウィズ殿は呼び捨てにしているがアース様は神だぞ! その血を引いた子がなぜこうも馬鹿っぽいんだ!? これだから信じられないんだ!)

ゴウの言葉に濃紺の髪を掻き乱し心の中でロイドは叫ぶ。そんな様子を心配そうに見つめたライラは、彼の代わりにゴウの疑問に答えた。

「エルデン様はレーベン山の神。つまりアース様と同じ存在」


 この世界に存在する四柱の山の神。リフェル山のアース、レーベン山のエルデン、ヴィエヌ山のテルマ、アニメト山のラテ。神々はそれぞれの山の頂に在り、その山を中心とした周辺地域の土地の力を高め豊穣をもたらす。人々は自らの土地の神を主として奉り、戴く神ごとに政治的・経済的な繋がりが出来た結果、現在の四つの国が形成されたのである。国の守護神とも言える山神と直接顔を合わせることが出来るのは選ばれた一部の者だけで、普通の人は呼び捨てにするなど考えられないほど尊い存在だ。

「ふーん。で、オレに頼みってなんだ?」

その神に連なる少年は相変わらずの淡白さで次々に疑問をぶつける。神と人間の違いを全く意に介さない様子にロイドは項垂れているが、ライラは最早それを無視することに決めたようで、ゆっくりとそれまでの経緯を話し出す。

「わたしは当代の巫女。エルデン様のもとで使命を全うしていた。巫女は山神様に仕える存在。人と神、神と大地、大地と人との間に立ち、祈りで繋ぐことが役目」

 巫女は世界に一人しかいない。そのため普段は生まれ育った土地の神に仕えるが、他の神や土地に異変があった時などはそちらに出向くこともある。エルデンを戴く王国ランダス出身のライラが国境を越えリフェル山までやって来たのも、巫女の役目の一環なのだ。

「最近、エルデン様の元気が無い。大地の力も弱まってる。原因は分からない。けど他の山神様から力を分けてもらえれば、少しは回復する。土地に縛られないゴウなら、アース様の力をレーベン山まで運べる」

山神はそれぞれの山から離れることができない。守護する土地と一連托生の関係は、どちらかが弱ればもう一方も弱るという性質にも繋がっている。今回の現象は原因が分からないため、衰弱したエルデンとレーベン山周辺の土地を回復させるには、同じ山神の力を分け与えることが一番早い。根本的な解決にはならないが、原因究明のためには時間を稼ぐ必要があった。ここで問題となるのが、山神は動くことができず力を届ける手段が無いことだ。しかし神の力を使えるが人間であるため自由に動けるゴウならば、レーベン山までアースの力を携えて行けるのではないか、というのがエルデンから伝えられた方策だった。


「つまりさ、レーベン山まで行って力を使えってことだろ? でもオレ自分で力を使ったこと無いぞ」

「どういうことだ? 先ほど使っていたではないか」

 追手を一瞬で何処かへと転移させた力は、魔法ではなく神の力によるものだった。そうでなければ魔力は人並みでしかないゴウに、詠唱も補助も無しで転移魔法を使うことなどできない。

「なんていうか、山が手伝ってくれるんだよ。だからオレは『お願い』してるだけ」

「ゴウは力の制御ができないからね。自力で引き出せない分を山が補っているんだ。だから本人が思った以上の結果になったり、不発に終わったりもする。さっき追い出した奴らっていうのもね、麓の湖に放り込まれたよ」

「えっ、ばーちゃんそれマジかよ! オレどっか山から離れた所にやっただけのつもりだったのに」

 ウィズが神の力を使うことに反対していた理由がそれだった。リフェル山は好意的にゴウの補助をしているが、それでも制御が追いついていない。その結果何も起きないならばまだ良いが、暴発すれば大惨事になりかねない。所謂「お膝元」であるリフェル山ですらこうなのだ、ましてや他の山に行って力を行使するなどとんでもない。

「そんな問題があるとは……一体どうすれば」

「大丈夫。エルデン様は補助してくれる。それに、ゴウなら絶対出来る」

希望が絶たれたかのような事態にロイドが嘆いた矢先、ライラがきっぱりと宣言する。その顔は先ほど敵に囲まれながら向けたような、優しい笑みを浮かべていた。絶対と言い切る根拠が分からないものの、ゴウを全面的に信頼しているように思えるライラの笑顔と言葉に、ゴウはやはりあっさりと応える。

