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「女神伝説」 礼の世界  作者: 海夢
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女神変転


三国峠を越えたところ。

ちょうど上州と越後の国境に近いところに越神人が所有する温泉宿がある。

元々は国道沿いに面した小洒落たホテルだったが高速道路の開通にともない交通量の減少、交通の便の不便さにより客足が滞り閉店するところをオーナーに泣きつかれて礼の母親である越神人当主ひろみが二つ返事で借財ごと引き受けたらしい。

利益になりそうのもないホテルだが、ひろみ曰く、美しい思い出があるから人手に渡らせたくなかったそうだ。

礼は、その使い道のない温泉宿を母に頼んで使わせてもらうことにした。

弥仁との会話からのでまかせ半分ではあるが、礼は美姫と親交を深めるのにちょうどよいとも感じ美姫と小旅行に来る事にしたのだ。

秋の日も深まり、温泉に行くのも風情がある季節になってきたころである。


当日。

礼付きの巫女の若葉に手配させたおり、越神人の所有していることもあり何人でも連れてきてもよいとは伝えていたが迎えに行った桜子のワゴン車からは、美姫が一人、手荷物ひとつで現れた。

いつも行事などで見かける姿は複数の巫女が従っているので出歩くときも付き従うのかと思いきや、プライベートでは独りになることが多いと苦笑交じりで説明された。

隣の若葉が小声で、

「礼ちゃんみたいに私がべったり付いてるのは珍しいんだよ」

と、付け足した。

「そうなの?」

自分には若葉と桜子。

弥仁には四巫女がいる。

八神郷の姫巫女、八上姫にも常に従う巫女がいてもおかしくないのに、といぶかしむ。

「私には必要ありませんから」

と、嘆息されるた。

「そう?じゃあ、まあ、いっか。のんびり温泉に入ろ」

そう言い、礼は出迎えたロビーから美姫を部屋に案内する。

ホテルの体はしているが営業しているわけでもなく、以前からいたホテルの従業員が数名、建物や温泉の維持管理で残っているだけなので、実質貸切になっている。

寂れた山の中にあることもあり、見晴らしはいいが別段遊ぶ場所もなく温泉くらいしか楽しみがないホテルである。

礼たちは浴衣に着替えると複数ある温泉の露天風呂に入ることにした。

礼と若葉がきゃっきゃっと騒ぐ中、大人しい美姫を若葉の姉で年長者である桜子が案内する。

「このような温泉旅行は初めてなんですよ」

目を細めて笑う美姫。

「そうなんですか」

落ち着いた感じで桜子が受け答える。

美姫も桜子には大人な安心感を感じているらしい。

饒舌といわないまでも、美姫の気分もハイになっているのだろう。

口数が普段に比べて多い。

頬も上気して笑みも絶えない。

桜子は大人な風情で受け答えているが、まるで、大人と子供の関係にみえる。

礼は不思議な気持ちで二人のやり取りを聞いた。



秋の紅葉は山の頂上から訪れる。

温泉宿から見える景色は、赤や黄色のカラフルな展望図になっていた。

「きれいな景色ですね」

そう、儚げに呟いた。

それが随分と絵になっているのに、礼はため息をついた。

思わず見とれてしまう自分に気付いて。

若葉と桜子も、声をかけるのも気後れしてしまうらしかった。

しかたなく、礼が声をかける。

「温泉いこ」

そう、屈託なく。

今、色々考えても仕方がないのだ。

とりあえず、礼は美姫と仲良くしていれば子供が一人増えるのだ。

それだけは事実だ。

かわいい、弥仁と自分の子供。

それを思うだけで顔がにやけてしまう。

「ええ」

美姫も礼の弾んだ声に嬉しくなってしまう。

自分の存在が無条件に他者に気に入られるというのも、新鮮な感覚だった。

「あ、礼ちゃん、浴衣に着替えないと」

慌てて若葉が止める。

「あ、そっか」

そう言い、礼は若葉を見る。

その目線で若葉は意を得たように浴衣を用意する。

「はい」

「うん」

礼は受け取ると、衣服を脱ぎ始めた。

寒くなるとの母の勧めでセーターとジーンズだったので、そこいらに脱ぎ捨てた。

そして、簡単に浴衣を着る。が、帯をうまく結べなかったので若葉にやってもらう。

「すみません」

美姫はそう、浴衣を受け取ると荷物を片付けながら身に着けていたピンクのワンピースを脱ぎ始めた。

白い肌が見える。

自身もスーツを着替えていた桜子も美姫の肌の白さに息を飲んだ。

「きれいな肌ね」

ワンピースを受け取りながら、ため息をつく。

「いえ、そんなことないです」

はにかみながら美姫は頬を赤らめた。

その会話を耳にしたのか礼の目線が美姫の体を這う。

「礼ちゃん」

礼の衣服を片付け終えたのか、咎めるような若葉の声がした。

「わかってる」

礼は、しらんぷりして着替え終えた。

「すみません、礼ちゃんも他の人と旅行なんてしたことないから」

「いえ、気にしてませんから。あまり気を使わないでください」

美姫は自分で着替え終えたらしい。浴衣の形を整えている。

「あまり気を使われると、なんだか気疲れしてしまって」

そんな言い方をする。

普段からかなり窮屈な思いをしているのだろう。

なんとなくそれがわかった礼はわざとふざけることにした。

「そうよね。温泉に来たんだから楽しまなくっちゃ」

そういい後ろから美姫に抱きつく。

「きゃっ」

どうやらついでに胸をもんだらしい。

美姫が恥ずかしげに胸を隠す。

礼はそのままふざけて温泉に行こうと思っていたらしいのだが、足を止めた。

「・・・大きい」

そう手をワキワキしている。

「もう、礼様ってば」

その言葉に礼は美姫と視線を合わせる。

「呼び捨てでいいよ」

そう言う。

「私も美姫って呼ぶから」

「え、あっはい」

急な申し出で、美姫も戸惑ったが、すぐに笑顔になった。

「じゃ、美姫。温泉にいこ」

後ろから押すようにして部屋から出て行く礼たち。

その二人を見て若葉たちはため息を吐いた。

「さすがね、礼ちゃん。八上姫様にあんな風に接することができるなんて」

桜子が感想を漏らす。

正直な話、美姫のそばにいるだけで緊張のしっぱなしだったのだ。

「そりゃ、私たちのお姫様だもん」

そんな風に誇らしげに答える若葉。

「そうよね」

そんな若葉がかわいらしくなって、桜子は若葉を抱き寄せた。

「ん、もう」

うっとうしかったのか、若葉は桜子から逃げるようにして部屋を出て行った。





脱衣所で着替える手を止め、目線を美姫に向ける。

そして、

「美姫は」

と言って、礼は言葉を詰まらせた。

思いつきで呼び捨て、とか言ったが、今までの人生で知人を呼び捨てにしたことなんてこれまでなかったことに気がついたのだ。

調子に乗ってたのかな。

そう、首を傾げるがまあ、相手も気にしていないので気にしないことにした。

妬きもち焼いて大騒ぎをしていたのを目の当たりにしていた弥仁が見たらどう思うだろう。

そんな、楽しみを覚える。

「なに?礼」

そう、さらっと聞き返す美姫。

もう何年も前からそう呼んでいたかのごとく自然だ。

「ん、下着、もっとかわいいのにすればいいのに」

そう、礼は言葉を続けた。

見るからにシンプルな飾り気のないベージュのブラジャーを見て。

そのブラジャーを手早くはずし隠すように籠の中にしまうと美姫は困ったように答えた。

「必要な衣服は楓がそろえてくれるから」

「だからか。なんか、おっぱいがはみ出してたのは」

そう恥ずかしげもなく言う礼に若葉が割っていった。

「ブラジャーは、サイズをきちんと測ってもらうほうがいいよね」