「いいぜ。オレはバカだからオマエの言ってること難しくてよく分かんないけど……でも、困ってるのはだけは分かった。オレに出来ることなら、手伝うぜ」


 にっと笑うゴウに対して、意外にもライラはその言葉にきょとんとした表情で返す。何かおかしなことでも言ったかとゴウが残りの二人を見れば、ウィズは苦い物でも食べたかのような顔をし、ロイドは驚いたような呆れたような複雑な様子であった。

「オレなんか変なこと言った?」

「変も何も……! あんたなにを安請け合いしてんだい! 暴発の危険があるって今言ったばかりなのに。しかもライラ達は追われていたんだよ。厄介事の臭いしかしないじゃないか」

 ウィズの主張にライラとロイドも首肯する。それを見てゴウは追われていた理由を今更ながら聞いていなかったことに思い至った。ライラは次の質問を察知し、ゴウが口を開く前に説明し始める。

「あの人達はたぶんランダス王国の人じゃない。エルデン様の力が戻ると困る人達。だからわたしの邪魔をする。手伝ってはほしい。けど危険。だからすぐ受けてくれて、驚いた」

「あの刺客は、長年ランダスとの小競り合いが絶えないペイゼーヌの差し金である可能性が高い。が、断定はできん。……ペイゼーヌはヴィエヌ山のテルマ様を戴く国だ」

更にゴウが尋ねそうな部分に対して先回りしつつ、ロイドは補足した。巫女が山神の異変を解決すべく動くのは当然のことだが、それを良しとしない者がいる。使命のために動く巫女を邪魔する理由は、国家間の力関係に関わるものであることがほとんどだ。ランダスとペイゼーヌは長年衝突が絶えなかった。ペイゼーヌがエルデンの衰弱から国力衰退に繋がるのを待ち、攻め込む機会を狙っていてもおかしくはない。だが確証は無いため、二人は追手の正体も分からないまま逃げていたのだった。


「昔から巫女は色んな勢力に狙われてきたからね。小娘一人に寄ってたかって、醜いったらありゃしない」

「……ウィズは先々代の巫女。エルデン様からそう聞いた。本当?」

「ああそうだよ。先代の巫女、つまりゴウの母親に引き継がれるまで、色々と面倒な事に巻き込まれたものさ。……そのせいで死んじまった奴も大勢いる」

 ウィズは目を伏せあまり思い出したくない昔の記憶に触れる。彼女も、ゴウの母親も、そしてライラも、巫女であるがゆえ他者の勝手な事情に翻弄されてきた。巫女の周りの人々も同様に理不尽な扱いを受け、命を落とす危険性は巫女以上に高かった。それまでの剣幕が嘘のように、ウィズは静かに孫へと問う。

「見たくもないもんを見せられることになるよ。あんたも狙われるようになるだろう。それでもライラと行くのかい? ……運命を怖がらずに、受け入れられるのかい?」

 ひたとゴウを見据えるウィズの瞳はどこまでも真摯だ。全てを見透かし心の内まで覗き込むような光を、ゴウは真正面から受け止め答える。


「行く。ここで行かないとオレ、ぜったい後悔する。ライラは頑張ってここまで来たのに、それを無駄にするなんて、オレは嫌だ。怖い思いするよりも、もっと嫌だ」

 いつになく真剣にゴウは想いを告げる。ウィズはゴウの将来を心配して反対してくれているのだ。軽い気持ちでそれに逆らい我を通そうとしているのではないのだと、確実に伝えるために祖母から目を逸らさずはっきりと宣言する。


 何倍にも長く感じられた一瞬の静寂は、ウィズの小さな溜息で破られた。

「ライラ、この子は馬鹿だけどあんたと同じで聡い子だ。エルデンのことだけじゃなく、何か力になってやれるだろうよ。それとロイドだったね。ゴウに何かあったらアースが黙っちゃいないから、可哀そうだけどせいぜい頑張りな」

暗にレーベン行きを認める言葉に、ゴウとライラは喜色を滲ませ、責任の増したロイドは複雑な想いで頷く。ウィズは誰よりも近く遠い神々にそっと祈った。

(ゴウもそろそろ立場を考える時期なのかね。人としてひっそり暮らせりゃ良かったが、重い使命を背負った二人が出会っちまったものは仕方ない。だから)


 楽しいことも、悲しいことも、喜びも、苦しみも。どのような運命だろうと歩みを止めないように。旅立つ子供たちの未来に幸多からんことを。


【Die fantastische Geschichte 3-1 Ende】


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