「そうだよね」

礼が同意する。

「今度、美姫の下着を買いに行こうか」

そして、そう提案する。

「え、いいの?」

美姫が聞き返す。

「そうね、美姫さんの都合がよければ」

桜子が話をまとめる。

だいたい礼に任せておくと話が中途半端に終わるので桜子か若葉が話をまとめとめるのだ。

「ええ、いつでもかまいません。けど、迷惑じゃないですか?」

それには答えないで礼は話を続けた。

「じゃあ、帰り道でも寄ろうか。弥仁ちゃんの家に寄ってもいいし」

「いいけど。弥仁君、今いるの?」

「うーん。わかんないから、電話して聞いてみるね」

「え、弥仁さん」

弥仁の名前を聞いて、一気に恥ずかしくなった美姫は息を詰まらせた。

「うん。弥仁ちゃん」

そう礼は美姫の変化に気付いた。

「弥仁ちゃんに好みのブラジャーを選んでもらう?」

そう、愉快げに言う。

「う・・・」

顔を真っ赤にして美姫はパンツを脱ぐと脱衣所から風呂場に飛び込んだ。

「礼ちゃん。からかっちゃ可哀想だよ」

若葉がため息を吐きながら言った。

「うん」

なんだろう。

相手が美姫だと気兼ねなく冗談が言えるのだ。

「同じ人を好きだからかな」

口に出た。が、深くは考えず下着を脱ぐと美姫の後を追った。

礼にしては軽率な行為だろう。

が、そんなひと時も楽しいと思えるのだ。

「・・・礼ちゃん、変」

そう言う若葉を、

「礼ちゃんも、楽しんでるのよ」

そう、桜子が慰めた。





きめの細かい美姫の素肌に触れたくて、礼は洗い場で体を洗う美姫に近づいた。

「背中流してあげる」

そんなことを言う。

そして、相手の了承もなしにいきなりタオルで背中を洗い始めた。

「ひゃあ」

そう、悲鳴を上げる美姫が面白くて仕方がない。

「礼。もっと、やさしくして」

泣きそうな声で美姫が懇願する。

「強かったかな?」

白い肌に泡が残っている。それがなまめかしくきれいだ。

「きれいな肌。産毛も生えてないね」

そう礼が言うと美姫はクスリと笑った。

「そう言われたの、二度目です」

「えっ」

「一度目は弥仁さん」

「そうなんだ」

「実は私、弥仁さんに命を助けて頂いたことがあるんです」

美姫が語り始めた。

「ずいぶんと前になります。そのころの八神郷はマガツ神が復活していて大変なときでした」

「その時、出会ったんだ」

「ええ。父と母を目の前で殺されて、自分の命も危うい時でした」

美姫の声は震えていた。

「・・・」

礼は言葉もなかった。

すでに楓から事の顛末は聞いていたが、美姫本人の口から聞くのとでは話が違った。

美姫の悔しさや悲しさ憎悪が伝わってくるようだった。

「その時です。弥仁さんが現れて、あっという間にマガツ神を封印してくれて」

すこし、美姫の肩から力が抜けた。

「で、弥仁さん、なんていったと思います?」

「なに?」

「命を助けたから、お前は俺のものな」

「・・・はあ?」

礼の口から空気が漏れた。

大変なときに弥仁は何を言ってんだろう。

「けど、それで、私も自分が助かったことや父や母がいなくなって生きる意味もわからなくなっていたことに向き合えるようになったんです」

「弥仁ちゃんのおかげ?」

「はい」

ふーん、と礼は考えた。

そんな過去があったんじゃ、美姫が弥仁を意識しても仕方がない。

けど、そんな話、今ままで聞いたことがない。

どうなっているのだろう、と考えてると美姫が話を続けた。

「けど、おかしいんですよ。そんなことがあったのに、その日から音沙汰なしで再会したのがついこの間で」

苦笑混じりに続ける。

「その時、私は八神郷の禊場で体を清めていたんですけど、その禊場にいきなり入ってこられて来て」

美姫は振り返り、礼の瞳を見つめながら言った。

「最初に言ったのが<生えてないね>、だったの」

その意味をしばらく考え礼は美姫の体毛がほとんど生えていないことに気付いた。

「えっ、弥仁ちゃん、そんなことを言ったの?」

「ええ」

楽しそうに美姫が続ける。

「おまけに私のことぜんぜん覚えてなくて」

遠い目をした。

「私は十年間、待っていたのに」

それは弥仁が悪い、と言おうとしてなんだかそれも言いたくない気持ちにもなった。

助けを求めて若葉を見るが、同情したのか若葉は泣きそうな顔で美姫を見つめていた。

桜子は若葉の体を懇切丁寧に洗っているらしく、こちらを見ていない。

仕方なく、礼は背中から手を回して美姫の乳房を鷲づかんだ。

「いたっ」

実際には痛みより驚きのほうが強かったのだろう。

慌てて胸をかばおうとするが礼の手は容易に話そうとしなかった。

「で、その時、この巨乳も見られたんだ」

「巨乳、だったら、桜子さんのほうが」

息も絶え絶えに美姫が言う。

「桜子・・・?」

そう言われて改めて桜子を見る。

自分が呼ばれたからか桜子と目が合う。

「ええ、私なんかよりきれいな体していると思います」

そう宣言して美姫は礼から身を逃した。

桜子は礼と目が合ったままニコりと笑った。

「礼ちゃん、見てみる?」

自分の体に多少は自信があるのだろう。

立ち上がると全身を礼にさらした。

ポーズをとらないまでも、体を一回転させる。

「お姉ちゃん、エロい体をしてるよね」

若葉も一緒になって観賞している。

確かに、美姫より胸も大きいし腰もくびれている。

美姫のように整った美しさではないがグラビアアイドルのようなセクシーな体つきをしている。

長身で長い足、黒い長髪。

確かに男好きのする体かもしれない。

普段は体のラインが見えないスーツを着ているせいかぜんぜん気付かなかった。

「桜子さんは、誰か好きな人はいるの?」

そう言えば、若葉や桜子のことを何にも知らなかったなと、礼は思い返す。

「え?」

急な質問で桜子は言葉を詰まらせた。

「今は、礼ちゃんと若葉ちゃんと弥仁君が一番大事かな」

そう、笑顔で答えた。

「ふうん」

礼はしげしげと桜子の体を見つめた。

「・・・」

いつもなら、弥仁ちゃんはあげないから、とか言いそうなのにな、と若葉は不思議な違和感を覚えた。





<八千矛の神の命よ我が大国主・・・>

きれいな歌声が響き渡っている。

礼の知ってる歌だ。

ここはどこだろう。

大勢の女神達が集っていた。

不思議な空間。

どこだろう。

木も無く空も無く星も無い。

ただ、暖かな空気が辺りをやさしく包んでいた。

その女神達の周りには篝火が焚かれていて宴が行われていた。

中央には九人の舞姫が踊り、謡っている。

その中に、見知った顔があった。

弥仁の四巫女がそろっていた。

残りの五人は知らないが、四巫女とはかなり親しいらしい。

互いにアイコンタクトを取り合い、一糸乱れずに踊りを踊っていた。

その目線が礼を認めた。

早百合の目が礼に合図を送った

礼もニコりと笑って返した。

そんな世界である。

ふと、気になり自分の周りを見る。

鶴と雉の冠をつけた女官が礼のそばに控えていた。

知らない顔だ。

寂しくなり若葉と桜子を探す。

すると下座の女神達のの中に二人を見つけた。

なにやら二人で楽しげに話をしている。

礼と視線が合うとニコりと若葉が笑った。

自分も向こうに行きたいな、と思った時

「今日も、吾がつまは来ないのかな」

寂しげに、宴の中央に陣取っている一人の女神がつぶやいた。

小柄な少女だが目は黒々としてまるで黒曜石のように輝いている。

美少女だ。



続く

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